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    inaeta108

    @inaeta108 イオ の物置です

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    『はらがへっては』(仮)
    キラ白(未満)に仲良くごはんを食べて欲しい話
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    ■一食目 ラーメン

    #キラ白
    cyraWhite

    「はあ、」
    好中球U-1146番は形の良い唇から深いため息をひとつこぼした。鼻梁にふわりと影がかかり印象的な黒の瞳が物憂げに瞬く。
    といっても別に道ならぬ恋に苦しんでいるわけでも、世界の行末に思いを馳せているわけでもない。ただ単に、そう、はらがへっているのである。


    これには事情があった。シンプルで深刻なそれは、好中球にとって正に死活問題だった。ここのところ雑菌の侵入が著しく少ないのだ。特に1146番がいるこの咽頭や鼻腔付近への侵入量は減少の一途を辿っている。好中球の主食は菌であり、副食も主菜も菌である。その菌が足りない。対して好中球は大量にいる。これすなわち食糧難の一言に尽きる。これまで菌が少ないなんてことはなかったので当然備蓄もされていない。地産地消、即日消費の体制は各所から日々潤沢な供給があることを前提としたシステムだった。
    かくして好中球達は空腹を堪えながら全身を巡り、数少ない雑菌の侵入をいまかいまかと待ちかまえているのである。1146番もそのうちの一体だった。


    「おっつかれー!!」
    お茶を手にしたいつものスタイルでゆったりとパトロールする1146番の背後から耳に馴染んだ快活な声が響く。振り向くまでもなくそこには幼馴染の姿があった。胸に紙袋を抱え、にこにこと懐っこい笑顔を振りまいている。
    「お疲れ、4989番」
    「元気ー?最近どう?」
    「暇だな」
    「俺も暇!そしてハラヘリ!!お腹空きすぎて機嫌悪いもん貪食したい!!」
    「あ、ああ」
    「さっき眼窩の方でちょっと侵入してきたらしいんだけどさ。みんな暇じゃん?あっという間に集合して食べちゃったって。俺も呼んで欲しかったのにー!!」
    「そ、そうか。大変だな」
    いつにない4989番の迫力に気圧された1146番はただ肯くばかりだ。
    「だからさ、一緒に饅頭食べない?買ってきたんだ鼻腔温泉名物!自分の機嫌は自分で取るよ!!」
    言いたいことを叫び終わった4989番は胸に抱えた袋を開け、茶色い饅頭を取り出した。そしてそのままむしゃ、と頬張る。ふわりと甘い香りが漂った。くるりと弧を描く白い髪に包まれた顔にはいつもの笑みが戻ってきている。良かった、と1146番は心の中で呟いた。

    「いただきます」
    1146番は饅頭を受け取るとぱくりと齧った。小豆色の餡が顔を覗かせる。次に左手のお茶をひと口。些かぬるくなってはいたが、ちょうど良いハーモニーが口の中に広がった。
    「美味いだろ?もう一つ食べる?限定品だぜ!」
    「ありがとう。でも遠慮しておく。折角買って来たんだろ。それに“食事”はーーあまり沢山食べるのはどうも落ち着かない」
    「まぁ気持ちはわかるけどさ。お腹いっぱいになって貪食できなくちゃどーしようもないもんな?でもちょっとくらい腹に入れとかないと雑菌殺す元気も出ないよ?」
    ちょっと久しぶりなくらいの真剣さを含んだ声だった。だから1146番は思わず頷いてしまった。
    「ああ。今度腹が減ったなと思ったら試しにフードコートにでも行ってみる」

    世界を流通する一般的な食料よりも雑菌の方が断然カロリーが高い。そして、好中球の身体を維持するためには大量のカロリーが必要だった。要は燃費が悪いのだ。食料だけで腹を満たし続けていると、カロリーが足りずに機能が低下してしまう。だから骨髄球の頃から“食事”よりも貪食を優先するように教えられて来た。
    そのあたりを上手く調整しながら食事を楽しむ個体もいれば、食事をメインに摂取しても必要カロリー分を満たせる大食いな個体もいる。だが、1146番は自分がそこまで器用でも大食漢でもないことを知っている。だからなんとなく食事に対して一歩引いたところがあった。さらには自分が食べたその分だけ、世界の食料が消費されてしまうのもなんとなく気にかかる。貪食していれば必要なかったはずの無駄な消費。だが、何しろ今は非常事態だ。


