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    PYC_1205

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    Lollipop【ポチデン】
    ポチデンのハッピーはろいん🎃

    #ポチデン
    pottyDen

    Lollipop【ポチデン】 沈みかけた陽が、遠くに見える山の端の隙間から見え隠れしている。今日悪魔が出現した場所は、家から離れていた。行きこそ送迎されたが、倒した時に浴びた真っ赤な体液を厭われ、否応なしに捨て置かれた。

     デンジはポチタと帰路を歩いていた。他に替えがない一張羅は、果汁を飛ばされたかのごとく薄桃に色づいている。嗅いだことのない甘い香りをほのかに漂わせていたが、あれは一体何の悪魔だったのだろうか。
    「ここからだと、相当歩くだろうな」
    「ワン!」
     腹減ったなあ。デンジの呟く声はポチタの足元に落ちたが、刃で悪魔を切り裂いたポチタは元気にスターターロープの尻尾を揺らしている。その先端、引っ張り手の三角型がゆらゆら動く様子を見ていると、不思議と腹の虫が静かになった。
     小さなポチタの歩みに合わせ、デンジは帰路をのそのそと歩く。歩き慣れた古びた街は、なぜか今日は人混みで溢れかえっていた。
    「何だ、こりゃ」
     骸骨をかたどった布を被った者、真っ白なシーツの目の部分だけをくり抜いた者、三角帽子にマントを羽織った者。デンジはポチタを抱き上げた。面妖な化粧を施した者も大勢いたが、デンジの目にはどれも人間に見える。腕の中のポチタも同じように思っているのか、特別な反応はしていない。行き交う人に刃先が当たらないよう、体は大人しく、されど視線はあちらこちらにやっていた。
    「Trick or Treat!」
     突如、デンジの背丈を超える包帯ずくめの大男が、意味不明な単語を発して脅かしてきた。
    「わっ、何だ!?」
     両手を前に広げ、何かを求めるように近づいてくる。廃雑誌や街中の広告で見たことのあるお化けのようなポーズだ。
    「Trick or……」
    「あっちだ、逃げるぞ!」
     ポチタは元々まん丸な目をさらに丸くして固まっている。他の仮装した人間もゆっくりこちらへ近づいてきたのを見て、デンジは逃げ出した。子どももいるが、大半は大人だ。背を丸めて人と人の間をすり抜けると、進行方向を左に曲がって細い道に入った。

