ワンライ『鍋パ』(ワンライ第113回お題拝借)「秘技…仕切り鍋、だ!!」
珍しく司の家に招待されたかと思うと、テーブルに置かれていたのは真ん中で二分割されている仕切り鍋で。
鍋が置かれているということは、今回の目的はつまり。
「司くんにしては突然の要件も無い呼び出しだったのはこういう事かい」
「む、だから言っているだろう!秘技だと!」
「僕は野菜を見るのも得意では無いのだけれど」
「…む、ぅ……そう言うと思ってな…秘技その二、だ!」
叫ぶや否やキッチンへ駆け込んだ司は、冷蔵庫を勢いよく開く。
そのまま中に入っている何かを掴むと、また駆け足で返ってきた。
「今回は…これを使う!」
「これは…『しゃぶしゃぶ用豚肉』……なるほど。これなら、僕でも大丈夫だね」
肯定の意を示すと目を輝かせた司は再びキッチンへ駆け込んでいく。
キッチンから蜻蛉返りしてきた司の両手にはだし汁が握られていた。
クッキングヒーターのスイッチを入れ、両手それぞれに握られていただし汁が仕切りで隔たれた両方の部屋へとそれぞれ注ぎ込まれていく。
「こっちは鰹出汁で、こっちはぱいたん、と言うらしい」
「なるほど…仕切りのおかげで一度に二度楽しめるということだね」
鍋に注がれた出汁が温まるのを待つ間、パックを外し肉を取り出し準備を進める。
豚肉、鶏肉…二種類の出汁といい、とにかく様々な体験が出来そうなラインナップをしており少しずつ楽しみが膨らみ始めていることに気がつく。
「どうして、急に鍋を?」
「………オレ達、高校を卒業したらルームシェアをする予定だろう。その前に一度お前とこうして鍋を囲んでみたかったのだ」
「…すまない、意図が見えてこないのだけれど」
あらかた準備を終え、あとはただ待つだけとなり改めて司の方へ視線を投げる。
ずっと鍋から視線を動かさなかった司は、咳払いし視線をこちらへ合わせてくれた。
「その…だな。オレは、お前と共に過ごし始めたら今以上に食生活は厳しくしていくと伝えた。たとえお前が嫌がっても今まで以上に野菜を食べさせるつもりだと」
「……それは、ルームシェアを決める時に話し合ったね」
「だから…といってはなんだが。きっとこうした、鍋の囲い方は…もう出来なくなるだろうと思ったのだ。やるなら別々に過ごしている今のうちだろうと」
ぐつぐつと出汁が沸騰が近づいてきた音が聞こえると、司は箸をとり肉を掴むと琥珀色をした鰹出汁の方へと潜らせていく。
赤を纏っていたはずが徐々に色を失いしっかりと熱を通された肉が出汁から取り出されると…そのまま差し出された。
「今の、オレ達にしか出来ないことを沢山楽しんでから…未来を共にしたいと思ったのだ」
「…そう、かい」
恥ずかしげもなく放たれた台詞に顔が熱が集まってしまったのを隠すため差し出された肉を食すと、同じように箸を取り肉を掴むと白濁した白湯の方へと潜らせる。
朱が徐々に薄くなり食べ頃の桃色になった肉を出汁から取り出すと、同じように差し出す。
「僕だって…君と共に居たいと思ったから、条件を呑んだんだよ。自分の意思だ」
「ああ」
司は類が差し出した肉を口の中に入れると、咀嚼し飲み込んだ。