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    さくや

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    さくや

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    一年半前くらいに書いて若干解釈違いなやつの供養

    限界社畜会社員🌟×拾われた料理上手の🎈(?)

    「お疲れ様でした。」
    誰もいない暗がりのオフィスにあえて大声で挨拶する。
    今日も今日とて山のようにあった、いや、押し付けらてた残業を終わらせて、帰路につけたのは日を跨ぐギリギリの時間だった。
    この会社に入社して4年目、仕事を押し付けてくるクソ上司とクレーマーの老害を毎日相手にしていると心も死んでくる。
    学生時代は明るく、不本意だが落ち着きがない、うるさいと言われることが多かったがこの前久しぶりに学生時代の友人に出会った時、とても驚かれた。
    その友人曰く、「うるさくない天馬なんて天馬じゃない!」と病院に行くことを促され、本気で心配された。
    オレも大人になったんだよと反論しようとしたが、面倒くさくなって適当に宥めてその場はおさまった。
    そんなこともあったなと過去の記憶を思い起こしながら家までの道のりを歩く。途中、行きつけのコンビニでいつものおにぎりと豚汁と唐揚げ棒を買った。
    悲しきかな、週6ペースでこのコンビニに通うのですっかり顔馴染みになった店員の憐れみような視線を感じながら足早にコンビニを出る。酒を呑んで今日あった全てを忘れたいが、明日も朝早く出勤しないといけないので酒に逃げることもできない。苦しむのは明日の自分なのだ。
    ビニール袋をゆらゆらぶら下げて何往復したのかわからい道を歩く。
    星を見て気分転換をしようと空を見上げるも、ちかちかする壊れかけの街灯とその僅かな灯りを求めて飛びまわる虫たちという情緒のかけらもないものばかり目に入るので諦めてやや視線を下に向けて歩く。
    あの虫たちは何のために生きているのだろうから、自分は何のためにこんなに辛い思いをして生きているのかという思考に至りため息を吐きながら歩く。
    そんなことを考えるということは相当疲れているのだ。
    早く寝て少しでも睡眠時間を確保しようと意気込み、ふらふらの足を叱咤してのそのそとアパートの階段を登り、何か黒い塊が自室のドアの前にあるのが見えた。
    「ん?なんだ?」
    思わず立ち止まり今朝の行動を振り返った。朝ゴミ捨て場に出したゴミが回収されなかったのだろうか。
    そう思って何の警戒心を持たず鍵を開けようと玄関に近づくと、黒い塊がもぞりと動き思わず悲鳴をあげそうになった。
    ゴミ袋だと思っていた塊は人だったのだ。
    咄嗟に口を塞ぎ悲鳴を押し殺した自分を褒めたい。
    死体なのではないかと戦慄したが、呼吸に合わせて体が動いているため一応生きているようだ。酔っ払って部屋を間違えたのだろうか。
    面倒事は避けたかったが、ドアの目の前にいてこの人物をなんとかしないと部屋に入れないため、声をかけるしかない。明日に備えて早く寝るという計画がはやくも崩されてしまった。
    ひとまず起こそうと声をかける。
    「お、おーい、大丈夫ですか...」
    返事はない。今度は体を軽く揺すってみる。
    「あの、ここはオレの部屋なんですけど...」
    んん...と唸り声が聞こえる。
    もうこれは起きないだろうと判断し、部屋の鍵をさして開けると彼を肩に担ぎ部屋の中に運ぶ。
    引っ越して一回も自分以外の人が入ったことのない部屋に、見ず知らずの男を入れるだなんて我ながらにどうかしている。
    とりあえずソファーに下ろして押し入れからブランケットを取り出しかけてやる。
    いくら春先だとはいえ夜は少し肌寒い。
    ましてや何時間外にいたのかわからないがかなり体が冷えただろう。
    自分は早く寝たいのでシャワーを浴びに風呂へ入る。
    水圧が弱いシャワーにあたりながら、これからのことを考える。
    とりあえずあの人を着替えさせなければいけないし、今夜はどこで寝るのかという問題もある。
    さすがにベッドを2人で使うのは気がひけるし、いくらなんでも彼は一応客人なのだから安眠を切り捨てて今夜はソファーで寝よう。そうと決まるとシャワーの栓を閉めて浴室をあとにする。
    タオルでガシガシと髪の毛を拭きながらリビングに戻ると、相変わらず無防備な寝顔を晒した男がいた。
    まじまじと顔を観察して見ると、整った造形をしていた。陶器のような白い肌に、すうっと通った鼻筋、長い睫毛に桜色の唇、イケメンというより綺麗という言葉が似合う顔立ちだ。
    着替えを持ってもう一度声をかけたがやはり起きる気配がないのでこちらで着替えさせることにする。
    潔癖症ではないが、やはり自分が唯一落ち着ける聖域を汚されるのは少し抵抗があるのだ。
    ブランケットをずらし、まずは上から着替えさせる。シャツのボタンを一個一個外していくのだが、人の服を脱がせた経験はないので若干手間取ってしまう。それにちらちらと白い肌が覗くので目のやり場に困り、居た堪れない気持ちになる。完全に脱がせた後は素早くスウェットを頭から被せる。上だけ着替えさせるのに息を切らせてしまうということから人の着衣はなかなか大変なのだということを学んだ。
    流石に下まで履き替えさせるのは疲れるし気まずいので、多少汚れてもシーツを変えればいいという妥協案が浮かんだのでそのままにしておいた。
    寝床を整えると、いまだにすやすやと眠り続ける男を抱えて寝室まで運ぶ。長身なので運べるか心配だったが身長の割には細くて軽かったのであっさり抱えることができた。
    そっとベッドの上に下ろすと布団をかけてそっと部屋を出る。
    今夜の寝床のソファーに横になると眠気が一気に襲ってきて、あっという間に夢の世界に入った。

