終わらない攻防戦「ヘルメッポさん、なんて返してくれるかな」
握りしめるスマホの画面に映るのは、まだ全然既読がつきそうにないメッセージ。
朝一番に自分の姿を見て欲しい、なんて出来心で、柄にもなく自撮りの写真なんかを送ってしまい、少し攻めすぎたかなとちょっと頭を抱える。
今はもう夜中だし、出張に出ているヘルメッポさんはもう眠ってしまっているだろう。
本当なら、「お疲れさまです」から今日の出来事を話したかったが、それも無理そうなので、せめて「おはようございます」を伝えようと勢いで送ってしまった。
呆れた返事が返ってくるだろうか。それとも顔が見れて嬉しいって喜んでくれるだろうか。…僕もヘルメッポさんの顔見たいなあ。返事も、ヘルメッポさんも、早くかえってこないかな。
さっきまでは眠れずにごろごろと時間を持て余していたのに、慣れないことをしたからか、ドキドキは残るものの、ようやく眠気が襲ってきた。通知のこないスマホを握りしめたまま、「おやすみなさい、ヘルメッポさん…」と呟きながら、ゆっくり目を閉じる。
あわよくば、僕が明日最初に目にするものが、ヘルメッポさんの言葉でありますように。
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…ありますようにって、言ったけどお……!!!!!!!!!!
「これ、なに、こんな、え、?聞いてませんって、なん、なに…?は………!??!?!!?!?!?」
翌朝。僕は非番の日だったから、穏やかに、でも1人でちょっと寂しく過ごすはずだったその一日は、予想を裏切って慌ただしく始まった。
原因は、まあ、自分が蒔いた種、昨晩のメッセージへの、その返事で。
ヘルメッポさんは今日もお仕事だから、もしかしたら朝はバタバタして返事をくれる時間なんてないかも、とも思っていたから、単純に返事が来ていたことが嬉しくて、ぼんやりした頭のまま開いたメッセージ欄に、僕はちゃんと確認しなかったことを大後悔するハメになった。
「おはよう」
その一言だけなら、彼らしいなと思う。
しかし、昨日己がそうだったように、ヘルメッポさんも何か変なスイッチが入ったのか、もしくは負けず嫌いな彼のことだから対抗心を燃やしてきたのか、メッセージと一緒に、写真が、送られてきていた。
それも、朝陽とか、朝食とか、そんな写真じゃなくて、ヘルメッポさんの、自撮り。
「ギャッ!??!?!!!?!?!?」
あまりの急展開に悲鳴を上げてスマホを放り投げてしまったが、僕は悪くない。はず。
いやだって一瞬しか見えなかったけれど、絶対朝から見ちゃいけないものだった。こう、色気的な問題で。
ばくばくと上がる心拍数。もともと寝起きはいい方だが、いつも以上に目はぱっちりと冴え渡り、恐る恐るスマホを拾い上げる。
そしてもう一度開きっぱなしになっていた画面を確認して…最初の、大絶叫に繋がったのである。
「なに、どうしよう、直視できない、こんな、は、え…?」
言葉にならない思いを口から吐き出しつつ、同じように支離滅裂な文をメッセージで送り返すが、向こうからするともう始業時間が過ぎていて、いつ返事が返ってくるかなんて分からない。
良くて昼時、最悪夕方か夜にならないと返事が返ってこない可能性だって大いにある。
「こんな、どうしろって…返事が来るまでお預けって事ですか………?」
そんなのってないですよ、ヘルメッポさん。
いつもなんだかんだ上手な彼は、きっと今頃ニヤニヤとしたり顔で仕事に取り組んでいるのだろう。これが、年の功か…。
赤くなった頬を誰にともなく隠すように、ずるずるとうずくまる。「敵わないなあ…」って漏れ出た小さな声が、澄んだ空気の中に静かに溶けた。
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1泊の出張くらいで、律儀で可愛い奴だな、と起き抜けから小さく微笑む。
メッセージ欄に記された時間は夜中の0時過ぎ。こっちはもう寝ていた頃で、向こうもそれを分かっていたのだろう。
朝見るであろうことを想定した挨拶と共に、にこっとこちらに笑いかけるコビーに、今日も頑張るか、となけなしの気合いを入れる。
いつもはアイツとのニコイチ案件が主だが、今回は珍しく別で。出発する時もしゅんとしていたから、きっと昨晩は1人しかいない家で悶々と考え込み、奇行に走った、というところだろうか。送った後に、それはそれで頭を抱えていたに違いない。
離れているのに手に取るように想像できる片割れの姿に、思わず笑いが込み上げてくる。
…嗚呼、そうだ。
朝の支度を整えつつ、「おはよう」とメッセージを打ち込み、ついでにパシャリと撮った写真を添付する。まさかアイツも、メッセージは戻ってきても、やり返されるだなんて思ってもいないだろう。
「休みって言ってたし、今日くらい使い物にならなくたって良いだろ。せいぜい俺のこと考えて1日モヤモヤしとけ。ひぇっひぇっひぇっ!」
夜には家に帰り着くし、顔を合わせるのが一気に待ち遠しくなる。起きた後には大量のメッセージが送られてくるだろうから、いつ返事をしてやろうか、と新たに増えた楽しみに心を躍らせつつ、俺は珍しく上機嫌で仕事に取り掛かり始めたのだった。
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「あああ駄目だ集中出来ないいいぃぃぃ…」
あの後、少しでも気を紛らわせようと、家の掃除をしたり買い物に出たりトレーニングをしたりとあの手この手で色々試したものの、朝脳裏に焼きついた写真が頭から離れない。
こちらに向けられるちょっと挑戦的な視線、ほんの少し上がった口角、サラサラと流れる金髪と、そこから覗く首元…ってあああぁあもう!!!!!!!
