16歳の茨が6歳のジュンを拾う話.大雨の中、たまたま立ち寄った公園のベンチに寝転がる小さな子どもを見つけた。顔を真っ赤にして苦しそうに呼吸をしている。よく見ると、身体には多数痣の跡がある。暴力を振るう親から逃げてきて疲れ果ててここにいるのだろう。その姿に思わず昔の自分を重ねてしまう。
「はは...まるで自分と同じですね」
この大雨なのだからこのまま放っておけば低体温症や高高熱で命を落としてしまう可能性もある。だが、自分には関係ない。俺が知らないこいつを助ける仮もないしメリットもないのだから。なんとなく子どもに手を伸ばして頬を撫でた。
「...辛かったな...もう楽になれますよ」
何を言っているのだろう。頬を撫でるのをやめて背を向けると、急に服の袖を掴まれた。振り返って子どもを見てみると、うっすらと目を開けている。
「いか、ないで」
金糸雀色の瞳が涙で揺れ、輝いていて吸い込まれてしまいそうだ。弱い力だが、しっかりと俺の袖を握って離そうとしない。あぁ。この子は俺が守らないといけないんだ。親に愛されることもなく捨てられた俺と同じこの子を。
「くそっ...」
彼を優しく抱き上げて1人で住む自宅へと向かった。
遺産を残して死んだ叔父が残していた一軒家に着いて、まずはそのまま風呂場に向かった。冷え切った身体を温めるには湯船に浸からせてあげなければいけないだろう。湯船の自動運転が終わるまで汚れた身体を洗ってあげよう。シャツの袖とスラックスを膝まで上げて服を脱がせた子どもの身体を次々と洗う。他人の身体を洗ったことは今まで無いため、自分で洗う時のようになんとなくで洗っていった。身体を洗い終わり抱き上げていつもより浅く湯の張った湯船の中に浸からす。念の為倒れないようにと湯船の外で身体を支える。
「...温かいですか?」
彼にそう聞くと、少しだけ頬を緩ませて首を縦に振った。
10分程経った頃に抱き上げて湯船から出し、風呂場から出て脱衣所で身体を拭く。着替えはタンスから出来るだけ1番小さな服を出して着せたものの、どう見てもサイズが大きい。明日にでも買い揃えに行くか。髪を乾かし終わり、お粥を作るために一旦ベッドに寝かせておこうと寝室へ連れて行く。ベッドに寝かせリビングに行こうとすると、また先程のように袖を掴まれる。
「どうしました?」
「や...ひとりにしないでっ...いかないでっ...」
涙目で見つめてくる表情が愛おしく感じてしまい、再び抱き上げてリビングに連れて行くことにした。
「お粥を作るので少しの間だけここで待っていてもらえますか?」
リビングのソファーに座らせてそう言うと、首を縦に振った。寝室から一緒に持ってきた掛け布団を肩まで掛けてすぐそばにある台所へと向かった。
度々彼の様子を気にしながら15分程でお粥を完成させた。自分ではお粥なんてそうそう作らないため、うる覚えだがなんとか作ることが出来た。お盆にお粥とホットミルクを乗せて彼の隣に腰掛ける。一口程の量をスプーンで掬って冷ますために何度か息を吹きかけた。
「お粥を作ったんですけど、食べられますか?」
そう聞くと、首を縦に振ってこちらを見る。スプーンを口元に持って行くと、小さな口を開けてお粥を口に含んだ。
「美味しいですか...?」
一応味見はしたが、料理自体得意じゃないため、口に合わないのではないかと不安になる。しかも自分の料理を他人に食べてもらうことなんて今まで無かったし。
「おいしい...」
「よかった...お腹いっぱい食べてくださいね」
「こんなにおいしいのたくさん食べてもいいの...?」
「え?」
「おいしいご飯あんまり食べたことないから...」
「...そう、なんですね」
どう言葉を返せばいいか分からない。この子の親は強いて言う毒親だったのだろう。きっと自分のことしか考えてないような奴らだ。子どものことなんか見ていない。本当に昔の俺みたいだ。