    「ーーさて、と。腹ごしらえも終わったし、俺胃腸方面行ってくるね!」
    4989番は紙袋をくしゃくしゃと丸めた。そしてそのまま道端のゴミ箱に投げ入れる。袋だったものは軽い音を立てて役目を終えた。
    「ああ。俺は肺を回ってきたから…たまには外耳あたりに向かおうと思う」
    短く挨拶を交わすと1146番は歩き出した。ちょうど良い休憩になった。むしろ休憩ばかりで身体がなまってしまいそうだ。右外耳、そして左外耳へ。外界と接触しているにも関わらずそこには雑菌の姿はなく、平和な空気が流れている。1146番もゆったりとした足取りでパトロールを続けた。そろそろまた鼻腔に差し掛かる。先程貰った温泉まんじゅうと同じ香りが漂ってきた。ちらほらと見かける好中球たちも同じく暇を持て余しているようだ。

    だがしかし。平和なのはいい事だ。
    1146番はひとり笑みを深めた。だってそれは、ウイルスの犠牲になる一般細胞も溶血させられる赤血球もほとんどいないという事だから。やたらと雑菌に遭遇するあの赤血球だって、きっと仕事に集中できていることだろう。


    ーー意識が散漫になっていたことは否めない。少なくとも、血管内では一際目立つはずの黒服に包まれた巨躯に、ぶつかる寸前まで気づかなかったのだから。

    「オイ、何ぼーっとしてんだ」
    「あ、キラーTか」
    すまない、そう言いかけて相手の機嫌の悪さに気がついた。ギュッと寄った眉間の下、燃えるような瞳が剣呑な光を帯びている。
    「何ほやほや歩いてんだ。幾ら暇だからって免疫系がそんな調子でどーすんだよ!あァ?」
    ーーまた怒らせてしまったな。
    1146番の脳裏に先ほど見た光景が去来した。すなわち怒れる4989番。そして、その理由は空腹。パズルのピースが揃ってしまったとき、言葉は思考よりも先んじて口から飛び出た。飛び出てしまった。

    「もしかして腹減ってるのか?」
    「は?」

    呆気に取られたような顔。キラーTは表情豊かだ。金茶の瞳がぱちりと見開き、太い眉がぐいと上がる。
    ーーあ、間違えたな。
    一瞬にして失態を悟った1146番は失言を挽回すべく必死で言葉を探した。その焦りを帯びた沈黙をなんとも間の抜けた音が引き裂く。

    ぐう。

    「……それはお前の方じゃねーの?」
    キラーTが思わず、といった様子で吹き出した。
    「いや、そんなことは…なくもないんだが。最近平和であまり貪食できてないんだ。それで。」
    「なんだよどんくせーな。……俺もちょうど飯寄ってから帰ろうと思ってたんだ。今から行くぞ。付き合え」
    「え?いや、しかし」

    そうした誘いは当然ながら初めてのことだった。今まで挨拶を交わしたことは何度となくあったが、そう長くもない会話が終わればじゃあなと別れるのが常だった。キラーTは本拠地である咽頭リンパ管へ、1146番は体内全域、気が向いた場所のパトロールへ。仕事はいくらでもあるのだ。
    だから、少ない会話の端々から溢れる小言やちょっとした愚痴とか、遠目に眺める班員とのやりとりだとか、そんなものから察せられる事しか知らなかった。乱暴で尊大な態度とは裏腹に職務に忠実で純粋なまでに一生懸命な事。旧友であるヘルパーT司令をなんだかんだ言いながらも信頼している事。班員達とわいわい賑やかに食べる食事を楽しみにしている事。

    「俺が一緒に行って良いのか?」
    「今この場にお前しかいねーだろうが」

    なるほど、団体行動を常とするキラーT細胞たちはひとりでの食事を好まないのかもしれない。班員や仲間の代役が務まるかは分からないが、そういう理由なら言葉に甘えても良いだろう。何より、4989番と交わした約束も守れるのだ。1146番は自分を納得させると黒い制服に包まれた背を小走りに追いかけた。彼はその長身に相応しく歩くのが速い。

    並んで歩きながら話題を探した。
    「……もうすぐハロウィンだな」
    「ハッ! 免疫細胞にそんなもん関係あるかよ」
    「そうだな。特段関係は無いが世界がそんな雰囲気だというのは感じている」
    赤血球が運ぶ一般細胞宛の食料バスケットは紫とオレンジのリボンで彩られ、飲食店も商店も華やかに飾りつけられている。それらを横目に見ながら日々体内を駆け回っていれば嫌でも意識に織り込まれるのだ。こうやってつい話題に出してしまうくらいに。
    「ああでも、血小板たちがお菓子を貰いに回ると言っていたから、何か用意しておかなければいけないな」
    「……ふん」
    しまった、またほのぼのしていると注意されそうなことを口にしてしまった。そう思ったが、キラーTは一つ鼻を鳴らしただけだった。

