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    かみすき

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    かみすき

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    トマ蛍
    蛍ちゃんのにおい

    #トマ蛍
    thomalumi
    ##トマ蛍

    ≪トマ蛍≫実はもう10回くらい依頼人から貰った小さな紙袋を抱きしめて、駆け出そうとする足にはゆっくり! と言い聞かせて。
    早く帰りたくて走っていたのだけれど、崩れやすいお菓子だから揺らさないようにねという言葉を思い出して大切に抱えてそっと歩いている。今ヒルチャールに遭遇したら困っちゃうな。

    早くトーマに会いたい。
    今日は丸一日休みだというトーマを置いていくなんて、と後ろ髪を引かれる思いで出かけたのは数時間前。これでも急いだつもりだったのに、確かに予定よりは早かったけれど、もうずいぶん日も高くなってしまった。

    トーマにおいしいお茶を淹れてもらって、待たせてごめんねとこのお菓子を一緒に食べて、今日の残りをのんびり過ごす。そんなことを考えればやっぱり駆け出したくなってしまう。
    だめだめ、あと少しなんだから。

    はやる気持ちをおさえて洞天にたどり着けば、いつものやわらかな風が出迎えてくれる。
    毎日が洗濯日和なんて羨ましいな、と太陽に目を細めていたトーマは、掃除でもして待ってるから、と見送ってくれた。休みの日まで家事をしなくてもいいのにとは言ってみたけど、トーマの鼻歌を聞けばこれも立派な息抜きでもあるのだろうと思わされる。

    さて、そんなトーマは、早く帰ってきた蛍を見たらきっと驚くだろう。目を大きく見開いてから、へにゃりと笑っておかえりと言ってくれるはず。びっくりした顔だって、力を抜いて笑う顔だって、すべてが蛍の癒やしだ。

    しー、と指を立てた意図に気づいたマルは、いたずらっぽく笑って小さな声で出迎えてくれる。よし、そっと扉を開けて、トーマをびっくりさせちゃおう。

    と、思ったのに。
    ぽかぽかの日が差すリビングには、はたきを持ったトーマの姿はなかった。静かな空間に紙袋を抱え直した音が響く。ご飯の匂いもしないから、厨房にいるわけではなさそう。

    窓が開けっ放しだから、中にはいるはずなんだけど。荷物を片付けてから探そうかと蛍の部屋へ向かえば、扉が薄く開かれていた。

    隙間から覗き見れば、こちらに背を向けたトーマがベッドの上であぐらをかいている。不思議なことにぴくりとも動かず。
    何をしてるんだろう、とノブに手をかけて押せば、蝶番がきいと鳴った。

    「ただいまトーマ」
    「うぇ、え!? ……お、おかえり!」

    音に反応してばっと振り返ったトーマに声をかければ、それはそれは狼狽えて答えてくれた。目玉が零れ落ちそうなくらい見開かれている。蛍の想像の倍くらいびっくりしている。

    「その、早かったね」
    「うん。早く会いたくて急いで終わらせちゃった」

    いつも通り会話をしながらも、なぜかあちこちに泳ぐ視線を追いかけて覗き込むと、何かを背に隠す。反対側に回り込んでも器用に隠されてしまうから、ベッドに飛び乗って真正面から手を伸ばしトーマごと捕まえた。

    「私のパジャマ? どうしてこれを?」
    「……怒らない?」
    「それは聞いてみないとわかんない」
    「ゔ、そうだよな」

    しわくちゃになったパジャマは今朝まで蛍が着ていたもの。洗濯しようと思っていたけど、慌てて出かけたから籠に入れずにベッドに放り投げていった記憶がある。
    それが、どうしたんだろう。トーマが怒られるようなことって。

    へへ、なんて笑って誤魔化そうとしているけど、騙されてあげないんだから。
    蛍に囚われたままもじもじするのをじっと見つめて反応を待つ。急かすように背中に回した手でぱたぱたと音を立てると、耳まで真っ赤にして顔を隠してしまった。
    さて、いつ口を割るだろう。トーマはなんだかんだ私には弱いから、そのうち負けて白状しちゃうでしょ。

    「ずるい。顔見せてよ」
    「いや、本当にごめん……」
    「怒られるようなことしたの?」
    「……蛍の匂いを嗅いでた」

    匂い? 向こうのパジャマを手繰り寄せてすんすん嗅いでみたけど、蛍にはよくわからない。というかちょっと汗臭い?

    「やだ、臭いじゃん」
    「そんなことないよ! 君の匂いは、その、安心するんだ」

    食い気味で否定したと思ったら、すぐに勢いを失って項垂れる。

    「いや、ごめん、匂い嗅がれていい気はしないよな」
    「そんなことじゃ怒らないのに。でもそれは汗臭いからだめ」
    「臭くないって」

    蛍の匂い。もう一度嗅いでみたけどやっぱりわからなかった。汗臭いだけだ。
    でも。いたずらがばれた子犬みたいにしゅんとするトーマの胸元にすり寄れば、洗濯石鹸の匂いと、卵焼きの匂いと、その向こう側のあったかいトーマの匂い。疲れも全部飛ばしてくれるような、全部受け止めてくれる優しい匂い。それなら蛍にもわかる。

    「トーマもいい匂いするよね」
    「そう? ……わかんないな」

    同じように自分の匂いを嗅いで首を傾げて、蛍のつむじに鼻を寄せる。怒らないって言ったから調子に乗ったなあ。
    まあ、蛍だってこっそりトーマの匂いを胸いっぱいに吸い込んで幸せに浸るときもあるから、おあいこってことにしよう。
    社奉行に泊まった次の朝、先に起きたトーマが抜け出す揺れでじわりと意識が浮上したところで、お布団に染み込んだトーマの匂いに包まれながら二度寝する。幸せでしょう?
    思い出してくすくすと笑えば、なんでかつられて笑うトーマの息が頭皮をくすぐる。

    そういえば。今もすうすう頭の匂いを吸われているけど、さっきまであちこち走り回っていたんじゃなかったっけ。
    絶対臭いよ! と慌てて顔を上げたら、トーマの鼻に頭突きをしてしまった。痛がるトーマに謝罪をしつつ、そっとベッドから降りる。
    本当にごめん。鼻を押さえたトーマからそっと後ずさる腕を、空いた片手で掴まれる。

    「どこ行くんだい?」
    「頭洗ってくる」
    「どうして? 蛍の匂いがなくなっちゃう」
    「ええ、でも汗かいてるから」

    臭くないって言ってるのに、と赤くなった鼻を擦りながらベッドを降りる。片手には蛍、反対側にはくしゃくしゃのパジャマ。

    「どうして引っ張るの」
    「お風呂は一緒に入る約束だろう。ついでに洗濯もしよう」
    「シャワー浴びるだけだよ」

    ふにゃりと眉を下げる表情が好きだと言ってから、ちょっとしたわがままと一緒にそれを見せることが増えた。だめ? と小さく呟いてこちらを見つめるものだから、どうしても許したくなってしまう。
    それでも簡単に流されてあげるのは悔しいから、せめてもの抵抗として、蛍もわがままを返すことにしている。

    「じゃあ抱っこで連れてって」
    「もちろん」

    にっこり笑って蛍のわがままを叶えてくれる。ぽす、とベッドに戻されたパジャマを見ながら首に手を回す。
    嫌な顔ひとつせず叶えられてしまうのはいつものことだけど、これはこれでちょっと悔しい。
    だから目の前の首筋の匂いをいっぱい吸って、動けないトーマに見せつけちゃうもんね。
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