     ぜぇ、はぁ。体力がないわけではないが、空腹で一仕事したあとだ。喉が渇いて頭がくらくらする。路地裏に逃げ込むと、道の両端を覆うほどの人もまばらになっていた。
    「何なんだよ、一体……」
     古いビルの隅に重ねられた金属のケースの上に座りこむ。隣には立水栓があった。ハンドルの先をくるりと回して上を向け、蛇口を捻って水を出す。
     人が住んでいる気配はないが、水道は生きているらしい。デンジは蛇口を半分元に戻して水量を弱くすると、抱えたポチタが飲みやすいように近づける。
    「ワン!」
    「生き返るなぁ、ポチタ」
     もう少しだけ水を飲もうと蛇口を右に回していると、ポチタがデンジの腕から飛び出す。大通りに背を向けて立つような体勢のデンジを守るように、ポチタが毛を逆立ててぐるると小さく唸っている。
    「おや、こんなところに」
     子どもか。珍しそうにじろじろこちらを見るのは初老の男だ。外の連中と違って面妖な衣装こそ着ていないものの、黒尽くめの衣装に、国も時代も間違っていそうな派手なマントとハットを身につけている。
    「ヴゥゥ……」
    「俺たちに何か用か?」
     ポチタが珍しく初対面の人間を威嚇している。見た目では悪魔に見えず、ポチタを持ったデンジよりも弱そうな男なのに。
     男は質問に答えず、懐から包み紙を取り出した。オーロラ模様のきらきらとした紙を広げると、中からボタンの半分くらいの大きさをした小さなものが現れる。硬度のあるそれは、どちらかといったら菓子よりも薬に近いが、薬よりは大きく見える。赤や緑、黄色、青など、鮮やかな色のそれは、ハートや星の形をしている。砂糖を固めて作った菓子――確か、名前はラムネとか言ったか――だろうか。
    「お前はもらってないんだな。合言葉が言えないのか?」
    「……さっきの連中が言ってた、とり、何とかってやつ?」
    「そうだ……トリックか、トリートか」
     にやぁ、暗がりの中で男の口が歪む。やけに尖った犬歯が不気味で、もしかしたらこいつも人間じゃないのだろうかとデンジは思った。
    「ハロウィンの今日はな……化け物の格好をしたやつが、お前さんみたいに菓子を持ってないやつを脅せるんだ」
    「でも俺、普段通りの格好だけど……――あっ!」
     デンジの前に、未だ眉間に皺を寄せ、剥き出しの刃で男を脅すポチタの姿があった。なるほど、ポチタの姿が今日は仮装と捉えられるらしい。思えば、今日は人に逃げられたり通報されたりすることはなかった。街の異様な雰囲気と疲労でそちらに頭が回らなかったということもある。
    「トリートだ」
     男が手を差し伸べる。掌には、普段絶対に手にすることができない菓子がある。食べた記憶も定かではない、想像するだけの食べ物。デンジは思わず手を伸ばした。
    「ワン!」
     デンジと男の前にポチタが割って入る。驚いた男が包み紙ごと色鮮やかなラムネ菓子のような粒が地面に落ちる。
    「てめぇ! 何してくれやがる!」
     さっきまでのにやけた顔はどこへやら、男はポチタを掴もうと手を伸ばしてきた。
    「やべっ、逃げるぞポチタ!」
    「クソどもが、ぶっ殺してやる!」
     懐から刃物を取り出し、デンジとポチタに向かってくる。脚こそ短いが動きの速いポチタが先導し、狭い道を二人で駆け出した。
     大人相手に追いつかれるかと思ったが、振り返ると男の姿はない。来た道のほうから咽せこむような、嘔吐するような不快な音が聞こえる。デンジは再び前を向くと、家の方に向かって走り出した。

    「……いてっ!」
    「ワンッ?!」
     デンジが何かにつまづいて転びかけた。不法投棄された古い電化製品のようだ。体勢を整えて再び立ちあがろうとしたその瞬間――足元にあるものを見て、デンジは息を呑んだ。
    「ポチタ、これ見ろ」
    「……ワフッ」
     デンジの足元にあったのは、先ほど男が配っていたお菓子によく似たタブレット。そして、それを食べたと思われる鼠がぶるぶると震えている。
     こことよく似た路地で座り込む人間たちに似ている、デンジはそう思った。貧しいデンジよりもさらにげっそりした、ギラギラした目の人間たち。薬で頭がいかれたクズだといつぞやヤクザがこぼしていた。
    「わかんねーけど、あれ、きっとお菓子じゃなかったんだろうな」
     くぅん。悲しげに地面を見つめるデンジをポチタが心配そうに見上げる。しばらくそうして動かずいたが、不安そうな表情のポチタを抱えるとデンジは言った。
    「いつか、棒がついたでっけえ飴を舐めてみてえな」
     あんなやべえ薬じゃなくて、ガキが嬉しそうに持ってるやつな。色はあれよりももっと派手なのにしてやる。
    「ポチタと一緒に食うんだ」
    「ワンっ!」
     再び大通りに出る。先ほどよりはましだが、まだ人は多い。多くが悪魔や魔女、吸血鬼や天使の仮装をしており、菓子を手にした子どもの姿もあった。
     棒付きキャンディーを持つ大人や子どもの姿もあったが、デンジが夢見るロリポップはもっと大きくて、もっとカラフルで――デンジ一人だけでは食べきれないほどのものなので、不思議と羨ましさはなかった。



    「……なんじゃ、あれは。飴ごときではしゃぎおって」
    「知らねえ、ガキだろ」

     この時のデンジはまだ知らない。数年後、自分の中にいるポチタと一緒に夢の一つを叶えてしまうことを。
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