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    ヌヴィ蛍 花嫁②

    ※男性キャラクターの女装描写があります

    花嫁バトルロワイヤル ② ヌヴィレットはエピクレシス歌劇場の舞台にかけられた巨大なスクリーンを前に、ぼんやりと突っ立っていた。ここへ至るまでにまあ色々あったのだ。
     まず、随分と長い間手付かずだった身分登録の制度にメスを入れる苦労は筆舌に尽くし難かった。特に検律庭からの反発はかなりのものだった。立法に関わる者には貴族が多いので当然のことであるし、血の繋がりに関して表沙汰にしたくない者たちは個人情報保護の観点から論争を激化させた。
     ある程度の議論をしたにせよ、結局は権力を用いて強行させたのは後ろめたい点である。今回のことで貴族たちからの支持はまた少し落ちただろう。
     しかしそれもヌヴィレットには都合が良い。
     いずれはこの席も、フォンテーヌ国民へ返さねばならないのである。その時が来るまでは己の評判がどうであろうと何としてでもこの国を守っていかねばならぬが…。
     ──ヌヴィレットもまた、共律官たち以上に休息を取らなかった。肝入りの法改正以外にも日常業務はわんさかあった。事件は毎日どこかで起きているし、プネウムシアエネルギーだって定期的に供給が必須である。さすがの水龍もちょっとぼんやりしてしまう。
     そんなヌヴィレットの背後から、コツンコツンと軽やかな足音が迫ってきた。
    「やあ、ヌヴィレット。きみが今日の優勝トロフィーだって?」
    「フリーナ殿、ごきげんよう。優勝トロフィーはきちんと別に用意がある。……一体何をしにここへ」
     ずれた返しをするヌヴィレットに、フリーナは肩をすくめる。
    「揶揄だろ、相変わらずだねきみは。実行委員から聞いていないのかい?僕は特別ゲストだそうだよ。行政に纏わるイベント事は断ってきたけれど、こんな面白い企画にあの旅人が出ると聞いたらそんなの、来ないわけないだろ!」
     旅人。
     彼女の面影が脳裏を過ぎるたび、ヌヴィレットは胸の奥を握り潰されたようにギュッと苦しくなる。
     思わず胸を抑えたヌヴィレットを、フリーナのヘテロクロミアが覗き込んで、うっそりと笑みの形に歪んでいく。
    「ふうん。ま、及第点といったところだね」
    「何が…」
    「良い顔をするようになったと言いたいだけさ」
     フリーナは気まぐれな猫みたいにヌヴィレットの前を通り過ぎて、周囲をくるりと見渡した。スタッフたちがスクリーンの周りで何やら調整していたり、舞台の横にマイクや椅子、横長のテーブルを運び込んでいる。その傍でパイモンとシャルロットがレジュメ片手にスタッフたちと話し込んでいた。
    「探測ユニットと写映器を改造して、現地の様子をリアルタイムにこのスクリーンに映すって聞いたけど。なかなか画期的な発明だね」
    「以前から科学院の者たちが売り込みに来ていたのだ。構想はあるが予算がつかないと。こちらとしても名目がなければ補助は出せないが、行事協賛という形ならば格好がつく」
    「きみは、今回かなり気合いが入っている」
    「すべての国民に身分を証明させる必要がある」
    「小難しいことはわからないさ。きみが舵を取るというなら喜んで乗るまでだ」
     ところで、とフリーナがまたにたりと笑った。
    「あのドレススタイルは走り回るのに適していないのじゃあないか?」
     うんともすんとも言わなくなった水龍を前に、かつてのソリストはついに声を上げて笑った。
     打ち合わせが終わったのか、シャルロットがこちらを見て手を振っている。
    「ヌヴィレット様、フリーナ様!そろそろお時間ですよー!」

    *

     エピクレシス歌劇場の北、ポート・マルコットがゲームの開始地点である。参加人数は十数人、それぞればらばらの位置からスタートし、ペイント弾で戦いながら歌劇場を目指す。あちこちにスタッフや探測ユニットが置かれ、失格となった者は即座に退場させられる。ちなみにイベントの趣旨からウェディングドレス着用必須である。
     巡水船の船着場で受付を済ませ、シュヴルーズと別れた蛍は一人指定された場所で開始の合図を待っていた。パイモンはひと足先にシャルロット達と共に歌劇場だ。飛び道具認定を受けて没収されたのだ。それを聞いたパイモンが真っ赤な顔で空中で地団駄を踏んだ姿を思い出して、蛍は少し笑った。
     辺りを見渡しても肉眼では人の姿は見えない。ここへ来るまでに何度か花嫁姿の参加者とすれ違ったが、みんな緊張のためか言葉は少なかった。
     ──ポーン、ポーン
     いくらか待った頃、設置された拡声器からアナウンス音が鳴った。
    『お待たせ致しました。これより、花嫁バトルロワイヤルを開始します』
     何度聞いても耳を疑うようなイベント名である。蛍は機関銃を握り直した。

