内緒話.「…もしもし?茨?」
「んっ……あ〜!!お疲れさまであります!!今飲み会が終わってぇ〜…自分一人じゃ帰れないので迎えお願いしま〜す!!」
取引先との飲み会に参加している茨から電話が掛かってきた。かと思えば、用件を言い終わると即座に通話を切られてしまった。いつもバカでかい声だが、いつにも増してでかい声で電話越しでも耳が痛い。帰る場所は同棲しているこの家なのだから別にオレが迎えに行っても構わないだろう。マスクを付け帽子を深く被り急いで家を出た。
飲み会が行われている店前に着いて店の中に入る。従業員に念の為に茨から聞いておいた団体名を言うとすぐに案内してくれた。
「こちらです」
「ありがとうございます」
軽くノックをして部屋の中を覗くと、茨は机に突っ伏していた。周りのお偉いさんたちがオレに気付いて全員がこちらを見る。
「こんばんは。Edenの漣ジュンです。七種から連絡をもらって迎えに来ました。七種連れて帰っても大丈夫ですか?」
「あぁ、漣くん。ごめんねぇ。ちょっと飲ませ過ぎちゃったかも。七種くーん、迎えが来たよー」
「んぇ〜…?あー!迎えに来てくださったんですねぇ〜…♪」
茨はお偉いさんの声に反応して顔を上げると、俺を見て頬を緩ませた。立ち上がろうとしたみたいだが、バランスが取れずすぐに尻もちをついてしまった。
「ほ〜ら茨。肩貸しますよ。立てます?」
「ん〜…余裕であります…」
「すみません。ご迷惑お掛けしました。今後とも七種を、Edenをよろしくお願いします」
茨の肩を支えて立ち上がらせ、お偉いさんたちに挨拶をしてから店の外に出る。
「今タクシー呼ぶんで少し待ってくださいね」
スマホを開いて電話帳を開こうとすると、茨に横からスマホを奪い取られる。
「茨?」
「…歩いて帰りたい」
「でも早く帰って早く休みたいでしょう?」
「ん〜ん…風に当たりたいんです」
「んじゃ歩きましょうか」
転ばぬように身体を支えてゆっくりと家のある方向を歩く。ここまで酔った茨は初めて酒を飲んだ時以来だ。いつもなら限度を考えて自分一人で帰って来るのに。余程会話が弾んで楽しかったのだろう。
「…ねぇ…聞いてくれません?」
「ん?何ですか?」
「信頼してる俺の部下だから言えるんですけど…」
あぁ。こいつオレのこと事務所の社員だと思っているのか。きっと迎えの電話はオレにじゃなくて社員に掛けたと勘違いしているに違いない。まあツッコまないで聞いてあげるか。
「…俺の彼氏…ジュンがね?すっごくかっこいいんです」
「はい?」
急な自分の話題に驚いてしまった。オレらが付き合っていること自体、別に社員たちに隠してはいないがいいのだろうか。今話を聞いているのはオレ本人だし別にいいのか。
「ジュンすごく優しくて…俺が疲れて帰って来た時も笑顔で出迎えてくれるんです…それがすっごく嬉しくて…ジュンと過ごしていくうちにどんどんあいつのこと好きになっていくんです…たまに俺みたいなやつがこんな幸せでいいのかって思っちゃうんですけどね…あ、あと―」
いや待ってくれ。普通に恥ずかしい。オレが茨が帰ってくるまで起きて待ってて出迎えてるのそういう風に思ってくれていたのか。オレだって茨と付き合ってから日に日にもっと好きになっている。純粋に嬉しくて頬が酷く緩んでしまう。
「…ちょっと〜…聞いてます〜?」
「ん?あぁ…ちゃんと聞いてますよぉ?」
「ね?俺の彼氏かっこいいでしょ?」
顔を覗き込まれ、頬を緩ませている茨を見て更に自分の頬も緩んでしまう。やばい。オレの恋人最高にかわいい。
「そ…そうっすね…」
「んへへ〜♪…この話ジュンには内緒ですよぉ〜?♪」
本人のオレが聞いてしまったんだから内緒も何も無いだろう。
「ん……おはようございます…」
リビングで朝食を作っていると、茨が目を擦りながら寝室から出てきた。
「お。おはよーございます。もう少しで朝飯出来ますよぉ。顔洗いました?」
「洗ってきます…」
丁度いいタイミングで朝食が完成した。ダイニングテーブルに二人分の料理を並べて先に席に着く。顔を洗い終わった茨も向かいの席に腰を下ろした。
「いただきます」
茨は昨日の事は覚えていないのだろうか。まあ覚えているとしたら訂正をしてくるはずだし何も覚えていないのだろう。家に帰りつくまでオレの話を楽しそうにしていた茨の姿を思い出してしまい、思わず頬が緩んでしまう。あんな茨滅多に見れないもんな。
「ちょっとジュン」
「はい?」
「さっきからニヤニヤしてますけど…何か企んでます?」
「ん?…へへ。いいえ、何も」