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    フェイグレ。香りの話。

    #フェイグレ
    fagre

     ふわり、と甘い香りがして、フェイスは足を止めた。
     くるりと振り返った先には、くるくるの癖毛を揺らしながら歩く後ろ姿があった。
     考える前に、体が動いた。
     一息で駆け寄って、薄い背中に飛びつくようにして顔を埋める。
    「ひゃっ!? な、え、だ、だれ!?」
     狼狽える声には構わず、すうと大きく息を吸い込んだ。
     ああ、これだ。この甘い香り。
    「あ……あの……」
    「んー?」
    「あ、ふぇ、フェイスくん……?」
    「んー……」
     声でわかったのだろう。強張っていた体が少しだけ緩んで、それでも惑う気配は変わらない。
    「ど、どうしたの? あの、僕、何かしちゃった……?」
    「んんー……」
     不安そうな声に、フェイスはようやく少しだけ顔を離して、それでも腕を掴む手はそのまま、気もそぞろな返事をする。
    「いや、グレイは何もしてないけど」
    「け、けど……?」
     声だけでも困惑しているのが伝わってくる。寄り添った体は小さく震えていて、流石に気の毒になって顔を上げた。
     腕を解放して一歩下がると、グレイがおずおずとこちらを振り向いたので、こてりと首を傾げてみせる。眉を下げて不安げなまま、つられるようにして首を横に傾けるグレイに、フェイスはにっこりと笑った。
    「ねえ、グレイ。何か香水とかつけてる?」
    「え? こ、香水……?」
     フェイスの問いかけに、グレイはぱちぱちと瞬いて、不思議そうな顔をする。それに頷いて、離れたせいで薄くなった香りを探るように軽く息を吸う。
    「うん、なんか甘い匂いがしたからさ。好きな感じだなって」
     もっと正直に言えば、かじりついてしまいたくなるくらいおいしそうな匂いだった。
     そんな獰猛な感情には気づかないようで、グレイは少し考えるように目を伏せて、あ、と小さく声を上げる。
    「えっと……香水じゃないんだけど……最近、乾燥してるから、妹に勧められたボディクリームを使ってて……それ、かな?」
     気恥ずかしそうに言うグレイに、なんて種類、と聞くと、元カノの一人が使っていたのと同じものであることがわかった。確かに、覚えがある甘い香りだけれど、ここまでかぐわしくたまらないものだっただろうか。きっと、グレイのもともとの匂いに混ざって、こんな香りになったのだろう。
     そわそわと落ち着かない様子で、考え考え慎重に話すグレイの表情は、いつもよりも柔らかくて。
     好みの甘い香りと相まって、なんだか、可愛らしく見えた。
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