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    ganiwaoo

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    di夢つづき

    エンジョイ勢vs過激派 その日、◯◯は事務職員主任の吉野作造に声を掛けられ、伝蔵へ渡す書類を預かった。とにかく伝蔵への届け物は◯◯に任せておけば大丈夫、みたいな不文律が出来上がりつつあるのだ。毎日コツコツ積み上げた実績(ストーカー)のおかげだ。◯◯は喜んで拝命した。
     伝蔵なら今日の戌の刻から出張のはずで、今の時間は授業を終えて職員室だろう。いつだって伝蔵のスケジュールをがっつり掴んでいる。
     ◯◯はルンルンと足取りも軽くスキップ、なんなら鼻歌まで口ずさんだ。物陰に隠れず大手を振って堂々と山田先生に話し掛ける機会など、こんなときにしかないので。
     しかし、職員長屋を突っ切り目当ての部屋の近くまで来ると、◯◯はすん…と足音を忍ばせた。クセになってんだ、音殺して動くの。
     来客だろうか?妙に弾んだ伝蔵の声が聞こえる。もう今すぐ天井裏に飛び込みたい。だって今絶対あんまり見たことない顔で笑ってる!声でわかる!これは身内に対しての遠慮がないやつ!なんで私スキップなんかしてたのこの距離でわからない訳ないじゃんバカバカバカ〜!
    「失礼します、◯◯です」
    「入れ」
     部屋の中には伝蔵と半助、そして伝蔵の息子の利吉がいた。◯◯は深く一礼する。
    「吉野先生より山田先生宛の書簡を預かって参りました」
    「ご苦労。下がって良いぞ」
    「はい」
    「ちょっと待って、◯◯」
    「はぇ」
     予想外に声を掛けられて、◯◯はへっぽこ事務員の小松田秀作みたいな声を出した。見ると半助がにっこにこ笑っていた。
    「◯◯、こちら、フリーの売れっ子忍者、山田利吉くん」
    「どうも」
     突然紹介にあずかった利吉は、急なことでも調子を崩さず爽やかに◯◯に笑いかけた。
    「で、こちらが、くの一教室六年生の◯◯。山田先生の大ファンで」
    「大ファン???」
    「」
     ◯◯の顔色はみるみるうちに真っ青になった。
     ガクガク震えながら半助を見ると、片目をぱちんとウィンクしてきたので◯◯は内心半狂乱に陥った。今のはあれだ、お前の断頭台はここである、という意味だきっと。
    「かへらじと…かねて思へば…梓弓…」
    「なぜ辞世の句を」
    「面白い子だろ?」
    「授業の邪魔をしなければねえ」
    「くノ一教室で学んでいるのでは?」
    「なぁんでか私の授業に潜り込んでるのよ」
    「ワ……ァ……!」
    「泣いちゃった」
     泣いてる女子生徒をちょっと悪い顔して覗き込んでいる半助の姿は、客観的に見て、まあまあ、よろしくなかった。というかほぼアウトだった。しょうがないから伝蔵はその間に割って入ってやることにした。
    「こら、生徒を泣かすな」
    「実際泣かせたの山田先生じゃないですか」
    「私が何をしたって」
    「、山田せんせは悪くありません!」
     女と男が伝蔵を取り合って(?)ギャアギャアやっているのは、利吉にはかなりキツかった。それも一年は組のよい子たちがコロコロと戯れるようなのであれば全く問題ないのだが、六年生のくのたまと25歳の独身男性でこれやられたら厳しすぎる。この絵面は問題しかなかった。しょうがないから利吉はこの空気を壊しに行った。
     似たもの親子なのだ。
    「わっ、私の父上なんですけどっ!」
    「ウッ!」
     わざとらしく頬を膨らませてぶちかました。
     半助と◯◯は崩れ落ちた。致死量を超えたてえてえを浴びて文字通り死にかけた。わかっているのだ、プロ忍者の茶番であることは。
    「罠でもいい…!罠でもいいんだ…!!」
     ぶるぶる震えながら悶え苦しむ不審者二人を見下ろして伝蔵は溜め息を吐く。ゆるりと腕組みして息子の顔を見た。そこにはいつもの生意気な若造はなりを潜め、口元をへの字に結んだ赤ん坊がいた。
    「利吉。お前な。もういい歳なんだから。そろそろ親離れしなさい」
    「してますっ」
    「キャッチボールでもするか?」
    「しませんっ」
     年頃の子はわからんなぁ、と伝蔵は思った。
     足下では変質者二人がもう一度「ヴッ!!」と叫びながら胸を抑えてごろんごろん転がっていた。
     もうなんもわからん、と伝蔵は思った。


     忍術学園には短い秋休みがある。生徒の出自で農家が圧倒的多数を占めるための、合理的配慮というやつだ。
     その休み前の、この少し浮き足立った雰囲気の中、◯◯は半助の隣で一年は組のテストの採点を手伝っていた。「合法的に山田先生の部屋に入れるけど、どうする?」が誘い文句だった。悪い男に捕まったものだ。
    「これが噂の視力検査」
    「アハハ…」
     ◯◯が頼まれた分を片付けていると、半助が「そういえば」と言って包みを一つ出してきた。
    「どうぞ」
     きょとんとした◯◯が包みを開くと、中には若い女の子が好みそうな、可愛らしい装飾のついた団子がちんまりと並んでいた。
    「え……!これ、最近流行りの映え団子じゃないですか!どうしたのですか、まさか土井先生が?」
    「まさかって何だ。利吉くんからだよ」
    「また仲良しマウントですね」
    「いや、君宛て」
     ひゅ、と息を呑む。半助は◯◯の方を振り返りもせず、採点の手を止めもしない。
     ただの男がただの女にお土産を寄越してくるのなら何の問題もない。しかし、利吉は忍者である。
     間者がわざわざ接触を図りに来るのなら、それは、その女が“対象”であるということだ。
     これは、◯◯にとっては、喉元に刃物をぴたりと当てられているのと同じである。
    「──不自然な沈黙は減点対象だよ」
     急に隣にいる男の表情がわからなくなる。
    「そういうときは微笑みなさい。動揺を悟られるな」
     でないとすぐに足元掬われてしまうよ。

