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    Shisu

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    POIPOI 16

    Shisu

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    花の街で一緒に暮らしていたマレロロのお話の、導入部分。
    ※導入部分は遺骸表現があります。亡くなっています。
    ※副会長と補佐に名前を設定しています。
    ※捏造設定だらけ、なんでも許せる方向け。
    2023/01/01_22:43

    つづき→https://poipiku.com/7076351/8114571.html

    #マレロロ
    #ツイ腐テ

    幾星霜の瞬きは、ただ常盤に燦いて1.


     糸がふつりと切れる音がして、マレウスは己の半身が死んだことを知った。
     
     蝶が羽ばたきをはじめるような繊細な動作でマレウスは長いまつ毛を瞬いた。宝石の輝きを秘めた黄緑色の虹彩に光が入る。珍しく玉座でうたた寝をしていたらしい。石造りの静かな謁見の間はがらんどうで誰もいなかった。マレウスは肘置きについていた頬杖を解く。無造作に伸ばされた黒髪が肩からこぼれ落ちた。
     マレウスは虚空に向かって呼びかける。
    「リリア。すこし留守を頼めるか」
    「ああ、構わん。こちらとしては待ちに待っていた事だからの」
     一陣の風が起こり、謁見の間の中央に小さな人影が屈託のない笑みで立っていた。マレウスは色の薄い己の唇へ右手を遣ってじんわりと滲むような苦笑をたたえた。
    「ふふ、そう嫌味を云ってくれるな」
     リリアはおどけたように不満気な表情をつくり唇を尖らせた。
    「何を云う。茨の谷の一大事だったんじゃぞ? シルバーからの知らせを聞いて、さすがのワシでもびっくりしたわい」
    「そうだな。僕のわがままに皆を付き合わせてしまった」
    「……もっとも、人間たちとの交流はワシが推奨したことじゃ」
     謁見の間の中心からリリアが軽く一歩を踏み出すと、いつの間にか玉座に坐すマレウスの傍に立っていた。その表情はどこか痛々しいものを見るようだった。
    「何も知らなければ、こんな事をお主はせんかったじゃろう」
     そう云って、労わるような手つきで小さな手をマレウスの折れた角にかざした。

     マレウスの頭上で冠のごとく戴く立派な二本の角は、片方が半ばから折れてなくなっていた。

     リリアの手のあたたかさを感じながら、まるで頭を撫でられる子どものようにマレウスは目を閉じる。
    「僕はお前たちと共に学園生活をおくれた事、感慨深く憶いこそすれ悔いたことは一度もない」
     眉を八の字に弱らせて己を見詰める小さな師の顔を、春の木漏れ日のようにあたたかい慈しみの眼差しでマレウスは仰ぎ見た。
    「ありがとう、リリア」
    「……」
    「僕はあの男に出逢わなければ、きっとただの一度も『恐怖』というものを知ることなく、ただ悠久に流れる刻の河を眺めてつまらない一日を積み重ねていたことだろう」
     マレウスは玉座から立ち、安心させるようにリリアのひと回り小さな手に両手を添えた。そのマレウスの中指には赤い魔法石の指輪が嵌っている。
    「マレウス……」
    「すぐ帰る。瞬きの間だ」
     蛍のような黄緑色の燐光が辺りに浮遊したかと思うと、マレウスの姿は消えていた。冷たい石の玉座には既に温もりすら残っていない。
     ひとり謁見の間に残されたリリアは祈るように目蓋を閉じ、ぽつりと呟いた。
    「シルバー、セベク。我らが王を見失うでないぞ」
    「はっ!」
     姿は見えず、ふたり分の声だけが独りごちた声に応えた。威勢の良い返事にリリアは顔を柔らかく綻ばせた。
    「老いぼれは若人を信じてただ待つとしよう」
     その姿が床に流れ落ちた時には蝙蝠が無数に羽ばたく音だけが、誰もいない謁見の間に響き渡っていた。


