お前のこと、全部に決まってんだろ(そよいと) この状況は彼の、あるいはその周囲の策略だったのかもしれない。
「綺麗なもんだな」
至近距離には今、新開さんがいる。私の手を取って、指先を矯めつ眇めつ、眺めている。
新開さんが釘付けになっている青色のポリッシュは、水の泡を彷彿とさせる爽やかな水色から呑み込まれそうな深海色のグラデーション。小さなパールが光をはじき、親指と薬指には、真っ白な線画で漂うクラゲのイラスト。それらは指先に閉じ込められた水族館を彷彿とさせる素敵な仕上がりではあるけれど――
(ミカさんへのお土産だったはずなのに、ここまでは聞いてない……)
水族館のお土産コーナーにさりげなく陳列されていたのが、海の生物たちを模したネイルシール。これは、と思いミカさんや真央さん用に確保して手渡したのが一昨日。複数のポリッシュと渡したはずのシールを携え「その御御御手を拝借するわよ」と休憩室へ連れ込まれ、見事な手際で装飾を施してくださったのが昨夜の仕事終わり。
そして今日。代休で外出しようと自室から出て、鍵をかけた直後が今。
何やら用事があったらしい新開さんと出会い、用件を伺う前に手元に気がついてからの、今である。
新開さんはどこぞの王子様よろしく、ダンスにでも誘うのかと問いたくなるほど恭しく丁寧に手を取り、かれこれ数分が経っている。
(私は一体、ドウスレバ……)
驚きと羞恥の隙間にほんの少しの高揚感が入り混じる感情。心臓はドコドコと忙しないけれど、相変わらず固まった表情のおかげで新開さんには、こちらの心情が伝わっている気がしない。
「綺麗だし、それに可愛い」
伝わって……いない、よね
感嘆のため息のごとく零れた新開さんの言葉は私の手元についての感想のはずで、私の手元を褒めたたえる言葉でもあるはずだ。
だからこそ、シンプルな褒め言葉に一喜一憂するものではない。
こうしている間にも少しずつ日は昇り、ランニング帰りらしい麻波さんがギョッとした視線と共に「イチャつくなら他所でやれ」と通りざまに叫んでいるのだけれど。新開さんは全力でスルーした。全く意に介していない。
やがて大きさの違う手の温度が溶けあいそうなほど触れ合って、新開さんが満足したように指先の力を緩める気配を感じた。やっと……解放される……と手を引き抜こうとすると。
「」
新開さんは触れていた手をつなぎ直し……絡みついた。いわゆる、恋人つなぎ。
「今日はオフだろ。どっか行きたいところあるなら、付き合わせてくれ」
あ。用事って、そういう……?
忙しなく乱高下した感情は未だに収まりそうにもなく、私は息も絶え絶えに、カタコトの返事を返しながら歩み出した。
綺麗だし、可愛い。
新開さんの言葉が何を指しているのかは、結局聞けないままだった。