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    ONIKUOKOMEYASAI

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    呪専五夏
    夏の元カノ視点注意
    五夏が付き合っているかは想像にお任せします

    #五夏
    GoGe

    慕情 思えば告白は私からだった。
     放課後の誘いも、休日のデートも、電話をねだったのも全部私。私から連絡しないと何も進展しない。どこに行きたい? と聞いても「君が行きたいところでいいよ」としか返してもらえなかった。私だけが好きで、私だけが必死で、私だけがみじめだった。
     でも彼は優しかった。絶対に私の好意を否定しなくて、私のお願いはなんだってきいてくれる。眠るまで電話に付き合ってくれたし、限定のパフェが食べたいと言えば嫌がる素振りも見せず行列に並んでくれた。優しくて、穏やかで、だから何を考えているかわからない人だった。好きだった。大好きだった。見た目も、大人びた表情も、女の子扱いしてくれる仕草も、小声で話す時の掠れた声も。そんな彼から別れを告げられたのは高校最後の冬休み。東京の高校に行くのだと、はじめて見る真剣な顔でそう言った彼を、私は引き止めることすらできなかった。

    「夏油くん?」
     思わず声をかけてしまったのは、こんなところで彼に会えると思っていなかったから。高校一年の夏休み、都内の大学を志望していたこともあって一泊旅行を兼ねて上京していた私は、街中の人の多さに圧倒され見慣れたファミレスへと足を踏み入れた。オープンキャンパス帰りで疲れ切っていたこともあり、ヒールの煩わしさにどんよりとした表情を浮かべながら適当な席を見繕っていると、店内の隅に見覚えのある横顔が目に入った。すると、脚が勝手に吸い寄せられるようにしてそちらへと向かい、気がついたら名前を呼んでいたのだ。
     声をかけられた彼は視線だけでこちらを見た後、思い出したように顔ごとこちらを振り向き、くちびるをにいっと弓なりにして笑う。彼は昔から本音が読めない人だった。この笑顔もきっと本心ではない。それに気づけるようになったのは、私が大人になったということだ。
    「久しぶり、旅行?」
    「うん、オープンキャンパス。こっちの大学にしようと思って」
     そっか、と言う口は先ほどと同じで正しく歪んでいる。髪は後ろでひとつにまとめてあり、ふくよかな耳には大ぶりのピアスが嵌められていて、糊のきいたシャツは皺ひとつない。相変わらず同年代の男子とは雰囲気が大違いだった。
     テーブルには水の入ったコップがふたつと、ハンバーグセットとポテトがそれぞれ。誰かと来ていることは明白だった。彼女だろうか、それにしては量が多いような……。
    「なに、ナンパ?」
     背後からかけられた声の冷たさに背が凍るようだった。振り返ることもできず、立ち尽くす私を通り越して夏油くんが視線を向ける。
    「違うよ、知り合い」
    「はーん、元カノ」
    「まあそんなとこ」
     ね、と促されるままうん、と頷き返した。私の横を通り抜けて夏油くんの向かいへ腰を下ろした男の子は、夏油くんに見劣りしないほど長身で体格がいい。サングラスに覆われているのに目で見てわかるほど顔が整っていて、白い髪と時折覗く青い目に目を奪われた。
    「座んねぇの」
     青い目の彼がこちらを見ずに話しかけてくる。邪魔するのも悪いと夏油くんに視線をやれば、切れ長の目を細めて「どうぞ」と隣の空いたスペースを叩いてくれた。
    「すみません、お邪魔しちゃって」
     席を立っていたのはドリンクバーに用があったかららしく、鮮やかなメロンソーダに刺さったストローを吸い上げる彼に声をかけた。それは軽く無視されてしまい、宙に浮いた言葉を拾うように夏油くんが口を開く。
    「ごめんね、悪いやつじゃないんだ」
    「はぁ? うっせーよ」
    「口が悪いよ、悟」
     友達だ、と直感でわかるほど気安い口調。私の記憶の中の彼よりもずっと砕けた印象を覚えた。夏油くんは、誰とも距離を縮めることをしなかった。自分の中に確固たる境界線があって、その中に人を入れることはない。誰に対しても優しいけれど、それと同時に誰に対しても平等だった。その距離は、たとえ彼女という立場にあった私も変わらず詰めることができないまま、卒業を迎えてしまったのだった。
    「何か注文しようか。おなか空いてる?」
     壁際にあったメニューを手渡され、それを覗き込む。爪が切り揃えられた指で写真のひとつひとつをなぞる光景が懐かしくて、目の前でゆっくりと動くその手をじっと見つめた。筋張った手の甲には痣や傷が生々しく浮かんでいる。中学の頃はこんな傷なかった。肉体系のバイトでもしているのだろうか。そういえば高校がどこなのか、何をしているのかさえ教えてもらえなかった。もうひとりの彼は確か同じ制服を着ていたし、同じ高校なのだろう。
     そう気づき目の前の席へ目線を向ける。すると、向こう側が見えないほど濃いサングラスの隙間から、こちらを見る視線とかち合った。なぜかその目が私を咎めているように感じられ、ぎくりと表情が固まる。慌てて視線を外してメニューと向き合い、適当に選んだカルボナーラを指差して「これで」と告げた。
    「じゃあ私もピザ頼もうかな」
    「はぁ? オマエ今食ってんじゃん」
    「まだ入るよ、悟も食べるだろ」
     まあ食うけど、とふてくされたように言う彼の夏油くんを見る目が、黒いガラスの向こうで少しやわらいだ気配がする。そんな姿がどこか引っかかり、今度は店内を見回すようにしてそっとうかがった。
