蛍取り合い合戦(なんでこんなことに……)
目の前でバチバチと火花を散らす少年2人に溜息をつく。
どうすればいいのか皆目見当もつかなかった。
──事の発端は万葉からのお誘いだ。
ある昼下がり。
モラ不足の為、璃月港でトレジャーハントをしていると。
「蛍」
独特な落ち着きのある声がした。
確信を持って振り向くと、案の定そこには。
「か、万葉!なんでここに」
流浪の少年・楓原万葉が立っていた。
取りこぼした聖遺物を探して乙女らしからぬ四つん這いっぷりを晒していたもので、慌てて飛び起きる。
「たまには拙者から声を掛けてお主を驚かすのも一興と思ってな」
あまりにもレアな光景に脳内スパークを起こしてしまい百面相する。
基本的に超・自由人な彼は、何処で何をしているのか誰も把握していない。
結構な勢いで交流している私ですら全く分からない。
(元素視角使って会いに行くレベルなのに)
自分に対するストーカー疑惑はさておき、ソワソワしながら返答した。
「そ、それだけの為に来たの?」
「まさか。もし時間の都合が良ければ拙者と買い物でもどうだ?流浪の身故、高価な物を買ってやったりはできぬが」
更なる衝撃波が襲ってくるとは想像もしていなかったせいで、危うくビッグイベントの嬉しさで昇天するかと思った。
(恋愛感情を持ってるわけでは、ないけど)
「い、行く、行きます!プレゼントとか平気なんで!さっきモラめちゃくちゃ手に入ったんで!」
「そうか。では行こう」
いつも通りのゆるりとした動作で歩き出す万葉。
ほんの少し後ろから着いて行きながら、ちらりと見る。
(相変わらず綺麗だなぁ……)
色白で、線が細くて。
女の子と間違われてもおかしくない容姿だ。
(や、本当に恋愛的な意味は)
そう、決してない。
もっと図々しい理由で会いに行っているのだ。
流浪の身である彼には帰る家など存在しない。
万葉が自分で決めた生き方とは言え。
(儚い、なぁ……)
髪飾りを手に取り思案している万葉の横顔を見て、どうしても憂いを感じてしまう。寂しさを隠しているのではないかと思ってしまう。
そんな彼を何となく放っておけないのだ。
(私より余程しっかりしてるし、こんなこと考えるのはおこがましいけど)
本心なのだから仕方がない。
困った時に悩みを打ち明けてくれる、そんな関係になれたら。
「蛍」
「あ、なに?」
我にかえった瞬間、万葉に髪飾りを添えられた。
清心モチーフで品のあるデザインだ。
「え?あの」
「やはり似合うな」
納得した様子の万葉。
人形じみた美しい顔が至近距離にあって、もんのすごく赤面してしまった。
「店主、これを買わせていただきたい」
「え!?か、万葉!?」
あれよあれよと支払を済ませて戻って来た万葉に、髪飾りの入った袋をポンと手渡された。
「お主、璃月の装束もきっと似合うでござるよ。着る機会があればこの髪飾りをつけてくれまいか」
「だ、だめだよ、こんな」
「気に入らぬか?」
「や、めちゃくちゃ嬉しいよ!?」
「なら良いでござろう。……拙者がお主の可愛らしい姿を見たくて買ったのだ、遠慮する必要などない」
穏やかな微笑。
いつも見ている表情の筈なのに。
「あ、り……がとう」
何だか、以前より熱を帯びている気がして。
(だめだ、万葉の顔、まともに見られない)
心臓が爆発するのではないかと思ったその瞬間。
「──我ならもっと明るい印象の髪飾りにする」
「え?」
淡々とした、極めて感情の読めないこの声。
またもや確信を持って振り向くと。
「しょ、魈!!」
少年仙人が苛つきを隠しもしない表情で腕を組んで立っていた。
「な、え、は!?」
「蛍。暫く会わん内に言葉を忘れたか」
やけに刺々しい声色で魈が毒舌を吐いてきた。加えてジト目である。
(な、なんか凄くご機嫌斜め?)
「あ、杏仁豆腐食べる?」
「杏仁単体ではないか!」
ポケットから出した杏仁を魈が無慈悲にはらったので拾って入れ直す。
「や、あんなの持ち歩けないし。あはは……」
少しは和ませられたかと思いきや。
「貴様、初めて見る顔だな」
「姓を楓原、名は万葉と申すでござる。お見知りおきを、魈殿」
「気安く我を呼ぶな」
(全然だめだーーー!)