    トントントン、ジューッ、コトコト。瞼の外側で小気味のいい音がする。
    意識がだんだんはっきりしてくると、今度は匂いが伝わってくる。長らく嗅ぐ機会もなかった味噌汁の匂いだろうか。とても美味しそうだ。
    でもこの家には一人しかいないのに誰が作っているのだろう、そう思うと同時に急に意識が覚醒して勢いよく起き上がると体に痛みが襲った。
    「痛っいっ...」
    痛みに悶えていると、ソファーの後ろからエプロンをして菜箸を持ったままの男が大丈夫かい?とひょっこり顔を出してきた。
    一瞬理解が出来ず固まるが、昨日拾った男であることを思い出す。
    「おはよう、命の恩人くん。」
    「あ、あぁおはよう。」
    「朝ごはん出来てるからこっち座ってよ。」
    「あぁ...」
    勢いに押されるまま誰かと向かい合って座ったことなどなかったダイニングテーブルの椅子に腰をかける。
    テーブルの上には豪華な朝食が並んでいた。
    「これ、全部お前が作ったのか?」
    「うん、そうだよ。キミ、まともなもの食べてなさそうだだったしね。」
    そういって昨日買ったままのコンビニ弁当のビニールが掲げられる。昨日は結局何も食べていなかったのかと今さらながらに気づく。
    苦笑いし、いい香りにつられて机上の食事に視線をやる。
    ご飯、味噌汁、焼き鮭に卵焼き、ほうれん草のおひたしと普段の朝食より格段にいいものが並んでいる。
    いただきます、小さく挨拶をしてまずは卵焼きから手をつける。
    ほんのりした優しい甘さが口いっぱいに広がる。
    味噌汁には茄子が入っていたり、玉葱が入っていたりと具沢山でとても美味しい。気づけば夢中で食べ続けていた。
    ご馳走様でした、手を合わせて久しぶりの手料理に幸福感に浸っていると前方から視線を感じる。
    「いいねぇキミの食べっぷり、見てて気持ちがいいよ。」
    なんだか恥ずかしくなって目を逸らし礼を言う。
    「ありがとな、とても美味しかったよ。」
    「ふふ、こちらこそ。作り甲斐があったよ。そういえば名前をまだ言ってなかったね。僕は神代類だよ。キミは?」
    「俺は天馬司だ。」
    「じゃあ司くん、これからよろしくね。」
    「あぁ、神代さんよろしく。ん?これから?」
    「類でいいよ。実は僕、隣の部屋に住んでいたんだけど家賃の払い忘れで追い出されちゃったんだ。だからここに住まわせてくれないかな?」
    「は?え?」
    ここに住む?言っている意味がわからないがとにかく断らなければ。
    「それはちょっと...「そういえば時間大丈夫なのかい?」
    時計を見るといつも家を出る時刻の5分前だった。
    「ま、まずい!」
    急いでスーツに着替え、玄関に走る。ドアを開けようとすると待って!と呼び止められた。
    そういうと類が近寄ってきて首元に手が伸びてきた。
    「ネクタイ曲がってるよ。ん?どうしたんだい?」
    急に端正な顔が近づいてきてびっくりして固まってしまった。
    「ぁ、ああ、ありがとう!いってくるな!」
    いってらっしゃいという声を背に急いで会社に向かう。


