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    shrb_ju_moao

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    shrb_ju_moao

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    お酒の力で夏と五がくっつく話。
    海猫ちゃんとの合作です❤︎.*
    ⚠️ATTENTION⚠️
    ・夏も五も女々しい
    ・硝ちゃんはキューピッド
    ・五の嘔吐描写、夏の自慰描写有
    ・未成年飲酒・喫煙描写がありますが、いい子は(悪い子も)20歳になってから!

    #夏五
    GeGo

    迎え酒は二日酔いには効かないけど、恋愛には効くらしい 恋愛要素が絡む子供向け漫画でお決まりな展開の一つに〝アルコール入りのお菓子で酔う〟と言う展開がある。たかが一つ二つ口にするや否や、顔を朱色に染め、呂律の回らない舌で相手の名前を呼びながら、決まって暑がり、何故か服を肌蹴るところまでがセットな在り来りなシチュエーション。
     あれって、未成年の子供にアルコールを摂取させるための唯一の口実だよなと夢のないことを口にする家入に、なるほどと思いつつも、そんなシチュエーションがノンフィクションであるはずがないことは夏油自身きちんと識別していた。そう言えば子供でもアルコール入りのお菓子は買えるもんね。そうそう、消毒用のエタノールを呑ませるよりもよっぽどリアリティあるし。それは真似したら死ぬやつだろう。まぁ女の子向けの月刊誌には載せられた内容じゃないわな。
    「で、何で急にそんな話したわけ?」
    「あぁ、さっきの任務でウィスキーボンボンもらったんだよ。バレンタインが近いからかな」
     これなんだけど、と手持無沙汰に箱の角を机に充てて、くるくると玩ぶ夏油の様子に、家入は露骨に顔を歪めた。光沢の控えめな包装紙に二種類のリボン、シックな色合いから見て大人向けの商品だろう、値の張りそうなものを、あわよくばという乙女心を乗せたものをよくもまぁそんなぞんざいに扱えるなと内心ため息を吐く。
    「……女誑しのクズ」
    「いくら何でも人聞きが悪いと思うんだ」
    「五条にやれば? チョコレート大好きじゃん」
    「そう、最初はそうしようと思ったんだけどさ、」
     悟って、そもそもお酒飲めるのかな。夏油の疑問に間髪入れることなく、家入は知ったことかと、夏油が知らなくて、何で私が知ってると思ったんだと呆れたように返す。それはそうなんだけどさと彼はちらりと、自身の隣、空白の席を一瞥して息を吐いた。前にビール飲んでいた時に一口ちょうだいって言われたことはあったんだけど、苦いって言ってすぐに吐き出しちゃってさ、結局アルコールに耐性があるのかないのか分からないんだよね。顎をすり、と撫でながら唸る夏油に、じゃあ試してみればいいんじゃないの? と怠そうに家入はシャコシャコと触っていた携帯で、前触れなく彼らの話題の中心にいた人物宛てに電話をかけた。えっ、硝子? 間抜けな夏油の声を知覚すると同時に、電話の向こうから同じように自身の名前を呼ぶテノール。
    「五条って今日の任務何時に終わんの?」
    「あと一件。何か他の術師がヘマしたらしくてそっち片してから戻るつもりだけど」
    「りょーかい、オマエ戻ってきたら夏油の部屋で酒盛りするから」
     あんまり遅くならないうちに帰ってこないと、先に始めるからな。そう言って家入は五条からの返答を聞くことなく通話を切って携帯電話を閉じた。如何にも一仕事終えましたと言わんばかりの顔で、どうだと夏油へと顔を向ける。
    「これで満足?」
    「よく言うよ、キミが酒を呑みたい口実も兼ねているだろうに」
    「バレたか」
     さて、コンビニ行くか。補助監督に車出してもらえるかな。アンタは呪霊に乗れるじゃん。んー、この時間はまだ人目につくんだよね……それに寒いし、車で行けるならそれに越したことはない。なるほどね。
     ガラガラと引き戸を鳴らしながら夏油と家入が教室を後にする一方、酒盛りって何すんだろ、と移動中の車の中で五条は一人ぼんやりと考えていた。酒って、前に傑が飲んでた苦ぇ汁だよな。それならコーラの方がずっといいんだけど。むぅと口元を歪めつつも、何だかんだ三人で一部屋に集まること自体は楽しみらしく、サングラスの奥の瞳は優しい色をしていた。なぁ、もーちょっとスピード出せねぇ? 傑と硝子が待ってっからさ、早く終わらせて―んだけど。ぶっきらぼうで乱雑な言い方も、どこか柔さを含んでおり、普段であれば委縮する補助監督もまた口元に緩い子を浮かべながら、じゃあ少し急ぎましょうかとアクセルを踏み込むのであった。

     任務を終え足早に自室に戻り、ジャケットもズボンも布団の上に脱ぎ散らかして急いで部屋着に着替えた五条は、そのまま夏油の部屋の扉を開いた。おや、お疲れ様、早かったじゃないか。部屋の主は少しだけ驚いたような顔をするも、すぐに目を細めて笑う。補助監督に飛ばしてって言ったら、思ったよりも早く帰って来れたと、ぐいっと伸びをしながら五条が答えた。それ、いつもみたいに補助監督泣かせてない? 夏油とセットじゃないんだからフォローされないの可哀想~と揶揄う家入の口調に、まさか、むしろノリノリだったわと鼻で笑い、彼女の横に腰を下ろす五条。いいね、その補助監督とは仲良くなれそうじゃないかと夏油も言葉を続けた。
     机の上に並ぶ色とりどりの缶と何種類ものつまみ類に、マジで酒盛りじゃんと五条はアルコール度数の表示を見ながらそう零した。これってやっぱ数字が増えれば増えるほど含まれてるってことだよな。苦いのに何がいいわけ? オマエらこんなにも飲むの? そんなうまい? なぁ、コーラとどっちがうまいわけ? 興味津々と言わんばかりにくるくると缶を回しながらまじまじと見つめる様子に、夏油も家入も吹き出しそうになるのをこらえるのに必死である。
    「全部が全部苦いというわけじゃないよ。それに一応、ジュースも用意してある」
    「ふーん」
    「最初から酔い潰れるのもなんだし、コーラからにしておけば?」
    「馬鹿にしてんだろ」
    「硝子、あまり煽らないであげて。一気飲みとかしかねないから」
    「確かに、そしたら最強でも下手したら死ぬしな」
    「一気に飲んだら死ぬようなやつ飲んでんのオマエら……?」
     変なの、と呟く五条の視線が徐にチョコレートへと向けられた。先ほど夏油が持っていたものである。あ、やっぱり気になるんだと彼が思っていると、五条はつるりとした光沢のあるそれを一粒摘まみ上げて、口の中に放り込んだ。歯を立て二つに割ると、中から溢れ出すとろりとしたジュレ状の洋酒があふれて口の中を満たしていく。鼻から抜けていく匂いは今までに摂取したことがないからか、ん? と首を傾げながら眉根を寄せた。ごくんと飲み込んでも、その正体が判明しないからか、依然として五条は釈然としなさそうな顔をしている。
    「どうした、難しそうな顔して」
    「……何か入ってる?」
    「気になるよね。因みに味はどう?」
    「……普通。チョコは甘くねぇけど、中に入ってる液体がちょっと甘い気がする」
     でもなんか、変な匂いが残ってんだよな。何なのか分かんねぇけど、と二粒目を手に取る五条の様子に、やっぱり五条でもウィスキーボンボンじゃ酔わないかと少しだけ期待外れだと言いたげな家入の声に、ウィスキーボンボン? と五条は彼女を見遣った。そ、と答えて彼女もまた五条に倣い、チョコを一粒摘まんで口の中へと転がす。あー、でもちゃんとお酒の味してるよ、五条、意外とアルコール強いのかもね。驚いた顔の家入に、へぇ、それは意外、と言うか未成年にそんなにしっかりとお酒の味するウィスキーボンボン渡しちゃダメじゃないか……と呆れたように三粒減ってしまったその箱から夏油も一つ取る。
     じゃあこれ、この匂いはアルコールの匂いなのか。黙々と口内でチョコを溶かしながら一人納得したような表情を浮かべるも、でも普通のミルクチョコのが美味くね? と三粒目には手を伸ばさずに、コーラのキャップに手をかける。纏わりつくような甘さと鼻腔に張り付いたような洋酒の匂いを消し流し込むべく中身を煽る五条に、まぁ確かに、これは一粒二粒でいいかもねと、夏油は箱に蓋を被せ、残りは夜蛾先生にでもおすそ分けしようかと笑った。
    「あっ!」
     弾かれたようにそう声を漏らした五条に、どうしたと家入と夏油は彼を振り返った。するとしょんぼりとした表情で、しまったと。
    「……まだ、乾杯してないのに飲んじまった」
     なんて漏らす五条に、今度こそ二人は吹き出すのであった。
     さて、何笑ってんだよ! バカ! バーカ! なんて喚いていた五条が数時間もしない内に便器の前で呻くことになるだなんて、誰が予想できただろうか。
    「……ッ、う、…ぎもぢ悪」
    「……一気に酔いが回るタイプだったんだね、悟」
     眉間に寄った皺を伸ばしながらどうしたものかと、妙に甘酸っぱい匂いで満ちたその狭い空間で、夏油は小さくため息を吐く。
     チューハイなら飲めるんじゃないか。この度数なら平気なんじゃないか。色々試してみよう言わんばかりに片っ端から缶を開けて、試飲程度とは言え口をつけていけば、それ相応にアルコールを摂取することになるわけで、最初はふにゃふにゃと笑い上戸の一面を見せていた五条であったが、次第に言葉数が少なくなっていった。そして、悟、眠たい? と夏油が軽く五条の身体を揺すったその刺激が決定打となり、五条は一目散に夏油の部屋のトイレへと駆け出した。あ、ひょっとして眠たかったわけじゃなくて、気持ち悪くなっていた……? と夏油と家入が顔を見合わせた途端に、五条の嘔吐く声と水っぽい音が扉越しの世界にも響いた。行こうか? と立ち上がろうとする家入に、夏油が私が行くよと制した。さすがの悟も、女の子の前でゲロぶちまけるのに抵抗はあるだろうからさ、と苦笑を浮かべる彼に、じゃあこっち片しとくから何かあったら呼んで、と家入は吸っていた煙草を灰皿に押し付けた。
     ──ちょっと申し訳ないことしたな。夏油は改めて足元で背中を丸め、便器により掛かる五条を見やる。なんのかんのと言いながら、五条が三人での酒盛りを楽しんでいる事は察していたから、こちらも興が乗って飲ませ過ぎてしまったようだ。
    「ゔぇ…、う、……気持ち、悪………」
    「悟、大丈夫?…じゃ、ないよね」
     少しは吐き出せたらしく、便器の中にはピンク色の吐瀉物が散らばり、すえた臭いが漂っていた。とりあえず、吐けるだけ吐いてしまった方が後が楽だろう。
     部屋の方からは家入が宴の残骸を片付ける音が聞こえてくる。…硝子に吐いている所聞かれるのも、嫌かな。思って個室の扉を閉め切れば、ただでさえ狭い寮のトイレ、夏油がしゃがみ込むスペースはなく。持ってきた二リットルサイズのペットボトルの水を便器の横に置き、自身は五条を股の間に挟むように足を開いて立った。覆い被さるようにして背中をさすり、かくんと船を漕ぎ始めた五条に声をかける。
    「悟、今寝たら明日つらいから。付いててあげるから全部吐いちゃいな。お水もあるからね」
    「…ん、んぇ…、むり、やだ、眠い、……っオェッ、吐く…………気持ち悪い…、!ッげほ、」
     眠気と吐き気の間で揺れているのだろう、思考も言葉も覚束ない五条が勢いこんで便器に突っ伏す。精一杯喉を開いているようだが、僅かに唾液が垂れるばかりで、上手く吐けないようだった。
    「ぅぷッ……吐けねえ…んぅ…」
     そのまま眠ってしまいそうな五条の様子を見かね、夏油は強硬手段に出ることにした。

