看病司と二人の取材の仕事が終わり、事務所に戻って次のライブに向けての準備をしていたときだった。急にドン!とおれの斜め後ろからすごい音がして、びっくりして振り返るとそれは司が倒れた音だった。
「スオ〜ッ!おい、しかりしろ!」
半分抱きかかえるようにして呼びかけるが、司からの反応はない。呼吸と脈があったのが幸いだ。
「くそっ…!ちょっと待ってて、すぐ戻ってくるからっ!」
今は23時を回っていて、近くに人はいない。急いで事務所内の常勤医を呼びに行き、司の元へと駆けつける。
「スオ〜!」
「少し離れていて下さい。」
未だなんの反応もない司を心配しながら聴診器を当てる医師の様子を見守っていると、診察を終えた医師から司の状態を伝えられる。
「酷い過労です。栄養失調に寝不足、精神的な疲れもあるようです。点滴も打っておきましょう。」
「こんなになるまで気づかないなんて…。おれはまた…。」
一番近くで見ていた筈なのに。情けない。司をストレッチャーに乗せて医務室へ運び込み、医師に点滴をしてもらっている間に他のメンバーへ事の詳細を知らせた。
「もしもし…?…うん、そういうことだから。スオ〜はおれが連れて帰るよ。…うん、大丈夫。」
みんな心配してたな…。可愛い後輩が倒れたんだから実際心配どころではないだろう。このところ忙しくて、事務所に泊まって深夜帯のラジオ番組やライブにバラエティーにと撮影現場を行ったり来たりする日が続いていた。司に至っては、ユニットの仕事と個人の仕事、大所帯になったKnightsの後輩育成に加えて、朱桜家当主としての家業も引き継ぎ、連日連夜会議に出席していたようだ。
「ごめんな…。」
点滴の管の繋がれた手を優しく握る。パーカーから覗く司の手首、こんなに細かったっけ…?前まではもう少し肉付きも良くて、ぷにぷにしていた気がする。指先の冷たくなった手に刺さる針が痛々しくて、見てられない。最近お菓子食べてるとこも見てないな…。前までは、セナに怒られてもこっそり食べてたのに。
「スオ〜…。」
ベッドに横たわる司は、自分とほとんど変わらない身長にも関わらず、やけに小さく幼く見えた。ライブしてるときなんて、逆に大きく見えるくらいなのに。仕事はしっかりこなすし、ライブが迫ると時間を作ってはひたすら個人レッスンをしていた。今回ばかりは真面目な性格ゆえに頑張りすぎてしまったのだろう。ポタ、と最後の一滴が落ち管を通っていく。点滴が終わった。薬を処方してもらい、医師の許可を得ておれの家に連れて帰る。眠っている司を抱きかかえて医務室を後にした。
「ついたよ…。」
家に着くなり司をベッドに寝かせる。相当疲れているのか全く起きる気配がなく、心配になる。苦しくないように服を脱がせておれのシャツを着せた。服を脱がせると、肋が浮き出ているのが見えて眉を寄せる。司が起きたときの為に、たくさんご飯を作っておこう。それから、大好きなお菓子もデザートもいっぱい買っておこう。でも、司からは離れがたくて、いつもはあまり使うことのないネット宅配を使った。届いた野菜やら肉やらを料理して、器に移しておく。米は食べやすいようにおにぎりにした。
「生きてる、よな…?」
先程と同じ体制のままで、あまりの動かなさに心配になって司の口元に手をやると、浅い呼吸を繰り返している。汗ばんだ額を触ってみると、酷い高熱だった。すぐに氷とタオルを持ってくる。
「はやく良くなって…。」
夜中もなかなか熱は下がらず、一晩中司の傍で看病をした。次の日も夜まで高熱を行ったり来たりして苦しそうだったが、付きっきりの看病の甲斐あってか、顔色は相変わらず悪いものの次の翌朝には微熱程度まで下がり、呼吸も深く安定してきた。
「はぁ…よかったぁ。」
それでも、司は目を覚まさない。隣に寝転び司の胸に手を置いて、鼓動を感じているといつの間にか一緒に眠ってしまっていた。ハッとして起き上がると時刻は正午を過ぎており、スマホには何件か通知が溜まっていたが、半分以上はメンバーからで司の容態を心配しての事だった。返信をしてまた寝転び司の寝顔を見る。倒れてから丸二日が経った。この眠り姫はいつになったら目を覚ましてくれるんだろう。このまま眠り続けてしまったら…?そんなことが頭をよぎる。
「スオ〜、お願い起きて…。」
色んなことを考えているうちにポロポロと涙が溢れてきて止まらない。拭っても拭っても溢れてきて、抱きしめた司の頬に、落ちた涙が伝う。ピクっと握っていた司の指が動いた気がして、何度も夢中で名前を呼んだ。
