懺悔せよ(仮)「‥‥‥」
中也のセーフハウス迄全力で走ってきた太宰の額からは大粒の汗が流れていた。
部屋の中から中也の気配がしない。
中也、まだ帰ってきてないのかな?
太宰はゆっくり深呼吸をすると、鍵を鍵穴に差した──だが、
「‥‥‥は?」
鍵穴が何かで塞がれていて鍵を差せなくなっている。何か?否、此れは。
扉の隙間を見つけると太宰は静かに目を閉じた。何かで塞いでるのではない。重力操作で鍵穴を捻曲げているのだ。
露骨に入るなと云っている。
この部屋を解約すると云っていた。恐らくもう戻ってくるつもりはないから扉を壊したのだろう。
何とかなる。
中也なら赦してくれる。
そんな甘えの様な考えをした自分を殴ってやりたい。私はどうしようもない莫迦野郎だ、中也の本気を感じて初めて事の重大さに気付くなんて。
今迄、どんな仕打ちをしても受け入れてくれていた中也からの拒絶は、太宰にとって奈落の底に突き落とされた様なものだ。
太宰は自分が今、しかりと地に足がついているかすら解らない程に絶望を感じていた。
「‥‥‥中也」
愛しき者の名を呼ぶその声は今にも消え入りそうだった。悲痛の顔の太宰は、ガクリと膝から崩れ開かれる事のない扉のノブを両手で掴んだ。
「ごめん、ごめんね。中也」
太宰の呟く声は、とても小さく、そして震えていた。
───
「ああ‥‥‥そうだ。悪ぃな、荷物は全て処分してくれて構わない‥‥頼んだ」
中也は通話を終え端末を衣嚢にしまった。
あの後直ぐにセーフハウスに戻った中也は、太宰の荷物を袋に詰めていった。そして、その足で太宰の社員寮へ向かった。
太宰は俺の送ったメールを読んだだろうか。それとも今頃あの女と──。
中也は自分の考えてる事が女々しく、情けなく感じ、大きな舌打ちをした。
「チッ!止めだ止めだ!終わっちまった事をグダグダ考えてンじゃねぇよ!」
中也は自分に云い聴かせる様に口にすると、空を大きく駆けた。
太宰の社員寮に着くと渡されていた合鍵で玄関扉を開ける。部屋に入ると未練が残ると思った中也は玄関に荷物を置き扉を閉めた。
そして施錠した後、郵便受けに合鍵を入れその場を去っていく。
背にある社員寮が遠ざかって行くと中也の目からはポロポロと涙が零れた。
「‥‥何で‥泣くなよ。クソッ!‥‥癪だが、俺はこんなに手前の事愛してたンだな‥‥太宰、幸せになれよ」
止まらない涙を拭う事もせず、中也はただ、ただただ、涙を流した。