恋人は、恋人は、
「なぜ知論派だったんだ」
セノが不意に尋ねる。問われたアルハイゼンは読みかけの本から視線をセノに移した。
「いきなりどうした」
「前から気になっていたんだが、機会が無くて」
「いくら機会がないからといって、君は人の進路の選択という大事なことをデッキの構築に行き詰まった気分転換として聞くのか」
アルハイゼンがセノの手元を咎めるように見て言えば、セノは少しだけバツが悪そうな顔をした。そして、そういうつもりではなかったんだが、と前置きをして続けた。
「俺はお前が賢い人間だと思っているし、実際多岐にわたる知識も持っている。だからこそ、なぜ知論派を専攻したのか気になっただけだ。お前なら他の学派でもやっていけただろう」
「これは褒め言葉として受け取っていいのか?」
「俺の言葉をどう受け取ろうがお前の自由だ」
「そうか」
アルハイゼンは一人納得したらしく、持っていた本を閉じ、サイドテーブルに置いた。そしてそのまま立ち上がるとベッド横の本棚から1冊の本を取り出し、再びベッドに腰掛ける。
「セノ」
アルハイゼンの一連の動きをじっと見ていたセノは呼びかけに瞬きで返した。
「ん」
ぽん、と己の膝を叩いたアルハイゼンの意図を汲み取ったセノは、絨毯の上に広げていたカードを一纏めにしてケースにしまい、サイドテーブルの上に置くと、自身は慣れた仕草でアルハイゼンの膝の上に収まった。
アルハイゼンは己の膝の温もりを堪能しながら、口を開いた。
「先ほどの質問だが」
「ああ」
「俺の家系は元々学者が多く、親が知論派だったからというのが最も単純な理由なのかもしれない。実際、家には知論派関連の本が沢山あったからそれをしょっちゅう読んでいたしな。だが、実際学んでみるとそれだけじゃないと思うようになった」
「というと?」
「言語が持つ規則や法則性を解明するのが面白い。それらを解明することでその言語を使用してきた人々の文化や歴史を学ぶことできるのも魅力的だ。それに、」
「それに?」
「いくら研究が進んで現代の言語に訳されていたとしても、元の言語じゃないとわからないものもあるんだよ、セノ」
アルハイゼンは持ってきた本をぺらぺらとめくり、目的のページを開いてセノの眼前に持っていった。読んでくれ、と言われたセノは口を開いた。
「『ああ、恋人は、赤い、赤いバラのよう
六月に花咲く
ああ、恋人は音楽のよう
甘い調べ
その美しさにかなうほどに
私の愛もそれほど深い
恋人よ、いつまでも、あなたを愛する
すべての海が涸れ果てるまで
恋人よ、すべての海が涸れ果てても
すべての岩が太陽に溶けようとも
恋人よ、いつまでも、あなたを愛する
私の命ある限り』
……随分情熱的な詩だな。お前の趣味か?」
セノ背後の人物に視線を向ければ、アルハイゼンは眉ひとつ動かさず言った。
「まさか。これはフォンテーヌのとある地域で昔から親しまれている詩だ。以前、この地域の古語を学ぶときの資料で使った。この詩は君の指摘通り情熱的で恋人に捧げる詩なんだが、元の言語で読むとこうなる」
アルハイゼンはセノを後ろから抱き込んでセノの手元のページを覗き込んだ。セノに渡した本は古語の隣に対訳が書かれているものであったから、読みにくいだろうと思ったセノは顔を少し傾け、アルハイゼンはセノの右肩に頭を乗せ、ゆっくりとセノの耳元で読み始めた。必要以上に息を吐き、大袈裟なほど舌を丸めながら。
「O my Luve is like a red, red rose
That’s newly sprung in June;
O my Luve is like the melody
That’s sweetly played in tune.
So fair art thou, my bonnie lass,
So deep in luve am I;
And I will luve thee still, my dear,
Till a’ the seas gang dry.
Till a’ the seas gang dry, my dear,
And the rocks melt wi’ the sun;
I will love thee ……
……どうした、セノ?」
アルハイゼンは膝上の恋人が小刻みに震えているのに気付き、読み上げるのを途中で止めた。
「っ、お前は今までも口説いていたのか………」
「まさか! 言っただろう、この詩はあくまで資料にしかすぎないと。だから、こうやって読み聞かせてあげるのは君だけだよ、セノ」
アルハイゼンは恋人の手元から本を奪い、サイドテーブルに積んだ。そして未だにふるふると震えている恋人の首筋に唇を寄せる。
手中の薔薇を喰むのにそう時間はかからなかった。アルハイゼンは窓から陽の光が差し込むまで薔薇を愛で続けた。