「スオ〜っ!」
「ん…」
重く閉じられていた目がゆっくりと時間をかけて開かれる。久しぶりに見る澄んだ紫色の瞳に、また涙が溢れ出し、思わずぎゅっと抱きしめた。
「レオさん…。」
司の声は掠れていて、やっと目覚めたのだと実感する。
「今水持ってくるからっ!」
バタバタと水と薬を持ってきて飲ませる。喉が潤って声も少し戻ったようだ。
「あのっ、私…」
「倒れたんだよ。…過労で。」
「私…どれくらい寝ていましたか?」
「丸二日寝てた。」
「そんなっ!では、レオさんのお仕事は皆さんはっ、私、Knightsの仕事はっ…」
「しばらくお休みにしてもらったから、安心して。」
「ですが…っ!」
「言っただろ?過労だって。」
「私はもう大丈夫です…!」
「お願いだからっ!おれの言うこと聞いて…?いい子だから…。」
「…。」
「なかなか起きないから心配した。このまま起きないんじゃないかって。」
「ご心配、おかけしました…。」
「スオ〜はよく頑張ってるよ。だけど、そんなに背負い込まないで。おまえが壊れていくところは見たくないよ。」
「ごめんなさい、私っ…ぐすっ」
「なあ、スオ〜。おれと一緒に住まない?こんなときだから言うけど、おまえのこともっと大切にしたいし、もっと一緒にいたい。司、愛してるよ。」
「うぅ〜れおしゃん…!」
「よしよし、泣いたっていい。おれがずっと傍にいるから。」
司はしばらくおれの腕の中で泣き続けた。泣き止む頃には疲れてウトウトしていて、まるでほんとの赤ちゃんみたいだ。そのままコテっと胸に頭を預けてスゥースゥーと寝息を立て始める。さっきまでとは違い、安心したように頬を擦り寄せて眠る司の顔は少し微笑んでいた。
「レオさん…」
「なに?司…。あれ、寝言かぁ…。」
司に布団をかけて、冷蔵庫に入れておいたご飯を温める。あとは、お風呂も沸かして…それから…。あ!あいつらにも起きたって知らせないと!司が眠っている間も意外と忙しく動いていた気がする。ガチャッと寝室のドアの開く音がして、急いで行ってみるとまだ少し眠そうな司がいた。
「もういいのか〜?」
「はい、ずっと寝ていましたので。」
「そっか!ご飯作ったけど食べれそう?」
「レオさんの手料理…!お腹ぺこぺこです♪」
「いっぱいお食べ♪」
ダイニングテーブルに料理を並べると、司はあっという間に平らげた。
「ごちそうさまでした!」
「お風呂も沸いてるから、入っておいで♪」
「あ、あのっ…!レオさん、一緒に…」
「わかったよ。ここ片付けたら行くから先に入って待ってて!」
まさかお風呂に誘われるとは思わなかった。内心ドキドキしている。けれど、相手は病み上がりだ。平常心を保ちながら司のいる風呂へと向かった。
「レオさん、背中流しますね♪」
「あぁ、ありがとう♪」
「知ってましたか?レオさんの背中、ここにホクロがあります。」
「背中は自分じゃ見えないからな〜?そんなとこにあったんだな!」
「ほら、司だってここにあるよ。」
つん!と司の背中のホクロをつつく。
「ひゃんっ!」
「あ、あんまり可愛い反応されると、襲いたくなるんだけど。」
「な、ご、ごめんなさい…自分でも恥ずかしいです…。」
「でも、病み上がりだから今日は我慢する…。」
「偉いです!」
「だろ〜?もっと褒めて!」
おれの理性が危なかったけど、なんとか我慢して二人で湯船に浸かる。ちょっとだけ狭いな…。そりゃあそうか。二人で入るならもう少し大きい風呂の家に引っ越そうかなぁ?でも、この密着感も悪くないな…なんて。風呂を出て、二人でベッドに寝そべって寛いでいると、司がぎゅっと抱きついてきた。
「どうしたの?」
「さっき、ちゃんとお返事出来なかったと思いまして。私もレオさんが好きです。一緒にいたいと思ってもらえて嬉しいです。」
「うん♪」
「私も、レオさんとずっと一緒にいたいです。本当に一緒に住んでもいいですか?」
「もちろん。ここがいい?それとも、他の家探そうか?」
「そうですね…今はここがいいです。レオさんの匂いがして、安心します♪」
「おれそんなに匂う…」
「いえ、そうではなくて。私、レオさんの匂い好きなので。」
「変なやつだなぁ〜?笑」
「レオさんにだけは言われたくないです!笑」
司を抱きしめながら、たわいもない話をした。チュッと小さなキスをして、これからの楽しい未来を想像しながら二人で幸せな眠りについた。