「参りました」はまだ言わない「どーすっかなぁ」
カレンダーを見ながらにんまりと呟く。
見つめる日付は、少し先の日曜日。
まあ、どうするかと呟いたところで結論はもう決めており、敢えて言うのであれば「どんなふうに伝えようかな」のどうするか、である。
喜ぶだろうか、驚くだろうか、いや、両方だな。なんて、目の前にいるかのようにポンポンと頭に浮かぶアイツの反応に思わず笑いを溢しながら、自分の予定に書き込まれている"デート"の字をなぞる。
その日は、コビーが前々から休みだと言っていた日で。久しぶりに釣りに行くと楽しそうに話していた様子を思い出す。
課題やら何やらで都合がつくか分からなかった為本人には何も伝えず、しかし、己も着いて行こうと思ってずっと心に留めておいた"デート"の日取り。スケジュールを調整し、ようやく空くことが確定してアイツにも伝えようかという所まできたわけだ。
ちなみに断られる事は全く想定していない。
コビーだぞ?俺の誘いを断るはずがない。
「さて、と」
ちょうど昼時だ。キャンパス内のカフェか食堂あたりにアイツも居るだろう。
さあどんな前フリから伝えてやろうかと、逸る気持ちを抑えながら荷物を纏め立ち上がり、その場を後にした。
ーーーーーーーーー
「ヘルメッポさんが…僕に靡いてくれない…」
「ハア?」
目の前でしおらしくため息をつくこの男は今何と言っただろうか。ヘルメッポさんが、靡かない。この男に?…ハア?
「コビーくんもしかして頭おかしくなっちゃった?」
「は?何で今急にディスられたんですか僕」
「いやなんでって言われてもさぁ」
まさかこの男、本気で自分に脈なしだと思ってるんだろうか。えっ嘘、あんなに分かりやすいのに?
「これじゃヘルメッポさんも報われないよ…」
「今報われてないのは僕なんですけどウタさん!」
「通りであんな態度になっちゃうわけだよ…あーあ、頑張れヘルメッポさん」
「えっなんで!?僕が相談してるのに何でヘルメッポさんの方が応援されてるんですか!?!!?」
ちょっとー!と熱くなってるコビーくんはもう無視だ、無視。
お昼でお腹も空いたから、とやって来たキャンパスのカフェ。そこに珍しくコビーくんが1人でいたから、ヘルメッポさんと喧嘩でもしたのかと心配して話しかければ、しょうもない相談を受けてしまった。
靡くどころか、普段の生活を思い返してみて欲しい。ヘルメッポさんに夢中なコビーくんは気づいてないようだが、ヘルメッポさん、いつもめちゃくちゃ我が物顔で君の隣歩いてますけど?なんなら視線の牽制がエグい。そんな気もないのにバチバチ牽制されるこちら側の身にもなって欲しい。
しかし、そんな彼の弛まぬ努力も、コビーくんには伝わっていないのだから可哀想だ。いや、彼の場合、わざと悟らせないように振る舞って、自覚アリでのらりくらりと掌の上で転がしているというのもあり得る。…うん、多分そっちだな。
「…ま、コビーくんも頑張りなよ。今日だって1人でいる事に違和感感じて、心配で思わず声かけちゃうほどいつも一緒にいるんだし、脈なしではないって」
「…うーん、でもいつも一緒にいてくれるからそういう感情になるか、っていうのは分からないじゃないですか…」
「……………ハァ…」
「ねぇウタさん、ため息出てます」
やっぱりヘルメッポさんの方が頑張ってると思う。絶対そう。人誑しのうえに鈍ちんの相手をしなきゃいけないんだから、少しくらい小悪魔な所業も許されちゃうよね。
と、頭の中で同情を送っていると、後ろから当の本人に声をかけられる。…ほら見ろ、この目敏さのどこが脈なしなんだ、どこが!
