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    まもり

    @mamorignsn

    原神NL・BL小説置き場。

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    まもり

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    監禁回。
    スカラマシュはツンヤンデレ。異論は認めない。
    タル蛍ルート書くのも面白そうですね。

    #スカ蛍
    ScaraLumi

    散兵様の鳥籠今日はとても悲しいことが起きた。



    対雷電将軍の訓練を終えた私は、人気のない林の中で星を眺めていた。

    「スカラマシュ……」

    稲妻の人々を苦しめる要因に彼が深く関わっていたなんて。なにかを企んでいるのは分かっていたけれど、ここまで……酷いことを。どれだけの人が邪眼の餌食になったのか。
    声高々に嗤う彼の姿が頭から離れない。

    (……けど)

    私が彼を突き止めた時、ほんの少し切なげな眼差しを向けてきた気がした。見つけてしまったか、そんな眼差しを。

    (違う、か)

    そうであってほしい私の願望だ。だから気のせいなのだ。甘い考えは捨てなくてはならない。いざとなれば彼をこの手で、

    「……できないよ」

    なんてザマだ、稲妻の仲間たちに申し訳が立たない。彼らの悲しみを忘れたのか。
    それでも視界は潤んでいく。
    ついこの間、スカラマシュとたくさん話をしたばかりだ。彼に近付けたと思ったのだ。
    届きそうだと期待すると手酷く突き落とされる。その繰り返し。学習しないな私も……。

    「今、なにを思ってる……?」

    彼への問いかけが虚しく響いた時──さくりと草を踏む音が聞こえた。






    (くそ、苛々する)

    ここは稲妻に存在するファデュイの拠点の一つ。執行官である自分は自室を与えられていて、本拠でないことを考慮すればそこそこ許せる内装となっていた。
    羽織りを脱ぎ捨てどさりとベッドに転がる。品性の感じられぬものは好きではない。普段の自分なら考えられない行動だ。だらしなさの原因をつくったのは。

    (計画は上手くいった。それなのに何故満たされない?)

    いけ好かない少女。
    先ほど衝突し、気絶したのを放置してきたところだ。
    本来なら思い通りに事が進んだ快感で笑いが止まらなくなっていただろうに。

    (あの顔……)

    自分を見る、ひどく傷ついた表情。
    まるで裏切られたかのような……なんなんだ、一体。僕はファデュイの一員だぞ?そうでなくとも、こういう男だということくらい最初から分かっていただろう?どうしてそんな……。
    破壊衝動に駆られ片目を覆う。ああ、苛々する……!

    (僕も僕だ)

    何を心乱されている?あんな子供ひとりに。
    らしくないことは百も承知。しかしあの表情が脳裏に焼きついて離れない。

    (虫酸が走るんだよ、ああいった人間は)

    綺麗事ばかり並べて、脳内お花畑で。ちょっと相手してやっただけで嬉しそうに……。
    彼女が真相に近付きつつあるのは分かっていた。少し前、抵抗軍と話している様子を窺いに行ったのだ。

    (ぞろぞろ仲間なんか連れて……同じぬるま湯に浸かる者同士で勝手に仲良くしておけ、僕を巻き込むな)

    ……仲間。
    とても信頼し合っている様子だった。実際そうなのだろう、以前楽しげに話されたではないか。あれにも腹が立ったな、聞いてもいないことをベラベラとうるさいんだよ。

    (どうせ揃いも揃ってしょうもない連中に決まってる。あんな奴らより、僕の方がよほど……)

    よほど、何だ?
    動揺する。なにを考えて……正気か?
    僕は誰も信用しない。必要としない。どいつもこいつも要らないんだよ。そのはずだ。
    その……はず、だろう?
    よもや思っていまい、自分に限って怖気のする。

    (僕なら……誰よりも、上手に、)

    ──守ってやれる、などと。

    がばりと起き上がり胸元に手をあてる。シワになるのも構わず、ぎゅっと服を握りしめた。
    認めない、こんな感情。
    相手は子供だぞ、しかも自分が最も毛嫌いしている部類の人間。尽く組織の邪魔だてもしてくる……さっさと捕縛して拷問でもしてやれば良いものを。泣いて縋りだすまで調教してやってもいいな。

    (許してなんかやらないけど)

    痛めつけて、絶望したところに少しの希望をチラつかせてやるのだ。そこから更なる地獄を見せる。堪らない、その瞬間の顔を想像するだけで──

    ガラスの割れる音がした。
    自分の振った手が、枕元のランプを床に叩きつけたからだ。

    (……つまらない)

    高揚もなにも、ない。
    冷め切っていく。心も、表情も。
    どうした?ここまで殺意の湧く相手……嬲ればさぞ気持ちいいだろうに。絶頂したっておかしくはない。
    けれど、どうも心踊らない。何故だ?