     きっと上流階級の家庭で育ったのだろう。テーブルの上に並べられたハンバーグを切り分けて食べる様子は美しく、ありふれたファミレス内であってもナイフとフォークを持つ手が優雅だった。コクも深みもないソースと安い肉が器用に絡まって口へと運ばれていく。咀嚼する顎の動きすら繊細で、なんだかいたたまれなくなって視線をテーブルの上へと彷徨わせた。
    「あ、ウーロン茶飲める? これ口つけてないから」
     目の前に真新しいグラスを差し出され、次いでストローを手渡される。それを受け取ってお礼を言いながらストローの袋を破った。私が飲み物を取りに行く手間を省いてくれた、夏油くんらしい優しさに、もしかしたらまた昔のようになれるかもしれないと淡い期待を抱いた私は、ほんの僅か腰を彼の近くへとずらす。避けられない。悪いとは思われていないのだという安心感にほっとして、コップの中のお茶を吸い上げた。口の中に独特の味が広がる。
    「すぐるーそれちょうだい、俺のと違う」
     もしかして、なんてぼんやり考えていると、目の前から聞こえてきた甘えたような声に意識が引き戻される。青い目はまっすぐに夏油くんを見つめていて、最早私のことなんて気にしてすらいない。
    「いいけどソースが違うだけだよ」
    「いいから、早く」
     そう言って大きく口を開けて待つさまはさながら給餌を待つ雛鳥のようで、先ほどの美しい所作からはかけ離れた姿に目を瞬かせるのみだった。
     夏油くんは「お行儀悪いよ」と言いながら、大きく切り分けたハンバーグのうちひとつを口へと放り込む。その優しい声に驚いて真横を見上げると、切れ長の目が細められ、口許はやわらかく弧を描いていた。
     こんな顔、見たことがない。私の知っている夏油くんは誰にでも優しくて、でも冷たくて、笑顔はいつだって他人との距離の証だった。それが今目の前にいる男に心を曝け出しているかのように笑って、他は目に入らないといわんばかりに見つめて、私の入る隙なんて、どこにも。
     居た堪れなくなって視線を逸らす。緊張で渇いた喉をお茶で潤すけれど、一向に回復する見込みはない。それどころか息が詰まるような感覚さえ覚える。
     私の知らない夏油くん。いや、私には、付き合っていたはずの私にさえも見せてくれることのなかった素の部分を突きつけられて、冷や汗が止まらなかった。友達だから、じゃない。恋人には格好をつけたいなんてかわいい理由でもない。きっとこの人にとっては彼しか特別ではないのだ。そう見せつけられているようで、もしかしたらまだ気があるかも、なんて考えていた数分前の自分が恥ずかしくてたまらなかった。
    「うま。俺のも食う?」
     機嫌よく跳ねるような声が真向かいから聞こえてくる。普段もっと高級なものを食べているはずなのに、ファミレスのハンバーグを至上のものだと言わんばかりの声に、胃のあたりをぎゅっと掴まれたような気分になった。
    「いいの? じゃあひとくちもらおうかな」
     隣の逞しい体が身を乗り出して口を開け、目を伏せて食事を差し出されるのを待っている。かたちのいい口角はやわらかく吊り上がっていて、そんな顔も好きだと目を奪われた。こんな顔を見せてくれる相手が私だったら、と思わないでもない。思わないでもなかったけれど、きっと私と付き合っていたら、ううん、彼と出会わなければこんな顔を見せてはくれなかったのであろうことだけは理解できた。私はここにいらない。
     フォークに刺さった挽肉の塊が差し出された時、荷物を持って席を立った。用事を思い出したから、と声をかけると夏油くんは間の抜けた顔のまま、そう、とさして残念がる素振りも見せなかった。目の前の彼は何を言うでもなく私を一瞥し、すぐに視線を夏油くんへと戻す。自分から声をかけたくせに、まるではじめから私が存在しなかったかのような振る舞いだった。
     いや、と思い直しくちびるを噛み締める。そのために声をかけられたのだ。私の僅かな未練を見抜かれていた。そしてそれを打ち砕くために同席するよう促したのかもしれない。ばかみたい。最初から私の入る隙なんてなかったのに。
     背後から聞こえてくる声はどちらも私の方を向くことはなくて、勝手に蔑ろにされた気持ちになって自動ドアをくぐった。途端夏の熱気と湿度が全身に纏わりついてきて、一気に汗が噴き出す。それをハンカチで拭いながら雑踏の中へと踏み出せば、あちこちから飛んでくる雑音が耳を劈いて、ようやくひと心地ついた気持ちになった。
     私の知らない夏油くんとそれを欲しいままにする青い目の男の姿が、いつまでも瞼の裏にちらついている。あそこで私に向けられた感情に敵意はない。だけどいっそ敵意の方が楽だった。過去の女として彼の知らない中学の頃の夏油くんをひからかしてあげることだってできた。そんなものはいらないと、今目の前にいる彼こそが大切なのだと、そうはっきりつきつけられた私は、きっとリングに上がる前から負けていたのだ。
     彼らは友達だと思っていたけど、もしかして恋人なのだろうか。それにしては、とそこまで考えて詮索しても仕方のないことを考える自分に嫌気が差し頭を振る。もう私には関係ない。終わったはずの恋が燻っていた胸の中に冷や水をかけられたのだから。
     目的もなく街を歩いていると、少しだけ気持ちが落ち着いてきたようで、そこでようやく空腹であることを思い出した。やっぱりカルボナーラ食べておくんだったかも、と思いながら道沿いの店を覗き込む。地元ではめったにお目にかかることのないおしゃれな内装に、さっきまでは尻込みしていた自分が嘘のようだった。ガラス戸を押し込んで中へと足を踏み入れる。ひんやりとした店内にコーヒーのいい香りが漂っている。私は今度こそひとりで席に着きながら、そっと美しい思い出に蓋をしたのだった。
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