何をしてもいつの間にかヘルメッポさんの事ばかり考えていて、もしかしてこれも彼の狙いだろうかと思わずため息をつく。
きっと僕がこうやって悶々と過ごしているのもお見通しなんだろう。
ちくしょう、帰ってきたらちゃっかり開いてた首元のボタンをぎゅっとしめてやろうか。
それともこちらからまた何か仕掛けてやろうか…いや、同じ結果になりそうなのでそれは却下で。
結局こういう時はヘルメッポさんの手の上で転がされてしまうんだよなと、ぼんやりいつもの日々を思い返す。
いつだって何か提案したり引っ張って行くのは僕で、ヘルメッポさんはそれに嫌々だったり仕方なさそうにだったり付き合ってくれて、でも時々しれっとやり返してくるのだ。
今日だって昼に一度帰ってきたメッセージに「つい出来心で」「悪い悪い」なんて絶対悪いなんて思ってない返事しか書いてなかった。年上ってずるい。
帰ってきたら文句の一つくらいは言ってやろうと残りの時間をなんとかやり過ごし、そろそろ帰ってくる頃かな、と思ったところで、ガチャリと扉が開く音が聞こえた。
「お、帰りなさい!ヘルメッポさん!お仕事お疲れさまでした!!」
「お〜、ただいま。コビーもお疲れさま」
家のことありがとな、と笑うヘルメッポさんに、ボタンを、とか、文句を、とか考えていた事がすっかり頭から抜け落ちて、「僕はお休みだったので!ご飯もできてますよ!」と一緒にキッチンの方へ歩いて行く。
やっぱり一緒に食べるご飯が美味しいなあと夜ご飯をつつきながらヘルメッポさんの出張中の話を聞いていると、不意に「お前の方は今日何してたんだ?」ってちょっと悪い顔で聞いてくるものだから、ようやく1日のモヤモヤを思い出した。そうだ、文句を言ってやろうと思っていたんだった!
「あの写真は駄目だと思います!!!!!」
「なんだ、いらなかったのか?」
「いりますけど!?!!??!?!?!?」
「うわ、声でか」
ひぇっひぇっと笑う彼はやっぱり余裕そうで、悔しくて心の中で地団駄を踏む。
別に何か勝負をしているわけではなかったけれど、完膚なきまでに負けた気分になってしまう。
「…こっちは年下なんですから、少しくらい手加減してくださいよ。大人気ないですよヘルメッポさん」
「なーに言ってんだ、いつもはやれファンサしろだのなんだの言ってくるくせによ」
「グゥ………ッ」
おっしゃる通りである。あれ?やっぱり勝負してた?もう完敗で白旗上げてるから許して欲しい。
「悪い大人に捕まっちゃったな…」
「それは違いねぇな!」
ちーんと燃え尽きる僕とは真逆で上機嫌なヘルメッポさんは、未だに笑いながらジッとこちらを見てくる。
その視線と目が合った時、あっまずい、と思ったが、こういう時のヘルメッポさんが止まってくれるはずもなく。
「…世の中悪い男なんてごまんといるんだから、捕まるにしても俺じゃなくて良かったのにな。でも俺に見つかっちまったんだから仕方ねぇよな」
な、コビー。とうっそり微笑んでくるヘルメッポさんに、朝からやられまくりの僕が敵うはずがない。今日はもう供給過多です勘弁してください…!
「はひ、、、」という僕の情けない返事と共に、最後まで慌ただしい1日がようやく終わったのだった。
次こそみてろよヘルメッポさん…っ