    (……喉が渇いたな)

    部下に水を持って来させようとして、ふと止まる。名案を思いついたのだ。

    (ここに連れて来てみればいい)

    じっくり、気の済むまで遊んでやろう。
    そうすれば彼女に対しての形容し難いこの心情、何か掴めるかもしれない。
    神の心は手に入れた、この国に留まる理由はないのだが。

    (……場合によっては)

    犯してやってもいいな。どんな顔をするか見ものだ。

    「……ふ」

    声が漏れた。

    「あはは……っ!」

    最高に冴えている。自分を振り回した罰、甘んじて受け入れてもらおうではないか。嗤って、嗤って……不意に、無表情になるのが自分で分かった。

    (笑えるか)

    これは遊戯などでは決してない。
    自分を取り戻すのだ。
    執行官・スカラマシュを。

    (いつまでも子供に嘗められた状態でいられない)

    羽織りを着直し目深に笠を被って部屋を出た。少女の居場所は分かっている。
    さて、どう後悔させてやろうか……?



    そこに着いた時、おびき寄せるまでもなく少女はひとりで佇んでいた。あんなことがあったばかりだと言うのに無防備な。そういう所も嫌いなんだよ、考えなしが。
    草を踏み締める音を立てて近付くと、少女が驚愕のあまりか口元を押さえた。

    「スカラマシュ!?」
    「やあ、いい夜だね」
    「よ、よくも平然とっ……!」

    気丈に言いつつもキョロキョロしだす彼女。今頃慌てて……こんな町外れの林で誰をさがしているんだ?愚か者。
    当然の如く警戒した素振りを見せてきたものなので、

    「待ってくれ。君と話がしたいんだ」

    努めて穏やかに笑ってみせる。
    しかし流石に訝しまれ「な、なに……?」と、一歩後退りながら返事をされた。胸が一瞬苦しくなる、また妙な感覚が……。

    「ここじゃ言えない。着いて来てくれないか?」
    「わ、罠に嵌める気?」
    「まさか。そんなまどろっこしいことしないよ」

    未だ警戒は解かれず。仕方あるまい。
    ……君の甘さ、利用させてもらおうか。
    ふぅ、と息を吐き敢えて目を逸らしてみせた。

    「実は僕、崖っぷちに立たされていてね」
    「え……?」
    「ファデュイは一枚岩じゃないんだ。この僕が出し抜かれてしまってさ……殺されるかもしれない」

    息を詰めて聞き入る彼女。掛かった。

    「助けてほしい。組織丸ごと敵に回して……君にしか頼めないんだ」

    訴えかけるように見る。
    少女が唇を引き結んで迷った後、こちらへ歩いて来た。

    (……馬鹿が)

    僕を信じてくれてありがとう。初めて思ったよ……君って本当に。

    「狂おしいほど可愛いね」

    自分の歪んだ笑顔に彼女がびくりと止まる。もう遅い。
    背後に回り少女の延髄を叩いて意識を奪う。力を失った身体を支え暫し見つめた。まだ気持ちは昂らない。いつかの時と同じように抱き上げ、そうして。

    「おやすみ。……起きたら何をしようか」

    柔らかな額に頬をあて、夜の闇に溶け込んだ。




    気分が悪い。まず最初にそう思った。

    「う……」

    吐き気を感じながら瞼を開ける。昨日ろくに食べ物を摂取しなかったせいか?クラクラして……。

    「え?」

    ひゅっ、と息をのんだ。手足がうまく動かせない……なに、これ。手錠に、足枷?なん、で。
    わけが分からずなんとか起き上がり、余計にパニックに陥ることとなった。