    『用意、スタート!』

     思ったよりも近くで衣擦れの音が聞こえた。蛍は身を屈めてそろそろと走り出した。パン!早速どこかで銃声が鳴り響いて、女の悲鳴が聞こえる。
     蛍には一つ作戦があった。歌劇場へ続く広い道へ出る前に出来るだけ数を仕留めるのだ。
     木陰に入った蛍が足を止めて周囲を伺うと、前方に人影があった。
     花嫁だ。
     相手はまだこちらに気づいていない。蛍は機関銃を構えて足を踏ん張った。ドドドドド!反動が重い。ペイント弾で白いドレスの胸元を真っ赤に染めた女が目を瞠いて蛍を見た。
    「あ」
     たった一音溢して倒れ伏した女に構わず、蛍はまた姿勢を低くして走り出した。あとは一人、二人、立て続けだった。少し距離があってもペイント弾は狙い通りに当たる。シュヴルーズとエスタブレはどれだけ改造してくれたのか、蛍は改めて心の中で感謝を込めた。
     そのまま五、六人ほど倒した蛍は、そろそろと大通りの方へ足を向けた。ポート・マルコットの南東にある噴水の方まで来ると、大きな白い影が仁王立ちしているのが見える。訝しんだ蛍は物陰に隠れながら目を凝らした。
     どう見ても男性的な巨躯に、ぱつぱつに歪んだウェディングドレス。厳しい顔つきで虚空を睨みつけるその男を、蛍は知っていた。
     気づいたら蛍の口から悲鳴が上がった。
     男がパッと振り返った。間違いない、この人は…
    「旅人か?」
    「──り、リオセスリ!?」
     蛍は驚愕に目を見開いて機関銃を取り落としかけた。わなわなと震える手でウェディングドレスを来た大男を指指す。
    「公爵もその、ヌヴィレットの唇を狙っているの!?」
    「な訳があるか!クロリンデさんとの賭けに負けたんだよ」
    「賭けでここまでする!?」
    「賑やかしが欲しいって言われてね、何よりヌヴィレットさんの大事な政策を控えてるとあっては」
     やはりこの男、ヌヴィレットを狙っているのではないか?疑惑の眼差しでじっとり見ていると、リオセスリは手ぶらの両手をふらふらと振って笑った。
    「ってわけで。来いよ、蛍!武器なんか捨ててかかって来い!」
    「そのサイズのウェディングドレスどこで買ったの?」
    「ドンキ」
     二人がしょうもないやりとりをしていると、どこからともなく風が吹いてきた。空を見上げると随分と低い位置で飛行船が飛んでいる。その船首に、白いドレスを着た女が立っていた。
    「あの人も参加者?飛行船も有りだなんて聞いてないけど」
    「さあな。ところであれ、こっちへ向かってきてないか?」

    *

    「あ、あれは、“純白のスズラン”だーーー!!!」
     エピクレシス歌劇場のスクリーンの横に長テーブルが二つ並んで、解説席と書かれたプレートが置かれている。そこにシャルロット、パイモン、フリーナ、ヌヴィレットと並んで座っていた。
     会場一杯の観客を前に、シャルロットはマイクを握りしめて叫んだ。スクリーンには飛行船に乗った女の姿が映し出されている。
    「純白のスズラン!犯罪を繰り返してはメロピデ要塞に送られて、服役を終えても警察隊にマークされているという超要注意人物ですが、ここへ来て飛行船に乗って参戦か!?ド派手な登場に旅人たちも呆気にとられている!」
     流れるようなシャルロットの解説に、フリーナは「アッ」という顔をして手を打った。「おお、彼女の審判は僕も何度か立ち会ったな。まさか彼女もこのイベントに参加しているとは」
    「……あの飛行マシナリー、使用許可は下りているのか?」
     ヌヴィレットが顎に手を当てて訝しんでいると、警察隊の一人が慌てた様子でステージに上がってきた。
    「ヌヴィレット様、ご報告します!この飛行マシナリー届出がありません!違法飛行です!」
    「直ちに停止させよ」
    「ハッ!すでに何名か現場に待機しております!すぐ取り掛かるよう伝えます!」
     現れたときと同じようにバタバタと走り去っていく隊員を見送ったシャルロットは、このトラブルに頬をぽっと紅潮させた。めちゃくちゃ面白くなってきたからである。リオセスリの登場で会場内は沸騰しかけていたが、まだまだ波乱が続きそうだ。
    「──皆様、お聞きになられたでしょうか?かの純白のスズランは、またしても罪を重ねようとしております!これはますます目が離せません!」
     パイモンとヌヴィレットはそわそわしていた。旅人のことが心配で仕方ないのである。「やはり私が直接…」「オイラも…」立ち上がりかけたヌヴィレットの腕をフリーナが慌てて引っ張り、飛び立とうとしたパイモンをシャルロットが取り押さえた。
    「ヌヴィレット様!パイモン!ステイですよ!」

