眠らないでシンデレラ 家の中に入るなりエースはうずくまり床に頭をこすりつけた。
「ゆめじゃなかった」
「トトロ?」
「トトロ見たことねえ」
外からサボのごめんくださーいって声となにかを壊す音が聞こえる。
胸ポケットには何が入ってたんだろう。
おれはあくびしながら寝っ転がる、だって引っ越しったって元から荷物らしい荷物なんか持ってない。
エースはため息をつきながら起き上がり、押し入れを開けて中のものを全部出しはじめた。
ぼろぼろで埃っぽいタオルケットや服が狭い室内に散らばってく。
「持ってくのか?」
「いや捨てる」
「だよな。くせえし」
スマホをいじりながらサボとの内緒を思い出す。
おれは窃盗、サボはドラッグ所持…と、無免許と、今暴行器物破損?罪状デパートだ。
「エースって耳悪いのか?」
「ルフィの声は聞こえる」
「外の窓割れる音は?」
「聞こえねえ」
「悲鳴とか」
「なにも」
「サボ」
「見えてねえ。見えねえから聞こえねえ」
外のぼろい階段をどたどた降りてくる音が聞こえ、すぐににこにこしたサボが窓にバンッ!とはりついた。
エースが舌打ちして窓の方を見るとサボは窓にガムテープをはりつけ、きれいなフォームで殴って割って靴のまんま入ってきた。
「えへ、エース♡生きてるエース♡」
「てめえ表出ろなにしてんだ!」
「あいさつに小切手渡してきた。みんな出てってくれるってさ。エースのご近所さんやさしいね」
「ふっづぐんじゃねえ…!力強すぎんだよゴリラ!」
抱きついていちゃつくふたりから離れ台所の収納から盗んできたペットボトルのお茶をラッパ飲みし、またスマホをいじる。
スマホをいじる親指の爪の間が茶色くて、頭の奥がじくっと痛む。
サボはエースのケツを揉み腰を押しつけながらじゅばじゅばディープキスして、べちっと床に突き飛ばしてからるんるんで玄関から飛び出していった、なんで窓割ったんだろう。
エースは這っておれのそばに寄って腰に抱きついてきた。
「ううぅ…!」
「とっとと準備しろよエース。朝口に出してやったろ」
「もう嫌だいろいろありすぎて耐えらんねえ頭割れる…ルフィたのむも、もっかい飲ませて」
「だりー」
伸びをしながらあくびをするとサボがデカい段ボールを担いで窓から入ってきた。
底がぐっしょり茶色く濡れてて思わずスマホを落とした。
なんかはじっこ茶色いなと思ってたけど。
サボはそれを迷わず空の押し入れに突っ込む、エースはなにも言わない。
「もう一体持ってくるね」
爽やかに笑いまた玄関から出て行った。
玄関から目を離せないでいるとエースがからだを起こしておれの頭を服の中にすっぽりいれておっぱいを押し付けてきた。
「エース?」
「見えないから、聞こえねえ。な?」
「あれなに入ってんだ?」
「大丈夫。なんもしてねえから」
震えて汗ばむおっぱいに抱きしめられてるとすぐにサボの足音が聞こえた。
「サボ、段ボールそのままでいいのか」
「あっほんとだ。ちょっと巻きなおそうか」
「カーテン閉めろ」
しゃっとカーテンの閉まる音。
ガムテープをひっぺがす音、ごそごそと段ボールが破ける音。
「ハサミある?」
「テーブルの下」
ビニールが大きく擦れる音。
エースの冷たいおっぱい、服越しに頭をなでる手。
「サボ?」
「何ルフィ」
「アレじゃねえのか?」
「アレは車」
「じゃあそれなんだ?」
「土かな。肥料?とか」
鉄くさい匂いがする。
おでこにエースにあげた赤いネックレスがごろ、と当たった。
這い出ようとしたらおっぱいに強く埋められて窒息しかけた。
「大丈夫だからルフィ」
「そう大丈夫。ばらしてあるし」
背中をひっかきおっぱいを噛むと足も絡められ寝っ転がって押しつぶされる。
こんなやべえとこにいらんねえのに、エースがデブすぎて全然逃げれない。
「おいサボとっととやれ」
「はいはい」
床をバンバン叩くと腕を掴まれておっぱいがほんのちょっと離れる。
一呼吸いれて、スリみたいにするっと腕抜きをしてエースから逃れて目に飛び込んできたのはブルーシート。
そこにおれの爪の間と同じ色したかたまりがたくさんと、しゃがみこむサボだった。
玄関に走ると首根っこを掴まれて引きずられる。
青ざめたエースがおれを抱きしめて座る。
「おれがやったんだ」
「ちがうよおれだ」
「おれだっつってんだサボがそいつらやるのは意味わかんねえだろ」
「エースの方が意味わかんねえもん。おれ一応動機あるよ」
立ち上がろうとしたら腕をひっぱられスマホの充電コードで手首をぐるぐるまきにされまた座らされた。
「つかなんでこんなこと」
「昨日言ったじゃねえか。やった理由言えるし、今日も悪いことしたし。ほら、おれの方が犯人っぽい」
「ぽいって言っちまっていいのか」
「言い間違っただけ。おれが犯人。…いや、ちがう誰でもねえ。こんなことするやつなんかここにはいねえんだ」
「確かにな。それがいい」
サボはくすくす笑ってかたまりを並べ、エースはおれの頭をなでる。
おれは何も言えないで目の前のものを見てる、見てもこれがなんなのかがわからない。
見えて聞こえて、鉄くさいにおいも朝食べたものも奥歯に残ってるし両手の爪の間にもしっかりしるしがある、でもわからないったらわからない。
サボはこれを土と肥料って言った。
「エースは」
「ん」
「エースはこれ何に見える」
息を飲んで視線をさまよわせる。
サボがブルーシートを巻きなおしてる間、あ"、とかんー、とか唸って唸って、透明のビニルテープでぐるぐる巻きにしはじめたときにぼそっと言った。
「羊、とか…?エサ、食いもん」
「ちげえよエース土だ。覚えてねえと思うけど、おれエースに花咲いてるの見た時奇跡だって思ったんだ。人は死なないんだよ」
「マジで何の話してんだ」
「わかんねえエースがすきだよ」
びり、びーっ、とおれのわからない何かが青いシートにくるまれて、透明なフィルターでぼけていく。
おれは土下座みたいに床におでこをくっつけて昨日のことを必死に思い出そうとした。
サボに庭で会ってから、今日起きるまでの記憶に全部青とピンクとグリッターがまぶされていて、見ようとすればするほど加工フィルターをかけたみたいに景色がどろどろ溶ける、解ける、熔ける…
「ルフィはなにに見えた?」
雪の上に散る火と血と赤い玉が一瞬だけ見えて冷や汗が吹き出る。
奥歯を鳴らしながら顔を上げて答えた。
「わかんねえ、見えなかった。なにも…」