    「ごめん悟、ちょっと失礼するよ」

     五条の口へ自身の指を突っ込み、喉の奥を刺激するように押し込む。
    「……!ッ!…がッ、ゲボッ、ゔ…ッ、おぇッ!」
     びちゃびちゃと派手な飛沫を上げ、どろりとした固形物と液体の混合物が便器へ溜まっていく。つんと鼻をつく臭いが濃くなった。夏油は五条の背をさすっていた手を伸ばし、洗浄レバーを回す。自分の吐いた物をまじまじと見るのはいい気分ではないだろう。
    「んぁ、え、すぐる、何、?……オエェッ、!ゲェッ、」
    「こうしたら吐けるだろ。嫌かもしれないけど」
     がまんしな、と言って更に奥へ指を挿し入れた。ぬるりとした熱い粘膜の感触がする。五条は頭が追い付いていないらしく、やだぁ、とうわ言のように呟いている。それでも夏油の指の動きに従順に身体を折り曲げ、喉を鳴らして健気に嘔吐く。口内で指を蠢かせてやれば、ぐちゅ、と濡れた音が狭い空間に響いた。…すぐる、やだ、…んッ、ゔ、あ、ぁあ。吐瀉物と一緒に絞り出される声はひどく掠れて、指の抜き挿しに合わせて揺らいだ。
     ──まるで、情事の最中のような。
     突如浮かんだ連想に動揺して、思わず突っ込んだ指に力が籠もった。ひゅ、細く息を吸い込んだ五条がげほげほと肩を揺らす。
    「〜ッ、ごめん…!」
     慌てて指を引き抜き、顔を覗き込む。未だけほけほと小さく咳き込んでいる五条がぼんやりと振り返る。焦点が合わない目には生理的なものだろう、涙が溜まっていて、夏油はいよいよ心臓が早鐘を打ち始めるのを自覚した。のみならず、下半身にずくりと集まりはじめた熱にも。
    「ん…、だいじょぶ、」
    「そ、っか。……あ、水、水飲もう。ね」
     努めて平静を装い、五条を介抱することだけに専念するよう力一杯念じる。夏油だって今日はかなり酒を飲んでいる。きっと酔いが回ってきたのだ、そうに違いない。言い聞かせつつ前屈みになって水を取ろうとした、その時。
     すり、と熱っぽい体温が夏油のスウェットのズボンに触れた。真下に視線を移せば、上体を捻った五条が、夏油の足に寄りかかるようにしてしなだれかかっている。薄く開いたピンク色の唇は唾液と吐瀉物でてらてらと光っている。そこから漏れた吐息があろうことか夏油の股間を擽って、思わず悲鳴を上げそうになるのを必死で堪えた。
    「……〜〜ッ、さ、とるッ、ねえ、」
    「すぐるぅ、」
     大方吐いてしまって眠たいのだろう、子供が愚図るように額を擦り付けてこようとするのを五条の顔面を掴んで制する。…今、ココに直接的な刺激を受けたら間違いなく終わる。ムクムクと主張し始めたそれを何とか宥めつつ、五条を引き剥がすことを画策したのだが。
    「…すぐる、手、汚れてる」
    「!!──ちょっ、…と、さとる……ッ!」
     ぱくん、と五条が躊躇なく夏油の指を咥えた。確かにその手は先程までだって五条の口内にあったけれど、それはあくまで酔っ払いの介助という目的があったからだ。…じゃあ今、五条がしているのは?自らの意志で夏油の指を咥えて、吐瀉物まみれのそれを綺麗にしようとでも言うのか、懸命に舌を絡めてくる。苦しそうに眉が顰められて、うぷ、と声が漏れる。…うぷ?
     オェエエエエエエ。…ゲホッ!…………スー、スー…
     夏油のズボンに盛大に吐き散らかした酔っ払いは、そのまま安らかに寝息を立て始めた。スッキリした顔をしているのがいっそ憎たらしい。
    「………ええ……?」
     もはや水を取るためではない前傾姿勢を崩せぬまま、夏油は一人ドアに凭れて頭を抱えたのだった。

     充分にクールダウン時間を取って戻れば、家入は既に自室へ引き上げた後で、部屋には混じり合った酒の匂いと食べ残したチョコレートの箱が残されていた。チョコだけで止めておけばよかった、ちらりと事の発端になった箱を一瞥し、夏油はズボンを脱ぎ捨ててベッドへダイブした。
     五条は相変わらずトイレで眠っているが、部屋へ連れてきて横にしてやる気にはなれなかった。…きっと、先程のは互いに酔っ払っていた事による事故みたいなものなのだ。眠って起きれば、酒の失敗談として笑い話になる、そういう類のもの…夏油は半ば祈るように目を閉じ、眠りに落ちた。
     
     ──そして、翌朝。
     ベタつく身体に顔を顰めつつ夏油はのそりと起き上がり、僅かに痛む頭を押さえる。一応、二日酔いにはなっていない。
     五条の方は大丈夫だろうか。トイレからは何の物音もせず、部屋は朝の静まり返った空気で満たされている。おそらく殆ど吐いてしまった筈だが、今日一日はしんどいかもしれない。重い足を引きずり、トイレへと足を向ける。昨日寝た時のまま、スウェットの上着に下はパンツ一丁だったけれど、今更着替えを引っ張り出すのも億劫だった。
    「悟〜、大丈夫…」
     ノブを捻り、そっとトイレの中を覗く。五条は膝を抱え、床に丸くなって眠っていた。
     寝顔ならもう何度も見たことがある筈だし、そもそも吐き散らかしてトイレの床で転がって寝ている酔っぱらいなんて、だらしないことこの上ない。それなのに、夏油の脳裏に浮かんだのは唯一つ。
    (……………えっ、天使…………?)
     うっすら開いた瞼からあらわれた青い瞳に見つめられれば、朝の生理現象です、そう言い逃れられないくらいドンピシャなタイミングでパンツがテントを張り始め。夏油は慌てて身体を隠し、顔だけをドアから出した。
     寝起きのぽやっとした表情で何してんの、と笑う五条は元気そうだ。昨日の酒はすっかり抜けているらしい。
    「…おはよ、傑」
     対して、夏油の方はまだ酒が残っているらしい。だって、そうでなければ説明出来ないだろう。…ゲロまみれでこちらに笑いかける男が、可愛く見えて仕方ないなんて。さらには愚息もいい加減もう限界、と訴えていて、夏油は半ばヤケクソで五条をトイレから引っ張り出し、入れ替わりでそこへ籠もった。ドアの向こうで五条が何か喋っている声が聞こえていたけれど、構っている余裕は無くて無視を決め込んだ。閉め切られていた狭い空間にはまだ昨夜の臭いが色濃く残り、勝手に脳内フラッシュバックし続ける光景が馬鹿みたいに興奮を煽る。
     性急に絶頂へ追い立てる最中、思い起こすのも事故で終わらせられる筈だった昨晩の事ばかりで。悟が咥えてたんだよな、コレ…。忙しなく上下動する指を見ていれば、普段より張り詰めた昂りが嫌でも一緒に視界に入る。脳内に流れ続ける映像は、徐々に都合の良いフィクションに変わっていく。五条の口内に咥え込まれた指、それが自身のモノに置き換わった途端。びゅびゅッ、と白濁が大量に飛び散り、ぬるりと手を汚した。
    「──〜〜ッ、!……う、……ハ………ッ」
     びくびくと痙攣する身体を便器に預け、余韻に浸る。一拍置いて襲ってくる、猛烈な虚脱感と緩やかな衝撃。
    「…………………マジか………」

