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    かみすき

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    かみすき

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    トマ蛍
    でっかい犬のぬいぐるみ

    #トマ蛍
    thomalumi
    ##トマ蛍

    ≪トマ蛍≫犬と犬と犬一週間ぶりにやっと彼女の元を訪れることができたものの、もうすでに、ずいぶん夜も深くなってしまった。
    こんな時間に訪ねては迷惑かとも思ったけれど、それでも、今晩泊まりに行くからと伝えたときの彼女の表情を思えば、這ってでも会いに行かなくちゃ。

    うとうとと頭を揺らすマルに挨拶をしてから、彼女の邸宅へ。扉を開いた先は照明も落とされて、月の光でぼんやりと家具が浮かんで見えるだけ。さすがにもう眠っているか。
    階段が軋む音にも気を払いながら、そろそろと寝室へ進む。上ってすぐがパイモンの部屋、その奥に蛍の部屋――扉のすき間から光が漏れている。待っていてくれたのか。
    思わずばたばた駆け出したくなるのを堪えて足音を忍ばせる。辿り着いた扉をノックするが、しかし返事はない。ほたる、と小さく呼んでみても静かなまま。
    開けるよ。戸を開けた先の眩しさに細めた視界で探せば、蛍はベッドの上で丸くなっていた。寝落ちたのだろうか。肩からずり落ちた掛け布団を直そうと持ち上げたところで、ふと気づく。

    大きなぬいぐるみ。蛍より大きい。頭にはちまきを巻いた……きなこみたいな色の柴犬。はじめまして。
    蛍はぬいぐるみにぎゅうと抱きついたまますやすや夢の中。寝るときは何か抱きしめるものが欲しいと言ってたっけ、などと思いながら柴犬を引っ張る。
    そこはオレの場所だ。しばらく来られなかったから、オレの代わりに使っているのだろう。でも今日はオレがいるから、君の居場所はここじゃない。さあ代わるんだ。
    ぐっ、思ったよりしっかり抱きしめている。蛍を起こさずには回収できないか。
    柴犬の表情は笑顔に見えると評されることも多いが、このぬいぐるみも例に漏れずにんまりと笑っている。なんだその勝ち誇ったような顔は。 
    ぐっすり眠る蛍を起こすべきか、諦めてこの柴犬に場所を譲るのか。
    いや譲ってたまるか。それに少しでいいから蛍の声だって聞きたい。

    「蛍、起きて」
    「ん……なに……」
    「お待たせ、遅くなってごめんな」
    「ぅ……トーマだ」

    まだ開いていない目をぱちぱちさせながら、それでもにへら、と笑った彼女にこちらの頬も緩む。蛍の腕がこちらに伸ばされた隙に、ぬいぐるみをざっと抜き取った。よし。
    起き上がろうとする蛍を押し止めて、ぬいぐるみと入れ替わるように布団の中に潜り込む。いそいそと掛け布団を整えれば、後ろに追いやったぬいぐるみがずり落ちてしまったけど、そんなことより目の前の彼女だ。

    少しずつ意識がはっきりしてきたらしい蛍は、遅刻したことを怒るわけでもなく、トーマの頬をすりすりと撫でる。
    起こしてごめん、と言えば、ううん、と。目覚めたばかりのぽやぽやした表情で会いたかったよと教えてくれる彼女に、たまらず額にキスを繰り返す。

    「ふふ。くすぐったいよ」
    「うん? 聞こえないなあ」
    「おでこだけ?」

    とぼけたトーマの頬をむぎゅっと潰して、かわいいおねだり。お望み通りにちゅ、と軽く口づければ、花が咲いたようにぱあっと笑顔になるものだから止まらなくなってしまうのも当然だろう。んふふ、と漏らす声も飲み込みながら啄むようにキスを落としていれば、急に額を押さえられる。やり過ぎた……だろうか。

    オレを止めた張本人は、なぜかぷっと吹き出して鼻を擦り寄せた。楽しそうなのはいいけれど。困惑するトーマを見てまたくふくふと笑いながら、ちゅうと唇を合わせる。

    「その眉毛がハの字になった顔、好きなの」
    「ハの字の顔?」
    「それそれ」

    細い指でオレの眉間を撫でたかと思えば、そのままきゅっと鼻をつまんだ。楽しそうだね、と言えば満面の笑みが返ってきた。そうだな、オレは君のその笑った顔が好きだよ。

    きゃらきゃらと笑う蛍をまるごと抱きしめる。深く呼吸をすれば蛍の匂い。ああ、疲れが吹き飛ぶ音がする。会いに来てよかった。
    急に動かなくなったトーマの腕の中で、思い出したように蛍が呟いた。