    「どこ……?」

    整理整頓されているが、生活感のない冷たい空気を漂わせた部屋だ。見覚えはもちろんなく、

    「っ……!?」

    頭を金槌で叩かれた気がした。
    それと同時に切なさが込み上げてくる。この香りは。

    「スカラマシュ……」

    真っ白のカーテン。着物が掛けられた椅子。シワひとつないシーツ。私が今の今まで使っていた枕。
    間違いない、彼の匂いだ。
    言動や態度からは想像もつかない、優しくて落ち着く香り。……ここはスカラマシュの部屋だ。

    (思い出した)

    やけにしおらしい彼の顔がフラッシュバックする。
    そうか……私、騙されたんだ。
    虚脱感に襲われ放心した。二度、裏切られた気分だ。

    (どうして……?)

    昨日の傷も癒えていないのにこんな仕打ちあんまりだ。いや、嘆くことなど何も……。

    (だって、スカラマシュは)

    ファデュイの一人なのだから。
    これまでの関係性がおかしかったのだ、奇跡に近かった。タルタリヤと違って友好的な面も元々ない。正真正銘……敵なんだ。
    唇を噛みしめる。悲しいからか?怒りからか?

    (これ以上……息をしたくない)

    この部屋は彼の匂いでいっぱいだ。
    呼吸をすればするほど、息苦しくなってしまう。
    泣きそうになってきたところでドアが開いた。

    「おはよう」

    食器の乗ったトレーを持って入ってきたのは部屋の主。弱々しくその名を呼んだ。

    「……スカラマシュ」
    「なに?その顔。もっと嬉しそうにしなよ」

    テーブルにトレーを置いて椅子に座る彼。足を組んで薄く笑みを浮かべてくる。

    「僕と話すチャンスだよ?口から生まれてきたって勢いで前は喋ってたくせに。ほら、話してみな。聴いてあげるから」
    「……騙したんだね。ひどいよ」

    鼻で笑われた。言い返す気力は出ない。以前はここから楽しくお喋りできていたのにな……。
    黙り込んでいる私に彼が艶めかしく言う。

    「可哀想に。お腹が空いてるのかな?」

    スープをひと匙、掬ってきた。どういう風の吹き回しだろう?毒でも入っているのか。固く口を閉ざしていると、

    「──開けろ」
    「っ……!」

    立ち上がったスカラマシュに顎を掴まれた。

    「状況分かってる?僕の機嫌を損ねるな。手元が狂って殺してしまうよ?」
    「……っお、なか、空いてない、から」
    「拒否権はない。僕を悦ばせろ、存在価値を示せ。君の命は今、僕に委ねられているんだ」

    氷のような瞳に心臓がバクバクと音を立て、怯えながら口を開いた。スカラマシュがクスリと笑い、座り直してスープを飲ませてくれる。

    「いい子だ。次は怒らせないでね」

    頭にポンと手を置かれる。褒めてくれたはずなのに汗が止まらない。得体の知れなさに思わず問いかけた。

    「ね、ねぇ」
    「なに?」
    「わ、たしを、どうしたい、の」

    カランと、彼がスプーンを置く。そんな音にすらビクッと反応してしまい俯く私。
    そっと頬に触れてきたスカラマシュに覗き込まれる。

    「どうしてほしい?」

    ……違う。この表情は、私が好きな笑顔じゃない。
    一番最初……私の手首を掴んで嘲っていた時の笑い方だ。人を石ころ同然にしか思っていない顔。

    「……あなた、誰?」
    「え?」

    あまりに哀しくて、驚くほど平坦な声が出た。

    「あなたは私の逢いたいスカラマシュじゃない。もう喋らないで、どこかに行って」

    思い出を穢されたくない。
    私は優しいスカラマシュを知っている。……知っているのだ。

    「っ!?」

    いきなり喉を掴まれた。もがこうにも手錠のせいで叶わず。

    「君に僕の何が分かる?勝手に自分にとって都合のいい僕を創りあげるな」

    低くて、暗い声色。本気で怒っている。
    首に爪が食い込んで痛みが走った。

    「不快だ、僕を誰だと思っている?」
    「なら……、い」

    途切れ途切れになった私の声にスカラマシュが片眉を上げる。聞き取ろうとしているのか僅かに力が緩んだ。もう一度、その言葉を口にする。

    「なら、殺せばいい」
    「……!」

    彼が目を見開いた。

    「いつも、そうしてるんでしょ?早く、したら?」
    「な……」

    スカラマシュって怯んだりするんだ。
    息がしにくい為かぼうっとしてきて思考が鈍る。痛い、苦しい。
    ……はは、普段の余裕たっぷりなあなたは見る影もないね。ひと思いにやってよ、ねぇ。こんなことを言ったら部屋ごと消炭にされそうだな。