「よぉ、ここにいたのかコビー。なんだ、ウタも一緒か」
「ヘルメッポさん!!」
「…ヘルメッポさん、いつもお疲れさま」
「お?…ああ、なんか世話になってたみたいでわりーな。ありがとよ」
わざとらしく「ウタも一緒か」だって!コビーくんが自分以外の他の誰かと一緒にいたから慌てて寄って来たに違いないのに!
そんな言葉、素直に真に受けるのコビーくんくらいだぞ、なんて思いつつ、でも圧倒的に苦労してるのはヘルメッポさんの方だと思うので労りの言葉をかけると、そこから先ほどまでどんな会話をしていたのか感じ取ってくれたらしく、少し申し訳なさそうな笑顔が返ってくる。
こっちはこんなに察しがいいのにね。
「たまには分かるようにしてあげなよ、ヘルメッポさん」
「ばーか、相手が悪りぃんだよ。こりゃいくら分かりやすくしても無理だ」
「それは…否定できないなあ」
「えっ何?2人とも何の話ですか?ねぇちょっと僕も入れてくださいヘルメッポさん、ウタさん!!」
いまだに話が読めないコビーくんが1人でキャンキャン言ってるが、これ以上は相手しきれないので「じゃ、私はまた!」と颯爽とその場を去る。
はあ、仕方ないからコビーくんのこともちょっとは応援してあげようかな。
ーーーーーーーーー
「行っちゃった…なんなんですかウタさん…相談聞いてくれるって言ってたのに聞いてくれないし…ヘルメッポさんとは仲良しだし…」
ウタさんが去った後の椅子に掛けようとするヘルメッポさんの動きを視線で追いながら、思わずそうぶつぶつと呟く。
僕は全然話についていけなかったのに、2人はどうやら違うようで。ウタさんと話していた事などお見通しとでもいうように、
「ひぇっひぇっ、相談事なら俺が聞いてやろうか?」
なんてニヤニヤと声をかけられるものだから、堪らず
「これはヘルメッポさんに聞いてもらっても意味がないんですよぉ〜!!!」
と間を空けずに遠慮する。なんで僕に靡いてくれないんですか…!なんて、本人に言えるはずもなく。どうしたものかと項垂れる。
「ひぇっひぇっひぇ!難儀だなぁお前も!……いや、俺もか」
「え?ヘルメッポさんなんて?」
「なんでもねぇよ。
なあ、そういやコビー、少し先の日曜、久々に丸一日休みだから釣りに行くって言ってたよな」
なんでもない?何か呟いた気がしたのだが…と少し頭を捻るものの、直ぐに違う話題を振られそちらの方に意識を取られる。
少し先の、日曜。この日のことですか?とスマホで日付を指すと、そうそう、と返ってくる返事。予定の欄には、確かに「釣り」と書き込んでいた。
はて、いつそんな事を話していただろうか。ずいぶん前だった気がする会話に、思わずほぅ、と息を吐く。
「そうですけど…よく覚えてましたねヘルメッポさん」
「そりゃぁ、あんな楽しそうに話してたらな。どこに行くんだ?」
△×港に、何時頃に、とポンポン予定を伝えながら、そんな些細な事を、楽しそうに話していたからという理由で覚えてくれていたのかな?と少し自惚れる。
へぇ、と何やらメモを取りながら話を聞いているヘルメッポさんの様子を不思議に思うも、嬉しさの方が大きくて、沢山釣れたらお裾分けしますね!と意気込むと、再びニヤッとした顔を向けられる。
え、次は何?
「それ、俺も着いてくから、よろしくな」
「へ?」
「だァから、俺もその日丸一日休みだから、着いてく。一緒に行こうぜ、△×港」
「…ぇえ!?!!?」
着いていく。一緒に?誰と?…僕と!?!?
「ぇ………デートだ…………………」
ガッタァ!っと驚きのあまり椅子から立ち上がり、されどその勢いはどこへ消えたのやら、ポツリと小さく呟く。え?デートじゃん。
向かいに座るヘルメッポさんはいつもの笑い方で大爆笑しているが、こっちはそれどころではない。え!?デートじゃん!?!!?