    そう弾んだとも言えない会話に一区切りがついた頃、到着したのは飾り気のない一軒のラーメン屋だった。少なくともハロウィンには縁遠そうだ。
    狭い店内に大柄な免疫細胞がふたり。食事時を過ぎていたのが幸いだった。カウンターの丸椅子は腰かけるとギチリと鳴った。見よう見まねでメニューに目をやるが、内容は全くわからない。1146番は潔く助けを求めることにした。
    「キラーT、その…これなんだが」
    「んだよ、注文決まったか?」
    「いや、正直食べたことがなくて決めかねている。お前は何を頼むんだ?お勧めを教えてくれないか?」
    「はぁ?」
    呆気に取られたような顔。金茶の瞳がぱちりと見開き、太い眉がぐいと上がる。こうするとキラーTは随分と幼く見える。本日二度目の表情に1146番は居心地の悪さを感じて目を逸らした。余りこういった一般店舗には縁がない。

    「ラーメンと餃子はテッパンだろやっぱ。チャーシュー丼とかつけてもいいが」
    「いや、そこまででは」
    ボリュームがわからない。雑菌と違って食べきれない時に加水分解スプレーで溶かすわけにはいかないのだ。
    「足りんのか? 腹減ってんだろ?」
    「あ、別に好中球だからって大食いというわけじゃないと思うぞ」
    「! マジか、お前ら戦闘終わりに大口開けて菌食ってるからな。無茶苦茶食うイメージがあるぜ」
    「まあ個体差もあるが、俺は普通くらい…だと思う」
    「ふぅん。じゃあ俺と同じもん頼んどくぞ」

    結果、目の前にはラーメンと餃子が二皿ずつ並んでほかほかと湯気を立てている。“食事”に慣れない1146番の目から見てもそれは確かに美味そうだった。
    艶やかな薄黄色の麺がとろりとした茶色いスープの中にすっきりと収められている。その上には柔らかそうに調理された肉と、小さく盛られた瑞々しい緑色の野菜と、白くて細長い野菜。コーンといっただろうか、黄色い粒も添えられている。更には半分に割られた卵がてらてらと光っていた。ぶわりと広がる香ばしい香りと温かさが食欲をそそった。

    思わず見惚れていると隣で太い腕が動いた。箸をパチリと割り、いただきますと低く呟く。
    「キラーT」
    「伸びるぞ。はやく食えよ」
    ニヤリと悪戯っぽく笑うのを目にすると急激に空腹が襲いかかってきた。
    「いただきます」
    慌てて手を合わせてからキラーTの真似をしてレンゲでスープを掬う。ごくり、ごくり。暖かさが胸の内にじんわりと広がった。麺をひと口、次に卵。肉は見た目通り柔らかく、口の中でほろりとほどけた。
    「美味い」
    ぼとりと言葉が口からこぼれる。

    夢中になって箸を進めるのを見届けると、キラーTはおもむろに小皿を手に取った。タレと酢と醤油を適当に注ぎ入れ、餃子を割る。湯気が立ち昇り熱い肉汁がじゅわ、とあふれた。一連の動作をじっと見つめていた1146番も後に続く。ふたりが麺を啜り餃子を食む音だけが狭い店内を満たしていた。
     

    ------------


    食った食った。弾んだ声は満足気だ。帽子から飛び出す金の髪がいつになく上機嫌に跳ねている。それを視界の端に収めた1146番はふわふわと心が浮き立つのを感じた。たっぷりと食べたラーメンのおかげで身体の内側からぽかぽかと温もり、そのせいか胸の奥までが暖かだった。
     このままパトロールを再開することもできたが、夜に差し掛かるこの時間帯からは世界が概ね静かになる。増してや今は雑菌が少ないのだ。もう少し、このまま歩を進めても良いのではないか。1146番はそう結論づけた。リンパ基地まではどうせあと数ブロックだ。

    「あ、あの店」
    普段よりも幾分緩い声音でキラーTが呟いた。
    「最近できたんだけどなかなか旨いんだ。テイクアウトできるから偶に班員に買って来させてんだけどよ」
    指し示した先にあるのは木目の枠組みに白い壁とグリーンの装飾が鮮やかな店だった。オレンジ色の大きなカボチャが飾り付けられた立て看板にはハンバーガーのイラストが説明書きと共に描かれ、店先を彩っている。ハロウィンバーガーとは一体どんなものだろうか。
    「そうなのか」
    「あとはーーこの道を左に行った先にも旨い店がある」
    「そうか。キラーTは詳しいんだな」
    ちらりと視線だけを向けて伺えば、幾分高い位置にある金色の瞳は僅かに弧を描き、街灯の光を浴びて煌めいて見える。いつになく和やかな空気が漂っていた。
    楽しく食事を摂ることができたのだろうか。
    それならばよかった、と1146番は心の底で考えた。


    リンパ基地の入口は静まり返っていた。
    「その、誘ってくれてありがとう。じゃあな」
    「おう」
    短く挨拶を交わすと踵を返した。なんとなしにむず痒さを感じて適当な遊走路に飛び込む。今日の寝ぐらはどの辺縁プールにしようか。
    思考はまだふわふわと暖かかった。
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