    (ああ……ほんとに、意識が)

    なくなる。
    思ったその時、手を離された。咳き込んで涙ぐむ。
    ガタリと乱暴な音がした。スカラマシュが椅子から立ち上がったのだ。俯いている。視界がボヤけて表情がよく見えない。
    そうこうしている内に彼がドアを開けた。

    「……僕から逃げられると思うな」

    そんな言葉を残して。
    脳が停止する。鍵を閉められたからではない。

    「……スカラマシュ」

    彼の声に哀しさがあったように聞こえたからだ。
    どんな顔をしていたの?どんな気持ちで言ったの?
    考えても答えは分からず、疲れからかいつの間にか眠ってしまった。



    監禁されて五日目。
    特段不自由はしていない。食事は三食与えられるし、厳重な見張り付きだがお風呂も入らせてくれる。下っ端に「散兵様と同じ風呂を許されるとは。貴様一体何者だ」、などと言われたけれど全く喜ぶ気になれなかった。

    (個人用って……執行官って高待遇なんだな)

    ベッドの上でやることもなくボケーッとする。本棚が視界に入ったが難しそうなタイトルばかりで読む気になれない。タルタリヤ曰く彼は相当切れ者……このラインアップを見ただけでもその話が説得力を増した。

    (今頃みんな、私をさがしているだろうな……)

    こんなことしてる場合じゃないのに。八重神子と話をしなくちゃ……。
    外の状況が気になって仕方がない。みんな無事だろうか?どうにかして脱出しなければ。
    鍵の開く音がした。当然ながらノックはなし。

    「いい子にしてた?」

    スカラマシュが不敵に笑って現れる。本を数冊持っていた。椅子に座る彼を黙って見ていると、読解不能なタイトルのものを開きながらこう言われた。

    「あれ?僕が帰ったらどうするんだっけ」
    「……おかえりなさい」

    ボソリと返す。「そうそう。挨拶は大事だよね」、頬杖をつき本に集中しだす彼。良かった、機嫌がいいみたいだ。
    初日から絞殺されかかったもののあれからは特に危害を加えられることはなかった。だが、いつ導火線に火がつくか予想できず……常に爆弾を抱えている気分だ。
    こちらの心境などそっちのけでページをめくるスカラマシュ。気になる内容でもあったのかペンを握り書き込もうとして、すぐにやめた。疑問に思っていると、引き出しを開けて中から付箋を取っていた。それにペンを走らせる。

    (本を汚したくないのかな)

    好きな物は大事にするのだろうか。
    気落ちしながらも彼の新たな一面を知ることができて嬉しかった。ほんと、馬鹿な私……。
    眉目秀麗であると容姿だけは評判のいいらしい彼。
    清潔感に満ちた姿に見惚れる。こんな状況でさえ、なければ。

    「……疲れた、休憩」

    本を閉じ首を鳴らしたスカラマシュが羽織りを脱いだ。裸になったわけでもないのに視線を逸らす私。驚くことに平気で隣で着替えてしまえる人なのだ。初日の夜、顔を覆っていると呆れられたという……。

    『ここ僕の部屋だから。着替えくらいする』

    気にした風もなく言われた。確かにその通りだがせめて一言ほしかった。加えて、

    「邪魔」
    「!!」

    今日もか。
    平気で……平気で、ベッドに上がってきてしまえる人でもあるのだ。
    そそくさとスペースを空ける。「言われなくとも察しろ」と寝転がる彼。初日、あまりに恥ずかしくて「床で寝たい」と伝えたのだが却下された。なぜだかさっぱり分からない。