    _________________________


    仕事に身が入らないまま気づけば外は暗くなっていて、周りに誰もいなかった。どうやら勤務時間が終わったらしい。
    山のようにあった残業を終わらせてEnterキーを押すと、椅子の背もたれにかけてあったジャケットを着て帰路に着く。アパートに近づくと部屋の明かりがついているのが見えた。
    鍵を開けて中に入ると、パタパタと奥から足音が聞こえてきた。
    「お帰りなさい、ご飯もうできてるよ」
    エプロン姿の類がにこにこしながら俺のジャケットを受け取ってハンガーにかけていく。
    なんだこれ、まるで新婚みたいではないか。
    顔に熱が集まるのを感じる。その思考に至るのも疲れのせいだと決めつけて色とりどりの料理が並んだダイニングテーブルの前に座る。
    今日の夜飯は俺の大好物の生姜焼きに、ご飯、豚汁、きゅうりの酢の物だった。
    類もまだ食べていないみたいでいただきますと小さく呟いて箸を持った。
    「先に食べていてもよかったんだが、お腹空かなかったか?」
    「少しね。でも司くんと一緒に食べたかったから。」
    微笑む類から目を逸らしてそうか、と返事するがその声は上擦ってしまった。
    その日は食事をしながら類に仕事の話や趣味の話を聞かれたり、逆に聞き返すなどして大いに盛り上がった。
    類はとても聞き上手で、まとまらない話をしても相槌を打ってくれて話しやすかった。
    また話し上手でもあって、優しい声色にまるで劇でも見ているような話し口で、聞いてて全く飽きなくむしろずっと聴いていたいと思うほどだった。
    暫くして区切りがつくと、類が風呂を沸かしていたみたいでちょうどいいタイミングで満水を告げる音がなった。
    先にはいっていいぞというと、類はじゃあそうさせてもらうよと言って浴室へ移動した。
    初めは正直他人に自分の領域を侵されるのは嫌だったが、家に帰ると美味しい料理があって一緒に食卓を囲む人がいるのも悪くないな、そう思えるようになってきた。
    毎日生きているのか死んでいるのか分からない人生を送ってきた自分に、神様が転機をくれたのかもしれない。
    そう思うと類が突然女神様のように思えて心の中で拝む。
    そうこう考えていると類がお風呂から上がったようだ。
    「司くん次はいっていいよ」
    と頭から雫を滴らせながらやってきた。
    床に雫が落ちるのはいいのだが、類が風邪ひいてはならないので首にかけてあるタオルを抜き取り、頭を拭いてやる。
    ふわふわと髪を傷つけないように慎重に水気をとっていく。手櫛を通すとさらさらと指の隙間を髪が通り抜けていった。
    昔、妹の髪の手入れをしてやっていたことを思い出す。
    「んっ…」
    指が耳に触れたことによってビクッと類の肩が跳ねた。
    「あ、すまない。手触りが良くてつい触りすぎてしまったな」
    「だ、大丈夫だよ、それより湯が冷めてしまうからお風呂に入ってきたらどうだい?」
    なぜか焦ったように風呂場に追いやられてしまった。

