タイトル未定4緑のパーカーが遠目に見えた時点で、サブローの足と鼓動は自然と速くなる。ワクワクと浮き足立ってしまう。今日は昨夜から体調が悪いので、ナメクジのようにノタノタした動きだが、心だけはワンコのように一目散に駆け出している。
ハックは大切な友人だ。ダークサクリファイズの陰謀渦巻くこの世界で、唯一信じられる、前世からの友達だ。今はダークサクリファイズの手先、秘密結社ヤルミナティーに洗脳されている。しかし、サブローとこうしてお昼を供にするようになったので、地道に洗脳を解除できているのだろう。ハックが完全に悪の手から解放されるまで、あと少しの辛抱だ。ハックさえ取り戻せた暁には、ヤルミナティー、貴様らの命はない!
サブローがハックの元に辿り着くまで、脳内では壮大なストーリーが始まり、早送りでエンディングを迎えていた。
「ボク、降臨」
「決めポーズする暇があるなら、さっさと弁当箱返してくださいっす」
けんもほろろなハックに、サブローが雨の日の捨て犬のような目をした。子犬なら情もわくのだが、20歳男には何ら感情が生まれないのが不思議である。
サブローは綺麗に洗った弁当箱を返却する。洗剤をたっぷりつけて3回洗っても、なかなか滑りが取れない強敵だった。新種のSCPと言われても信じたかもしれない。
サブローはゴム手袋をし、マスクとフェイスシールドで顔面を完全に防御して洗った。カッコよさ云々よりも、命の方が大切だった。
「サブロー君が弁当箱持ち帰ったから、今日は俺は何にも作ってないっすよ」
「いや、いい。気を使わなくて。大丈夫だ」
「なんで焦ってるんすか?」
「あああ焦ってなんかない!そら、今日の供物だ……」
アスパラガスのベーコン巻だ。何気に旨いのだが、作るのが面倒だし、居酒屋で頼むと野菜嫌いのキリンにブーブー言われる一品だ。ここ数年食べていなかったことを思い出し、ハックは顔を綻ばせた。
ハックは時々怖いけれど、笑ったらそんなに怖くないのにな、とサブローは残念に思う。毛並みのボサボサな犬を連想させる。性格は猫っぽいが。サブローは無意識にハックを撫でようとする左腕を懸命に押さえた。封印(包帯)を施しているというのに、突破してくるというのか。鎮まれ、黒龍!
「僕はお前が喜んでくれるだけで十分だからな」
「サブロー君……」
「レクイエムだ。ハック……」
「なんかそこまで尽くされると、逆に気持ち悪いというか、気を遣うっす。タダより高いものはないって言うでしょ」
「ハック?」
サブローが、飼い主が永遠に「待て」を解除しない飼い犬めいた悲痛な顔をした。ハックの氷の心がサブローを可愛がることは未来永劫ないが、貰いっぱなしというのは後味が悪い。ハックはキリンやタブーと違って常識がある、そう自負しているのだから。ハックがごそごそとポケットを探ると、常備しているチョコポールが見付かった。
「はい、これあげるっす」
「い、いいのか!?これはお前の生命の宝玉だろう!?」
「人をチョコポールきらすと死ぬみたいに言わないで欲しいっす。まだストックあるんで、これぐらい、あげるっすよ」
「おお……決して小さくない犠牲だったが、得られたトレジャーはかくも高貴な光を放つものなのか……」
チョコポール相手に大袈裟っすね、とハックは笑うが、わりとサブローは本気で泣きそうだった。ハック特製オムライスを必死で完食して以来、胃がおかしいのだ。消化がうまくいかず、ずっと吐き気が収まらない。昨夜は母親がせっかく作ってくれた夕飯を一口も食べられず、散々心配をかけてしまった。罪悪感がサブローの体内の未知の内蔵をチクチク刺激していた。
胃を破壊した代償に得られたもの。それはチョコポールではない。ハックとの厚き友情だ。
「うまい、うまいぞハック!」
「そりゃチョコポールはうまいっすよ。企業努力の結晶っすからね」
「そうか、チョコポール……胃に優しいし、久しぶりのエネルギー補給に、我が肉体が歓喜に震えている」
「だから大袈裟なんすよ。サブロー君って、残念っすよね」
ハックがじっと観察してくるので、サブローの胸の、何らかの内蔵がぎゅっと縮み上がった。体が熱っぽい気がする。昨日のダメージがぶり返したのだろうか。
「見た目だけなら、子犬に負けないぐらい、いいんすけど。やっぱ性格っすね」
「どういう意味だハック?」
ハックは嫌味たっぷりにため息をついた。何の話か理解しがたいが、性格のことをハックには言われたくなかった。本人にはそう言えないけれど。だって笑ってないときのハックは怖いから。
でも、今のハックは少し楽しそうだ。だからサブローも嬉しい。友情に乾杯。例えサブローを弄るときだけ、ハックがイキイキしているとしても。友達といったら友達なのだ。
「アスパラベーコン系男子……とはちょっと違うっすね。その中二病なんとかして、アクセサリーとか不気味なメイク全部やめて、服装もユニ◯ロかG◯で統一したら、モテるんじゃないっすか」
「僕のメイクは不気味じゃない。魔除けの効果があるんだ。アクセサリーも……というか、僕は中二病じゃない」
「残念っすね。サブロー君が女性関係強くなったら、俺のストーカー軍団、半分請け負って欲しかったんすけど」
「なんてことさせようとするんだ!友達に!」
「友達じゃないっす」
ハックが頑なにそう主張しようと、二人は友達だ。アスパラガスとベーコンのように、互いを補完する理想的な関係だ。そう信じている。
友達だから、さすがにストーカー軍団を半分引き受けるのは嫌だが、ハックが困っていたら助けてやろう。サブロー……いや、堕天勇者レクイエムは左腕と邪眼にそう誓った。