「とにかく物が増えて困るんだよな……」
そう零したのは大衆居酒屋でのことだった。シーズンオフになり、どうせみんな日本に戻っているなら集まろうぜ! ということになったのだ。そうして集まったのが自分を含めて凪、そして二次セレクションでチームを組んだ千切と國神だった。あとは千切が声をかけたという潔と蜂楽。その他にもそれぞれ好きに声をかけたのだが、結局いま残っているのはこの六人だけだ。ちなみに他の連中は別卓の見知らぬ女性たちに声をかけ、知らぬ間にいなくなっていた。よくまぁ、勇気とバイタリティがあるものだなと思う。
そんなわけで、目下の悩みである"物が増えて困る"という愚痴を聞いてくれる人間は五人しかいなかった。いや、隣に座っている凪は飲み会の空気にすら飽きてゲームをしているから実質四人か。千切は「ふーん」と興味がなさそうに相槌を打ち、蜂楽は「だったら売っちゃえば?」とこれまた薄っぺらい言葉を返してきた。どいつもこいつも薄情な奴らである。
「お前んち、広いんだから置き場所には困らないじゃん」
「そうだけど、そうじゃねぇ……。っていうか、使わないまま置いておくのも勿体ねぇじゃん」
「だったら売っちゃえばいいじゃん!」
もう一度、蜂楽が同じことを言う。売ってもいい……かもしれないが、物が物だけに売りづらい。お中元、お歳暮、接待、誕生日会、ことあるごとに理由をつけて開かれたパーティーで持参された贈り物たちはどれも高価なもので特注品も紛れていたりする。そんなものを売ったら、バレたときに大問題だ。信用問題に関わる。だから、自分で消費していくしかないのだが、それにしたって限度ってものがある。ブランドの服も鞄も靴も、珍しいワインもお菓子も、量が多すぎればやり場に困るだけだ。それに好みだってあるから、正直不要である。とはいえ、捨てるのが勿体ないのも事実で。
「いや、だからさ、お前等で引き取ってくんね?」
「なに? くれるってことー?」
「おいおい太っ腹だな。でもいいのかよ?」
「捨てるよりいいし、放置しておくよりいいだろ」
「マジでいいのかよ。だって高い物とかもあるんじゃ……」
そう潔が言って、前から飛んできた枝豆を顔面で受けている。横を見れば、凪が頑張って枝豆を剥こうとしていて、どうやら対面にいる潔に飛ばしてしまったようだ。ああもう馬鹿、と言いながら枝豆を剥いてやって皿に乗せる。普段なら面倒くさがって手を付けないくせに、ツマミがなくなったからなのか仕方なく枝豆を剥いてみたらしい。
「まぁ、値段はピンキリだな。で、どうする? 引き取ってくれるってんなら、家に取りに来てくれると助かるんだけど」
「ノッた!」
「行く行く♪」
「じゃあ、俺も」
「貰えるならありがたく」
全員、タダならと快く引き受けてくれるようだ。唯一、凪だけは返事をしなかったが。
「凪も来るだろ?」
「うへぇー、面倒くさい」
でもまぁ、いいよ。と凪らしい返事をしてまた枝豆を飛ばす。
ひとまず、この日は悩みの種を解消する手段を得て、飲み会はお開きとなった。
※※※
それから数日後、五人揃って我が家に来た。「マジでレオんちでけ〜」とエントランスに入った段階でみんなが口を揃えて言う。もはやオフィスビル、タワマン、など各々好きに感想を並べる中で、凪だけは勝手知ったるといった様子でエレベーターに向かっていた。
「ほら、早く行こうよ」
「うわっ、出た。凪の謎マウント」
「レオんちに通い慣れてるってか」
「そういうわけじゃないけど……」
ぽかぽかと頭や背中を叩かれている凪を横目に、エレベーターで自分の部屋がある階を目指す。ちなみにエレベーターを降りたらすぐに玄関だ。リビング兼応接間を抜けて部屋に入ると、都内を一望できる大きな窓がお出迎えしてくれる。
「なんか異次元すぎて怖い……」
「みんな突っ立ってないでこっち来なよ」
「むしろそこに順応してるお前がこえーよ……」
凪だけは迷わずソファに向かい、ぐでんと横に転がる。早速とばかりにスマホを取り出し、ゲームを始める凪のことは無視して、部屋の奥にあるケースを引っ張り出した。
箱に入ったままの靴、ハンガーがついたままの服、その他にも鞄や小物などを引っ張り出す。
あっ、これ、この春にリリースされるデザインのやつだ。だけど、あまり好みじゃないからとりあえず誰かにあげよう……。などと考えながら並べ始めたら相当な量になった。
「えげつな……。箱の中身を確認するだけで日が暮れそうだな」
「分かる」
「それな。ひとまず、でかい箱から見てくか……」
これ欲しい人! と言って、挙手があった物をそれぞれ端に寄せていく。中には俺用に作られた特注品などもあって、それはさすがに貰えないとみんなに断られた。だが、スニーカーや小物、菓子類などは順調に減っていく。それどころか、
「あ、それ」
「あっ、俺も欲しいかも!」
同時に手が挙がって、一瞬火花が散る。話し合うかじゃんけんで、と思ったが、千切が買い取ると言ったところから、急に空気が変わった。
「だったらそれに一万出す」
「いや、それなら一万三千」
「いやいや!」
さっきまでの穏やかな空気が一変、即席のオークション会場になった。どんどんヒートアップする競りに、段々楽しくなってくる。正直、お金は一切いらないのだが、ついつい調子に乗って「一万五千! 他には?」と口を挟んでしまった。
「じゃあ、一万七千!」
「…………」
「他にいないようなので千切に」
「よっしゃ!」
千切がガッツポーズする。思いの外、オークションスタイルが楽しかったのか、他の物も次々と競売にかけられた。もはや趣旨が違ってきているが、順調に物も減り、楽しめるので一石二鳥だ。
そうしてほとんどの物が誰かの手に渡っていく中、凪だけはずっとソファの上で、参加する素振りを見せなかった。
「凪、お前はいいのかよ?」
「うん、興味ない」
「本当に? まだ少し残ってるぞ」
あとに残ったのはあまりにも高すぎる物や俺のためにと特注されたものだ。その山を凪が一瞥する。どれも興味がないのか、またスマホに視線を戻した。
「おーい、なーぎー」
マジでいらないの? と声をかける。凪はゆるりと視線を動かすと、徐ろにソファから立ち上がった。おっ、やっとその気になったか、と思ったが、その足は不用品の山ではなくこちらに向かっている。そのただならぬ雰囲気に、全員が凪のことを注視していた。
「……なんだよ、その手」
「なにって俺の欲しい物」
凪から指で差されて、は? と首を傾げる。後ろに何かあるのかと思って振り向いたが、何もなかった。
「レオが欲しい」
「は? なに言って……」
「ねぇ、いくらなら買えるの?」
予想外の発言に体が固まる。固まって動けないでいるのをいいことに、凪は人目も憚らずに体を引き寄せると、ぎゅうっと抱きついてきた。耳元に寄せられた唇からとんでもない言葉が飛び出す。
「じゃあさ、俺の一生をあげるから、それでチャラってことにしてくれない?」
はっ? え? と間抜けな声が出る。ほどなくして、誰かが「誰もいないようなので……」と言って、俺はただただ真っ赤な顔で俯くことしかできなかった。