書かなかった文たち供養①パラドックスと竜たちの関係性は周囲からどう見えていたのか? を書こうと思ったやつ
思い返してみると、Z-ONEの記憶の中におけるパラドックスは、その始まりの一秒から、竜と共に在ったのだった。
「ほら、彼だよ」とアンチノミー(当時はまだ本名のジョニーと名乗っていた)が示す先には、傾いた摩天楼の群れを背景に、闇色の竜が地面に黒々と影を落としていた。風が強い日だった。舞い降りた竜が落とす影から、風に靡く長い金髪、翻る白衣が現れ、そうしてZ-ONEはパラドックスと出会ったのだ。
そのとき竜は、自らの主人と見知らぬ人間が言葉を交わすのを、赤い瞳でじっと見ていた。あるじに害なせば灼いてやるぞ、などと竜が考えていたのかどうかは、Z-ONEにはわからなかった。ただ、そういう敵意を隠すだけの聡さを竜が持ち合わせていたことは、なんとなしに理解できた。そしてその印象は、彼らとの邂逅が遥か時の彼方の出来事になった今でも、Z-ONEの意識の深層に残っている。
〈未完〉
②アンチノミーによる滅亡初期における葬送への回顧と死後への憂いを書こうと思ったやつ
地下にあったものは全て地上へ上げてしまって、空いたそこは今、墓地になっている。墓地と言っても、墓標はない。ただ累々と、ひたすらに、骨だけが積み上げられている。
献花台のつもりなのか、ぽつんと事務机が置いてあるが、アンチノミーは祈るでもなく、骨の山を見つめていた。落ち窪んだ無数の眼窩に問い掛ければ、悩みに対する答えも見つかると思ったからだ。
人は必ず死ぬ。それなら、死んだ後はどうすればいい?
昨日、Z-ONEが倒れた。
過労だったらしい。「昔はもう少し無茶ができたんですけどね」と苦笑するZ-ONEと、それに「私もだ」と返すパラドックスを見て、アンチノミーは不意に恐ろしくなった。自分の身を振り返ってみても、近頃はライディングデュエルの古傷が痛むことが多い。まだ無縁だと思っていた老いが、忍足で背後に迫っていたのだ。
次に忍び寄っているのは、鎌を振り翳した死神かもしれない。そんな思いに囚われて、眠れない夜を過ごした後、アンチノミーの足は自然とこの墓所へ向いていた。
世界滅亡の初期、このような墓所は日本のあちこちで作られた。人類史上最も多くの人死にが出る中、火葬場も破壊された日本の人々は、火葬という伝統的な方法から離れて、死者を地中に埋めた。野焼きにして煙をあげれば、機皇帝に見つかるからと言って。そして、圧倒的な破壊が過ぎ去った後、人々は遺体を地面から掘り起こし、その骨を地下に納め直した。アンチノミーも、かつてその手伝いをしたことがある。
こういう墓は、中世のカタコンベ? カタコンブ? という墓に似ているのだと、パラドックスが言っていた。
そんな彼も、いつしか墓へ納められる側になってしまう。Z-ONEも、アンチノミー自身も。
〈未完〉
③アーククレイドルホラーを書こうと思ったやつ
「二人とも、私のグラス知らないかい? さっき外したきり見当たらなくてさ」
アンチノミーがそう問えば、パラドックスは手元の基盤を覗き込みながら答えた。
「ほう、頭の上は探したのかね」
「そんな古典的なネタをやると思うのかい?」
「思うが」
「思いますね」
パラドックスの隣のフライホイールからも、Z-ONEの同意が飛んでくる。彼は、パラドックスの持っている基盤にあれこれ助言をしているところだった。近頃、二人は僅かな余暇に、共同で何やら作っているらしい。
「茶化さないでくれよ、いつも掛けているから、無いと落ち着かないんだ」
現役時代から掛けているグラスは、もはやアンチノミーの顔の一部だ。
「そんなに言うのなら、なくした時の状況を話したまえ。話は聞いてやろう」
パラドックスの言は随分と上からだったが、アンチノミーは遠慮なく喋った。眠気覚ましに顔を洗った時くらいから行方が分からないこと。脚の痛みのために身をかがめられず、低い位置は探せていないこと、などなど。
ひとしきり話を聞き終わって、パラドックスとZ-ONEは顔を見合わせて言った。
「ほう」
「……なるほど」
そして、そう言ったきり二人はもとの作業に戻ろうとした。
「一緒に探してくれる流れじゃないのか?」
「話は聞いてやると言っただけだ」
「確かにそうだが……」
渋面を作るアンチノミーに、Z-ONEも苦笑した。
「アンチノミー、一度部屋に戻ってみたらどうです?」Z-ONEは続けて言う。「案外、『何か』がこっそり届けてくれているかもしれませんよ」
「何を言っているのかね、君は……」パラドックスがZ-ONEの冗談を諫めるのを聞きながら、アンチノミーは素直にZ-ONEの助言を受け入れた。本当はどこで失くしたのか、自室で落ち着いて考えてみるのも良いだろう。
それにしても、こういう時、常ならば二人とも手を貸してくれるが、何故だか今日は違った。そもそも、失くした当人にすら見つけられないものを、他人に探してもらおうというのが無理な話かも知れないが。友人たちの態度に釈然としない思いを抱えながら、アンチノミーは自室の扉をくぐる。
そして、すぐに「それ」に気づいた。
デスクの上に赤く透明な影を落とす「それ」。手にとって確かめてみる。紛れもなく、アンチノミーが失くしたと思っていたグラスだった。重さも、小さな欠けも、見慣れたままの姿である。
でも何故、一体誰が?