     夏油傑、高校生(お酒は成人してから!)。酒を飲んで分かったのは、親友が酒に弱いということ。それからもう一つ、自分がその親友に、何やらただならぬ感情を抱いているらしいということ。
     …おーい、傑?吐いてんの?ドア越しの声に、そーだよ!!と大声で応え、夏油は額を抑え天を仰いだのだった。
     吐いていると主張する割にはやたら元気な夏油の声に首を傾げながら、五条は洗面台の前へと移動し、吐瀉物塗れの口元を漱いだ。眠るというよりも気絶に近しい睡眠は、眠るというにはずっと短く質の悪い割に、アルコールを一切残させることはなく、何の後処理もしていなかったという点を除けば、五条は何ら普段と変わらぬ朝を迎えている。傑、シャワー貸して、と相も変わらずトイレに閉じこもっている夏油へと声を掛け、彼からの返答を待つことなく勝手に浴室へと侵入した。べっちょりと吐瀉物を吸った衣類を脱ぎ捨て、冷たいタイルをお湯で温めながら、ぼんやりと昨夜のことを思い返す。
     チョコレートを食ったのは、覚えてる。その後も、少しだけ。缶チューハイを回し飲みして、そして……
    「……吐いたんだろうな」
     そんで、寝落ちたと。吐いた上に飲んでいる最中の記憶もないとか、情けねぇと苦笑する五条は、二度と酒なんて飲むもんかと小さく誓う。飲み会が開かれていた傑の部屋のど真ん中ではなく、トイレまで持ちこたえたことだけが、唯一の救いかもしれないと眉間を抑えつつも、やはり他人の部屋で粗相をしたことに変わりはない。傑、吐いてるっつったけど、ゲロ塗れのトイレにいたら、余計に気分悪くなんねぇのかな。つかアイツも酒弱いんじゃん。何で飲み会なんて開こうと思ったんだろ。あ、違うわ、提案したのは硝子だ。俺も傑も巻き込まれただけじゃん。まぁ、吐いたことを除けば楽しかったからいいんだけどさ。
     全身さっぱりさせた五条は何ら躊躇なく夏油の服を借りて部屋へと戻る。驚くほどに片づけられたその空間に、ひょっとしてここでも吐いたんじゃねぇだろうな、俺……と少し顔を蒼褪めながら呟いた。
     安心しなよ、キミがゲロをぶちまけたのはトイレだけだから。自身の漏らした言葉にまさか返事が来るとは思っていなかったのだろう、五条はビクッと身体を跳ねさせた。
    「びっっっくりした……あれ、オマエ吐いてたんじゃ……」
    「吐いてた吐いてた」
    「嘘だろ全然辛そーじゃねーじゃん!」
    「ちょっ、耳元で騒がないで……」
     頭に響くから、と額を押さえながら夏油がそう苦言すると、五条は少しだけ顔色を暗くし、ぽつりと漏らす。
    「……悪ぃ……」
     親に叱られた子供のような顔をしながら、機嫌を窺うように夏油を見つめるものだから、彼は目を見開いて、ふはっと吹き出した。何て顔してるんだ、キミは。私と硝子が飲ませすぎたのが一番の原因だよ。すまなかったね、もう気持ち悪くはないかい? くしゃりと濡れた五条の髪を撫でながら笑う夏油に、五条は、ヘーキと返す。オマエもシャワー浴びて来いよ、面白い恰好してないでさ。じろりと夏油の姿、スウェットに下着と言う組み合わせの格好を茶化す五条に、夏油はゆるりと口角を上げる。え、何その笑顔、怖ぇーんだけど。じり、と後ずさりする五条に、夏油は、キミは忘れちゃっているのかもしれないけどさ、と。
    「私のズボンに、盛大にゲロぶちまけてくれたの、誰だっけ?」
    「ッ、え……!?」
    「しかも当の本人はシャワー浴びてすっきりしている上に、私の部屋着を勝手に着ると来た」
    「~~っ、わーったよ、俺が洗濯してくるっつーの!」
     五条の言葉に、え、いや、いいよ、私が行ってくるから、と先ほど五条が脱ぎ捨てた衣類を、籠に投げ入れながら夏油が笑うも、いーって、何かハズいから俺がやる! と籠をひったくって夏油の部屋を出て行こうとする。でもほら、私のスウェットもあるし、後でまとめて持っていくから本当に気にしなくていいんだよ。再三夏油がそう言っても、恥ずかしさからか申し訳なさからか、わなわな震えている五条は聞く耳持たずといった様子である。
    「いーって! 二日酔いなんだろ寝とけ!」
     バーカ! と最後はきっちり小学男児の常套句を口にして、五条は夏油の部屋を後にするのだった。えぇ、何で馬鹿って言われたの、私……と呆れつつも、五条が立ち去り、一人部屋に残された夏油は、大きくため息を吐きながらへなへなとその場に蹲るのであった。
    「(……普段通りに振る舞えていたよな、私……)」
     ドクン、ドクンとずっとうるさい心臓は、そろそろ破けてしまうんじゃないかと言うほどに鳴り響いている。大きな手のひらで覆っている顔は、平常のポーカーフェイスなど見る影もないほどに朱色に染まっていた。緩む口元も、また。
     賢者タイムで死にたくなるほど冷静さを取り戻しながら夏油はふらつく身体に鞭を打ち、トイレを出て、共同の洗濯機を使う時用の洗濯籠にビニール袋を被せ、その中に汚れた衣服を入れていきながら吐瀉物の処理に当たっていた。酷い匂いを放つそれさえも、五条のものだと思うと少しだけ嫌悪感が和らぐのだから夏油自身もドン引きである。二日酔いか、あるいは、疲労による脳のバグ。それ以外考えられない。自分にそう言い聞かせ、ぱたんとトイレの扉を閉めた。芳香剤、買って来なきゃ。
     彼が処理を終えたタイミングで、五条もまたシャワーを浴び終えたらしく、ぐるぐると部屋の中を歩きながら不安そうな顔をしていたものだから、聞き耳を立ててみると、自分が粗相をしていなかったかを心配していたようであった。傍若無人、自分勝手極まりない入学当初のキミが嘘のようだな、と笑いながら、背後よりその心配を払拭してやったのである。
     いつもと何ら変わらない様子に映っていればいいのだけれど、と思いつつも、夏油は自分の所作を振り返り、早速顔面を真っ青にした。くしゃりと五条の濡れた髪を撫でつけた手は、数分前に自分を慰めた手であり、その際に自身を焚き付けさせた材料もまた、五条であったわけで、そんな汚い劣情を治めた手で、五条に触れたという事実に、夏油は死にたいと小さく漏らした。
    「……よし、忘れよう」
     シャワーを浴びて、少し寝たら二日酔いも疲労も、多少はマシになるだろう。そうじゃなきゃ困る。せっかく悟が気を遣ってくれたんだ。これ以上、彼を裏切るような真似をしてはいけない。パンッ! と自身の両頬を打ち、夏油は立ち上がって浴室へと向かった。
    「よっ、二日酔い男」
     文字通り水を浴びて些かすっきりした頭は、どうにも眠りにつくには覚醒しきってしまい、どうしたものかと煙草を吹かす夏油の元に、スポーツドリンクを片手に家入がやって来た。あの後大丈夫だったか? と夏油同様に煙草を咥えた家入に、何ら問題ないよ、悟もアルコール残ってなさそうだったし。それよりも部屋の掃除ありがとう、と夏油。問題ないって、ゲロの処理慣れてんの? オマエひょっとして今まで女連れ込んで泥酔させる常習犯だったりするわけ? 怖ッと信じられないようなものを見る目で見られ、そんなわけがないだろうと慌てて否定する。硝子の中の私、絶対まともな男じゃないよね。まともな男はロン毛にピアスにボンタンなんて組み合わせで正論を語ったりしないんだよ。私、人が語る正論嫌いなんだよね。うわ、嫌な所で五条に似てきたな。
    「アイツがアルコール弱いってことが判明したわけだけど、夏油まで二日酔いになるとはね」
     らしくないじゃん、と煙を吐きながら夏油に問う家入に、彼は乾いた笑いを漏らした。二日酔いかどうかなんて、もう答えが否であることは夏油自身分かり切っていた。だって、気持ち悪さも頭痛も、微塵もないのだから。
     吐けないと涙目になって愚図る親友、その白い肌を紅潮させ、じんわりと額を汗ばませながらトイレの前で鼻を鳴らしていた親友の姿を、夏油は思い出していた。饐えた匂いと甘酸っぱい匂いが混ざった匂いが充満した個室で、吐かせてやるために自分がとった行動。今でもしっかりと指に残る五条の口内の熱、喉奥が異物を拒むべくうねりながらぎゅっと締める濡れた粘膜、酒焼けで掠れた呻きにしてはどこか淫靡な声、そして唾液やら胃液やら吐瀉物やらで汚れた指を舐る舌の感触。
     鮮明に思い出せるその記憶が、どうして夏油の頭は不快なものとして処理することはなく、彼の情欲を煽るべく補正されている気すらしてしまうほどである。いや、補正も何もすべてがノンフィクションなわけではあるのだが。
    「……ねぇ、硝子」
    「何?」
     吸い終えた煙草を灰皿に押し付け、夏油の箱から一本くすねている家入に、せめて一言断ってくれよと思いつつも、あのさ、と言葉を続ける。
    「……二日酔いのせいで親友が可愛く見える、だなんてこと、あるわけないよね」
     夏油の問いに、家入は折角取り出した煙草を音もなく床へと落してしまった。あっ。ちょっと、ちゃんと拾っておいてくれよ。そう言葉を続ける夏油に、たった今彼が放った言葉は自分の聞き間違いでは、と彼女はようやく夏油の顔を見上げた。
    「……っ、はは、何、夏油って、そんな顔すんだ」
     いつものアルカイックスマイルや相手を煽る時の小馬鹿にしたような笑みなんかじゃない。どうしようもなく、情けないほどに恋焦がれているような、照れくさい、恥ずかしい、苦しい、いろんな感情が混ぜこぜになったような、そんな表情の彼は、昨晩よりもずっと赤い顔をしているのであった。呪専に来る前に何度だって同じような表情をしたクラスメイトを見てきた、まさに彼女たちが見えるような顔と、同じそれ。
    「いーじゃん、春だねぇ」
    「馬鹿にしないでくれよ、それに、まだ本当にそうと決まったわけじゃ……」
    「恋する乙女と同じ顔してるよ、今の夏油」
    「……勘弁してくれ」
     自身の顔を手でパタパタと仰ぎながら項垂れる夏油に、それはこっちの台詞だろと家入は呆れたように笑った。何で見舞いに来たら惚気られるんだよ、想定外なんだけど、と拾い忘れていた煙草を机の上に掬い上げながらそう言う家入に、すまないと夏油は反射の様に謝罪を口にする。
    「いいんじゃない、クズ同士お似合いだろ」
    「硝子……」
    「数々の女の子を墜としてきた夏油クンが、どうやって五条を射抜くのか気になるんだよね」
    「あのねぇ……」
     別にそんなんじゃないって、と苦笑する夏油は、すぐさま憂い気な笑みを浮かべて、力なく首を横に振った。先ほどとは打って変わった表情に、ん? と家入も首を傾げる。
    「……別に付き合いたいとか、そんなことを望んでいるわけじゃないんだよ」
     だから、告白したりそういったことは、しないかな。そもそも五条家当主サマだろう、許嫁がいたっておかしくないわけだし。それに、
    「……私は悟にとっての初めての〝友達〟で〝親友〟なんだよ」
     これ以上、望むなんて烏滸がましいからね。だから私の想いは、今日を以て、胸の中にしまっておくことにするよ。
     夏油の言葉を聞きながら、コイツ意外にも臆病なところあるよなと、可能性がゼロでないのであれば玉砕覚悟でぶつかってみればいいものを、何かと理由をつけて自身を諦める方向へと向かわせるきらいがあると分析していた。腐っても家入も、五条と夏油のクラスメイトである。
     どたどたと響く足音と、ドンドンと部屋の扉が叩かれる音。前触れなく夏油の部屋を訪れる人物など、一人しかいない。あ、と漏らす夏油に、二日酔いって言う建前なんだから、寝たふりしとけば? と提案する家入に従い、彼はベッドに入り込んで目を瞑った。ガチャリと部屋のドアを開けるは家入。
    「あれ、硝子じゃん」
    「スポドリ持って来がてら見舞いにな。五条も?」
    「おう。爺やに二日酔いに効くもの教えてもらったから」
     カシャカシャとビニール袋を鳴らしながら部屋に上がり、机の上に荷物を置き、五条はベッドに伏せる夏油を見下ろした。傑、ずっとこんな感じなの? と尋ねる彼に、あぁ、と罪悪感など微塵もないらしく、家入は頷いてみせる。そっか、とあからさまにしょも、と落ち込んだ様子の五条に、オマエの方が寂しんぼじゃんと家入が笑う。別にそんなんじゃねぇけどさ、と間髪入れずに彼女にそう反論するも、形のいい唇を尖らせながら、ぼそぼそと。
    「……何で俺よりも飲み慣れてるオマエが重傷なんだよ」
     早く起きろよ、ゲームしてーのにできねーじゃん。任務も俺一人だと車ン中の空気悪いし。つまんねー。
     コイツも大概、夏油のこと好きだと思うけどな、なんて観察していると、なぁ、二日酔いって、どんなもんで治んの? やっぱ二日かかるもん? と五条。基本一日経てば復活すると思うけど、個人差あるんじゃない? と素っ気なく返しながら、寝たふりをし続ける中で罪悪感に良心を痛めている夏油を、家入は五条同様に見下ろす。
    「まぁ、目覚ましたら五条の部屋行くように伝えとくよ」
    「硝子はまだ傑の部屋にいんの?」
    「えっ……あー、いや、適当なタイミングで出ていくつもりだけど」
     五条はこれからまた任務があるんだろ、と家入が言えば、静かに彼は頷いた。どうした、何か夏油に伝えておいてほしいことでもあるか? 彼女がそう聞くと、や、ねーけど、と歯切れ悪そうではあるが、しかし五条は、悪ぃんだけど、と切り出す。
    「二日酔いって、体調良くないんだよな? なら、煙草、吸わねー方がいいんじゃねーのって……」
    「……あぁ、そういう」
     わーったよ、私の配慮が足らなかった。そう言って灰皿に煙草を押し付ける家入に、少しだけホッとした顔で五条は、じゃ、また任務終わった来ると言い残して部屋を後にした。パタンと締まったドアに遠退いていく足音に反比例するかのように、ベッドの中の部屋の主はふるふると身体を震わせる。
    「……いくら何でも可愛いすぎないか」
    「本当に二日酔いになってしまえ」
    「何最後の、あんなの反則だろ」
    「うるせ~」
     ベッドの上で身悶える夏油に、キッショと吐き捨てながら家入は五条の持ってきたレジ袋の中身を漁り始めた。スポーツドリンクからゼリー飲料、パウチタイプのお粥まで詰め合わされている。リンゴはこのままじゃ食えないだろ。というかこれ風邪用では……と思いつつも、素直に夏油に伝えようものなら、そんなところだって可愛いじゃないか、とか言いかねないので家入は黙って冷蔵庫に詰めていく。くっそ、昨日の残りの酒が邪魔。
     ふと、思いついたかのように家入はレジ袋の中身と入れ替えるように缶飲料を何本か取り出す。もちろんすべて、アルコールを含有するものだ。
    「なぁ夏油。昨日はオマエの好奇心に付き合ったわけじゃん」
    「へ……? あぁ、悟がお酒に強いか弱いかって言う?」
    「そうそう。だからさ、今夜は私に付き合ってくれない?」
     二日酔いには、迎え酒が効くって言うけど、あれって本当だと思う? 正直二日酔いの時にアルコール入れるとか気狂いとしか思えないんだけど、でも他人の身体で確かめられるなら、大歓迎なんだよね。
    「えっ、待って、硝子さん、私二日酔いじゃー」
    「え? 何? 聞こえない」
     ところで摂取方法だけど、直接動脈にぶちこまれるか、大人しく自分のペースで酒として飲むか、どっちがいい? あぁ、アブノーマルなものをご所望であれば動脈じゃなくて直腸からっていう選択肢もあるけど? 普段五条や夏油に見せることのない程の眩しい笑顔でそう聞かれては、夏油ですら何も言えないらしく、情けないほどの小さな声で、お手柔らかに、と漏らした。やなこった、と舌を見せて笑う彼女はその辺の男を一撃で仕留められそうなほどに魅力的であったが、どうして今の夏油にとっては死亡宣告も同然で、今夜こそ二日酔い確定コースかなと頭を抱えるのであった。