     茨の谷を離れたマレウスは、花の街に立っていた。
     大気に満ちるスイートアリッサムやネメシア、チョコレートコスモスなどから分岐した魔法植物の花が醸し出す甘やかな香りを改めて感じ入った。最後になるかも知れない花の街の空気を堪能する為、マレウスは慣れ親しんだ石畳の道を徒歩で行くことにした。
     街はどこか浮き足立った様子で、露天商たちの掛け声や道化師たち奏でる楽器音に酒場の喧騒などが、ガーランドで飾り付けされた町並みに活気を添えていた。
    「今日は祭りの日だったか。ならば、ドレスコードに従おう」
     マレウスがぱちんと高らかに指を鳴らせば、ふわりと黒衣がひるがえり大胆な薔薇の金糸刺繍が緻密な針運びで施されたスラックスとシルク生地のキルティングで裏打ちされたマントを身にまとった仮面の姿に早変わりした。マレウスは革手袋の左手を帽子のつばに添えて、右手を首の後ろへ差し入れると長く艶やかな襟足をマントの外へ解き放つ。
    「相変わらず、仕立てのいい服だ」
     交流会で貸し出された花の街の伝統衣装をマレウスはいたく気に入っていた。衣装を貸出したいと発起したのは当時の生徒会副会長パストゥール・ド・プレフェヤックと補佐役シュヴァル・ロンバルトだそうだが、あとで聞けばナイトレイブンカレッジの学園長から提供された各人のプロフィールを読み込み、衣装デザインの選定を図ったのは主に彼らの生徒会長、ロロ・フランムとのことだった。後日、憎悪する相手へ何故こんなに良い衣装を選んでくれたのかと問えば「花の街の素晴らしさを卿らに知らしめてやりたかったのだ」と、地域ヤギの小ぶりな角を撫でながらそっぽを向いて本人が教えてくれた。
     ロロは弟との思い出がある賑やかな花の街を愛していた。マレウスも己の領地である茨の谷とその民たちを愛していたので、ロロの郷土愛は理解出来た。
     帽子のつばに指を添えて日差しに目を細めつつ空を見上げれば、天上のどこかに必ず救いの鐘を戴く鐘楼が見えた。鐘撞き堂にはマレウスが敬愛してやまない動くガーゴイルたちがいる。常のマレウスならば鐘楼へひとっ飛びしているところだが、その靴先はソレイユ川に掛かる橋を渡りノーブルベルカレッジを左手に通り過ぎ、花の街の南へと進んでいく。
     ふと、慣れ親しんだ石畳の道を歩いていると、光の揺れる道の先にロロの後ろ姿をマレウスは幻視する。
    「ああ、そうだ。手ぶらでは不敬だな」
     そう言って少し寄り道をした後、街の外れまで辿り着くとマレウスは歩みを止めた。その眼前には石造りの低い塔があり、塔の背後には小さいながらも鬱蒼としたもりがあった。マレウスは躊躇うことなく杜の中へと分け入った。
     マレウスが小径を歩くと、地面に張り出していた根や枝葉がマレウスを避けるように退いた。妖精族の次期王を傷付けるようなことがあってはいけない。木々達も雷霆でその幹を裂かれたくはないのだ。
     そんな木々達の畏怖には目もくれず、マレウスは杜の中の陽の当たる丘に行き着いた。温かな陽気に照らされて石の霊廟がマレウスを静かに待っていた。霊廟に刻まれた碑文の中の一行を、黄緑色の光る虹彩に爪で引っ掻いたような有鱗目の瞳がなぞる。