Z-ONE達に先回りは不可能だ。先程の共有スペースからアンチノミーの部屋までの経路は一つだけで、誰ともすれ違わなかった。それなら、そもそも失くしたというのがアンチノミーの勘違いだったとか? でも、こんな目立つ位置に置いてあって、気づかないなんてことがあるだろうか。
その時、アンチノミーの背後で部屋の自動扉が開いた。パラドックスにしろ、Z-ONEにしろ、ノックが無いなんて珍しい。何にせよ、グラスが見つかったことを伝えなければ。「さっき言ったグラスなんだが──」言いつつ振り向く。
果たして、その先には誰の人影もなかった。
扉の誤作動か? 扉には人感センサーがついていて、鍵を掛けていなければ、ひとりでに開閉することがある。滅多にないことではあるが、実際に今までにも起こったことではあった──普段ならそれで解決ということにするのだが、今日のアンチノミーの思考には、続きがあった。
案外、「何か」がこっそり届けてくれているかもしれませんよ。
アンチノミーの脳裏に、Z-ONEの言葉が蘇る。
失くしたグラスを届けてくれた「何か」。さっきまで室内に居て、そして今、扉を開けて出ていったのか? 得体の知れない存在と一瞬でも同じ空間にいたことに、アンチノミーは僅かに背筋が泡立つのを感じた。
生きている人間の仕業ではないだろう。世界にはもう、生きている人間は三人しかいない。
「何か」とは、何だ。
アンチノミーの思考は、答えを出すのを拒否しているようだった。部屋の扉は、まるで誰かが通り抜けるのを待つかのように暫く口を開けた後、静かに閉じた。
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以来、アンチノミーの日常には、奇妙な出来事が紛れ込むようになった。どこかへ置いてきてしまったタッチペンがいつの間にか机の上に置かれていたり、消し忘れた自室の灯りが消えていたり。どれも気のせいで済むような些事ばかりだったが、塵も積もれば山となる、流石に回数が続けば看過できない。飲み忘れた栄養剤が机の上に揃えて置かれていた時は、アンチノミーは、自分の目とそれに繋がる神経全てを疑った。
やっぱり、「何か」いるのだろうか。
それとも、おかしくなったのはアンチノミーの頭の方か。そこで、こんなことが起こる理由を自分の中に探ってみたが、さっぱり思い当たらない。そもそも、頭がおかしくなっていたとしても、おかしいと思う思考回路すらおかしくなっていたら、一体何がおかしいのだろうか? あてのない自己問答を繰り返した後、アンチノミーは結局は第三者を巻き込むことにした。
「私の頭がおかしくなっていないか、確かめるのに付き合って欲しいんだが」
「自分の頭を疑えるだけ、まだ緊急性はないと思えるがね」
アンチノミーの思考が正常か否かの審判に抜擢されたパラドックスは、若干の呆れを顔に浮かべながらも、アンチノミーの後をついてきていた。二人は共有スペースに入る。
「まず、ここにグラスを置いておくだろ」
アンチノミーは、広い円卓の上にグラスを置いた。そしてすぐさま部屋から出て、自室に向かう。
〈未完〉
④作品の体すら成していないただの文。アポ合流直後、アポが他の3人に対して思っていることを書こうと思ったやつ
けれど、他の三人だけの間に秘密があるのは、仕方ないことでもある。彼らはアポリアと出会うずっと以前から、共に滅びの中を生きてきたのだ。共に過ごした時間は絆となって堆積し、その中に悪意のない秘密が化石のようにひっそりと埋没していたとしても、アポリアに責めることはできない。