「俺が貴方のために作ったので。だから沢山食べてください」
「うんっ...」
スプーンで先程の量を掬って冷まし彼の方を見ると、大粒の涙を零していた。
「えっ!?どっ...どうしました!?やっぱり美味しくなかったですか...!?」
お粥をお盆に置き、次々と溢れてくる涙を拭ってあげると首を横に振った。
「っぅ...ちがうのっ...」
「......怖かったですね...大丈夫ですよ。これからは俺がそばにいます。だから泣かないでください...ね?」
そう言って自分よりひと回り小さい身体を抱きしめて頭を撫でる。
「う、ん...お兄ちゃんありがとぉ...」
「何も心配しないでください。俺に任せて」
ティッシュで優しく目元を拭いてあげてまだ残っているお粥を食べさせホットミルクを飲ませる。全て食べてくれてホッとして大きく息を吐いた。お腹いっぱい食べたからなのかうっとりとしていて今にも眠ってしまいそうだ。掛け布団と一緒にゆっくりと抱き上げて寝室に向かい、ベッドに寝かせるとすっかり気持ちよさそうに寝息を立てて眠っている。本当ならば警察署で一時保護してもらい施設で生活していくのが1番この子が救われる選択肢だ。それなのに未成年の自分がこんな誘拐じみたようなことをしてもいいのだろうか。もしこの子の親が警察に捜索願を出すのなら、俺はきっと少年院送りだろう。今ならまだ間に合うかもしれない。だが、昔の自分に似たこの子には幸せでいてほしい。俺が守ってあげたい。もう後戻りはできないしまだ子どもの俺にこの子をしっかりと守っていけるのかも分からない。とにかくやってみるしかないだろう。死んだ叔父の人脈は広いし戸籍や諸々の偽装くらいはできるはずだ。遺産だってこれでもかというくらい自分の手元にはあるし、家事全般をこなせるようになればなんとかなりそうな気がする。やらなければならないことは山程あるが、この子のためにもやるしかない。
1週間ほどで様々な手続き等や家具、衣服調達を終わらせることができてやっと一息つけられるようになった。重たい身体をベッドに預ける。このまま目を瞑ってしまえば半日以上寝れる自信があるが、夕食の準備も終わっていないし手続きと同時進行で行っていたものも片付けなければいけない。こんなに大変だとは思ってなかった。
「いばら、だいじょうぶ...?」
ベッドのサイド側を見ると、心配そうに俺のことを見つめている。
「ジュン...大丈夫ですよ。まだお腹は空いていないですか?」
「うん。まだ大丈夫です」
「それじゃあお風呂から済ませちゃいましょうか。今お湯溜めてきますね」
「あ、オレやり方知ってます!お風呂溜まるまでいばらはゆっくりしていてください!」
そう言って寝室から出ていき、風呂場の方に駆けて行く。度々俺のことを気遣って自分ができそうなことは進んでやろうとしてくれている。今まで家でもいろいろなことを手伝っていたのだろうか。いや、手伝わされていたのだろう。
風呂を済ませ終わって夕食を作り、新しく買ったテーブルに料理を並べて向かい合うように座る。
「食べましょうか」
「いただきます!」
「ハンバーグ初めて作ったんですけど...どうですか?」
「...ん!おいしいです!いばらが作るの全部おいしいです!」
「本当ですか!?よかったぁ...」
毎食美味しそうに沢山食べてくれて料理をするのが最近は楽しい。口いっぱいに料理を含んで食べる姿が愛おしすぎて自分の箸がなかなか進まない。家族ってこんなに温かいんだな。
「...あ!」
「...?」
大事なことをすっかり忘れてしまっていた。書斎に行って机に置いてあった資料を取ってリビングに戻り、ジュンに見えるように資料を机に置いて見せる。
「...これは?」
「ジュン。小学校に行きませんか?」
「小学校?」
「はい。まだ入学まで3ヶ月程はありますが」
「...オレ、小学校に行ってもいいんですか...?」