さっきまでウタさんと話していたように、そりゃヘルメッポさんといつも一緒にいることが多い自覚は流石にある。
けれど、それはキャンパス内での話であって、それだって歳が離れているから四六時中一緒というわけではないし、ましてや休みの日なんて以ての外だ。
それがどうだ。休みの日に、一緒に出掛けてくれるという。これをデート以外のなんだと言うのか…!!
「ヘルメッポさん!そこの港、結構お店が並んでてですね!ご飯とか、買い物とか、そういうのも、あの、どうですか!?」
「ひぇっひぇっ…ひー笑った…良いぜ、案内はよろしくな、コビー」
「お任せください!!最高の休日にしてみせます!!!!」
頭の中で即座にぐるぐるとプランを立てながら、今日のお昼を買って来る、とまだ笑いながら立ち上がったヘルメッポさんを見送る。
さあ考えなきゃいけない事は盛りだくさんだ。もう一度場所を調べて、やりたい事をピックアップして、あ、服!服とかどうしよう!?
「ウ、ウタさーん!!!!」
相談にまともな返事を貰えなかったことすらすっかり忘れ、混乱に陥った僕は真っ先に頭に浮かんだウタさんに、再び助けを求めるのであった。
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「服よし、髪よし、防寒具もよし…!」
鏡の前で何度も何度も自分の身なりを確認して、ようやく家を後にする。
約束の日からあっという間にやってきたデート当日。楽しみすぎて早く来ないかと指折り数える一方で、どうせなら一緒にいて楽しんで欲しくて色々考えるのでバタバタの日々だった。
時間をかけた分、新調した洋服はウタさんに花丸ゴーサインを貰ったし、ランチに行きたいお店の予約も済ませたし、準備はバッチリ、のはずだ。
待ち合わせ場所に向かいながら、にやにやと顔が緩むのを感じる。ヘルメッポさんは行ったことが無い場所だから、今日は自分がリードしてみせる!と意気込みながら足早に歩を進めた。
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「もう無理…………………」
「ひぇっひぇっひぇっ!!!!!」
拝啓、今朝までの僕へ。ついでに色々と知恵を貸してくれたウタさんへ。
僕はもう無理です。
なにが無理って、もう色々無理だ。
まずは待ち合わせ場所での出会い頭。自分だって気合を入れて頑張ったのに、ヘルメッポさんも気合を入れてきたようで、いつもと違う雰囲気にドキドキしすぎてなかなか近づけなかったし目も合わせられなかった。
それなのにヘルメッポさんは余裕そうに「その服初めて見るな。新調したのか?似合ってる」なんて言ってくるのだ!!!ここで3回くらい心臓が止まった。
その後は地図を見ながらしばらく港町をぐるぐると散歩して、時間になったからとレストランに向かうと、ここでまた僕のやらかしが。
…予約していた日付が、明日だったのだ。
幸い席が空いていたのでスムーズに案内してもらえたが、恥ずかしすぎて顔を上げられなかった。胸を張って「ランチの場所、予約してきました!!」と報告した時の自分を殴って止めたい。張り切りすぎて慣れないことをするのはやめろ…っ
そんな僕をよそにヘルメッポさんは大爆笑だし、気にせずメニュー表を見て注文し始めてるし。…メニュー表持ってる手、節くれだっててえっちだな。
嗚呼、駄目だ、思考も溶け始めてきた。
料理が来るまでは凹んでいたものの、運ばれてきたステーキに機嫌は回復し、美味しい食事を済ませて今は広場のベンチでひと休み。
「ほらよ」といつの間に買ったのか有名なチェーン店のロゴが入ったホットドリンクを渡され、スマートってこういうことか…と謎の敗北感に襲われる。
そんな中でも幸いなのは、隣に腰掛けるヘルメッポさんの顔が終始楽しそうであることだ。理想の展開とはズレてしまったが、1番の目標は彼に楽しんでもらうことだったので、安堵から僕も笑顔が漏れる。
