ダヴィンチちゃんとマーリン　星が降ってきた────いや、そう表現するのはあまりに美しすぎる。星といっても凶兆の星だ。それも割りと人類史的には大したことないやつ。

　カルデア最下層の動力炉──プロメテウスの火に異物の感触が流れ込む。
　万能の人レオナルド・ダヴィンチはモナリザには似ても似つかない意地の悪い笑顔を浮かべて望遠鏡を再び覗き込む。そこに降りてきたのは彼の欲情の対象から外れた浮ついた風の男で、これもまた意地の悪い笑顔を浮かべながらプロメテウスの火に薪をくべている。
　それはまるで、仕事に疲れたサラリーマンが週末に妻と子に隠れながら慣れない日曜大工に勤しんでいるみたいだ。

（怪しい、怪しい、ほんっとに怪しい）

　そして、観測者に気づいたのか、その男（イヤらしいことにこの世のものとは思えない程、顔がいい）はあろうことにか完璧な美に向かって手を振って、ひとさし指を唇に当てた。黙っていろってことか。観測対象をダヴィンチちゃんが選ぶイケメン♡コレクション対象外から、いけ好かない男にランクダウンさせながら頬杖をついた。いけ好かない男は嘲笑うように笑みを深くして更に薪をくべていく。そこに、悪意の類は全く感じられない。どちらかといえば日曜大工が妻に見つかってしまったけれどワンチャン褒めてもらえるのでは？　これ娘に作ってるけど今は娘には内緒にしててね、みたいな、なんというか。
　エマージェンシーを鳴らすか否か──徹夜続きの上にカフェイン過多で痛みが止まない頭がさらに頭痛を重ねる。

「あーもー　ついてないなあ」

　誰か聞いていたなら確実にその美声に恋に落ちたであろう声で、独りごちた。
　麗しい顔を歪ませながら眼鏡を外して、コーヒーを流し込む。
　プロメテウスの火への干渉。やっていることは滅茶苦茶で国連が機能していれば彼がどこぞの出身かは分からないが即国際問題に発展しているレベルだ。しかし、今や外が芸術性や商品価値の欠片も感じない火の海のアナーキー状態で、つい先程まで宙を眺めていたロマニ・アーキマンは仮眠に入ってしまったため、天文台の望遠鏡の前にはレオナルド・ダヴィンチしか座っていない。しかも、推定国際法違反の被疑者本人に悪意が見られない。悪意がないからといって無罪放免というわけではないが、なんか、こう───

（ああ、アレだ。部屋で一人でマギ⭐︎マリとやらを愛でるロマニ）

　この騒動を（意図的でないにしろ結果的に）上手く逃れている恨めしい同僚のファン活動中の顔を思い出す。
　掲示板の悩み相談、WEBライブ、スパチャ──アイドルを応援したい、いっぱい応援したい、推しに納税したい、出来ることなら認知……いやそれはまだ早いけれど、他のファンよりはお近づきになりたいしいずれは───そんな期待を胸に日々オモロいコメントを考えて魔法のカードをきる様はなんというか────普段のストレスの捌け口は必要だし、人に迷惑をかけずに続けられる無害な趣味は尊いものだし、趣味に優劣はないとしても────ごめん、キモかった。
　そうアレ。しかも、なんとなく先程の手振りは他のファンや、妻に対する謎のマウントのようなものを感じる。
　突発的に緊急ボタンに手が伸びた。
　ロマニや立香くん、マシュの睡眠時間は重要だ。だけど、エマージェンシー流したい！　せめて技術部門だけでいいから、エマージェンシーを流したい。多少ロマニの睡眠時間を削ったとて今更だし、何よりあの男がいけすかない、ロマニを叩き起こして愚痴りたい！

　しかし、なんとかとどめた。

　疲れている彼らを思いやることも大事。だが、それ以上に実はこの日曜大工、カルデアとしてはとても助かってしまうのだ。
　悲しいことに、今のカルデアの燃料事情は深刻だった。つまり、どこの誰だか、はたまた人間だか知らないしあの風貌やプロメテウスの火に忍び込む無茶苦茶な所業は明らかに人間のそれではないおそらく妖精の類だけれど、でも実際プロメテウスの火に薪をくべてくれるのは、非常に助かる。大変ありがたい。このまま何事もなく日曜大工を済ませて帰ってくれるのであれば好意に甘えたい。