am 03:21「……ったあ!?」
いきなり腹に結構な衝撃を食らい、侑は驚きに目を覚ました。枕元に放り出した携帯で時間を確認すると、まだ午前3時21分。夜中も夜中、普段ならぐっすり夢の中を堪能している時間だというのに。
寝覚めの目には刺激の強いブルーライトが隣に眠る人の寝顔を照らし出す。
なんだか変な夢でも見ているのか、眉間にはいつもはない皺が寄っている。
「……ちょっとお、足癖悪すぎん?」
容赦なく侑の腹の上に被さる重たい足をそっと持ち上げて、侑は小さな声でバイオレンスな寝相の犯人に苦言を呈す。
「〜〜〜〜だから」
すると、侑の声に反応して聖臣がなんだかよくわからない言葉を返してよこした。寝言特有の全然聞き取れない謎言語だが、かろうじてなんか怒ってることだけはわかる。
「なに、臣くん誰かと喧嘩しとんの? 侑くんの応援いる?」
「……ちがくて。パクチーじゃないんだって」
「ミントだとどぉ?」
「……は、ミント……?」
おもしろくなって適当な返事をする侑の言葉に、聖臣が眠ったまま困惑の声を上げる。
暗闇に慣れてきた目が携帯の灯りなしでも目の前の恋人の表情を拾えるようになる。さっきよりさらに深くなってしまった眉間の皺がおもしろくて、侑は聖臣の足をどかすために布団から出していた手を額まで持って行った。
触れたら起きるかも、と思いながら指先で軽く眉間をくるくる撫でる。
「臣くん、ねんね〜」
「…………?」
まだ困惑の表情を浮かべていた聖臣の寝顔が、「ねんね」と繰り返すうちに少しずついつもの健やかな表情に変わっていく。唇を少しだけ開けて、枕の端を握っているその姿は無防備そのもので起きている時よりずっと幼く見えた。
その安心しきった寝顔に、急に好きだと思う気持ちが湧き上がってくる。意識するより先に眉間を撫でる手が頭を撫でる手に代わっていた。柔らかな黒髪を梳き、その生え際の皮膚をなぞる。額のほくろをたまに指先が掠めても、聖臣は目を覚ます気配がない。
やがて規則正しい寝息が聞こえ始め、寝室に静寂が戻ってくる。そういえば加湿機を点けていたのだったななんてことをようやく思い出す。聖臣が選んだウッディな香りのアロマオイルは正解だった。
青白い月明かりがカーテンを透かしてふたりが眠るベッドに降り注いでいるのを、なんとなく不思議な気持ちで眺めた。こんなに冴えた色をした夜の光、実際に窓の外は凍えるほどに寒いはず。それなのに今こうして眠りの淵で聖臣を撫でている自分は指の先までもあたたかく心地よい。きっと同じ温度の部屋でも、ひとりで寝ていたらこうではないのだろうなとぼんやり思った。
「……ん、」
小さな吐息と共に聖臣が寝返りを打って顔が見えなくなる。役目を失い宙に浮いた手を布団の中にしまって、侑も同じように寝返りを打った。そうして少しだけ聖臣の方へにじりよって背中同士をくっつける。
とく、とく、と自分ではない人の心臓を音を布越しに感じ取る。
もう少しだけこの幸福感に浸りたかったのに、もう抗えないほどに目蓋が重い。
おやすみ、と心の中だけで告げて侑は意識を手放した。
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「……昨日の夜さ、俺お前のこと蹴った?」
「ん、あ。なんかそんなやったかも、覚えてへんけど」
「やっぱ? 夢かと思ったけど微妙に蹴った記憶もある」
「え〜なんか思い出してきたけど臣くん変な寝言言っとらんかった?」
「それは知らねえけど」
「いや絶対なんか言っとったんよ、おもろって思ったんは覚えてんのに何て言うてたかは覚えとらん〜もったいなぁ」
「…………なんか、前後関係覚えてないないんだけど元也が餃子にミント入れてた。今そこだけ思い出した」
「あるよな、そういう意味わからん夢」
「ね」
そこまでしゃべって、聖臣はこれまでスプーンでかき混ぜていたコーンスープの入ったマグカップをゆっくりと口に運んだ。
それを横目に侑は窓の外に視線を向ける。もうすっかり冬の入り口で気温は低いけど、今日のような晴れの日に外を走ったら頬がぴりぴりして気持ちがいいだろうなと思った。
マグカップから上がる湯気が太陽の光を浴びてちらちらと光っている。
「臣くんご飯食ってちょっとしたら外走りに行かん?」
「ん。寒くてちょうど良さそう」
「霜降りたんやって、ニュース」
「踏んでく?」
「踏む。心は少年やから」
「さむ」
トーストに手を伸ばした聖臣が、こちらに視線すら向けずくだらなそうに笑った。