     任務に向かう車の中、五条はいつにも増して集中力を欠いていた。…傑、顔見せてくんなかったな。朝方まではケロリとしていたのに、二日酔いって、時間差でやってくるものなのだろうか。
    「昨日は無事に楽しめましたか?」
     任務までの道中、車を運転するのは偶然にも昨日と同じ補助監督だった。やり取りを覚えていたらしく、気安い調子で話しかけて来た。
    「あー、まあ。…楽しかった」
     ちらりとバックミラーを見れば、照れくさそうに唇を尖らせて呟く少年の姿があって、ふふ、と思わず目元が緩んだ。一級呪術師といえど、友達と遊ぶことが何より楽しいお年頃なのだろう。
    「それは良かったです。今日も早く帰れるように急ぎますね」
    「そーして。……あ、あのさぁ、」
     横柄な態度がデフォルトの彼が珍しく口籠るものだから、おや、と内心思いながら先を促す。
    「何でしょう?」
    「…二日酔い、って、どんな感じ?」
     おやおや。どうやら昨日のお楽しみには、少し背伸びした遊びも含まれていたらしい。見て見ぬふりをするべきか、大人らしく少し釘を差しておくべきか。迷っていると、後部座席の彼は躊躇いながらも更に言葉を重ねる。
    「なんか、辛そうでさ。差し入れもしたんだけど。…や、早く治ってくんねーと、俺がツマンネーってだけなんだけど」
     …おやおやおや。モニョモニョと不明瞭になっていく言葉尻を聞きながら、感情を面に出さないよう気をつけねばならなかった。心配なんですねその方のことが、などと言おうものなら、きっと思春期真っ只中の彼はたちまちへそを曲げてしまうだろう。そうですねえ、ハンドルを切りながら思案する。
    「朝起きたときは大丈夫だと思っても、動いているとあれ、気持ち悪いな…ってなったりするんですよ。本当に飲みすぎると、もう二度と飲むまいと思うんですが、人間って反省しない生き物ですねぇ」
    かくいう自身も、つい一週間ほど前に飲みすぎたばかりだ。知らず、語り口には実感が籠もった。
    「結局翌日にはまた飲んじゃったりして。…ああ、迎え酒ってのもありますよ。二日酔いの状態でまたお酒を飲むっていう。ちょっと楽になるんですよね。まあ、…あ、着きますね、すみません」
     結局、自分語りをしている内に現場に着いてしまった。少し勝手に喋りすぎてしまったな。反省しつつドアを開けてやれば、乗り込んで来た時のぼんやりした様子は何処へやら、五条はやる気に満ちみちた顔をしていた。
    「エンジン、切るなよ」
    「は」
    「爆速で終わらせる」
     言い終わる前に飛び出して言った背中を見送りつつ、何が琴線に触れたのだろう、と首を傾げる。そういえば、迎え酒は逆効果ですよ、と言いそびれてしまった。…まあ、言っても未成年だ。飲み慣れぬ酒で辛いようだし、そんな無茶はしないだろう。生来楽観的な彼は、それ以降この話題の事はすっかり忘れてしまったのだった。