「ありがとうヘルメッポさん。ドリンクも、今日一緒に出かけてくれたのも」
「礼を言うならこっちこそ、だな。お陰様で楽しく過ごさせてもらってるぜ。ひぇっひぇっ!」
「まだ笑ってる…っ」
自由な人だ。僕の方だけ掻き乱すだけ掻き乱して、そのくせ本当に嫌だと思うことはしてこない。
なんだかんだ僕の事をよく見て、よく考えてくれてるし、流石に特別扱いを受けていることくらい分かっている。分かっているけれど。
しかし、すっかり彼の存在に甘やかされた僕は、もうそれだけでは足りないのだ。
僕だってあなたの事を特別扱いしているのだと、もっと感じて欲しい。僕と同じように、僕の事だけで頭がいっぱいいっぱいになって欲しいし、僕に振り回されて欲しい。
そんなごちゃごちゃな感情が一塊になった結果が、「僕に靡いて欲しい」である。
もちろん笑ってくれているのが一番だけれど、余裕なく焦っているところとか、照れているところとかも、見てみたい。それはきっと、好きな人に対する感情としておかしくはないはずだ。
「("大人"なヘルメッポさんの態度を崩せたら、告白する勇気も出るのかな)」
ホットドリンクに口をつけながら、横目でヘルメッポさんを盗み見る。今日の事を振り返ると、残念ながら先はまだまだ長そうだが、いつか彼から一本とれたら良いな、と思う。
いや、別に勝負をしているのではないのだけれど!
いつか、あなたが立ってる場所に追いついてみせるから。そして時には、追い越してその手を引いてみせるから。
だから、今はまだ、この穏やかな時間がただただ続いて欲しいと、願いと共に"好きです"の言葉を飲み込んだ。
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楽しい時間はあっという間に過ぎ去り、「またキャンパスで」と手を振り合ってコビーと別れる。
なんとも充実した1日だったと、心地よい疲労感に襲われながら今日の事を思い返す。
全く本当に、コビーという奴は一緒にいて飽きることがない男だ。今日1日で随分と潤った写真フォルダを見返し、何度目か分からない笑い声が口から漏れた。
本当に最高だ!俺のために新調したのであろうよく似合っていた服も、照れた笑みを浮かべる顔も、格好つけようとして詰めが甘いところも、ちろちろとこちらを盗み見て考え込む姿も、全部全部。
何度、"好きだ"と、想いが、声が、溢れそうになったことか。一緒にいればいるほど膨らんでいくソレは、心地良くもあり、同時に怖くもある。
関係に名前がつけば、そりゃあ安心はするだろう。先輩後輩とか、友達とか、そんな名前じゃもう満足できてない事は明らかだ。
「俺が、自分が思っている以上にお前に靡いてる事なんて、きっと少しも気づいてないだろうな。なあ、コビー」
お前がいるだけで世界が色付く。…逆に、いなくなればきっと色褪せてしまうのだろう。
だからこそ、今の距離感が心地良くて、先に進むことに尻込みしてしまう。万が一にも、関係が壊れてしまうことだけは避けたくて、分かりきっているはずの本音を心の奥底へと仕舞い込む。
気づいて欲しい、いや、気づかないで欲しい。
そんな葛藤を繰り返し、誤魔化し続けるズルい大人を許して欲しい。
いつか、この臆病な自分さえも、明るく真っ直ぐなアイツに絆されてしまうのかもしれない。でもそれは、まだもう少し先でいい。
今はまだ、この穏やかな時間に浸っていたいと願いながら、最後まで律儀にも「今日はありがとうございました!」と送られてきたメッセージに、笑って返事を返すのだった。
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となっております!合わせてお楽しみください!