炎元素使いなのではないかと思うほど、目に見えぬ炎を全身から燃え上がらせる魈。
ダラダラに汗を流していると、くるりと少年仙人が振り向いてきた。
「蛍。その袋をよこせ」
「え?魈って可愛い物好きなの?」
「違う!……我がもっとお前に似合う物を見繕う。だからそれは不要だ」
「えええ?」
一体どうしたのだろう。
クール&クールな人物だと思っていたのだが。
ふと万葉を見ると、何かを察したかのような表情で静かに笑っていた。
どうするべきか考えあぐねていると、周囲の視線に気が付いた。
「なんだ修羅場か?」
「最近の子は進んでるわね」
通行人や見物人の声が聞こえてきて耳まで真っ赤になる。
(ちょ、ふ、普通に恥ずかしい)
目を離した隙にまた一方的に万葉へ噛みついている魈に向かって大声を出す。
「ストップ!あっち!あっちで聞くから!!」
「いや、ここで構わん」
「私が無理だから!!」
強引に魈の手を握って引っ張る。
「!?蛍、待て。幼子であるまいし、手を引かれずとも我は……」
「いいから!」
何だかしどろもどろになっているが気のせいだろう。
後ろを見ると、万葉が少し呆れたように着いて来ていた。
港から離れ、ヒルチャール諸々が襲って来ないような場所を見極め止まる。
手を離すと、魈が居心地の悪そうな表情で腕を組んでいた。
「一体どうしちゃったの?らしくないよ、魈」
できるだけ優しく問い掛けるも、押し黙っている彼。
「というか、なんで港にいたの?凄く珍しい気がするんだけど……」
「それ、は」
「仙人のお買い物、気になるなぁ。なんて……」
一向に目を合わせてこない魈にどうしたものかと悩んでいると、
「最初は遠くから拙者たちを見ていたのであろう」
万葉が悠々と話し始めた。
「知ってたの?万葉」
「耳には自信があるのでな。僅かな浮遊音がずっと着いてきていた……明らかに人間ではないと思ってはいたがまさか仙人とは」
物珍しそうに魈を見る万葉。
「五月蝿い、誤解を招く言い方をするな。偶然上空を通りがかったら蛍が怪しげな男と話していたから降り立ったんだ」
「全然怪しくないよ!」
「いや、我の目に狂いはない。この男、腹の底で何を考えているか分からんぞ」
まぁ確かに、掴めそうで掴めない人物ではあるが。
万葉がいい加減気を悪くしていないか心配になり視線をやると、極めて穏やかに笑いかけてきた。あ、いつも通りだ。
「そうだとしても、あんなにムキにならなくても」
「それは!、ほた……るが、我に会いに来ない、から……あまつさえ、他の、男と」
「え?」
フェードアウトしていく魈の声に思わず聞き返した。こんなにゴニョゴニョ話す人だったろうか?
俯いてまた押し黙る彼。少し耳が赤い。
初めて見る姿にどうにも反応に困ってしまった。
「っ……ふ、あはは!」
「貴様、何がおかしい!」
堪え切れないといった様子で噴き出した万葉に魈が憤慨する。
「いや、すまぬ。案外可愛らしいのだな、仙人とは」
「我が可愛いだと!?」
「蛍を拙者に取られると思ったのであろう?」
「な……っ」
二の句が継げない魈についキョトンとしてしまった。
「そうなの?」
「ちが……っ」
「違うの?」
「!!、〜〜っ」
心なしか頬が赤いような。
感情が読めずにいると、魈が万葉を睨みつけた。
「貴様、余裕綽々といった様子だが……蛍とはいつからの付き合いだ?」
いきなりの問い掛けに目を瞬かせ、顎に手を添える万葉。
「ひと月経つか経たないか……ではなかろうか」
魈が僅かにほくそ笑んだ。
「そうか。我はその倍だ」
「過ごした時間の長さで決まらぬよ、こういうことは」
「負け惜しみを……!」
(なんの話をしてるの……)
取り敢えず、くだらなそうなことだけは分かるが。
魈が、涼しい表情の万葉から一旦目を逸らし小さく深呼吸して腕を組み直す。
そして。
「……蛍。明日は我を訪ねに来い」
「え?」
あまりに突然のお誘い過ぎて咄嗟に答えられない。
(魈から……私を?)
信じられない。
知り合った当初なんて、奇跡的に会えても「今は話す気分ではない」などと言い、目も合わせず逃げていたくらいなのに。
「嫌なのか?」
「う、ううん」
嫌、どころか。
「魈が絶対居てくれるって思うと嬉しいよ。杏仁豆腐、作って行くね」
自然と笑みがこぼれる。
万葉同様、魈も会いたいタイミングで会える相手ではないのだ。素直に嬉しかった。
(頑張ってめげずに会いに行って良かった……)
感無量とはこのことかもしれない。
ひとりで感動に浸っていると、
「そう、か。我に会えるのは、お前にとって……それほどまでに」
魈の黄金の瞳が煌めきを帯びる。
珍しく感情が見えた気がしてつい魅入った。
(喜んでる……?いや、でも魈に限って)
常にツンとしており、なかなか思うような言葉が返ってこない。そんな人物なのだが。
「──蛍。明日のことより今日が大事であろう?」
「え……わっ!?」
万葉が心なし低いトーンでそう言ったかと思えば、後ろから腰に手を回してきた。
「か、万葉!?」
「時間が勿体ない。食事にでも行こう」
薄く笑う万葉の顔が間近くにあり、一気に赤面してしまう。
何だか、花のような香りまでしてきて……。
くらりとした瞬間、景色がぐるんと巡った。
「蛍に触れるな、貴様は信用ならん」
「しょ、魈!?」
今度は魈に抱きしめられており、いよいよ脳が沸騰しそうになる。
万葉の繊細な触れ方とは違い、強く強く、密着して。
またしても景色が巡り。
「拙者は蛍の友人。貴殿の我儘で引き離される筋合いはないでござる」
万葉。
「我が我儘だと?」
魈。
「左様。仙人だからと言って蛍の交友の幅を狭める権利を有しておる訳ではあるまい」
万葉。
「貴様、さては嫉妬しているな?」
魈。
「貴殿がそれを言うとは片腹痛いでござるな」
万葉。
「我がいつ!嫉妬した!!」
「そのようなこと、一言も申しておらぬが?……嫉妬しているでござるか?」
「なっ……屁理屈を……!」
……いつの間にやら私は蚊帳の外で。
穏やかな筈の万葉までもがなぜここまでヒートアップしてしまっているのか全く分からない。
分からない、が。
(なんでこんなことに……)
誰でもいい、止めてくれないだろうか。