Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    avinyn_m

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 9

    avinyn_m

    ☆quiet follow

    サブハク/レクハク

    #サブハク
    sub-hak
    #レクハク

    タイトル未定3夜の帳が下ろされ、真っ青な満月が淡い光を放つ。左腕が共鳴するように疼く。黒龍が唸りをあげる。今宵は満月の力がもっとも強まる夜、サファイア・ダークナイトであるからだ。堕天勇者レクイエムに封印された黒龍は闇に息づき、光りを嫌う存在である。しかし今日だけは、燦燦と煌めくサファイア・ブルーに照らされ、レクイエムの左腕は覚醒する。

    「レクイエム」
    「! ……ハックか」
    「左腕の調子はどうっすか」

    影のように音もなく現れたのは、レクイエムの盟友、ハックであった。常に虚空を見つめる空虚なブラックダイアモンドの瞳は、蒼穹に輝く。ハックの整った顔立ちは、右半分が影に覆われ、左半分が明るく照らされている。静寂と孤独に愛された夜だが、ハックの存在だけは苦にならなかった。レクイエムの半身と呼んで差し支えない存在だからだろう。

    「フッこいつも窮屈だろう。今、戒めの鎖を解き、しばしの自由を与えてやろう」

    レクイエムが左腕の包帯を解く。ハックは眉根を寄せた。

    「大丈夫っすか?暴走でもしたら、ここら一帯が……」
    「ふふふ、僕がこいつに勝手を許すと思うか。勿論、油断はしないさ……それにハック、お前がいるなら問題ないだろう」

    レクイエムがふっと軽く微笑むと、ハックは朱を顔に染めた。レクイエムのクールな盟友のこんな姿を見られる機会は滅多と無い。彼は基本的に、心を許した者の前でないと思考機械さながらに、無感動に計画し行動する、歯車の一部となるのだ。そんな機械人形がレクイエムの前だけでは感情を取り戻し、心を描き出す。それがレクイエムの誇りであり、特権であり、ひそかな優越感でもあった。

    もっとも、それはハックにも同じことであった。己の絶大すぎる力を秘めるため、あえて孤高の存在と振舞う、慈悲深きレイクエム。彼が唯一、隣に並び立つことを許したのがハックなのだから。とはいっても、ハックといえどレクイエムの心層に触れることはできない。レクイエムは黒龍だけではない。もっと強大な秘密を有している。それが何なのか、ハックには分からない。触れることもできない。それがしばしば、ハックをもどかしくさせた。

    封印の儀をとかれた左腕に、青白い文様が走る。幻影の炎が火柱を上げ、レクイエムの周辺に熱気の渦を巻き起こした。腕で顔を庇ったハックは、恐る恐る目を開けた。眼球が煮え立ちそうな放熱だ。

    「レクイエム、信頼してくれるのは嬉しいっすよ。でも……」
    「僕が怖いかい、ハック」
    「……いいや」

    ハックは両の手を握りしめ、堂々とレクイエムに対峙した。ブラックダイアモンドが熱を帯びる。レクイエムが左腕を伸ばす。龍を模した炎が巻き付き、ハックに向けて獰猛な咆哮を上げた。ハックは生唾を飲み、そっと右手を伸ばし、レクイエムの左手に重ねた。熱くはなかった。

    「俺はずっと、お前の傍にいるっすよ、レクイエム」
    「ああ、ありがたいな、ハック。ならばともに行くか」
    「行くって、どこへ?」
    「さあな。龍が僕を導くんだ。さ、行くぞ。しっかり捕まっていろ」

    レクイエムの肩甲骨が変形し、漆黒の翼が生えた。後年、切り落とされる運命にある片翼も、当時は悠々と羽ばたくことができた。翼をもたないハックはレクイエムの首に腕を回した。筋肉のこわばりが、彼が緊張していることを伝えてきた。けれども、もう一度「怖いか」と尋ねると、ハックは意固地に首を振った。

    満月をバックに翼を広げる。レクイエムの左目が、怪しく黄金に輝いた。まるで本来の月がレクイエムの左目に宿り、今夜だけ、まがい物が宙に用意されたようだ。ハックは綿のように軽かった。レクイエムが優雅な足取りで飛び立つ。重力に抗い、翼が風を掴む。ひんやりとした夜に、流星のごとく、炎龍が駆けた。レクイエムは浮遊感に身を委ね、途方もない孤独の果てへと飛び立った。