    「……ねぇ」
    「は、はい」
    「なんで敬語?……どうしてそっち向いてるんだ?」

    思いっきり彼に背中を見せている私……どうして、って。

    「や、恐れ多いかなって」
    「なにそれ」

    大量に汗をかいているとスカラマシュが小さく言った。

    「こっち、向いて」
    「……刺し殺す気?」
    「早くしないとそれが現実になるよ」

    音速で向きを変えた。思わず「うわ!?」と叫んでしまう。

    「無礼者」

    スカラマシュの顔が目の前にあったのだ、こんなに近かったのか。全力で謝り真顔の彼とにらめっこ状態となる。
    実際のところ数分なのだろうが、途方もない時間が過ぎていく気がした。相変わらず人形じみた表情でこちらを見ているスカラマシュ。なにを思っているのか。
    あちこちへ目を泳がせる私に、彼が呟いた。

    「君……なんなの?」
    「え?」
    「一日中観察しても全く理解できない」
    「えっと……旅人であり、栄誉騎士であり、」
    「黙って」

    お気に召さない答えだったようだ、素直に従う。
    時計の音。それ以外、なにもない。
    気まずくて、恥ずかしくて……彼をちらりと見る。吸い込まれそうなほどに綺麗な瞳が至近距離にいる私を映し出していた。胸が締めつけられ無意識に彼を呼ぼうとして、

    「っ!」

    前触れなく近付けられた手に怯えた。彼が止まったのが気配で分かる。

    「……またそうやって」

    視線を戻すと、野営地で目にしたのと同じ表情をしていた。なんと言えばいいのか分からず息をのむ。一瞬の間の後、彼が口を開く。

    「──僕が、怖い?」

    秒針が遅くなった錯覚に陥った。
    そんなはず、ないのに。

    (……わかんないよ)

    突き放したり、嘘をついたり……殺そうと、したり。
    でも、優しくしてくれるじゃない。
    どれが本当のあなたなの?非情なら非情のままでいて。惑わさないで。
    ……ずるいよ、そんな聞き方。

    (肯定できるわけ、ない……)

    だって私は、スカラマシュのことが。

    ふと、下っ端たちがドアのすぐ横を歩いて行った。
    会話が耳に入り、知っている名がいくつか聞こえたことに鳥肌が立つ。みんなに何かあったのか?
    つい身を起こそうとして……仄暗い声が這いずった。

    「僕のことだけ考えろ」
    「……、ひ」

    いきなりスカラマシュに乗っかられゾッとした。虚ろな目……先ほどまでの穏やかさはどこにもない。

    「や、めて」
    「まだ何もしていないけど?」

    豹変した彼に身体が震えだす。どうして?私の好きなスカラマシュが戻ってきてくれたと、思ったのに。
    「苛々する」、彼が冷め切った顔を見せてくる。

    「……そういえば、昼食がまだだったね」
    「え……?」

    急に不気味なくらい静かな声を発してきた。油断したと同時、

    「ごめんね気付かなくて」
    「っ!?」

    口内に指を突っ込まれた。頭が真っ白になる。抵抗しようにも拘束具でどうにもならない。
    彼が懐から何かを取り出した。小刀だ。
    即座に恐怖感が襲ってきて必死に逃げようとする。スカラマシュが口で鞘から小刀を抜き、嘲笑しながら構えた。

    「ほら、あーんして」
    「ふっ……ぅ!」

    指でこじ開けられていく。鋭い先端が近付いて……っ!

    「そのまま……」

    紺青色の瞳が暗みを帯びた。歯に、冷たい感触。

    「閉じるなよ?奥まで突っ込んでグチャグチャにしてやるから」
    「〜〜〜っ!!」

    総毛立った。
    涙ぐんだ私を見てスカラマシュが僅かに顔を強張らせた気がして、

    「こんにちはー」

    突如、ノックと共に聞き覚えのある声がした。うそ、もしかして。

    「……公子。鬱陶しいのが来たな」

    スカラマシュが舌打ちして小刀をしまう。私は思わぬ来訪者に身を乗り出した。

    「タルタリヤ、たすけ…」

    一縷の望みを託した言葉は無慈悲にも途中で遮られた。スカラマシュが手で私の口を塞いだのだ。無表情に見下ろされ一瞬怯む。だが、

    「むぐ、っ……!」

    これを逃したら本格的に脱出なんて不可能だ、命があるかも危うい。ありったけの力を振り絞って暴れた。
    すると彼が耳元に唇を寄せてきて、

    「傷つくのは君じゃなくて公子。……この意味、分かるな?」
    「……!」

    いけない。少しでも声を出せば。

    (タルタリヤを、殺す気だ)