    風呂から上がるとソファーに座ってテレビを見ている類がいた。司に気がつくとぽんぽんとソファーをたたき、座るように促がされた。
    「その、寝る場所の話なんだけど司くんさえ良ければ一緒のベットで寝かせてくれないかい?」
    「……は?」
    一瞬何を言われたか分からなくて思考が停止してしまった。
    「いや、キミは僕をソファーで寝かせる気はなさそうだし、ソファーで寝て体を痛めてたら仕事にも響くだろう?」
    そう言われるとそうだ。別に類は女性ではないし、男同士だから問題ないだろう。実に合理的な判断だ。
    「そうだな、少し狭いかもしれないが我慢してくれ」
    「全然構わないよ」
    「それはともかく、明日も朝早いしそろそろ寝ようと思うのだが」
    「僕ももう寝ようかな、司くんの睡眠を邪魔するわけにもいかないしね」
    テレビとリビングの明かりを消して寝室へ向かう。
    類は明日も朝食を作ってくれるみたいだから俺が奥の方へ入る。
    人と同衾することなんて幼い頃以来だから少し緊張する。
    失礼するね、と言って類が隣へ入ってくる。
    二人分の体重がかかってベッドが軋む音がするが、動きが止まるとおさまった。
    シングルベッドなので少し狭いが寝る分には問題ない。
    類は気を遣ってか、俺に背を向けて眠っていた。
    人肌独特の温かさと、お風呂上がりのいい匂いがしたがそれも安眠効果があるのか眠気はすぐにやってきて、意識は夢の中へと落ちていった。

    _________________________

    腕の中のものが動く感覚にゆっくりと意識が浮上していく。いい匂いがして抱き心地が良く、まだ腕の中に抱えて眠っていたかったのでしっかりと抱えなおす。
    未だ抵抗をやめない抱き枕にんーと低く唸りながら目を開けるとそこには寝衣が乱れている類がいた。
    「ちょっと司くん!」
    寝起きで回らない頭をフル回転させる。数秒後正常に動き始めた優秀な脳みそが事態を把握すると同時に、正座をして頭を下げ、いわゆる土下座の体勢をする。
    「す、すまない!そんなつもりじゃなかったんだ!」
    これは世間でいうセクハラというものではないのか?
    精一杯の誠意を持って謝罪する。
    「司くん、顔あげてよ!別に僕は謝罪して欲しかった訳じゃなくて起きて朝食を作るのに離して欲しかっただけで」
    「うぅ、殴ったり蹴ったりしてくれても良かったんだぞ」
    「そんなことはしないよ、それに少し嬉しかったからね」
    「ん?嬉しかった?」
    「さ、さぁ朝食の準備をするから司くんは顔でも洗って準備をするといいよ!」
    そういうと類は俺を洗面所に押しやった。既視感があるのは気のせいだ。
    着替えを済ますと、そこには相変わらず食欲をそそる朝飯が並んでいた。
    それらを胃に収めてご馳走様をし、玄関に向かおうとすると、類に呼び止められた。
    「待って、お弁当を作ったんだけどもし良かったらお昼に食べてよ」
    そういってひょいと布に包まれた小箱を渡された。
    「あぁ、ありがとな」
    お礼をいって会社へ向かう。今朝はなんだか穏やかな気分で出社できそうだ。


    激動の午前中が終わりやっと昼休みの時間となった。
    いつも昼ごはんはゼリー飲料や、カロリーが手軽に取れる某栄養調整食品が大抵だったのでまともな昼飯を取るのは久しぶりだ。
    司の指定席となっている食堂のいつもの窓際の隅の席に座って弁当箱を開けると、美味しそうな匂いが広がり、色とりどりのお菜が司の空腹感を刺激した。朝の短い時間でどうやってこれを作ったのだろうか、まったく頭が上がらない。唾液を飲み込み、感謝して一口目をいただく。
    「うまいな!」
    思わず感嘆の声が出てしまい、周りに聴こえていないかキョロキョロ見渡す。側から見るとだいぶ不審だが幸い誰にも聞かれていないようだった。
    あっという間に弁当の中身がなくなり、司は満足そうに弁当箱を閉じた。
    午後の勤務も気が進まないが頑張れそうな気がした。

