「だあーー、疲れたー」
やっと残業が終わった。疲労がどっと押し寄せる。
「京極さん、シャツの襟立ってますよ。直すのでちょっとそのままでいてください」
この声は歩だな。歩はいつも気が利く部下だ。
「わりぃ、サンキュ…ぎゃああああああ」
お言葉に甘えてそのまま机に伏せていると、突然首に氷のような冷たさが襲いかかった。
「なっ、急に何ですか」
何ですかじゃねーよびっくりしすぎて心臓止まりかけたっつーの
「お前の手、冷たすぎんだよ殺す気か」
「あっ、すみません。僕冷え性なんですよ」
冷静になるの早すぎだろ、この陰キャ眼鏡野郎……冷え性の歩をこのまま放っておくわけにはいかねえ。そういえば、ポケットにカイロを入れていたか。
「くぅーーー、これやるよ」
持っていたカイロを渡すと、歩は微妙な反応をした。朝から使ってるから少し温いのは申し訳ないが我慢してくれ。
「にしてもよぉー、今日はクリスマスイブだぜリア充達がキャッキャしてる中、なんで俺たちは残業なんだーーー」
「しょうがないじゃないですか、僕達警察ですし。まあ、明日は18時に終わる予定ですけど」
えっ、歩も明日早く終わるのか。…数日前、駅で『大切な人と幸せな一時を』と書かれたイルミネーションの広告を見つけた。自分にとって大切な人−−−−−歩がふと、頭に浮かんだ。…歩と二人でイルミネーションを見てみたい。今歩をイルミネーションに誘ったら、一緒に来てくれるだろうか。歩が人混みをあまり好まないのは知っている。だがダメ元で誘ってみよう。
「歩、明日仕事終わってから空いてるか?」
「…空いてますけど」
「じゃあ一緒にイルミネーション見に行かね一回行ってみたかったんだよ」
歩は一瞬渋い顔をした。やはり、いつもの居酒屋の方が良いか。諦めかけた時、歩が口を開いた。
「…いいですよ」
…まじか、お前まじで一緒に行ってくれるのか。嬉しさで思わず頬が緩みそうになるのを必死に耐える。
「よっしゃああこれで明日の仕事も頑張れるぞ」
約束の日の昼、俺は30分の休憩時間中に職場を抜け出して小洒落た店に来た。昨日の夜に、手が完全に冷えていた歩のことを思い出し、クリスマスプレゼントとして手袋を渡そうと決めていた。歩に一番似合いそうなものを選び、「プレゼント用で」と頼むと、店員は彼女に渡す物と勘違いしたのか、とても可愛くラッピングしてくれた。陰キャの歩に渡すのには派手だなと思いつつ、歩がどんな反応をするのかワクワクした。
集合時刻の30分前に来てしまった。張り切り過ぎたか。待っている間に一番良いルートを頭に入れておこうと思い、スマホで調べる。15分後、俺に気づいた歩は小走りでやってきた。
「すみません、待たせてしまって」
「いーんだいーんだ俺が楽しみすぎて早く来ちまっただけだから」
今プレゼントを渡しても荷物になるだけだろう。なるべく歩に見えないように紙袋を背中に隠すと、鋭い歩はそれに気づいた顔をした。
「何ですか、それ」
歩はいかにも怪しいといった顔つきで俺の左手を見る。
「ああ、これか気にすんな」
気のせいか、歩は不愉快そうにムッとした。何かまずいことでも言ってしまったのだろうか。
「うおーーい歩、難しい顔してるぞ。どうかしたか」
恐る恐る問いかけると歩はもの言いたげな目を向けてくる。我慢しなくていいのに…
「何でもないですよ…行きましょう」
「おう」
そうして、俺と歩は目的地へと向かった。
イルミネーションは写真で見たものより何倍も綺麗だった。幻想的な輝きに何度も心を奪われた。歩も楽しんでくれているだろうか。視線を歩に移そうとしたが、歩から何やら熱い視線を送られているような気がして止めた。自意識過剰かもしれないが、今目が合うと少し気まずい。俺は目の前の景色を存分に楽しむことを決めた、
そろそろ周りが帰り始める時間になった。俺と歩も、最寄り駅へ向かい始める。
「イルミネーション綺麗だったな、歩」
「はい、とても綺麗でした」
良かった、歩も楽しんでくれていたようだ。俺はホッとした。よし、プレゼントを渡すタイミングは今だ。
「今日は付き合ってくれてありがとな」
邪魔にならないように人通りの少ない道で立ち止まる。
「歩、これやるよ」
「えっ、僕に」
プレゼントを渡すと、歩は思考が停止したように固まった。あれ思っていた反応と違うぞ
「いらねーのか上司からのクリスマスプレゼントだ」
そう言うと歩は困惑した表情のまま袋の中をそっと覗いた。
「お前指先つめてーだろ。これで温めとけ」
歩は一瞬嬉しそうな顔をし、安堵の息を吐いた。
「ありがとうございます…てっきり彼女に渡すものだと思ってました」
へっ彼女…まさか、歩はずっとそのことを考えていたのか。待ち合わせの時に曇った顔をしていた理由がやっと分かった。ありもしないことで悩んでいただなんて…俺は思わず吹き出してしまった。
「なっ、なんですか」
「んなわけねーだろ彼女なんかいねえよ……でも寂しくねえぜ、クリスマスもこうやって一緒にいてくれる歩がいるからな」
彼女をつくるよりも、歩と一緒にいるほうが楽しい。そんなこと、恥ずかしくて言えないけれど。
「来年も一緒に来ようぜ、歩」