「もちろん。ジュンは来年で7歳ですし小学校に行ける年齢ですよ。それにこの小学校は自分が通っている高校から近いので帰りは一緒に帰れますよ」
「...」
資料をじっと見つめて黙っている。少し話が難しいだろうか。
「もう少し分かりやすいように説明しますね。小学校は、」
「......てます...」
「...え?」
「オレ...いばらにたくさん迷惑かけてます...ごめんなさいっ...」
「えっ、あ、いや!迷惑なんて!」
「いばらオレのためにずっと休む暇なくて疲れてるのに...いばらに無理してほしくない...」
出会った日の夜の時のように金糸雀色の瞳から大粒の涙が溢れている。席を立ち上がり、ジュンの隣にしゃがんで指で涙を拭った。
「...ジュン聞いてください。自分は...俺は無理をしてジュンのためにやってはいないです。俺がジュンのために、ジュンには幸せになってほしいからいろいろなことをやっていたんですよ。ジュンは何も心配しなくていいから。俺がそばにいたいだけなので」
「...ほんと...?無理してないですか...?」
「していませんよ」
「オレ...小学校に行きたいです...」
「それじゃあ明日にでもランドセルと必要な物買いに行きましょうか」
「はい!」
「いばらぁ〜、朝飯できましたよ〜」
「...ん...ありがとうございます...すみません、今日はジュンの担当じゃないのに...」
「全然いいですよぉ。昨日も夜遅くまで仕事してたじゃないですか」
「うちの社員たちが手こずっている案件がこれまたしぶといんですよ...はっ...!!ちょっ、今日ジュンの高校の入学式...!!なんで早く起こしてくれないんですか!!」
「え〜...だって気持ちよさそうに寝てるのに起こすのもなーって」
「大事な日くらい起こしてくださいよ!あーもう...!!」
「大事な日って言っても中高一貫だから隣の校舎に移るだけですけどねぇ?」
「自分にとったら大事なんです!あんなに小さかったジュンが高校生になったんですよ!?」
「はい出たいつものそれ。ほんと親バカっすねぇ。早く朝飯食べちゃいましょ。冷めますよ」
「ジュンもこんなに料理できるくらい成長したんですね...その分自分は年をとりましたけど」
「茨ももう30になるんですねぇ」
「は?まだ今年で26ですけど」
「四捨五入したら30じゃないですか。もう20代後半なのに良い相手見つからないんですか?」
「...そんなの自分には必要ないですよ」
「茨モテそうなのにもったいねぇ〜。職場の女性社員からアピールされてるんじゃないですか?」
「...ないわけじゃないですけど」
「ほらやっぱり〜。1人くらいタイプの子いないんですかぁ?」
「そんな人職場にいませんよ...ジュンこそどうなんですか?この売れっ子アイドル」
「売れっ子アイドルって...まだまだ駆け出し状態ですよぉ」
「それでもソロアイドルにしたら充分凄いですよ。芸能人、もしくはクラスメイトに気になる人くらいいるでしょう?」
「別にいませんよぉ?オレが好きなのは茨だけですし」
「はいはい。自分も貴方が愛らしいですよ」
「だからそうじゃなくて...」
「だったらなんだっていうんですか」
「茨、オレと結婚してください」
「ん"!?ごほっ、!げほっ...なっ...なんでそうなるんですか...!?」
「え?だって茨が言ったじゃないですか。『俺がそばにいる』って」
「それは貴方は1人じゃないって意味ですけど!?そんな昔に言ったことなんで覚えてるんだよ...」
「オレが相手じゃダメですか...?そりゃあ...あんたから見たらただのガキかもしれねーけど...オレはちゃんと本気なんで」
「ばっ...ばか、ちかい、です...!」
「もしかして少しはオレのこと意識してくれてます?」
「っ...うるさい…」
「好きですよ、茨」
「...俺も」
「...あれ〜?聞こえなかったな〜?」
「絶対聞こえてただろ!!」