    _________________________

    そんなこんなで類といる暮らしも一ヶ月、二ヶ月と過ぎていった。
    家に誰かがいるという生活には慣れたし、美味しいご飯を毎日食べられて以前よりQOLが格段に上がったの実感する。
    何より類と一緒にいるのは心地がいいのだ。
    そんなことを考えながらいつもの席を陣取って弁当を食べているととある人物と出会った。
    「こんにちはセンパイ〜隣いいかな?」
    「おぉ、暁山か、別に構わないぞ。」
    席に着くやいなや、後輩の暁山はニヤリと笑って司の手の内にある弁当箱を見つめた。
    「へぇ〜、センパイに春がきたって噂本当だったんだ」
    「ん?何の話だ?」
    「最近手作り弁当を持参してるから彼女が出来たんじゃないかって話。センパイ顔はいいし、裏では意外と女の子に人気あったからねぇ、一時期その噂でうちの部署の子たち盛り上がったてたよ。ねぇねぇ、その彼女どんな子なの?」
    暁山は畳み掛けるように食い気味に聞いてくる。コイツはこの手の話が大好きなのだ。
    「噂になっていたことは知らなかったが別に恋人ができたってわけじゃないぞ」
    「えぇ、じゃあ誰なの?妹ちゃんは実家に住んでいる訳だし、まさか司センパイがそんな凝った弁当を自分で作ったってわけじゃないでしょ?」
    「失礼なやつだな、俺だって料理くらいできる。これは料理が上手い同居人が作ってくれたんだ。」
    そういうと暁山は驚いた顔をしたあとすぐに好奇心を隠そうともせず目をキラキラとさせた。
    「えー!センパイ同居人いるんだ!誰々?どんな人?なんで一緒に住むことになったの?」
    「落ち着け、質問が多い。まあ色々とあったんだよ」
    弁当にのびてくる手を避けながら答える。
    「うー、一口くれたっていいじゃんセンパイのケチ。それより毎日そのクオリティの弁当を作って貰ってるんでしょ?栄養バランスもよく考えられてるし絶対手間かかってるじゃん!センパイ、ちゃんと感謝の気持ち伝えてる?」
    魔法瓶に入った味噌汁に口をつけて少し考える。
    「ありがとうは言ってるが」
    「えっ、それだけ?言葉だけじゃなくて行動に移さなきゃ!いくらなんでもそれじゃあ愛想尽かされてしまうよ」
    改めて考えてみると確かにそうだ。生意気だが聡い一面もある後輩に痛いところを突かれてしまった。
    「うーん、何も思い浮かばないんだが例えばなにをしたらいいんだ?」
    「んーそうだなぁ、定番だと贈り物をしたり、気晴らしに出掛けるってところかなぁ。あ、そうだ、ちょうど遊園地のチケット2枚あるんだ、センパイにあげるよ」
    「いいのか?お前が誰かと行くんじゃなかったのか?」
    「いいのいいの、ほんとは友達と行く予定だったんだけどどうしても外せない用事ができたみたいでちょうど困ってたんだ。センパイナイスタイミング」
    「そうか、ではありがたく貰っておくよ」
    「うんうん、じゃあそろそろ昼休憩も終わるし仕事場に戻るね。新しくできたカフェの新作パンケーキ、ボクとっても楽しみにしてるね!」
    じゃあね〜とちゃっかり奢りの約束をさせて後輩は去っていった。
    「まったく…」
    暁山に貰ったチケットを懐に皺にならないように仕舞い込んだ。
    子供の頃好きだった遊園地も大人になった今、忙しくて存在すら忘れていた。今夜辺りに誘ってみるかと、椅子から立ち上がり午後の仕事へと戻った。


    「ただいま」
    「おかえりなさい」
    このやりとりもすっかり板がついたものだ。暗い部屋に帰るより、明るい部屋に帰る方がいいのかもしれないと類と暮らし始めてに気付いた。
    食事が並んでいる席について早速遊園地の件を話してみる。
    「なぁ類、後輩に遊園地のチケットを貰ったんだが明日は土曜日だし一緒に行かないか?」
    「いいねぇ、僕遊園地好きなんだよ」
    類が花が綻ぶように笑う。予想以上に反応が良くて司は少し安堵した。
    「それは良かった、いつも世話になってるからな、何かお返しをしたかったんだ」
    「ふふ、ありがとう。司くんが食べてるのを見るの好きだから僕も作り甲斐があっていつも楽しいんだ」
    ふわりと微笑まれて箸を持つ手が止まり、急激に体温があがるのを感じる。他意はないのは分かっているが好きという単語を妙に意識してしまう。
    「そ、そうか。それは何よりだ」
    言葉につまりながら返事をする。不自然になってはいないだろうか、最近類といるとなんだか自分らしくないというか変な気持ちになることがある、気がする。
    そんな悶々とした気持ちを押し込めるように残りの料理を口に掻き込みながらもしっかり味わい、完食を目指す。
    明日に備えて早く寝るため、お風呂や歯磨きなどを済ませて今日も類と一緒のベッドで眠る。未だに眠りに落ちるまでが慣れないが、落ちてしまえば心地よい体温と香りに包まれてぐっすり眠れるのだ。