    だが、一人ではない。ハックがいる。彼は、レクイエムがどこに去ろうとついてきてくれる。その事実が安らぎをもたらしてくれた。

    ……。

    …………。

    「ハッ!!!!」

    サブローは飛び起きた。急にGをかけられたように、体が重く、内臓がぎゅるる、と呻いた。胃から食堂にかけて悪臭が満ち、臭いだけで激痛がもたらされるようだった。十二指腸を雑巾絞りされているような痛みと不快感に、体が意図せずくの字になる。

    「あ、起きたっすか」
    「……は、ハック……ここは?」
    「急に居眠りするからビックリしたっすよ。また5時起きしたんすか?」

    ハックがヤレヤレとサブローを見下ろしている。奴の手にはおどろおどろしい緑の物体が詰め込まれた弁当箱がある。ハックが言うにはオムライスらしいが、サブローの記憶では卵は黄色と白しかないので、多分あれはオムライスではないか、腐りきった卵を使用したのだろう。あのとんでもない劇物を一口、たった一口、食べた記憶がうっすら蘇ってきた。

    サブローだってあんなもん食べたくなかった。だが、親友であるハックが弁当の礼に、わざわざ弁当を手作りしてきたのだ。共謀したわけではないが、二人とも偶然オムライスを作ってきたのだ。

    「かぶっちゃったっすね」

    と、サブローの前ではめったに笑ってくれないハックが珍しく、屈託のない笑みを見せてくれたのだ。断じてハックのオムライスはオムライスじゃないし、サブローの綺麗にふっくら包めた自信作と一緒にされたくないが。前世の盟友の手作りを、サブローが断れるわけなかった。決意をしてスプーンを握った感触がまざまざと掌に蘇った。

    「すまない、どうやら前世の夢を見ていたようだ……」
    「前世?」
    「ああ、僕とお前が盟友で、ともにダークサクリファイズと戦っていた頃のことだ。あの夜は1000年に一度だけ訪れるサファイア・ダークナイトと呼ばれる日で、満月が持つ退魔の力が弱まり、逆に魔力を高めるという恐ろしい日だった。僕とお前はともに世界を救う決心をし……」
    「あーはい、白昼夢っすね。良かったっすねー」

    ハックに軽く流された。もとはと言えばこいつのオムライスのせいなのに。

    「白昼夢じゃない!むしろ走馬灯だったぞ!」
    「どういう意味っすか?」
    「だから……その……」
    「それよりサブロー君、まだ一口しか食べてないっすよ。早く食べないと、昼時間終わるっすよ」

    サブローが渡した弁当箱は空になっていた。寝込んでいる間に完食したようだ。ケチャップライス一粒も残っていなくて、サブローは口角を上げてしまった。いつもの「レクイエムだ」という訂正すら忘れてしまった。

    しかし、喜んでばかりもいられない。サブローの前には、禍々しい異世界のオムライスが待ち構えている。しかも無駄にでかい弁当箱に、ぎっちぎちに詰まっている。堕天勇者といえど震えが止まらない。武者震いだろうか。冷汗も滝のように流れ出す。胃がしくしくと泣き出した。決戦に備えて癒しの薬丸(胃薬)をガブ飲みしてきたのだが、ハックのこの世ならざるゲテモノに、この世の薬で対処できるはずがなかったのだ。

    「あー……その、後でまた、ゆっくりいただくとしよう」
    「え、弁当箱は返してくださいっすよ」
    「ちゃんと洗って返すから。今はその、見逃してほしいというか、一時休戦の時というか」
    「何わけわかんないこと言ってるんすか。おなか空いてないんすか」

    ここで「もしかしてマズかったのかな」とか考えつかないのがハックである。彼の自信満々なところは嫌いじゃないが、実力不相応であることを指摘するとキレだすところは、そんなに好きじゃなかった。ヤルミナの先輩のことを横暴だと愚痴っているが、ハックも大概、横暴な暴君である。

    白昼夢……じゃなくて、走馬灯で見た、前世のハックは可愛かったのに。クールで冷たいのは変わらないけれど、レクイエムにだけは素直で、全幅の信頼を寄せられていて。

    「やはりヤルミナに所属したせいで、ハックは性格が変わり、記憶まで失い、料理スキルまで壊滅的に……許すまじ、ヤルミナティー!!!」
    「うわ、急に叫ばないでくださいっすよ」

    レクイエムはヤルミナをぶっ潰し、ハックを解放する決心を新たにした。もう一度、レクイエムの隣に並び立つ親友を取り戻すのだ。

    そのためにも、この最初の刺客、劇物オムライスをどう処分するか。目下の悩みはそんなところだ。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    related works

    recommended works