     ──迎え酒。五条が補助監督から聞き出し、早々に任務を切り上げて試したがっている民間療法は、すでに夏油の部屋で処置の真っ最中である。

    「へえ、夏油ってやっぱり結構酒強いんだな」
    「もうこの辺にしない…?」
     悟もそろそろ帰ってきそうだし、さ。心なしか何時もよりへにょりとした前髪を眺めつつ、プシュ、とプルタブを開ける。ハナから聞き入れてやる気などない。夏油が本当は二日酔いなんかになっていないことは分かっていたし、だからこれはただの暇つぶし、あるいは純粋な好奇心。…それと、ほんの砂粒ほどの老婆心。酒で気づいた恋心ならば、酒の力を借りて打ち明けるのもまた一興だろう。
     ただ、目の前の同級生は想定よりもアルコール耐性が高いらしく、中々酔いに任せて口を滑らせそうにない。…仕方ない、乗りかかった船だ。
    「ちょっと待ってろ」
    「あの、硝子?」
     酔っているのはどちらかと言うと彼女の方なのでは。やや不安になるような足取りで部屋を出ていった家入は、程なくしてそんなもの堂々と持って歩くな、と言いたくなるようなサイズの酒瓶を抱えて戻ってきた。心なしか目が据わっている。そんなに強い酒を飲んだだろうか。ドン、テーブルの上に勢いよく酒瓶が鎮座する。飲み終わった空っぽの缶たちが小さく戦いて振動した。
    「勿体ないけど、特別だ」
    「日本酒じゃないか、これ…」
    「私の秘蔵の酒だ、感謝しろよ」
    「ほんとに二日酔いになっちゃう…!」
    「いい日本酒は二日酔いになんかならない」
    「うそ、絶対うそだよそれ」
     まーまー。悲鳴を上げる夏油などお構いなく、新しい紙コップに並々と青みがかったとろりとした液体が注がれる。これまでよりも格段に強くアルコールが香った。
    「っていうか、これ、もう少し中身減ってるじゃないか。……君、先に一人で飲んでたな?」
    「いいだろ別に、私の酒だ」
     いや、まあ、その通りなんだけど。こんな大事そうな酒を持ち出してまで、何故自分を酔わせたがるのか。首を捻りつつ、夏油のアルコール摂取量もこれまでにない域に達していて、ふわふわとした酩酊感がその疑問を頭の片隅に追いやった。…まあいっか。さとる、いつ帰ってくるのかな。早く帰ってこないかな。でもこの現場を見られたら、二日酔いなんだからちゃんと寝てろって怒られるかな。今朝のさとる、可愛かったもんなあ……
    「ねえ」
     一人で今朝の出来事を反芻しにやけていると、家入が心なしか真面目な顔で呼びかけてくる。いけないいけない、ドン引きされてしまう。くぴっと紙コップを呷り、目線だけで先を促す。
    「どこが好きなの、五条の」
     盛大に噎せそうになって、慌ててコップから口を離した。ごほごほ咳き込みつつ復唱する。
    「好き、って」
    「いや、昼間の発言は完全にそうだろ。告白する気はないとか何とか」
     確かに、そんなことを口走ったような気がする。やっぱり本当に二日酔いだったのか?私。
     適当な言葉でこの場を有耶無耶にすることも出来たけれど、家入の刺すような視線と、誰かに話したいという素直な欲求には抗えなかった。なにせ、今の夏油は恋する乙女と同じ恋愛脳のようなので、同級生に恋バナをしたくなるのも自然の摂理というものだ。
     うーん。どこが好き、か。そもそも、そういう意味で好きらしいと気づいたのが今朝のことだから、夏油自身も明確な理由を持っている訳ではなかった。
     首を捻りひねり酒をくいくい呷っていれば、痺れを切らしたのか、家入が問いかけてくる。
    「顔?」
    「顔は勿論、ものすごく……綺麗、だと思うけど。それだけじゃないよ」
     うわ、と顔を顰めつつさらに問いは続く。硝子、自分から持ちかけといてそんな顔しないでくれよ。
    「ん〜、じゃ、性格?クソガキ具合が可愛い、とか」
     同級生にクソガキ呼ばわりされるのは彼にとっては不本意なのだろうが、事実そうなのだから仕方ない。ちょっと苦笑しつつ、考えながら答えを口にする。
    「性格……。そうだね、ほんとクソガキだよね。うーん、そうだな…まあ、そういう所も可愛いなあ、とは、時々おもってた、のかも、うん」
    「何だ、煮え切らないな。顔でも性格でもないなら、決め手は何な訳」
     じっと、手元のコップの中に揺蕩う酒を見つめて思案する。蛍光灯の光を反射してか、時折青っぽい色味に煌めいて見えた。……そうだ。もっとずっと、美しいあおを知っている。
    「……目、かな」
    「目?六眼の?」
     スペック重視なの、夏油って。勿論本気では思っていないのだろう、からかうような口調の家入に笑って違うよ、と呟く。そうだ、あの目。いたずらっぽくくるくると動く光を集める明るい青、呪霊をひたと睨みつける時の不遜な、しんとした海の底のような冷たい青。──そして、自分を見つめて傑、って呼ぶ時の、吸い込まれそうに深く、けれど澄み切ったその色。
     全部、ぜんぶほしい。あの青を独り占めしてしまいたい。
    「……参ったな」
    「え?」
     どうやら、存外自分は欲張りなたちらしい。
    「思ってたより、すごく好きみたい」
     結局硝子の問いには答えられていない気もするが、彼女はふっと目元を和らげ、夏油の空いたコップに酒を注ぎ足してくれる。
    「……、そうか」
     なら、ちゃんと言えよ。軽く肘で小突かれて、うん、と小さく頷いた。結局どうにもならなくても、最悪、今までの“親友”というポジションさえ失ってしまうとしても、自身の思いの強さに気づいてしまった以上、これまで通りで満足できる気は到底しなかった。もしかして、硝子、発破をかけようとしてくれたのかな。九割方面白がっているだけだとは思うけれど、家入もまた、自分と五条を数少ない同級生として大事に思ってくれているのかもしれない。
     ありがとう。呟けば、礼は態度で示せよと言わんばかりに、家入は空になったコップをこれ見よがしにぷらぷらと振って見せてくる。苦笑して注ごうとしたら、手元が滑り、コップに入りそこねた液体がとろりと溢れた。どうも、思ったより酔いも回っているらしい。家入のショートパンツにもパタパタと雫が垂れたのにはっとして咄嗟に手を伸ばしたら、ぐらりと視界が大きく揺れて。
     ……一拍遅れて頬に触れた柔らかな感触、それから傾いだ視界の先には、部屋の入口で目を見開いて立ち尽くす想い人の姿。

    「──は?」

     何だよこれ。どういう状況。
     宣言通り爆速で任務を片付けた五条は、脇目も振らず夏油の部屋に向かった。まだ寝ているかもしれない、とも思ったけれど、先刻補助監督が言っていたことを試してみたいという欲求が勝った。酒が原因で具合が悪くなったものが酒で治るとも思えなかったが、目には目を歯には歯を、とも言うし、程度を間違えなければ薬にもなるのかもしれない。…それに、昨晩自分だけが酔っ払った姿を見られたというのも正直面白くない。もしもう回復していたのなら、今度こそ夏油の酩酊状態にお目にかかりたいという不順な動機もほんの少し抱えていた。
     幸いまだ冷蔵庫に酒が何本か残っていた筈だから、ひとまずそれを飲ませて自分はソフトドリンクでお付き合いしよう、そう、思っていたのだが。
     勢い込んで部屋の前までたどり着き、いざ開けようとしたその時。部屋の中からぼそぼそと話す声が聞こえ、ノブにかけた手が止まった。どうやら硝子がいるらしい。五条が出て行く前にもスポドリを差し入れに来ていたが、もしかしてずっといるのか?…あいつら、そんなに仲良かったっけ。そりゃあ三人しかいない同級生、つるむ機会は圧倒的に多いけれど、それは三人揃っている時の話だ。夏油と家入二人だけで、しかも夏油の部屋でというのは今まであまり無かったように思う。言い表せないもやもやを感じ、勢いを削がれてドアの前で聞き耳を立てていれば、聞き慣れた声が聞き慣れない言葉を吐くのが聞こえてきたのだ。
    《……すごく好きみたい》
     …………は?好きって?誰が誰を?
     傑が、硝子のことを?………ああ、何だ、そういう事。一気に冷水を浴びせられたように頭が冷えた。つまりはそういうことだった訳だ。酒盛りをしようと言い出したのも、二人でするのも不自然だから、いっそ自分も呼び出してさっさと酔い潰してしまって、それからしっぽりやりましょうと、そういう。
     気づいてしまえば、今朝からの自分の行動は全く持って道化でしかない。内心二人で笑っていたのかもしれないと思えば苛立ちが募った。それでも心の片隅には勘違いだろって思いたい自分も確かにいて、ごちゃまぜの感情に押されるままドアをがばりと開けたのだ。
     そうしたら、そこには家入の胸に顔を埋めるようにして抱きついている、二日酔いのはずの男の姿があって。こちらに向いたその顔がみるみるうちに青ざめ、目が見開かれていく様子に、ささやかな希望が打ち砕かれていくのを否が応でも理解した。
    「……は、そーいうこと、」
     口から出た言葉は掠れて、至極弱々しい響きをしていた。──傷ついたみたいな声出してんじゃねえよ。自分で自分にひどく腹が立って、それ以上に夏油に腹が立って。
    「…オシアワセニ」
     精一杯の皮肉を告げ、開けたばかりのドアを乱暴に閉めてその場を後にした。

     酒の席での失態なんて星の数ほどあるだろうけれど、こんなに最悪なこと、フィクションでもそうそうないだろう。絶望的な気持ちで固まっていれば、おい、と肩を掴んで引き剥がされる。
    「何時までくっついてんだ、セクハラ野郎。キショい」
    「しょーこ、ひどい……」
     絶対誤解された。自分の恋心に気づいた矢先に勘違いされて失恋なんて、一生笑い話に出来そうもない。去り際の五条の一言が、ぐるぐると頭の中でこだまし続けている。
    「まあ、確かにあれは勘違いしてたな」
    「う…そうだよね、はあぁ、最悪……!」
     ……所謂ラッキースケベをかましておいて、喜びも謝りもせず挙句の果てに最悪と言ってのけるとは、ほんっとにクズだな。非難の意を込めて睨みつけても、しゅんと項垂れた男は相変わらず家入のことなど眼中にないらしい。だけどまあ、この世の終わりみたいな顔をして半ベソをかいている夏油は大分面白いので、今回だけは許してやろう、と思う。折角だからとケータイを取り出して録画ボタンをピロンと押せば、何でそんな事できるのさ、と情けない声が弱々しく非難してくるけれど知ったことか。
    「こんな所で管巻いてないで、さっさと五条を探しに行ったらどうだ」
    「うええ、でもさ、もうフラれたようなもんだし…」
     ばーか。ペチンと頬をはたいてやれば、いよいよ子供のようにくしゃりと顔を歪めてめそめそするから、申し訳ないが愉快でならない。ま、私にもほんのすこーしだけ責任はある気がするし。というかぶっちゃけ、こんなことで拗れられるのも面倒だ。…大体。
    「夏油、気づいてないのか」
    「…グスッ…、何に……?」
     ガチ泣きじゃん、ウケる。
    「五条が誤解してキレてたってことは、脈ありってことじゃあないのか」
    「へ」
    「アイツ、部屋入ってきた時、お前のことしか見てなかったぞ」
     一発逆転するなら、今しかないんじゃない。言えば、青ざめていた顔に音が出そうな勢いで朱が差して。
    「……ッ、!行ってくる!!」
     勢いよく立ち上がった夏油は、ふらつく足元をものともせず、ぐしゃぐしゃの顔のままドタバタと部屋を出ていった。そろそろ壊れそうだなあのドア。
     録画を停止して、空っぽのままのコップに手酌で酒を注ごうとすれば、もうほとんど残っていなかった。……この動画をネタに、あいつらにもっといい酒を奢らせればいいか。我ながらいい考えだ。にんまり笑って、家入はちびりちびりと残りの酒を味わうべく、静かにドアを開け自室へ戻ったのだった。

