懺悔せよ(仮)太宰に別れを告げてから二週間になる。
告げたと云っても一方的に伝言を送っただけだが。解ってる。このままで良いわけがねぇ。解ってはいるが‥‥。
別れを告げた時は不覚にも涙何ぞ流してしまったが、時間が経つにつれて怒りの方が強くなってきた。
俺にあれだけ愛してるだの、俺だけだなんて云っておきながら何食わぬ顔で女を抱いてやがったンだ、奴は。
だが其れを赦したのは俺だ。
見て見ぬふりをしたンだ、文句は云えねぇ。
抱いたことは文句云わねぇが、接吻は別だ。接吻は特別だったンだ。
それが唯一、俺と奴が恋人である証みたいなもんだったンだ。
それなのに‥‥クソッ。
このまま太宰に会ったら何も云わずに息の根を止めてしまいそうで会えねぇ。
中也は盛大な溜息を吐きながら、夜の薄暗い路地裏を歩いていた。
「お兄さん、暗い顔してるね?厭な事は私と気持ち良い事して忘れない?」
「あ?」
背後から見知らぬ女に声をかけられた中也は、ゆっくり後ろを振り返る。
其処には栗色の髪を風でふわふわ揺らしている、笑顔の愛らしい少女が立っていた。
「‥‥餓鬼がウロウロしていい時間じゃねぇぞ、サッサと帰れ」
中也は少女を威嚇する声を出し追い払おうとしたが、少女は気にすることなく中也に近付くと中也の腕に自身の腕を絡めてきた。
「餓鬼じゃないよ?」
上目遣いで中也を見つめる少女。
‥‥‥この女。
中也は暫し少女を見下ろしていたが、小さく溜息を吐くと、
「手前、行くとこねぇのか?」と問うた。
少女は一瞬目を見開いたが直ぐ様「お兄さん遊んでくれるの?」と笑顔を見せた。
「あ?手前みたいな餓鬼と遊んだら捕まるわ、とりあえず行くとこねぇンだろ?莫迦やってねぇでついてこい。飯位食わしてやる」
中也は呆れた声で少女に言葉を投げると歩き出した。少女は離れていきそうになる腕を慌てて絡ませ直し、その腕に力を込めた。
「お兄さん名前は?」
「‥‥中也」
「中也ね!私は美香よ!宜しくね」
「手前なぁ、さん位つけろ」
「え?中也歳幾つ?私の方が年上だと思うけど?」
「はぁ?ンなわけあるか!俺は22だ」
「嘘!?同い年だ!」
「!?手前ンな成りで成人か!?」
「いや、私も中也が成人な事に吃驚だよ」
「‥‥俺を餓鬼に見てた事はこの際どうでもいいわ、手前未成年の男を誘惑しようとしてたのかよ、とんでもねぇ女だな」
「ははっ!本当だ!」
笑いながら隣を歩く女の腕は‥‥もう震えていなかった。
訳あり女なンか拾って何やってンだか、俺は。だが‥‥笑顔の奥の悲しそうな瞳と絡ませた腕の震えを放ってはおけなかった。
───
「え?」
「何だよ?来ねぇのか?」
中也の家は横濱の街を一望できるタワーマンションの最上階。
そのマンションの高さに美香の足は立ち止まってしまった。
「中也ってお金持ちなの?」
止めてしまった足をゆっくりエントランスに向けて歩き出した。
「まぁ‥‥そうかもな」
「ふーん」
二人はエントランスを抜けエレベーターに乗り込む。中也が最上階の釦を押すと「マジか」と美香の口から思わず言葉が漏れる。
「ははっ!良かったな?きっと美香じゃ一生住めねぇ部屋だぞ?存分に夜景を楽しめよ」
「くぅ~!憎たらしいけど反論出来ない!」
「当たり前だ、手前は迷い猫みたいなもんだからな」
二人で他愛もない会話を楽しむ。
何も考えずに人と笑って話す。
其れが今の中也には、傷付いた心を慰めてくれる様で心地好かった。
───
「‥‥綺麗」
「だろ?美香は葡萄酒呑めるか?」
「‥‥ねぇ、何で何も訊かないの?」
グラスを二つ用意して長椅子に腰掛けた中也の横に座った美香が戸惑いながら問う。
「別に‥‥美香が話したくなったら話せばいい。そン時は聴いてやるよ」
「‥‥ありがとう」
「だが、少し頼まれて欲しい」
「何を?」
「俺の恋人のふりをしてもらえねぇか?」
「え?」
太宰はきっと、この家を探しだし押し掛けてくるはずだ。女がいようが俺みたいな都合の良い存在をンな簡単に手離すわけがねぇ。
きっちり終わらせるためには、奴に俺を諦めさせるのが一番だ。
そう、曖昧じゃ駄目だ。
次、太宰と会った時はきっちり関係を終わらせる。中也は心で覚悟を決めた。