     ――ロロ・フランムとその伴侶マレウス、此処に眠る。

    「自分の墓に参るというのも、妙な心地がするものだな」
     マレウスは仮面を取り去ると霊廟に取り付けられた鉄扉を魔法でこじ開けた。バタンと風が起こって、開け放たれた霊廟の底から冷えた空気が這い上がってきた。マレウスは霊廟の地下へと続く石階段へ足を踏み入れる。中は真っ暗で黄緑色の妖精の炎をトーチに移し、カツカツと鳴る靴音を響かせながら地の底へ降りていった。冷ややかで湿った洞窟のような地下空間は石灰質の地層をくり抜いた石室になっていた。降り立つと石棺がずらりと並んでいた。マレウスは躊躇う事なく新しい石棺のひとつに手をかけると片手で棺を開け放った。石の蓋が地面に落ちると地響きが起こり霊廟の天井から石粒がパラパラと落ちた。
     棺の中には二体の遺骸が収められていた。しかし、同じ環境下にありながらその二体は保存状態が著しく異なっていた。
     片方は屍蝋化した老人の遺骸で、胸元に両手を組んでいる様子はまるで眠っているようにも見える。
    「ロロ」
     屍蝋遺骸の頬に左手を添えると、マレウスは愛しい人の名を呼んだ。
     もう片方はその屍蝋遺骸に寄り添うような格好をとっているが、完全に白骨化していた。
     マレウスの瞳からこぼれた水滴が蝋化した柔らかさのない頬にぽたりと落ちる。
    「僕は夢から醒めなくてはならない。でも、僕はお前から離れたくない」
     そうして、白百合の花束を眠る愛しい人の胸元へ供えた。ここまでの道すがら、寄り道した花屋で買ったものだった。マレウスはあまり花束を買った経験がない。茨の谷では花は野から摘むもので、買うものではなかった。ただ、ロロが生前よく故人の為に白百合の花束を買っていたので、その習慣を真似たのだった。棺のわだかまる空気の中に生花の百合特有の甘く濃厚な芳香があふれた。
    「約束通り、これは返そう」
     マレウスは中指にはめてあった赤い魔法石の指輪を己の指から抜いて、屍蝋遺骸の右手へ返した。
    「お前が待ち望んでいた、これが僕の……絶望する顔だ」
     マレウスは静かに声を荒げると屍蝋遺骸の組まれた手の中にある何かを引き離した。途端、寄り添っていた白骨化遺骸は粉々に砕けてまるで重さを感じさせない様子で風に乗り、マレウスが引き離したものに吸い込まれて後には何も残らなかった。
     マレウスが遺骸から引き剥がしたものは額を飾る装身具、サークレットだった。葡萄の蔓を錬金術で金を模した金属に変えた素材で彫金されており、艶やかな黒い角が石留めされていた。
     それはマレウスの失った角の一部だった。
     マレウスがサークレットから折れた角を外して己の頭上にある断面を付け合わせるとぴたりと合わさって、折れていたことなど嘘のように美しい艶めきを放っていた。不完全だったマレウスの記憶は完全にひとつになった。
     そのころ地表では晴れているにもかかわらず黄緑色の稲光が一閃ぴかりと地へ落ちて、花の街でちょっとした騒動になっていた。
    「ずっと愛している、ロロ」
     まるで羽毛布団でも掛け直すかのように石棺の蓋をマレウスがふわりと優しく閉じると、次の瞬間マレウスの身は埃の積もった部屋の一室に在った。花の街に古くからある漆喰壁の一室で、ほとんどの家具に埃よけの布が掛けられており、ダイヤ格子の吹きガラス窓から外の陽光が鈍く差し込んでいた。家主を亡くした部屋は共に喪に服して時を止めているようだった。蜘蛛の古巣がどこからか入り込んだ隙間風によって、柔らかなベールのようにふわりと揺れている。
     ここは花の街にある邸宅で、マレウスとロロが共に過ごした館だった。
     ふと、マレウスは尖った耳をそばだてた。
     小さな妖精が囁くような、雷鳴の起こす地響きのような、寄せては返す波のように様々な音色が響き合う荘厳な鐘の音が館の外から聞こえてきたからだった。
    「……救いの鐘か」
     マレウスが瞳を閉じて虚空に左手を差し出すと、追憶の影がその手をとった。

     救いの鐘は、100年前にマレウスが初めてロロに出会った時と何ひとつ変わらぬ音色を響かせていた。

    [つづく]
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