     脱ぎ捨てた靴がドアに当たって転がる音を聞きながら、足早に自室へと戻った五条は制服姿のままベッドへと沈んだ。ジャケットを脱ぎ捨てることもサングラスを外すことも億劫で、最後の力を振り絞り、ごろんっと仰向けに寝返りを打つ。はぁ、と漏れたため息は任務の疲労であって、決して先ほどの光景に傷ついたわけではない。そう言い聞かせるように頭を振ると、その拍子に衣類の山が雪崩を起こし、彼の顔へ襲い掛かる。ゎぶっ、なんて間抜けな声を漏らしながら、ンだよこれと悪態を吐けば、皺だらけの自身と夏油の私服。あぁ、今朝洗濯して乾燥機かけて、そんで……そのまま放置していたんだっけか、と再び山の様にそれらを積み上げながら五条はぼんやりと任務に行く前のことを思い出していた。これ、いつ返そう。とりあえず明日以降でいいよな。今夜はいわゆる〝お楽しみ〟ってやつなんだろうし。
     馬ッ鹿みてー、健気に心配なんかして。まぁ、半分好奇心みたいなところはあったし、俺が覚えていないと言え、昨日介抱してもらった身なわけだから、俺が傑を心配すんのは当然っちゃあ当然なんだろうけども。でもまさかしっぽり楽しんでるとは思わねーじゃん、二日酔いなんじゃねぇのかよ。顔真っ青にしながら何やってんだアイツ。どうしてなかなか収まらない怒りが五条の腹の中で暴れている。マジで何なんだよこれ、何でこんなにイライラ長引いてんの、と寝ころんだまま無理やり目を閉じる彼の部屋のドアが控えめに叩かれた。あ? と首だけ起こすも、すぐに再び寝台へと沈む。今は誰とも会話したくない。そもそも立ち上がることさえしたくない。悪ぃーな、誰だか知らねーけど、特級呪術師五条悟クン、本日は閉店しました。
    「悟、いるんだろ」
     開けてよ、と続いた言葉に、五条は目を見開いた。は? 何で傑がいんの? 開けてって、何? 何で? バッと上半身が勝手に跳ね上がるも、すぐに乾いた笑みが漏れた。あぁ、隠していてごめんね、とかそういったことでも伝えに来たんだろ。下手したら〝ノックもせずに人の部屋に入ってくるなんて行儀悪いよ〟とか説教垂れてくるかもしれない。ンなもん、聞いてられっか。フンッとそっぽを向いていると、再びドアが叩かれる音。ドンッ、と先ほどよりも幾許か重みを増した音に、五条は首を傾げた。
    「さとる、さとるぅ……」
     なに、その甘ったるい声。俺、そんなん知らねーんだけど。その声聞かせる相手、間違ってんんじゃねーの? 俺じゃなくて、硝子だろーがよ。そう、思うや否や、五条は無意識に舌を打った。クッソ、マジで何なんだよ、なんで俺こんなにイラついてんの。先ほどから収まることなどなかった怒りの感情はむしろ増しており、根幹が分からない五条は増幅していく憤怒が気味悪くて仕方なかった。百歩譲って話を聞くことぐらいならできていたかもしれないが、やはり五条はドアを開ける気にはなれずに、黙って俯いてしまう。
     するとどうだろうか。ずるずると布を引きずるような音がドア越しの五条の聴覚へと届いた。どうしたんだ傑。あ、やっぱりアイツ二日酔いとか言うやつなのか。ベッドから立ち上がり、五条は気が付いたら数歩、ドアに向かって歩き出していた。
     だとしたら……だとしたら尚更、オマエ硝子の元へ戻れよ。俺何もしてやれねーし、そもそも二日酔い対策になるようなもん、全部オマエの部屋においてやったんだから。ドアノブにかけた手は、どうして重力に従うことなく、下ろされることはなかった。傑、とドアに額をコツンとぶつけてそっと目を閉じる五条だったが、すぐにその目は開かれることとなる。
    「……さとる、開けてよ…グズッ、はなし、聞いて…」
     普段のテノールは、どうして湿っており、すすり泣く音を伴っていた。
    「……は?」
     あれだけ葛藤していたというのに、五条は何ら躊躇いなく部屋のドアを開けていた。背もたれにしていたドアが引かれたからか、ドアの前でグズグズ鼻を鳴らしていた夏油は、わ、と声を漏らしながら慌てて床に手を付き、そして上半身を捻るようにして五条を見上げる。
     切れ長の瞳が大きく見開かれ、その瞼の端からボロボロと涙をこぼす夏油の様子は、どうして平常よりもずっと幼く映し出していた。先程まで全身に巣食っていた怒りの感情はどこへやら、五条は夏油の顔を一瞥するなり、ひっでぇ顔と笑った。鼻水まで垂れてんじゃん、子供みてぇ。ふは、と笑う五条とは対照的に、夏油は目を細めながら依然として頬を濡らしていた。うぅー、と嗚咽を漏らす彼の様子に、ドア開けてやったのにいつまで泣いてンだよ、と手を引き立ち上がらせながら五条はその身体を自身の方へと寄せ、ドアを閉める。傑が俺の部屋の前で泣いてたこと、誰にも気づかれていませんように。俺はともかく、誰かに見られていようもんなら自殺しかねねーよなコイツ、とべそべそしてる夏油に、靴脱げるかと問いながら足元を見て、五条はさらに驚かされることになった。
    「何でオマエ裸足なの」
    「へ……?」
     はだし? と自分の足元に目線を向け、ようやく夏油も素足であることに気付いたようである。いくら部屋が近いからって、裸足で走ってきたのオマエ。必死すぎだろ、ウケる。いーよ、そのまんま上がれよ。完全に毒気など抜かれてしまったのだろう、五条は口調こそ仕方ねーなと笑っているものの、自分でも驚くほどに内心穏やかであった。
    「で、傑クンが泣いちゃうほどに聞いて欲しい話って、何ですかぁ?」
     ベッドに腰掛けながらそう嘲る五条だが、次の瞬間にはその身はベッドへと転がされていた。その拍子でサングラスが飛んでしまったらしく、カシャンと軽い音を立ててフローリングの上を転がった。へ、と声を漏らす彼の身体に、夏油の身体が圧し掛かっている。アルコールの匂いと、それが火照らせたいつもよりずっと熱い夏油の身体に、五条の心拍数が急激に上がる。ドッドッと心臓が胸元を殴りつけているかのような、そんな痛みさえ覚える程の鼓動など、生まれて初めてであった。何、何だよ、これ。こんなの、知らねぇ。傑、と五条の夏油を呼ぶ声は、おかしいほどに弱々しかった。
    「ッ、馬鹿、何でっ、オマエ、相手が違ぇだろ……!」
     自身を見下ろす夏油を剥がすように引き離そうとする五条の手を、夏油は鬱陶しそうに掴みながらゆっくりと上半身を起こした。あの、傑クン……? と両手を一つに纏められている五条からは、夏油が何を考えているのか、何をしようとしているのかさっぱり見当もつかない。
    「違わない」
    「……は?」
    「……違わないもん。私は、ちゃんと悟がー」
     ぼすんっ、と夏油は再び五条の身へと上半身を落とした。へ、と五条が間の抜けた声を漏らすも、夏油は顔をべちゃべちゃに濡らしたままではあるが、すーっ、すーっ、と寝息を立てていた。コイツ、今寝落ちするか……!? と五条は額に青筋を立てているものの、先ほど夏油が口にした言葉の続きが気になって仕方なかった。オマエ、俺に何て言おうとしたんだよ。あんだけ話聞いてって泣いてたくせに、話さずに寝落ちるなんて、馬鹿じゃねーの。
    「……酔っ払い、怖ぇー」
    「あっ、流石の夏油も潰れた感じ?」
    「あれ、硝子」
     いつからいた? 全然気づかなかった、といつもよりもずっと低い位置の視界で彼女を捉えながらそう尋ねる五条に、たった今、夏油のやつ何も履かずに部屋出ていったなって気付いたからスリッパ持ってきてやっただけ、と。しっかしこれは明日こそいよいよ二日酔いだろうなコイツ、と笑う家入に、五条は疑問符を浮かべた。
    「オマエらがやってたのって、迎え酒ってやつなんじゃねーの? 二日酔いに効くんだろ?」
    「バーカ、そんなの迷信に決まってんだろ」
    「だって、補助監督も言ってたぞ、迎え酒ってのやるって」
    「効くとしても限度ってもんがあるからな」
     昨日よりもずっとハイペースで強い酒呷らせたから、まぁ潰れて同然なんだけど。これは明日も終日寝込みコース一択だな。つか夏油めちゃくちゃ泣いてた? 部屋出る時よりもずっとぐしゃぐしゃな顔してんじゃん、ウケる。カシャカシャと五条と夏油を携帯に収めながら一貫して真顔のままに彼女はそう言った。少しぐらい笑いながら言えよ、と思いつつも、気ぃすんだら傑連れてけよ、と五条は素っ気なくそう言った。ズクッと鈍い痛みが彼の胸を走る。あー、せっかくマシになってたのに、また気分悪くなりそう。なんだこれ。そんな葛藤中の五条の言葉に、家入は目を見開いた。
    「何言ってんの、連れて帰るワケないじゃん。言ったろ、スリッパ持ってきただけだって」
     あっけらかんとそう答える家入に、五条はますます困惑する。何で? オマエらデキてんだろ? 黙って彼女と夏油を交互に見る五条に、まさかと家入。
    「夏油のやつ、まさかまだ五条に告ってないの?」
    「告っ……!?」
    「そこから?」
     せっかく人が発破かけてやったって言うのに、とんだヘタレじゃんと家入は夏油の頭にぐりぐりと指を押し付けながら呆れたように、ため息を吐いた。
    「何、だって、オマエらで……!」
     そう言いかけて、五条は先刻の、相手が違うだろと言ってのけた自分の言葉に対しての夏油の言葉を思い出した。
    〝違わない〟
    〝私は、ちゃんと悟がー〟
     確かに、彼はそう言っていた。言っていたが、それじゃあまるでー。
    「その勘違いも解いてねーのか、夏油のやつ」
     彼女の言葉に五条はハッと我に返った。そんなに飲ませたっけ、と家入は頭を掻きながら、仕方ないなと再び大きく息を吐きだす。
     あのな、五条。私がこんなクズと付き合ってるわけないだろ。オマエ相手でもごめんだけど。アンタが夏油の部屋に押し入ってきたタイミングで、たまたまアイツが体勢崩して私の胸に飛び込んできただけ。それ以上でもそれ以下でもない。だから、私と夏油が付き合っているというのは、五条の勘違い。
    「そっ……んなタイミングよくあんなこと起きるか!?」
    「だからラッキースケベって言うんだろ」
     まぁ肝心の本人は微塵もラッキーだなんて思っていなかったようだがな、と付け足す家入を、五条はじっと見つめている。
    「……しょー、こ」
    「ん?」
    「……んー」
     聞きたいことは山ほどあるのに、どうして言葉にならない。むぅ、と唇を歪ませる五条に、コイツには確かに助け舟がいるわなと、五条の目線に合わせるように、家入はフローリングへと座り込んだ。
    「……五条はさ、何であんな嫌味ったらしいこと言ったわけ?」
     オシアワセニ、なんて。あんな棒読みで冷たい目、これっぽっちもそんなこと思ってなかったろ。
    「……分かんねーけど、なんかすげームカついたから」
    「……今は? 安心した?」
    「……多分」
     呆れはしたけど、でも、うん、怒りはねーかも。でもそれを言い出したら、そもそも傑がベソ掻きながら俺の部屋の前で蹲ってんの見た時から、失くなってた。何でだろうな。濡れてぐっちょりとした夏油の頬を摘まみながら、そう柔く笑む五条に、家入は、それが答えだろと。
    「……?」
    「この前怪我して、夏油に連れられた女性の補助監督さんいたろ」
    「……あぁ、なんかやたらと傑にベタベタつきまとってた…」
     何でそんな話すんの、とじっとりとした目で家入を睨む五条に、オマエが鈍いからだよと言いたいのを堪え、いいから黙って聞けと続きを口にする。
    「もしあの人が、実は五条狙いで、アンタに告ってきたらどうする?」
    「はぁ? ねーだろ、普通に。そもそも俺詳しく知らねーし。粘着質そうなヤツ地雷だし」
    「そこまで酷くあしらえとは言ってない」
     じゃあ、そのオマエに告白してきたのが夏油だったら? 同じように〝ねーだろ〟って返す?
    「……傑が?」
    「そ」
    「……んー…」
     分かんねぇ。だって、男じゃん、傑は。告白して、そのあとは? どうなんの? 付き合うってこと? それ、今までも俺らの関係、何か変わんの? 相変わらず疑問を矢継ぎ早に口にする五条に、落ち着けと家入。
    「……いいこと教えてやるよ、五条」
     普通はな、そんな疑問が出る前に、同性から告白されたら〝気持ち悪い〟ってなるもんなんだよ。そうならない時点で、オマエも確かに夏油に好意があるってわけ。
     好意? 俺が、傑のこと、好きってこと? 目をぱちぱちとさせる五条だが、瞬時に顔に熱が集中する感覚に苛まれた。どんなワケねーじゃん、と瞬時に返せなかった時点で図星なのだ。
     ムカついた理由は、硝子に対して嫉妬していたから。怒りが収まったのは、自分が傑の部屋へと一直線に駆けたように、彼もまた無我夢中で自分の元へとやってきてくれたから。傑を連れていけとぶっきらぼうに言い放ったのは、せっかく傑が来てくれたのに、硝子に取られてしまうのが嫌で、でもそれがバレたくない、それでこれ以上傷つきたくないからという強がりの成れの果て。一気に全てを自覚させられた五条は、羞恥に顔を真っ赤に染めた。両手で隠してしまいたいのに、それらは未だに夏油の中におり、彼は情けなく声を漏らしながらぎゅっと目を瞑ることしかできない。
    「俺、めちゃくちゃカッコ悪ィんじゃねーの、今」
    「オマエも夏油もすげーダサいから安心しなよ」
    「……すぐるも、」
     俺と同じなの? 未だに信じられないのか、訝しげな眼で家入を見遣る五条に、確かめてみたら、と彼女は夏油を指す。今からたたき起こして聞いてもいいし、明日目を覚ますまで待ってやってもいいし。私の口から伝えるよりも本人の口から発せられた言葉の方が、ずっと信頼できるだろ。家入の提案に、五条はじっと夏油を見つめる。
    「……明日、コイツが目を覚ましてから、聞く」
    「……ん、それでいいんじゃない」
     今起こしたところで、酔い覚めてないだろうし。よっこいせ、と立ち上がりながら家入は、やはりどこか不安げな五条に気付く。まぁ、分からなくもないが、どうして普段最強を自負する野郎共が揃いも揃ってこうも臆病になるんだ。女の方がまだ強かだぞ。
    「もし夏油が何事もなかったかのように振る舞ったら、私から伝言があるって伝えてくれる?」
    「伝言?」
     スリッパに脚を突っ込みながら、そう、伝言、と答える家入に、何て伝えんの? と。
    「逃げるなよって、言ってやって」
     酔ったオマエの醜態曝されてもいいなら、話は別だけどなって。そう言えば、きっと腹括るだろうから。ひらひらと手を振る家入に、五条はまたズキンッと痛みを覚えた。僅かな表情の変化に気付いたらしい、彼女はそんな顔すんなよと呆れたように笑う。
    「夏油のこと、知ったような口を効くなって?」
    「っ、ちがー!」
    「はいはい、わーったから」
     早く安心させてもらえ、と言い残して、家入は今度こそ五条の部屋を後にして自室へと戻った。
     部屋に残されたのは、一度も起きる気配を見せることなく爆睡する夏油と、目が冴えてしまい到底眠ることなどできそうにない五条。
    「逃げるな、か」
     家入が言い残して言った言葉を、五条はぽつりと復唱するのだった。