    彼とて並大抵の実力ではない、簡単にやられたりしないだろう。しかし無傷で済むとも思えなくて……。
    「居留守ー?蹴破るよー?」、おどけた口調にスカラマシュがドアを見やる。その視線には殺意があった。

    (……ダメだ、私のせいでケガさせたら)

    人懐っこく笑うタルタリヤの顔が浮かび、絶対に巻き込みたくないと拳を握り締めた。おとなしくなった私にスカラマシュが満足したように笑み、淡々と歩きだす。
    「着替えてるんだけど?」、そう言って少しだけドアを開けるスカラマシュ。平謝りするタルタリヤの声が聞こえて今すぐ飛びつきたくなった。拳に力が入り過ぎて痛い。そこから二言、三言話し去ってゆくタルタリヤ。ドアの閉ざされる音が重苦しく響いた。
    スカラマシュがこちらに向き直る。そして、

    「……タルタリヤ」

    涙をこぼして呟いた私を見て、殺気を剥き出しにした。

    (……怖い)

    率直にそう思った。
    室内が蜃気楼のようになっていって、やがて蒸発してしまうのではないかと感じた。それほどの重圧で満ちているのだ、彼を中心として。

    「公子に何を期待したんだ?あいつもファデュイの一人だというのに」
    「こ、こないで」

    瞳孔の開き切った目でゆっくりと歩み寄ってくる。

    「あいつは怖くないのか?僕と何が違う?」

    後退りたい。でも身体が動いてくれない。

    「答えろ、僕が質問して…」
    「っ……、タルタリヤ!」

    私の叫びにスカラマシュが止まった。手を伸ばせば届く距離にいる。無我夢中で大声を出す。

    「タルタリヤ、どこっ……?おねがい戻ってきて、タルタリヤ……っ!」

    巻き込みたくはないのに恐ろしさのあまり叫んでしまう。助けて、私ここにいるよ、気付いて……!

    「タルタリ…」
    「うるさい」

    絶句した。
    スカラマシュに押し倒されたと思うと、暗黒そのものの瞳が見下ろしていたからだ。初めてこの視線を向けられた時と異なるのは愉悦の欠片もないこと。怒りだけが伝わってくる。

    「それ以上あいつを呼ぶな」
    「スカ、ラマシュ……」
    「なんなんだ?君。結局のところ助けてくれるのなら誰でもいいのか?今の僕は優しくないから嫌い?」
    「え……?」

    淡々としているのに饒舌になっていくスカラマシュに思考が追いつかず汗が一筋流れた。

    「僕である必要性はないわけだ。やっぱり相手なんてしてやらなければ良かった。君っていい子ぶっておいてその実選別してるんだよね?そうだろ?……最低だな」
    「スカラマシュ、ねぇ、」
    「せいぜい創りあげた僕と仲良くすれば?幻想に過ぎな…」
    「──どうしてスカラマシュが傷ついてるの?」

    静寂。
    時計の音も、耳に入ってはこない。
    明白に動揺している彼に続けて言った。

    「すごく……悲しそうな顔してるよ。分からない?」
    「な……」
    「何を自分に言い聞かせてるの?私をここに連れて来てからずっとおかしいよね?」

    酷い目に遭わせたいのなら全身縛りつけて食事も与えず放置しておけば良かったのだ。もっと言えばさっさと殺せば良かった。
    すんでのところで躊躇が見えて、夜を共にして、じっと見つめてきて。

    (矛盾してる)

    何がしたいのだ?
    まるで私を使って試しているかのような……何かを確かめているかのような。
    今だって、気に入らないのならばその一言だけ告げればいいのに。事実を自分に対して説明してやっている風にしか見えない。

