Distiller(仮)-5「……どこだ……ここは……?」
目を開くとどこか暗がりに安置されていることが解った。半身を起こし周囲を確認したが、見覚えのない場所だった。照明の落とされたサーバールームに冷たい風が循環している。暗闇の中で電源の入っている筐体は少ない。倉庫なのだろうか。
両隣を見ると同じようにレヴィアタンとファーブニルが横たえられ、何十本となくケーブルが繋がれている。そのケーブルは複雑に絡んだ状態でどこかの隙間に入り込んでいる。
「おい、起きろ、起きてくれ……」
揺すり動かしても両名ともまるで反応がない。壁の辺りから何か削れるような音が聞こえた気がして慌てて手を放す。読み取りか書き込みか、あるいはその両方なのか、差し込まれたケーブルを通して何らかの通信が行われているらしい。繋がっている機材が動くということは、少なくとも生きてはいる。
「ようやく目覚めたか。出立せよ賢将ハルピュイア。エックスさまがお目覚めになろうとしている。かの地へ向かいその目で確かめよ」
「その声……ファントムか?」
「繰り返す。出立せよ。お主の目にてその真贋を判ぜよ」
ファントムはそれだけを淡々と述べた。説明が足りない。一体今はいつでどこにいるのか、どのような状況に置かれているのかさえ解っていないのにこのまま放り出すつもりなのだろうか。せめて話せることだけでも聞かせてほしい。それに、まともに取り合わず、姿すら見せないのは一体どういうことなのか。
「ファントム! どこにいる!?」
「影に帰して久しく我が身持たぬ故、御免」
それはどういう意味だと聞き返そうとしたが、無言だけが返ってきた。
「拙者が出向くこと能わず、誠に面目ない。……心許りなれど防具と護身具を用意した。今のお主は未だ修復も半ば、くれぐれも無茶は罷りならぬ。支度を終えたら直ぐに発て」
どこかから遠隔操作でもしているのか、言い終えると同時に付近のの非常用照明が点灯し、ロックの外れる音がして作業台の下のキャビネットが開いた。
ぼやけたオレンジ色の光はほんの半径一メートルばかりがやっと見える程度だ。回路かチップのどこかが故障しているようで暗視機能はノイズまみれになり使い物にならない。仕方なく薄明かりの中で簡単に自分の体を検めると、確かに修理が終わったとは言い難い状態だった。各関節の接合部が想定された方向にしか曲がらないようダクトテープで固定され、その上から浸水を防ぐためかアルミテープがぐるぐると巻きつけられていた。両肩に至っては半分も上がらないほどテーピングされている。飛行ユニットさえ外されており、接続口が剥き出しになっていた。
キャビネットの中には一対の双剣と防塵布から作られているクロークが入っている。関節部分が外れそうになるのをどうにか押さえながら、用意されたそれらを身に着け終えると部屋の一画に光が差した。出口だ。
「表へ出たならば南へ向かうべし。幾許かの人間が居を構えている。まずは彼らを訪ねるが佳い。また、此処で見聞きした物事すべて他言無用にて頼み申す」
「レヴィアタンとファーブニルは」
「心配無用。エックス様がお戻りになるまで、さもなくばかの者らが目覚めるまでは此処には何人たりとも立ち入らせはせぬ。大いに安んじて征くが佳い。それと、仕える主君を努々忘れてはならん。我らが命エックス様は唯一人と心得よ」
「ああ。言われなくても解っている。……二人を頼む」
ファントムが最後に何か言いかけた気がしたが、結局それを語ることはなかった。扉を抜けると声はもう追いかけてこない。通路沿いに頼りなく灯された非常灯を道標に、上を目指して歩いていく。