    「う〜ん……」
     まぶしい。
     うっすら開けた目に、容赦なく陽光が刺さる。咄嗟に光を避けるように頭を動かしたら、ぐらりと脳みそが揺さぶられる感覚があり、夏油は目を閉じて襲ってくる気持ち悪さをやり過ごした。後から割れるような頭痛と、全身を覆う倦怠感もついてくる。
     ……かんっぜんに二日酔いだ。実を言えば経験した事はなかったのだけれど、これはもう、間違いようもないだろう。
    「最悪だ………」
    「…、ぇ、」
     独り言に予期せぬ返事があって、夏油は驚いて声のした方を見た。といっても、なるべく頭を動かさないようにそろそろ目線だけを動かしたので、その声の主を丸ごと視界に入れることは叶わなかったが。
     視界の端には、ふわふわとした綿毛だけが見えている。
    「……さとる?」
     綿毛がぴくりと揺れるが、返事はない。
    「え、あれ…ここ、悟の部屋…?」
     相変わらず目線だけをきょろきょろと動かせば、そこはどう見ても五条の自室だった。ついでに先程からほっぺたをくっつけているベッドシーツからは嗅ぎ慣れた五条の匂いがして、意図せずうっすら覚醒し始めた下半身に我ながら呆れてしまう。…この状況で匂いで反応するって、どんだけ。
     っていうか、なんで私悟の部屋で、しかもベッドで寝てるんだっけ?昨日は確か硝子とまた飲んでて、途中から日本酒を飲まされて、それで……
    「………ん?!?!」
     がば、と起き上がったらぐらんぐらん視界が回って、起き上がった勢いのまま振り子のようにベッドに逆戻りした。うわぁ、めちゃくちゃ頭痛い。
    今度はそろそろと頭を動かして右側を向く。五条がベッドに背を預けて体育座りをしていた。そうだ昨日、悟にタイミング悪く硝子とくっついている所を目撃されて、今しかないだろってけしかけられて、それで悟の部屋に突撃したんだ。何とか部屋に入れて貰えたのは覚えているけれど、その後がひどく細切れの記憶しか無いのが恐ろしい。私、何を言ったんだ…?いや、言ってないのか?どっちだ?? 
     依然として背を向けている五条の様子からは、昨夜の自分の言動に対するは答えは推し量れそうもない。聞くか?いやでもそれって大分カッコ悪くないか??私、昨日君に告白した?って?……いやいやいや。
     悩んだ挙げ句、夏油は決断した。
     ──言ったことにしよう。実際の所は分からないけど、昨日の自分を信じよう。残念ながら五条からの返事についても何の記憶もないので、それを聞き出すことがこれからのミッションだ。そうと決まれば、行動するのは早いほうがいい。
     痛む頭を堪え、今度はゆっくりと起き上がってベッドの上に胡座をかいた。
     五条の背中にそっと声をかける。寝ている訳ではないようだが、振り向いてくれないのはどうしてなのだろう。ほんのりと不安が頭を擡げる。本当は今すぐにでも肩を掴んで振り向かせたい。こっちを向いてほしい。けれど、どうしてだか張り詰めた空気がそれを許してくれそうになかった。
    「悟、あの、さ」
    「………何?」
     返事が返ってきたことにひとまずほっとする。気付かないうちに詰めていた息をふっと吐いた。
    「昨日は、その……すまない」
    「…昨日?」
    「えっと、ほら、私が言ったこと」
     自分でも何に謝っているのかよく分からないけれど、とりあえず謝罪の言葉を述べる。べろべろに酔っ払って部屋に突撃したのだから、大なり小なり失礼な言動はあったと思う。
     やはり思い当たるフシがあったのだろう、五条ががしがしと頭を掻いて深く溜息を吐いた。
    「…………あー…そうだよな」
    「う…、ほんとにごめん」
     謝られて納得するって、私どんだけの事したんだ。益々昨日の自分を思い返すのが怖くなって、さらに質問を投げるのも憚られて。振り返らない背中、そこをいくら見つめても、五条の気持ちは一向に透けて来ない。…参ったな。
     ──だからオマエはクズなんだ。家入が見ていたらそう言うに違いないであろう行動を、夏油はこの期に及んで選択した。そう、背後から五条を抱きしめようとした、のだが。
    「えっっ」
     夏油が伸ばした腕は目に見えない術式の壁に阻まれ、五条に触れることは出来なかった。
     ……何で?えっ、私、もしかしてフラレた??泣きそう。

     時はやや巻き戻り。夏油がうぅんとか何とか唸る声を、五条は背中越しに聞いていた。もぞりと動く振動が時折背に伝わる。どうやらまだまだ目覚める気はないらしい。コイツ、人が悶々として悩んで寝れなかったっていうのに、人のベッドでしっかり寝やがって。膝掛け代わりにしていた洗いたての洋服達をぎゅうと握った。昨晩自分が汚した夏油のスウェットやら、その他の私服。…別に、夏油の服をわざわざ選んだ訳じゃない。夏油にベッドと布団を占領されて、そのままじゃちょっと肌寒いなって思って、たまたま手に取ったのがコイツの服だった、っていう、それだけなのだ。
     誰にしているかも分からない言い訳をそうやって一晩中繰り返している内に夜は更けて、そろそろ朝になろうとしている。昨夜、夏油が寝落ちる前に呟いた言葉。それから、家入に言われた言葉。それらがぐるぐると頭の中を巡って、その度に思考は無限ループし続ける。傑、俺に告白しようとしてた?それって、俺のこと好きってこと?
     信じてもいいのだろうか。それとも、やっぱり自分と家入の気のせい、いやいや勘違い、はたまた早とちりなのだろうか。
     どうしても悪い方にばかり想像が広がってしまうのは、結局自分がそれだけ、“夏油が自分の事を好きならいい”と期待している事の裏返しなのだろう。昨夜、家入に気付かされた事実をまざまざと実感している。…自分は、夏油の事が好きなのだ。
     友人関係はおろか、恋愛関係に疎い五条でも、流石に認めないわけにはいかなかった。確かに、振り返れば思い当たるフシはいくつもある。
     最たるものは昨夜の家入と夏油のいちゃつき(誤解)に対する苛立ちだけれど、その他にも、家入も言っていた夏油と補助監督の絡みだって、もうずっと気に食わなかったのだ。彼は表面上人あたりがすこぶる良いものだから、皆簡単に勘違いしてしまう。馴れ馴れしく触れる柔らかそうな手や、夏油を見上げて染まる頬に、いつも理由も分からず嫌悪感を覚えていたように思う。
     なぁんか、俺、コイツのことで苛々してばっかだな。あれか、私だけ見ててくれなきゃ嫌、ってヤツ?やだやだ、女々しいこったな。
     ちらりとベッドを振り返れば、夏油はうつ伏せで顔だけこちらに向けて眠っている。随分泣いていたから、目尻や頬に涙のあとがかぴかぴになってうっすら見えた。…ふ、間抜け面。細い目が泣き腫らしてもっと細くなってるんじゃねえの。そんな間抜け面すら可愛らしく見えるのだから、どうやら恋というのは最強の目もバグらせてしまうらしい。
     ぼんやりと窓の外が白み始める。いい加減答えの出ない問答にも飽きて、五条は一人決断した。
     ──傑が起きたら、ちゃんと聞こう。オマエ、俺のこと好きなのって。で、あいつがちゃんと告白してきたら、こう言おう。…ちなみに、俺はお前の事好きなんだけど、って。
     そわそわとその時を待っていれば、背後から一際大きな声がして、もぞもぞ動く気配がした。ようやく起きたか。さて、まずは腫れぼったい目を拝んでやろう。思って振り返ろうとした瞬間、夏油から発せられた言葉を聞いた。それは、五条の一晩かけて築き上げた勇気を粉々に打ち砕くのには充分な一言。
    「最悪だ………」
    「…、ぇ、」
     思わず小さな声が漏れてしまったのは不可抗力だろう。…最悪って言ったよな?何が?昨日のこと?
     ……さとる?名前を呼ばれて、思わずびくりと肩が跳ねた。
     振り返るタイミングを失って、お守りみたいに夏油の服を握りしめ、じっと部屋の一点を見つめる。どうやら夏油は自分がどうして五条の部屋にいるかもよく覚えていないらしい。なら、昨日自分が言った告白まがいも覚えてないのかもしれない。…覚えてないなら、最悪、とか言わないよな。うん。大丈夫。告白しようとしたことを後悔してる訳じゃない。必死に脳内で言い聞かせる。 
    「悟、あの、さ」
    「………何?」
     夏油が声をかけてくる。何を言われるのか、期待と不安がごちゃまぜになって、そっけない返事になってしまった。
    「昨日は、その……すまない」
    「…昨日?」
    「えっと、ほら、私が言ったこと」
     ──昨日、傑が言ったこと。それってやっぱり、告白しようとした、あの言葉のことだよな。心臓を刺されたみたいに鋭い痛みが走る。告白する前にフラれたってこと?笑える。
    「…………あー…そうだよな」
    「う…、ほんとにごめん」
     そんなしおらしくされたら、怒ることも出来ない。そもそも、酔っぱらいの戯言を信じた自分が悪いのだ。家入はああ言ってくれたけれど、やっぱり現実はそう上手く出来ちゃあいなかった、それだけのこと。
     なのに、何故だか目元が熱くなるのが止められない。感情がジェットコースター並みに乱高下して、お得意の呪力制御も今は出来そうにない。
    「えっっ」
     背後から夏油の驚愕したような声が聞こえて我に返った。やや遅れて、術式で夏油を拒んでしまった事に気づく。…なんて間が悪い!
     何もかも上手く行かなくて、泣けてしょうがない。いっそ、逃げ出してしまいたい。

