12/20:風邪の引き始め 呟くような小さな咳をひとつ溢した。
この体内に入っている竜の血が、傷に対してどう作用するか少し理解してきたとはいえ、病気についてはまだはっきりしないことが多いことをジークフリートは思い出す。
これが単なる風邪の前兆なのか、はたまた別の理由なのかを自分の考えだけで判断するのは得策ではないと考え、少し離れた島へ薬草を仕入れに行った研究者が城へ戻るまで、ジークフリートは可能な限り人を避けて過ごすことに決めた。普段の行動あってか、黒竜騎士団の団員達は1人を除いてジークフリートの様子に違和感を抱くものはいなかった。
「ジークフリートさん。報告書をお持ちしました」
一部の団員達の業務が終了する時間帯。ジークフリートが執務室で作業を進めていると、ランスロットが扉を叩いた。
つい先ほど頼んだ仕事を随分と早く仕上げたものだと感心しつつ、部屋に入るよう声をかけると、書類を抱えたランスロットが現れる。報告も滞りなく、書類の内容にも特に問題はなかった為ジークフリートは下がっても大丈夫だと伝えたが、目の前の青年は何か言いたげにその場に残っていた。
「どうした?」
尋ねられると、ランスロットは意を決したように話し出した。
「不躾で申し訳ありませんが、少しこちらをお借りしてもよろしいですか?」
ランスロットが指した位置には、今日は使っていないティーセットがあった。唐突な質問だが、特に注意する理由も見つからなかった為、ジークフリートは一先ず様子を見ることにした。
「構わないが……」
そう言うとランスロットはてきぱきと何かの用意を始める。カップにお湯が注がれると、柑橘系とハーブのツンとした香りが部屋に優しく漂った。
完成した飲み物を机に置いたランスロットは、それが檸檬と何種類かのハーブに蜂蜜を少し混ぜて作ったホットドリンクであることを説明した後、これはあくまでも自分の判断だと念を押して更に話を続けた。
「余計なお世話かと思いましたが、ジークフリートさんが少し、本調子ではないように見えたので……」
表情には出さなくとも、それなりに驚いていたジークフリートの胸の内に気付かないまま、ランスロットは無理はしないで下さいねと付け足し、礼儀正しく執務室を後にした。
咳に気付いたのか、それとも彼が何よりも鋭いのか。その他の理由を思いつくことなく、ジークフリートは温かい黄色の飲み物をひと口含む。柔らかく整えられた酸味と、爽やかなハーブの香りが喉の違和感をいくらか緩和してくれた。
次に彼に会った時は言い忘れてしまった礼を必ず伝えよう。その時、この飲み物の作り方も尋ねて良いだろうかと、ジークフリートは静かに思った。