    *

     ばたばたと周りに警察隊が集まってくる。
    「違法飛行です!止めますのでお二人は下がってください!」
     やはりルール違反だったかと蛍が納得している横で、リオセスリが「あの顔、思い出したぞ」と呟いた。
    「知ってる人?」
    「うちの常連だ。純白のスズランさ。彼女にもようやく更生の時が来たか」
    「あの人が、純白のスズラン……?」
     その名前には聞き覚えがある。前にメロピデ要塞で、その名が署されたラブレターを読んだことがある。それは確か、ヌヴィレットに宛てた…。
    「旅人よ、更生とはだな」
     リオセスリがてろてろと光沢のあるスカートをばっと翻した。ドレスが風に攫われて飛んでいったその下に、いつもの服装に着替えた公爵がいた。
     ものすごい早着替えだ。
     蛍は幻かと思って目を擦った。その間にもリオセスリはいつもの厳ついガントレットを取り出して、ガシャコンと重たい金属音を鳴らして装着している。蛍もようやく顔を引き締めて、機関銃を肩に掛け自分の短剣を取り出した。その剣でスカートの裾をシャッと切ってしまう。ついでに太ももまで切れ込みを入れた。いくら多少の伸縮性があるといえど、やはり長い丈は足手纏いだった。美しいドレープを模っていた切れ端が風に飛んでいく。蛍は心の中で千織に謝った。ごめん、やっぱりドレス駄目にした…。
    「更生とは読んで字の如く、生きかえるということだ。罪を償い、己の破滅と向き合い、そして生まれなおすということだ。
     彼女を本当に助けるものは、法で定められた懲罰でも、天からの救済でもなく、──失恋さ」
     蛍はきゅっと唇を噛む。
     蛍も、同じだ。
     この身の裡に燻るこの恋を、この日殺すために来たのである。
     最後に彼からの祝福を心に刻んで、しっかりと封をして水底に沈めて置き去りにしてしまうのだ。それでなければ、蛍はもう、溺れて助からないような気がした。
    「私もそうだよ、公爵」
    「旅人?」
    「私も、今日、失恋しに来たの」
     怪訝な顔をしたリオセスリが問いただそうとしたその瞬間、飛行船がドオンと大きな音を立てて大砲を打った。バシャン!蛍たちのすぐ近くが一面真っ赤に染まった。巨大なペイント弾だったようだ。蛍とリオセスリは目を見合わせて、一呼吸の後に走り出した。
    「ハハッ、奴さんやる気だな!」
     リオセスリが歯を見せて笑った。楽しそうで何よりである。その間にも大砲が立て続けに落ちてくる。これに当たりたくない蛍は必死だった。ルール違反で無効だとしてもだ。
     蛍は飛行船との距離を目で測った。
    「公爵、私を飛ばしてくれる?」
     リオセスリはさっと警察隊の動向に目をやった。あまり効果的な策はなさそうだ。説得材料が一つ減ったことに肩を落とした公爵は、癇癪を起こした子どもに言い含めるような口調で言った。
    「あんたが行くまでもないだろう。まだゲームは続いている。俺が行くからあんたは待ってろ」
     二人は物陰に入った。またドオンと音がして、辺りが真っ赤に染まっていく。
    「私が行く」
     その凛とした眼差しを、リオセスリは少し眩しそうに見た。元より説得しきれるとは思っていない。
    「上に向かって水紋の剣を出せ」
     飛び出した水の飛礫に氷元素を纏った拳が振るわれる。凍って上空に止まったが今にも崩れそうだ。リオセスリが両手を組んで足場にする。アイコンタクトを受けて蛍が飛び乗ると、ぐんっと腕が伸びて上へと放り出される。凍った水紋の剣に足をかけて跳躍していく。
     ついに、とん、と蛍が船に飛び乗った。
     船首に立った女が目を剥き出してこちらを睨んでいる。
    「あなた、ヌヴィレットのことが好きなんだね」
     純白のスズランは拳銃を持っていた。銃口はこちらを向いているが、ガタガタと震えて定まらない。構わず蛍が踏み出した。
    「私も好きなの、譲れないの」
     パン!と銃声が鳴った。弾は蛍に当たらず、後ろの動力システムがバキンと歪な音を立てた。
    「でもね、これっきりにするから」
     蛍がひゅるっと剣を回して持ち方を変えた。女が二発目を打つ前に素早く踏み込んで、その鳩尾に剣の柄をドンと突いた。女の体が崩れ落ちていく。
    「──どうか許して」
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