    「どうして…」
    「うるさいんだよ」

    心臓が凍りついた。服を破られたのだ。

    「ス、スカラマシュ?」
    「へぇ、流石に焦ってるね」
    「まって、」
    「何をされるか分かるんだ?お子様のくせに」

    彼の口角が上がる。しかし、決して愉しそうには見えない。自嘲さえ……感じとれる。
    けれど手は止めてくれない。無惨に破れた胸元を掴んできて、

    「泣いて後悔しても容赦しない。……さあ、悲鳴を聞かせてもらおうか」
    「……!」

    怖い。
    だけど……、

    スカラマシュが息を詰めた。服を掴む手が少しだけ震える。
    私が、真正面から泰然とした眼差しを向けたからだろう。

    「なんだよ、その……目は」
    「……スカラマシュの好きにしていいよ」

    自分でも驚くほど落ち着いていた。

    「何があったのかは知らないけど……寂しいんだよね?そう、見える」
    「……違う」
    「違わない。……いいよ、私で埋めたいのなら」

    彼の手に自分の手を重ねる。引っ込めようとされたが強く握った。「はなせ」、スカラマシュが掠れた声を出す。

    「できないの?どうして?」

    彼の手を握ったままゆっくりと身を起こす。目線を合わせて見据えると、スカラマシュがもはや何も言葉を発せず動けないでいた。

    「ねぇ」
    「……、黙れ」
    「私の泣き叫ぶ顔が見たいんでしょ?……刀、貸して。自分で刺すから」

    抑揚なく言って、スカラマシュの懐に手を伸ばす。

    「やめろ!」

    彼が飛び退いた。私を睨みつけながら、自身の腕を握り締め息を切らせている。だんだんと俯いていき、

    「そんなもの、見たく……ないんだ」
    「……!」

    消え入りそうな言葉が聞こえた瞬間、にわかに廊下が騒がしくなった。"淑女様"、その単語に思わず目を見開く。
    他ごとに気をとられた私に怒る気力もない様子のスカラマシュが、僅かに視線を彷徨わせた後胸元から出した何かを投げてよこしてきた。小刀などではなく、

    「鍵?」
    「……拘束具のものだ」
    「えっ……?」

    反応に困って戸惑っていると、彼が背中を向けてきてこう言った。

    「このくらいの高さ、君なら難なく窓から出られるだろ?」
    「逃がして……くれるの?」
    「消えろと言ってるんだ」

    冷淡な声音に胸が痛んだ。
    せっかくのチャンスなのに何を迷っているのか。だって、こんな彼を放ってなんて。

    (……でも)

    稲妻の危機を放置しておくわけにもいかない。黒幕は他にいる、失敗したらどれだけの命が奪われるのか。みんなのことも待たせっぱなしだ。

    (ここは、行かなければ)

    手錠と足枷を外し、黙りこくっているスカラマシュとは反対方向に一歩踏み出す。……今はどんな言葉をかけても傷つけてしまいそうだ。

    (必ずまた、逢いに行くよ)

    心の中で言い、窓から飛び降り駆け出した。





    ……何をしているのだか。

    彼女が握ってきた手を見つめていると渇いた笑いが出た。熱はもう失われている。仕方がない、僕の身体では。

    「愛でてやろうとしたのに。この僕が」

    力なく椅子に座る。
    当たり前のようにベッドの上にいた少女は、もう。
    がらんどうの檻。
    忌々しい羽根を千切り捨てていれば。

    「……自分を取り戻すどころか」

    自覚しただけだった。
    君を殺したい、だけどそばにいてほしい。
    歪な僕の、歪な愛の形。

    ケージの中には何もいない。

    「僕みたいな飼い主、きっと嫌なんだろうな。……生意気な鳥」

    くびり殺してやろうか。
    いや、できないんだっけ、壊れた人形には。誰か早く直してくれよ。

    彼女は稲妻を救うだろう、沢山の仲間に支えられて。
    そうして新天地へと飛び立っていくのだろう。
    窮屈なのは嫌いか?大勢に愛されたいか?

    「僕は別に……二人きりで良かったけどね」

    君はそうじゃなかった。
    ただそれだけ。

    身勝手に産み落とされ、当然に皆が与えられる愛情を知らず。
    力を手にしたその日からやりたいようにやって生きてきた。自分に叶えられぬものなどないと信じてきた。
    けれど、初めて喪失感を味わうことになるのだろうか?
    君と僕は決定的に違う、身も心も。
    ……もし破滅の時が訪れたら、柄にもなく感傷に浸るのかもしれない。

    ──ああ、泡沫の夢に消えてしまったか、と。
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