弾丸飛び交うここで理論武装をぶち壊してもう、子供じゃない。
ずっとそう思っていた。
HiMERUはずっと子供なんかではいられなかった。周りの奴らとは違うのだと、ずっと思っていたし、実際そうだった。
同級生は下品で、幼稚で、どうしようもない。
俺は文字通り、身体通り、見た目通り子供の、頭空っぽのあいつらとは違う。
だから、先生に仲間に入れてもらうように気遣われたときも、余計なお世話でしかなかった。
「え~、十条偉そうなんだもん。ゲーム持ってないし。インテリぶってていらつくし」
「おれたちのこと見下してるよな」
俺だってあんたらと行動するなんて願い下げだ。
どうせ高校までの辛抱だった。あと数年。今は六年だからあと四年我慢すれば、もう関わることもない。
本当は中学だって同じなのは嫌だ。それでもあの父親に頼み込んで塾に行かせてほしい、と頼むか?
それこそ屈辱で狂いそうになる。
ママ……母親が亡くなった俺の家で俺を支えられるのはもう俺しかいないと言うのに。
「ああ」
俺はその時、気付いた。
俺が子供でいられなくなったのは、家からママが居なくなってからだったのだと。
ずっと感じてはいたけど、明確に意識したのは、その思想に重さがついたのはきっとそれがきっかけだった。
そんなこと、恥ずかしくて周りには言えないけど。ママが居なくなったから、どうとか言うのは自ら弱みを晒すことと同義だ。
どうせ、マザコンだなんだ好き勝手言ってくるに違いない。
家に帰ったらママに作ってもらった夕飯を食べながら、汚した服を洗濯してもらっていると言うのに、自分のことなどすぐ棚にあげて、意地悪をしてくる。
想像力の欠如した、甘ったれたやつら。
「…………」
というか言うつもりなんかあるわけないのに、何を考えているんだ俺は。
「よっ」
「なんでいるのですか。暇なんですか」
「暇じゃねェよ。メルメルのこと待ってたンだもん」
「だもんってなんですか。かわいくありません。というか気持ち悪いです。即刻やめなさい」
「つれねェねぇ。ま、それでこそメルメルって感じでいンじゃねェ?」
「あなたに認められてもうれしくありません」
最高学年に与えられた理不尽な3階建ての3階を降りるため、踊り場に出たところで天城と目があった。
……無視すればよかったのに、なんで返事してしまったのだろう。
修学旅行で助けられて以来、こうしてちょっかいを掛けられている。
俺なんかに話しかけたって面白くないと思うのに、相変わらず意味不明なのです。
「あなたのクラスはとっくに終わってると思ったのですけど?」
「泉ちゃんの話、毎度毎度長いンだよなァ。いっつも最後じゃねェ三組」
「なんで知っているのですか」
「俺っちの担任(りんりん)、やる気ねェからはえェの、帰りの会終わンの。だから全クラス見てた」
「暇なのですかあなたは」
心の底から溜息が出る。全クラス見ているって意味がわからないのですけど。
終わったのなら早く帰ればいいのに。
「メルメル、今日も寄り道しねェの?」
「悪いですか」
「いンや? 俺っちは一緒に帰れてラッキーだからそれでいいけど」
「誰も一緒に帰るなんて言ってません」
ポーズだけはずっと拒否をしているけれど、どうせ天城は最後までついてくるのだ。
意固地になって反発するのも子供っぽくて、なんとなく押し切られるまま通学路を辿る。
リノリウムの床を、年季の入った上履きがきゅっと音を立てる。
三階のこともあって、げた箱まで行くのも一苦労だ。この間が、長い。
「おまえら先行くなよーーっ」
「早いものがちっ!」
「おっせぇー」
ばたばたと同じクラスの西崎たちが走り回る。落ち着きがない、うるさいグループ。
運悪く、今の席替えで同じ班になっている。正直不愉快極まりない。
「…………」
眉を顰めて不愉快さを露わにして、俺はそのまま階段を下りる。
この廊下の間が長いからと言って、俺は走り回ったりなどしない。
廊下は走らない。それくらい、わざわざ怒られるような真似をして、馬鹿かあいつらは。
「メルメル、つまんねェ~~って顔してンね」
「してません。HiMERUはいつでもこの顔なのです」
「そうかァ? 眉間にシワ寄ってっとあっちゅう間に爺さんになっちまうぜ?」
「ちょっと、何す」
軽薄な口調で、そっと俺の顔を覗き込む。眼が、まっすぐにかちあう。
「…………!」
軽い、おちゃらけた声と違って、その目はまるで野生動物のそれだった。
獲物を食い散らかそうと、虎視眈々と狙っている、強い目。
どこにも隙のない、圧倒的な力の差。
……な、なんなのですか、ほんとうに。
「ほら、力抜いとけって」
天城はそんなことを言っているが、一度顔を見てから言って欲しい。
そんな、野生の中に居るような、絶対的王者のような眼をする天城に俺はいつも動揺してしまう。
戦国武将のような、もっと言えばライオンのような。
どちらにしろ、この現代では、この都会の中では必要もないし、見たこともないような視線で圧倒される。
「メルメル、ンなこわがんなって」
「HiMERUはこわがってなどいません」
「そうかァ? 別に俺っちには虚勢張らなくてもいいンだけど?」
「HiMERUは虚勢なんて…………」
張ってません。
それを言おうとして口ごもる。
ずっと意地を張って、虚勢を張り続けている。弱さなんてあるはずないと自らを騙すように、弱い所がないのがHiMERUだと言うように、気を張っている。
優等生で、頭が良くて、運動ができて、完璧なHiMERUであることは俺の誇りだった。
もう、褒めてくれる人間などこの世にはいないけど。
「ヒメルはやっぱりお母さんの子ね」
もう、誰も俺の頭を撫でたりなどしないのだけど。
「……ま、いいけどさァ」
ぱっと天城の手が離れる。眼も、いつもの整っただけの無害そうな眼に戻っている。
「……」
待って。
なんだか、そう口にしてしまいそうだった。
あんなに近寄られることを恐れていたのに、遠ざかることに寂しさを覚えている。
だけど、待って、だなんて、あまりに女々しい。
そんなこと言えない。言えるはずがない。
「天城」
「ん、どうした?」
「一緒に帰ってやらないこともないのですよ」
だから、これはしかたのないことなのだ。
人気者の天城に魅せられた、大勢のひとりなんて絶対に嫌だ。
HiMERUが誰であろうと弱さを見せるなんて、絶対に嫌だ。
――天城の意識が俺から離れてしまうのはもっと、嫌だ。
「ったく、メルメルは素直じゃないねェ」
そう笑う、天城の肩を並べるように下駄箱に向かっていった。
こんな気持ち、俺は知らない。