ワンライ『期待』『いつもと違う』(第97回お題拝借) ワンダーステージでの公演が終わり、寧々とえむを送迎する車が遠ざかっていく。
練習は暗くなる前に解散するが、公演となればそうはいかない。
帰宅時に送迎が必要になるのは明確だった。
…車が見えなくなったので歩みを始める。
珍しく話が振られることが無かった為ふと疑問に思い横を向くと、ちょうど司もこちらに顔を向けた。
「……類さえ良ければ…なのだが。…少し、寄り道をしないか」
「寄り道?」
急にどうしたのだろうか。
疑問に思いはしたがこの後の予定は無いのだから、答えはひとつだ。
「勿論、構わないよ」
「!…そうか、良かった」
特に目的地も告げずに歩いていく司についていく。
人の多い通りを抜け辺りに誰もいなくなると、手を繋がれた。
繋がれたことで、今回の寄り道の目的を悟った。
最近は新しい演目の調整で忙しかったため、あまりこういった時間を過ごすことが出来ていなかった。
自分たちは恋人同士とはいえ、互いに一番なのはショーだ。
例え恋人の部屋…なんなら家に二人っきりだとしても、目的がショー関連ならやることはショー関連しかないのだ。
「どこに行くんだい?」
「…気分転換に散歩をしていた時、良さそうな場所を見つけたんだ。いつか、類を連れていきたいと……思っていた」
「それは……期待が膨らんでしまうね」
会話はあまりなかった。
ただ無言のまま、目的地までの道のりを歩いていく。
それでも…繋がれた手から届く温もりと共にある静かなこの空気は、とても心地が良かった。
「着いたぞ」
「……これは、凄いな。よく、見つけたね」
高台な所にあった小さな休憩所と思わしき場所から見える景色は、とても綺麗だった。
暗くなった為よく見える建物の明かりが、都会では見ることの出来ない星空のように散りばめられていた。
ここにたどり着くまでの人通りの少なさ、そして誰も居ない小さな空間が合わさり、幻想的な雰囲気が漂っていた。
「何度かここに来ているが、人とあまり会うことがなくてな。二人で来るのに、丁度いいと思った」
「この景色を、僕らだけが……」
景色を眺めていると、手を引かれ近くのベンチに座る。
座りながらでも結構見えるようだった。
「それにしても、ここはとても静かだね」
「あぁ、少し離れたところにあるからだろうか、音があまり届かないようなんだ」
サァッと風が吹く。
少し、寒くなってきてしまったかもしれない。
自業自得な薄い服装に後悔をしていると、首元に何かが当たった。
「もう寒くなってきたのだから、防寒はきちんとしろと言っているだろう?」
「………これは?」
首元に巻かれたのはとても暖かいマフラーだった。
最初は司のものを貸してくれたのかと思ったが、変わらず同じものを首に巻いている。
どういうことか思考していると「お前が、いつも薄着だから…」と珍しく小さな声で話し始める。
「言ってもすぐに忘れてしまうから、風邪をひいてしまわないよう……お前の分も用意した」
「…へ、ぇ………?」
「つ、作ったのではないぞ!?たまたま…たまたま店でお前を思い浮かべるような綺麗なマフラーがあってだな...」
どこまでが本当でどこまでが嘘なのかは分からないが、ただ一つ、自分を思って用意してくれたことだけは確かで。
この景色も、この小さな空間も、このマフラーも、全てが。
「…温かいなぁ……」
「そ、そうだろう!なんといっても、オレが類の為に用意したマフラーだからな!」
ぽつりと漏れた言葉に、少し勘違いをした返答が返ってくる。
本当のことを言うのは恥ずかしいから、そういう事にしておこう。
「…フフッ。司くんが、僕の為に」
「う、ぅ…繰り返さんでいい……照れるだろう…」
司が顔を逸らし、立ち上がる。
その顔は赤く染っており、少しからかい過ぎてしまったかもしれない。
「とても嬉しかったんだよ、ごめんね。素敵な時間をありがとう、司くん」
「…あぁ。喜んでもらえたのなら、準備した甲斐があった」
再び差し出されたその手を取り、いつもより小さな歩幅で帰路を歩き出す。
温かい心地のする手は、喧騒が戻ってくるまでの間繋がれていた。