メデューサ事は休み明けの浮奇の急なリスケが発端だった。
「ごめん、体調崩しちゃって…配信が難しいから今日はお休みするね。予定は後で連絡する。ほんとにごめん。」というツイートが投下された。ツイートには心配の声や気にしないでと励ますリプライが多く寄せられた。ファルガーもメッセージを送ったり通話に応じたりとできる限りの手助けを行った。
しかし、それから体調不良は治らないようで、3日後、ファルガーの下に浮奇からメッセージが届く。
「助けて」
「ふぅふぅちゃん、どうしよう」
短い文章で詳細は不明だが、かなり切羽詰まった状態であることは推測できる。通話してみようとディスコードを開いてみたが、応じる気配はない。直接様子を見に行くしかないようだ。ファルガーは元々配信休みの日でもあったので、簡単に荷物をまとめ、家を出た。
「浮奇、俺だ。」
浮奇の家の前に着いたファルガーは、ノックしながら家主に呼びかける。
「だめ、来ないで!」
くぐもった拒否の声がドアの向こうから聞こえる。
「助けてってメッセージ送ってきてディスコードの呼びかけにも応じない。そんなやつを放っておけるほど冷血なサイボーグじゃないからな!俺は!…いいから開けろ。話はそれからだ。」
「やだ!!帰って!!!」
再度拒絶の返答が返ってきた。もうドアを破壊して入ろうかとファルガーがドアノブに手をかけた瞬間、彼は真っ暗な空間へと放り出された。
「ッ…!?」
突然のことでうまく着地ができずに前方へ倒れてしまった。
真っ暗な空間だが、恐らく浮奇の家の中だろう。うっすら光が差している部屋から聞き覚えのある声が聞こえてくる。ファルガーはとりあえずその光を目指して歩き出した。
それはそうとして、彼は浮奇の言動に不審感を覚えていた。「助けて」と言いながらそれを拒絶し、「来るな」と言いながら家に人を入れた。発言と行動が矛盾を孕んでいる。浮奇の体調不良は思っているより深刻かもしれない…そう考えているうちに部屋へとたどり着いたファルガーが見たものは、鋏を自身の眼に向けて振り上げている浮奇の姿だった。
「浮奇!?」
ファルガーは咄嗟に浮奇の手を掴んで鋏を取り上げた。
「何馬鹿なことやってるんだ!?やめろ!!」
浮奇の方を見ると瞳孔をかっと広げ、怯えている。
「だめ、ふぅふぅちゃん、見ないで…見ないで!!」
ぼうっと浮奇の瞳が光りだした。
それと同時にファルガーは身体に違和感を覚える。
浮奇の目から目が離せない。
身体、特に生身の部分が石のように動かないのだ。辛うじて機械部分は電気信号を流して多少動く程度だ。
今の状態は浮奇の瞳の変化がトリガーだとすぐ予想できた。
脳への負担を考えると控えたいが、緊急手段だ。IIsの接続を遮断した。
視界が真っ暗になってしまったが、身体がふらつき出した。見えない拘束が解かれたようだ。指のエコーロケーション機能を作動させて視覚が機能しない分、聴覚を増幅させる。
「浮奇」
浮奇をそっと抱き寄せる。
「ふぅふぅちゃんごめん…」
ぐすっと鼻をすする音が聞こえる。どうやら浮奇は泣いているようだ。
「……落ち着いたか?」
「少しは」
「そうか」
「…ふぅふぅちゃんに会えなくて寂しかったんだ」
浮奇はぽつりぽつりと話し始めた。
「おれが居ない間にふぅふぅちゃんがどこかのアバズレに誑かされていないかって…」
「……」
「一回思っちゃうと中々抜け出せなくて…そしたら力が言うこと聞かなくなっちゃったんだ…」
精神の不安定が超能力に伝染してしまったようだ。
ドアノブに触れた時の瞬間移動は側にいてほしかったから。目に触れた途端動けなくなったのは自分から離れないようにといったところだろうか。
「…寂しい気持ちにさせてごめんな。今度の休暇は一緒にいよう。な?」
幼子に言い聞かせるように、ファルガーは浮奇に約束した。
ずぴずぴという音に紛れて「うん」と言う声が聞こえてきた。
「……ッ!」
IIs強制停止の副作用の強烈な頭痛に襲われた。
「ふぅふぅちゃん大丈夫?」
「いや、ちょっとヤバいかも…流石に今日そのまま帰れなさそう」
そんなことで、1日間、目が見えない状態のファルガーは浮奇の家にお世話になり、浮奇の超能力も落ち着いたのだった。
翌日、浮奇の配信からファルガーの声が聞こえてリスナーがざわついたのはまた別の話。