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    服部誕2022

    #耀玲
    yewLing

    2022服部誕生日(服部本編完結おめでとう!) 体半分を覆うシャンプーを一気にシャワーで洗い流していく。何も残らないように、傷をつけないように、極力その表面に手が触れない触れないように。じょろじょろとした水に流されて泡が溶け出すように落ちていった。つるりとした曲線が登ったばかりのやわい日に照らされて、水滴が光る。
     タオルで拭うと、まるで鏡面のような車体にホースを持った自分と、この空間で異物たる彼女が映る。仕事中は見れないカジュアルな彼女はどこかぼんやりとしていて、俺の視線に気づくと慌てて無い襟を正してこちらを見返した。
     付き合い始めたばかりだからだろうか、それとも生来の彼女の性質だろうか、そしてまだそんなカノジョに喉で笑う。
    「退屈でしょうに」
     ミラーの磨きながら愛車越しに何度目かの疑問を投げかけるも、彼女は何度目かの「そんなことないですよ」と返した。

     休日出勤の足音が聞こえる祝日かつ俺の誕生日。早々に流れたデートの代わりの希望をそれとなく伺ったところ、彼女が望んだのはいつも通りの俺の休日だった。
    (つまんないだろうに)
     フロントガラスに手を伸ばす。いつも通りの休日を過ごす俺の後ろで彼女は昨晩買ってきたハーベンダッツを食べていた。
    (いっそのこと、どこぞの女みたいに何かプレゼントを強請られた方が楽だったのに)
     気を使われたのかもしれない。でもその気遣いは間違いだ。この際、金で解決できる方がずっと簡単なのに。
    (でも、そんな重い彼女に惹かれたのは俺の方だ)
     いい年を超えた男の休日に面白いものはない。日が昇りきる少し前に起床し、見た目をなんとなく整え、適当な食事をし、その後は家事か、買い物か、ストレス解消代わりの洗車が関の山だ。
     せっかくの休日なのだから、たまにはこんな仕事をしていない友人と過ごせばいいのに。俺はこんな生活を20年以上続けているから、気にしない。本当に。
     淡々と仕事をこなすばかりの人生で、こつこつと日々を重ねて生きている。
     お互いに自由の利かない仕事をしていてこういったことは慣れっこになっていくし、俺はそれほど面白い男でもないから、長く付き合うためならある程度の妥協は覚えた方がいい(長く付き合いたいというのは俺の願望だ)。
     しかし、同時に俺の日常において異物であるはずの彼女が、そこにいることに全く不快感を感じなかった。どころか、同じ空間に彼女がいることに喜びさえ感じたりもする。しかし、それは俺だけの感情。
     もう片方に回り込んでスパンジを滑らせたところで、彼女が口を開く。
    「服部さんにゆっくりお休みできる日は来るのでしょうか?」
    (ほら、言わんこっちゃない)
    「事件が起きない世の中になればね」
    「……」
     答えはNOだ。
     そんな日はやってこないことを俺は知っている。法が存在する限り罪を犯さない人間のいない世界は存在しない。そんな世界で、隣にいる人がひとりまた一人と居なくなるのを見送りながら報われることのない生活をしている。
    (きっと、いつか、彼女もきっと)
     泡を洗い流しはじめたところで胸ポケットピッチが鳴った。彼女が俺を見る。
     頷いた。おしまいだ。
    「───はい、服部、」
     電話元は捜一の部下だ。今日彼が当たっている事件に動きがある。これは想定内。だけれど、彼女と過ごす休日にわずかといいきれないぐらい後ろ髪を引かれつつ返事をして通話を切った。
     こんなふうに別れのたびに沈んでしまうのだから、いい歳して恋なんてするもんじゃない。
    「お疲れ様です」
    「ん。退屈だったでしょうに」
     何回目かのでも最後の彼女への問いかけは、もしかしたら責めているように聞こえたかもしれない。それとなく弁解しようと目線を合わせる。彼女は笑った。
    「退屈じゃないですよ、それにうれしかったです」
    「……ほーん、その心は?」
     一気に洗い流しながら、片手でタバコとジッポを探る。
    「お休みの日の、服部さんの日常に触れられて嬉しかったです」
     シャワーを落としかけながら、至極真面目に答えた彼女を見る。
     彼女がこの世界に入る日に、地獄へようこそと笑ったのもあながち間違いじゃない。俺のそばにいても、同じこと。
    「また、こうやって、そばにいさせてください」
     いつまでたっても刑事や麻薬取締官の仕事はなくならないし、そんな日は永遠に来ないことを知っている。
    「もの好きだこと」
     だけど絶望せず、悲観せず、分からないことばかりの世界に希望さえ胸に抱いて。こつこつと彼女のそばで日々を重ねて生きていきたいと、俺は願っている。
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