「たまにレオってすげぇなって思うわ」
千切がぽつりと呟く。千切は本場よろしく油でベチャベチャになった魚――ではなく、さっくりと揚がったフィッシュフライをフォークに突き刺すと美味そうに頬張った。玲王としては特に褒められることをしたつもりはないのだが、ひとまず適当に話を合わせて、そう? と軽く相槌を打つ。
新英雄大戦がはじまってから、選手たちは各国の棟に振り分けられている。それぞれ微妙に文化が異なり、その違いが色濃く出るのが食堂のメニューだった。基本的には毎日三食、徹底管理された食事が出てくるのだが、それとは別に各国の代表料理も選べるようになっていて、それを目当てに選手たちが棟の間を移動しに来ることもあるほどである。今日はフィッシュ&チップスと……あとはなんだったかな、と思い出しつつ、玲王はナイフでステーキを細かく切った。そうして隣にいる凪の口にフォークを突っ込む。もう一切れ、凪にやろうとフォークにステーキを突き刺したときだった。千切の隣に見知った顔ぶれが座った。
「ヤッホー!」
「蜂楽……と潔」
「久しぶり。レオと、凪も」
蜂楽がどん! と得意げにプレートをテーブルの上に置く。それには隣で寝そべりながら口をもぐもぐと動かしていた凪も反応した。
「うわ、なにこれ」
「えーっと、なんだっけ? なんとかパイ!」
「いや、これパイっつーか、魚がぶっ刺さってない?」
「スターゲイジーパイだろ」
「うへぇ、マズそう……」
「なんか可愛かったから選んで来ちゃった♪」
「可愛い……? これが……?」
相変わらずよく分からない蜂楽の感性に玲王を含めた全員がため息をつく。蜂楽とはあまり接点がなかったものの、潔や千切と同じチームだったから、変わり者であることは知っていた。スターゲイジーパイは何度となくイギリス棟のメニューに組み込まれているが、今まで一度も誰かが頼んでいるところを見たことがない。これを可愛いっていうのはセンスを疑う。
「れ〜お〜」
「あー、はいはい」
横で口を開ける凪の頭を撫でてから、ステーキを口に運ぶ。口の端から垂れたソースをナプキンで拭い、ステーキを飲み込んだタイミングでライスを運んだ。口の中のものを咀嚼し終えたのを確認し、グラスに入ったレモンティーを引き寄せる。凪はストローを咥えると、ちゅーっとレモンティーを吸い上げた。
「お前ら、相変わらず……」
「ラブラブだよね」
「つーか、よくやるよな」
三人が呆れたようなため息をつく。ラブラブかどうかは分からないし、そもそも凪とはそういう関係でもなければ意識したこともないので分からないけれど、うんざりした顔で見られるのは心外だ。ぜんぶ食べられた凪の頭をよしよしと撫でてから、自分の分のステーキを口に運ぶ。
「やっぱレオすげーわ。普通ここまで面倒みきれない」
「あー、それ分かるかも……。二次セレクションのときとか酷かったもんな。ご飯は食べないし、風呂にもなかなか行こうとしないし、テコでも動かないときがあって……」
潔が思い出したように言う。凪はじろりと潔を睨んだ。
「それな! 風呂行くの、めっちゃ嫌がるし、びちゃびちゃのまま上がってきてたよな」
「あと、馬狼と喧嘩はじめるし。普通に暴言とか吐くし、暴れるし、マジで手につかない……いてっ」
急に潔が呻き声を上げる。テーブルの下、足元を気にしていた。
「レオの前で変なこと言わないでよ。違うからね、レオ。俺、ちゃんと頑張ってたよ」
凪がきゅるんとした目で玲王を見る。
凪の態度について、噂には聞いていたので別段驚くことはない。それに案外、凪は分かりやすいタイプだ。御しやすいタイプというか。そのことを丁寧に説明したら、三人が変な顔をした。
「そうかな……?」
「レオの前でだけじゃない?」
「んなことねーって。凪って好きことや興味のあることには分かりやすく反応するぜ? あと、単純なことだけど、こうやって……」
凪の頭をさらさらと撫でる。こうして、何かをしたあとに頭を撫でてやると、凪はいつも嬉しそうに目を細めた。
「頭撫でてやるから、とか、マッサージしてやるから、とか言えば、ちゃんと風呂にも入ってくれるぜ? あと、今日はレモンティーで釣った」
凪はレモンティーが好きだ。普段はあまり糖分を取りすぎないように我慢させているが、今日はなかなか動きたがらなかったからレモンティーを飲ませてやると言った。そしたら凪はこくんと頷いてくれた。あーんして食べさせることも条件につけて。
「それって、さぁ……」
千切と潔が顔を見合わせる。蜂楽はゲテモノのパイを食べながら、はいはーい! と元気いっぱいに挙手した。
「それってさ、凪っちがレオっちのこと好きだからじゃない?」
「は?」
「あ、こらバカ! 蜂楽!」
潔が慌てて蜂楽の口を手で押さえる。だけど、蜂楽は止まらなかった。
「レオっちのこと、一番好きだから、ついて来てくれるんじゃないの?」
ねぇ、そうでしょ? と蜂楽が凪に話を振る。凪はゆるりと体を起こすと、玲王の手を握った。
「うん、そう。よくわかったね。俺、レオのことが一番好き」
「は!? えっ!?」
凪の爆弾発言にパクパクと口を開く。
凪が自分のことを好き……? そんなこと、あり得ない。だって、凪の好きなものはレモンティーとゲームとだらだらすることと、あと……。
「ち、違うだろ。お前が好きなのは、レモンティーとゲームだろ……。あと怠けることじゃ……」
「それも好きだけど、情報が古いままだね」
凪がすりすりと手の甲を撫でる。三人が見てるし、もっと言えば、周りのテーブルにいる人たちも意識をこちらに向けているこの状況下で、凪はずいっとこちらに顔を近付けてきた。
普段から見慣れている顔なのに、いつもより真剣な表情をしているせいかドキドキする。手を握られているのも相まって、心臓が変な音を立てた。
「俺が一番、好きなのはレオだよ」
だからちゃんと俺のプロフィール、更新しといてよね。できれば、恋人の欄にはレオって書きたいな。
そう言い切った凪に、玲王はカァと顔を真っ赤にさせる。周りはヒュッーと囃し立てて、今日一番の盛り上がりを見せた。