     自分のものではない鼻をすする音が耳に入り、夏油は項垂れていた顔を上げた。
    「…さとる?」
    「……ッ、ヒック……ッ」
    「え、」
     目の前の肩が細かく震えている。何時もは自信満々に凛と伸びた背中も、今は頼りなく丸められている。泣いてる?あの悟が?夏油は戸惑いながら、その背にそっと声をかけた。
    「悟。…こっち向いてよ」
    「……やだ…」
     もう一度手を伸ばそうとして、ほんの少し逡巡する。…もしまた拒まれたら?苦い経験を繰り返すのは怖い。五条は相変わらず小刻みにしゃくり上げている。泣きたいのはコッチだよってちょっぴり思ったけれど、それよりも彼を傷つけて泣かせた、という事実が鉛のように夏油の心に重くのしかかった。そうして、自惚れかもしれないけれど、五条が泣いているのはきっと自分のせいで。
     ……もし、やっぱり、悟も同じ気持ちなのだとしたら?私が悟の気持ちが分からなくて居ても立っても居られなくて不安だったみたいに、悟も私の一言で泣いちゃうくらいに、不安で自信がないのだとしたら。そうだ。今更何がカッコ悪いかも、だ。昨日から散々醜態を晒し続けているのだ。ここでちゃんと伝えなくてどうする。……逃げるなよ。イマジナリー家入にも喝を入れられた気がして、うん、そうだよねと脳内で返事を返す。夏油は大きく深呼吸し、真っ直ぐ前を向いた。

     五条に向けて伸ばした右手は、今度は拒まれることなく震える背中に触れる。

    「悟。そのままでいいから、聞いてくれないか」
     返事はないけれど、構わず言葉を重ねる。昨日、いやもっと前から、伝えていなかったこと、でも伝えたかったこと。

    「悟が好きだよ」

    「好き。もうずっと前から」
    「……自覚したのは、その、昨日、なんだけどね」
    「昨日、ほんとはちゃんと告白しようと思ってここに来たんだ。でも、私ベロベロで……君を傷つけるような事をしたり、言ったりしたかもしれないって思って、さっき謝ったんだ」
    五条はじっと夏油の話を聞いている。背に触れた掌はどちらの熱によるものか、じんわりと汗ばんでいく。
    「…ほんと馬鹿だよね。ちゃんと告白したかも覚えてないのに、カッコつけたくてなあなあにしようとして」
     でもね、やっぱり好きなんだ。好き、大好き。
     譫言みたいに呟く。我慢出来なくて、右手を離し両手で五条の身体を自分の方へ引き寄せる。お腹に腕を回してぎゅっと抱きしめた。この距離が許されたことに言いしれぬ安堵を覚える。近くなった体温が嬉しい。先程からじわじわと赤みが差していた五条の耳たぶは、今は真っ赤になって夏油の唇に触れそうな距離にある。……あー、ほんとに可愛いな。大好き。
    「…………耳元で、しゃべんな」
     どうやら脳内の声がダダ漏れになっていたらしい。覇気のない抗議の声が五条から上がる。
    「むり」
     こんなに好きなんだもの、離れたくない。
     駄々っ子のように言っていやいやと五条の首筋に擦り付いたら、ヒッと鳴き声とは違う悲鳴が上がった。…よかった、泣き止んだみたいだ。
    「…………誰が離れろって言ったよ……、しゃべんな、って、言ってんの」
     ぽつりと返された言葉は、五条も離れがたく思っていることの証明でしかなくて。嬉しすぎて思わず口角が上がってしまう。
    「オマエさ」
    「うん?」
    「ちょっ、どこ触ってんだ。ちょーしのんな」
    「あ、ごめん。つい」
    「ッたく。……返事。聞かなくていいワケ」
     返事………
    「えっっ」
     確かに、すっかり忘れていた。自分の言いたいことを言って満足して、告白に対する五条の返答は結局貰っていない。この様子から察するに、てっきり両思いと思っていたけれど。いやでも、さっきは無下限で拒まれたし。
    「…………まさか、こっからフラれるとかある…??」
     やだやだやだやだ。私以上に悟を愛せるやつなんていないし私だって悟以外なんて全く1mmだって考えられないし。私にしときな。
     壊れた蛇口みたいに思ったことを全部口から垂れ流していると、ぷるぷると腕の中の身体が震えて、見れば五条は笑っているようだ。ひーひー苦しそうな声が聞こえてくる。
    「ちょっと、笑わないでよ……!」
    「いや、ムリだろ。は〜……おっかし……」
    「人がせっかく勇気を出して愛を伝えてるっていうのに、それはないだろ」
    「愛、て、ッ!……おま、」
    「そうだよ?愛してるよ悟」
     もうこうなればヤケクソだ。安売りするなと言われるかもしれないが、売っても売ってもなくならないんだから良いだろう。どうせ、五条以外に売る気もこれっぽっちもないのだ。
    「悟。ア・イ・シ・テ・ル、よ?」
    「うひゃッ、だから…ッ耳元で、ッん、………あ~~~~~も〜〜〜〜〜」
    「んむっ」
     ざまーみろ、俺からキスしてやったぞ。
     唇を離して今日初めて見た夏油の開いた目は、やっぱりいつもよりだいぶ腫れぼったくて、また笑いが込み上げてくる。めちゃくちゃ驚いているようだけど、如何せん目が開いてないから分かりづらい。自分の唇をぺろりと舐めたらほんの少し酒の味がして、うわ、やっぱ美味しくねえななんて思う。
    それでももう一回、今度はそっちからしてほしい、なんて思うほどには、初めてのキスっていうのは中毒性のあるものらしい。…でも、その前に。
     相変わらず驚いたままフリーズしている夏油の前髪をぎゅっと引っ張って、震える手を誤魔化した。
     いいか、よく聞け。

    「俺もオマエが大好き。…………あいしてる、傑」

     その後にされたキスは息が出来ないくらいに甘くって、もう蕩けてなくなっちゃうんじゃないのってくらいだったけれど。
     夢じゃないよなって、こっそり自分でほっぺたを抓ったのは、夏油には絶対に内緒だ。

     結局二人で午前の座学をまるまるすっぽかして、昼過ぎにようやく教室へ顔を出した。教室には、いつも通り気だるそうに煙草を吸う家入の姿がある。
     背を屈めて入口を潜る二人を見るなり、ウケる!とケタケタ笑う。…そんな大声出るんですね、ショウコさん。
    「で?うまくいったわけ」
     定位置に収まれば、家入がどちらにともなく問いかけてくる。
    「ん……」
    「……まあ」
    「キッショ。揃ってもじもじするな」
    「相変わらずひどい!まあ、でも、硝子には頭上がらないかも」
    「へぇ。…五条、あれは使ったの?」
    「あれ?」
    「……あー、アレな。使わなかった」
     家入に託された、逃げるなよ、という呪文。べしょべしょ泣いていて使えなかった、が正確な所だが、そこはまあ、伝えなくてもいいだろう。
    「へー。じゃあ、夏油は自力でなんとかしたって事か」
    「ちょっと、いや、…大分?怪しかったけどな」
    「はは!まあでも、えらいじゃん」
     ??をいっぱいに飛ばした夏油は、褒められていることは察したらしく、釈然としない様子でありがとう……?と呟いている。うわ、ぽやっとしてるの、可愛い。
    「……さて。じゃあ、いい酒期待してるぞ」
    「あれ、硝子、帰るの?」
    「ああ」
    「え〜。早えじゃん」
    「お前らが来たら空気が甘ったるくて、とてもじゃないけど煙草じゃ中和できなくてな」
    「えっ」
    「ちょっ…」

     お幸せに。ごく軽い調子で投げられた言葉は、あたたかい響きを持っていた。

     廊下を歩きながら、新しい煙草に火をつける。迎え酒なんて、やっぱりするもんじゃないよな。ふと先程のクズ二人を思い返す。
     …いや、どうやら恋愛には効くらしい。新発見じゃん。くすりと笑って、らしくなくスキップなんかしてみたのだ。

     ─そんな家入宛に、五条家から“御礼”と達筆で熨斗がついた一升瓶が届くのは、もう少しだけ後の話。
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