    「あれ、いぬ吉は?」
    「いぬ吉?」
    「うん、柴犬のぬいぐるみ、なかった?」

    トーマの背後で床に転がったあいつのことか。
    後ろ手で引っ張り上げたぬいぐるみは相変わらずドヤ顔だが、今彼女の隣にいるのはトーマの方だ。まあ許してやろう。
    それ! とぬいぐるみを受け取った蛍は、それを反対側に寝かせる。
    いや待て。

    「そこに置くのか?」
    「うん、だめだった?」
    「だ、めって言うか……いや、だめだよ」

    それじゃあ寝返りを打った蛍がいぬ吉にしがみついてしまうだろう。それはトーマの役割だ。
    いぬ吉は没収、やはりトーマの後ろで待っていてもらおう。掴んだ顔はずいぶんもちもちしている。触り心地のいいぬいぐるみだ。

    「トーマもいぬ吉が欲しいの?」
    「違うよ。でも今日は」
    「じゃあ返してよ」

    きょとんとした顔に、トーマといぬ吉、どっちが大事なんだと問いかけたくなる。きっとどっちもと答えるだろうが。
    隠したいぬ吉に蛍の手が伸びてくる。思わずその腕を掴んで止めれば、ちょっとだけむっとした顔で咎められてしまった。

    「トーマ」
    「ごめん」
    「どうしたの」
    「いや……今日はいぬ吉じゃなくて、その、オレのことをさ」
    「うん?」
    「……抱きしめるのは、オレじゃだめ?」

    夜中に押しかけておいて、面倒なことを言うなと怒られるだろうか。
    目をぱちくりさせた蛍は数秒固まったあと、突然がばりとしがみついてきた。反動でベッドから転げ落ちそうになるのを持ち堪えて抱き止めれば、真上に乗り上げてかわいい! と騒ぎ出す。

    「え?」
    「かわいい!」
    「ほたる?」
    「トーマにぎゅってして寝るよ……!」

    それは嬉しいけれど。
    足をじたばた動かしてはかわいいかわいいと呟く。トーマの服をぎゅうぎゅう握りしめながら、胸元に頭をすりつけて。蛍にしっぽが見える気がする。

    「トーマがわんちゃんみたいで可愛すぎる」
    「わんちゃん? それは君の方だろう」
    「そう? 構ってほしくて拗ねてたんでしょう?」
    「え、いやまあ……そうだけど」
    「んふふ、かわいいね」

    楽しそうだからそれでいいか。トーマの上でじゃれる蛍の頬をつつけば、こちらを見上げた黄金と目が合う。
    微笑んだ彼女の目元には、うっすら隈がある。気づかなかった、彼女があまりにもかわいいもので。
    そろそろ寝よう、と蛍を降ろそうとしても、冷えた足まで絡めてしがみついたまま離れない。
    ほら冷えてるじゃないか、と行儀悪く足で掛け布団を整える間もぎゅうぎゅうと絡みついてはくすくすと笑う。

    「このまま寝るつもりかい?」
    「トーマがぎゅってしてって言ったんじゃない」
    「ぎゅってしてとは言ってないよ」
    「じゃあやめる?」
    「……やめない」

    今度こそ大きな声で笑った蛍は、ごろりとトーマの横に転がった。手を離さないままだから、引っ張られたトーマも同じく転がる。オレの腕を取っては勝手に背中に回して満足そうだけど。

    「電気消さないと。ちょっと待ってて」
    「やだ」
    「やだじゃなくて」
    「やだ」

    離して、やだやだ。じゃあ一緒に行く? 行く。
    そう言っても動く気配のない蛍ごと持ち上げて起き上がれば、きゃあきゃあとはしゃいでしがみつく。
    駄々をこねたり悪戯をしてみたり、今日はずいぶん甘えただ。口に出せば、トーマもそうじゃんと言われてしまいそうだから黙っておこう。

    蛍を抱えて歩くトーマが手を出せないのをいいことに、ちゅうちゅうとキスの雨が降る。目元に、頬に、首筋に。
    それでもちゃんとスイッチをぱちりと切った蛍には、ご褒美代わりにトーマからのキスを。そんなことをしていたら、床に寝かせたいぬ吉に躓きかけたのは内緒だ。
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