散燦 雨宿りにたまたま入った古本屋。
どこもかしこも埃まみれ、本棚をはみ出して乱雑に積み上がる本、床に生えた藻やカビ…やってないのかと思ったけど奥からポロシャツ着た細っこいじいさんがのそのそ出てきておお白ひげんとこのメラメラおっぱいと言ってきた、おっぱい…やっぱどこ行っても変な噂流れてる気がする、ティーチもマルコも笑って大丈夫って言ってくれてるからいいけど…。
「すまねえなじいさん、雨上がるまで邪魔するぜ」
燃やすんじゃねえぞとカウンターにつき葉っぱを吸い出したじいさんに向かって歯を見せて笑ってやった。
ティーチ2人分くらいの狭い店内をすぐに見終わって本棚にもたれる、読めないんじゃないちょっと気分が乗らねえだけ。
あくびをしながら小さな脚立に腰掛けようと屈むと、足元の本棚に見覚えのある本が伏せて置いてあって一瞬全身から火花が散った。
図鑑くらいデカくてレンガくらい分厚いハードカバーの本。
小説だ、ゴア王国の作家たちが書いた短編や掌編がたくさん載ってて昔寝る前にサボが1話だけ読んでくれたんだ。
カメラを持って写真を撮りながら旅する男の連続短編が好きだったんだけどタイトルなんだっけ…興奮して燃やさないように深呼吸しながら手に取り裏返すと、かたくて重たい表紙がズタボロに引き裂かれていた。
カウンターのじいさんの方を見ると肩をすくめている。
外れかかった表紙を開くと中半分まで引き裂かれた跡が貫通していた。
…なんだこれ、こんな鈍器みてえな本の真ん中まで…ナイフ?じゃねえ、でかい引っ掻き跡みたいな…。
でもグランドラインで見つけるなんて思わなかった、すげえ傷だらけで多分読まねえけど、船の寝室に置いときたい。
本を持ち立ち上がり、ポケットに手を突っ込みながら歩いてカウンターまで行くとため息をつかれた。
「貸出専門だ。今朝決まった。すまねえなにいちゃん」
「朝?なんでだ、こんな本誰が借り」
言いかけるとじいさんは包帯を巻いてぶらぶらと垂れ下がった自分の右腕を指差した。
真新しい傷。
血の滲みや動かない手先を見る限り、もう少し深く入ったら二の腕から下を持ってかれててもおかしくないくらいかなり大きな傷に見えるが…。
分厚い表紙がざっくりと切り裂かれた重たい本をカウンターに置き、包帯がぐるぐる巻きのガリガリの腕と交互に見くらべてると、じいさんは葉っぱをポケットから5枚出して、全部丸めて鼻に突っ込み踵を上げ下げしながら吸いだした。
「今朝来た客だったんだがな、おっかねえ顔してておばけと見間違ったんだ。撃ったらこのザマだ。揉み合ったせいでそこに積んでたその本が落ちて、そいつは突然それ抱きしめて泣き出してな。お代はいらねえからほしけりゃ持って帰んなって言ったらよ、家があってねえような暮らししてるからまた今度読みに来るっつって出てったんだ。その本もう売りましたなんて言ったらおれぁどうなっちまうんだろうな」
「抱きしめただけで本ぐちゃぐちゃにするゴリラのためにずっとこの本置いとくってのか?頼むよじいさん売ってくれ、思い出の本なんだ」
「思い出なら読んだことあんだろ?よそ行きな。あの男は読んだことねえのに大事な気がするんだとよ、絶対にまた来るじゃねえかまだ死にたくねえ」
「読んでねえ本見て泣くかよ!大事もクソもねえだろおれはどんなに感極まったってこんなズタズタにしねえ」
「知らんじゃ。おらもう雨も上がった店仕舞いだ帰んな」
全然上がってないし帰れない。
さっきからずっと吸ってる葉っぱを取り上げて手の中で消し炭にしカウンターに叩きつけると、じいさんはおれをじろっと睨んだ後目を伏せ、鼻の横を掻きながらため息混じりに口を開いた。
「売らねえが…あいつは目がデカかったな。背中にやたら長い得物背負って、手袋して革の靴履いていたよ。にいちゃんと違って上から下まで真冬みてえに着込んでる」
手袋に革の靴…全然特徴ねえな。
でも握るだけでこんな爪痕つけるなら多分ティーチくらい縦にも横にもでけえ奴で、変な武器背負ってガウンだのセーターだの着込んでるんだろ、きっとすぐ見つけられる。
「ぶっ倒して連れてくれば売ってくれるってことでいいな?ありがとさんまた来るぜ」
「まあ無理だと思うが」
「おれが負けるって言いてえの」
「海で泳げる化け物ってことだ。おれの腕もその本も全部片手で」
「はあ?!能力じゃなくて素手かよ…有名なやつ?」
「かもな。にいちゃんが抱きしめられてズタズタにならないことを祈っとるよ」
分厚い本の表紙に大きく残る傷痕を睨み、おれは古本屋を後にした。
すぐに日が沈み、街唯一の酒場に入ってじいさんから得た情報をもとに聞き込みをしたが全く行方が分からず、誰に聞いてもよそ者はあんたと顔に火傷痕がある紳士以外見かけてねえと返されるばかりだった。
それから滞在中変な武器持った真冬みたいに着込んだやつの話を片っ端からしてまわったが全く探し出せず、もう一回じいさんのとこに行き、必ずそいつをぶっ倒して買いにくるから待ってろよとメンチ切ってから渋々オヤジの船に帰った。