     女が慌ただしく走り去った後、部屋の天井から男が一人音もなく滑り降りてきた。
    「やあ、こんなところで忍務かい」
    「あなたにおじゃんにされましたけどね」
    「うちの生徒虐めないでね」
     利吉は「信じらんない!」と言いたそうに顔中に皺をクチャッと寄せた。
    「土井先生のそれ、どういう感情なんです」
    「可愛すぎて食べちゃいたい?」
    「…………キッッッショ!!!!!」
    「さすがに傷つく」
    「兄とまで慕っている人から突然セクハラ紛いのキショ発言聞かされた私の方が傷ついてます!」
     半助は◯◯が逃げていった方をぼんやりと目で辿っていた。
     遠くから、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてくる。僅かに締め切られなかった障子の隙間から見える空は、底が抜けたように天高く澄んでいた。


     秋休みの終わり、そこら中の田んぼの稲が借り尽くされた頃だ。
     宵闇の迫る暗い寺院の隅で、◯◯は平伏したまま人を待っていた。そこに一人の僧がやってくる。
    「狗子に還って仏性有りや也た無しや」

     ◯◯は雇われ僧兵の子だった。
     幕府に保護されているとある宗派の流れを汲む地方寺院で、寺領の守護のために半僧半兵が少なくなかった。◯◯が生まれて早々に母は産褥死、父は戦死で、僧兵仲間の間を転々としていたところ、寺院に拾われ忍術学園へ送られた。
     本来、女に学など与えないものであるが、この寺院は時の人である大川平次渦正との繋がり欲しさに男女問わず子どもを何人か見繕って送ったのだ。その内六年まで生き残ったただ一人が◯◯である。
    「無なり」
     一切合切の無。
     こちらに背を向けて佇む高僧に対し、平伏した◯◯は一層強く地べたに額を擦り付けた。
    「東の領地にて小競り合いが絶えぬ。此度の出兵にお前も帯同しこれを助けよ」
    「拝命致します」
     禅僧らしい簡素な黒の法衣の男は、女へ一瞥もくれずに立ち去った。
     東の領地では治水が上手く行かず、今年の夏は日照り続きで、米が不作なのだった。
     小競り合いが続くのは民の不満の捌け口だ。しかしそんな茶番でも人は死ぬ。
     地べたにしがみついたまま、◯◯の心はあの夏の日に帰っていた。青い草いきれの匂い、蟻の這う白い腹、泣いて惜しむ少年の横顔、可哀想だと叱った伝蔵の声。
    「無、なれど」
     ついこぼれ落ちた呟きは、冷たく湿った土に溶けて消えた。

     同日同時刻。忍術学園の職員長屋一室にて、薄暗闇の中で三人の男が地図を囲んでいた。
    「◯◯は半僧半兵の娘という話だったな」
     伝蔵が思案気に顎を撫でながら言うと、同じような顔をした半助と利吉が頷いた。
    「その話、以前も父上としましたね。それにあの寺院では数年前まで孤児を集めていたと。それをまとめてこちらへ寄越したのだから、忍術学園と関係を持ちたがっていたのは明白だ」
    「家庭訪問に行っても無関係のお偉い坊さんが出てくるってシナ先生が辟易していましたっけ」
     やれやれ、と半助が肩をすくめる。
     地図の上を伝蔵の指がするりと滑った。寺領の東で近々合戦があるという。
    「さて。此度のごたごた、丁と出るか半と出るか」
    「……あの細腕で首は切れませんよ」
    「あの子は器用だ。諜報、誘導、撹乱、どれをさせても一定の成果を上げてくる。まずは切れ味を試してみたいとは考えるはずだ」
    「山田先生、買い被りすぎですよ。彼女はまだたまごです。ほんの子どもなのに」
    「半助」
    「な、なんです」
    「程々にしときなさいよ」
    「なにをです!」
     何やらぎくりとしたらしい半助に、自覚があるならよろしい、と伝蔵は目を瞑ってやった。
     その横で地図をぐるりと見渡した利吉がうんざりとぼやく。
    「しかし、後々に大名が出てくると厄介ですよ」
     ドクタケやタソガレドキなど、それぞれが敵対勢力であるが、この寺院とはまた関係が特殊である。何せ傍流とはいえ幕府の影響を受けているのだ。今のところは寺領の守護に留まってはいるが、治水の失敗を挽回しようと領土拡大に乗り出す恐れもなくはないし、近隣の大名たちがそれを前もって牽制したいと考えても不思議はない。
    「私の依頼主もこの寺院の動向を気にしていましてね。残念ながら◯◯さんからは引き出せませんでしたが」
     利吉が肘で半助の横腹を突いた。半助は膝に頬杖をついてのんびりと笑っている。
    「坊主は念仏唱えるのが仕事だろうになぁ」
    「ま。どちらにせよ、学園長先生の意向が最優先だ。勝手はするなよ、半助」
    「しませんって」
     伝蔵は片頬を上げて渋く笑った。
    「お前は存外、熱い男だよ」

    「──さっきから何なんですけど。エ。あの、土井先生と◯◯さんって、アレなんですか?」
    「ソレだよ利吉。お前も意外と鈍いのね」
    「アレでもソレでもありませんけど!?」


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