    _________________________

    目が覚めて、スマホのディスプレイを見るといつも起きる時間にしては早い数字だった。
    ふと横を見るとまだ類は隣にいた。いつもは朝ごはんを用意のするのに司より早く起きるため、類の寝顔を見たのはこれが2回目だった。元々凛とした顔立ちをしているが存外柔らかく笑うのだ。
    今は長い睫毛に縁取られた蜂蜜色の瞳が白い瞼によって閉ざされている。
    今なら気付かれないだろうか、何となく魔が差しておそるおそる丸い頭に手を伸ばすと細くてさらさらとした髪の毛が手のひらに馴染んだ。眠りが深いのか類はすぅすぅと寝息を立てていて全く起きる気配はない。
    背徳感に襲われながらも形のいい耳に触れ、陶器のような白い頬の輪郭をたどり、それから、桃色をした唇を指でなぞる。
    触れた瞬間、心音が部屋に響いてしまうのではないかというほど心臓が早く、強く脈打つ。
    空気で乾燥しているからなのか、柔らかくもかさりとした感触がした。触れ終えたはずの指先に妙に生々しく感触が残る。
    全身が燃えるようにあつい。頭がぼんやりとするまま、まるで引き寄せられるように類の顔の両脇に手をつく。
    ぎしりとベッドが軋む音と、類の寝息だけが静寂に響く。
    あと十数センチ、数センチ、と距離が近づいていくたびに興奮が身体中を支配して体温と心拍数が上がるのを感じる。
    あと数ミリ、ついに唇が重なる___というところで起床時間を知らせるアラームが鳴った。
    「わっっ!!!」
    突然のけたたましい音にびっくりし、その反動でベッドから転がり落ちる。
    「どうしたんだい司くん?」
    類も急な大声に驚いたのか、目を丸くしこちらを見ている。
    「いや、その、む、虫が出てきた夢を見て恐怖のあまり飛び起きてしまったんだ!」
    「ふふ、それは災難だったね」
    司は内心焦ったが、うまく誤魔化せたようで安心した。
    「冷や汗をかいたからシャワーを浴びてくるな」
    この場から逃げるといった理由が8割、本当に汗をかいたからという理由が残りの2割で若干挙動不審になりながらそそくさと風呂場に移動する。

    軽くシャワーを浴びて風呂場から出て廊下に移動すると、甘い香りが鼻腔をくすぐった。今日の朝ご飯はフレンチトーストのようだ。タオルで髪の水気をとりながらリビングに繋がるドアを開けるとさらに甘い香りが強くなった。
    「待たせたな」
    「いや、丁度いま出来たところさ、タイミングバッチリだね」
    類はエプロンを畳むと所定の位置に置いて、司が席につくとコーヒーを出してくれた。
    いただきます、と手を合わせてナイフとフォークを手に取り口に運ぶ。カリッとした外側に歯を立てるとふわふわとした中から卵と砂糖の甘さとバターの旨味がじゅわりと広がって飲み込むとすぐに次を口に入れたくなるような美味さだ。
    類もこの味が気に入ったのか美味しそうに頬張っている。
    「フレンチトーストとなるものは久しぶりに食べたがこんなに美味かったんだな」
    「僕も久々に作ってみたんだけど我ながらに上出来だよ」
    「本当にうまかった。実は一人暮らししたての時に一度自分で作ってみたんだが、外は焦げるわ中はべちゃべちゃだわであまりいい思い出がなかったんだ」
    「ふふ、では今度一緒に作ってみるかい?」
    「いや、オレは食べる専門だから遠慮しておくよ」
    コーヒーを片手に二人は軽口を叩きながら笑い合っているとテレビから時刻を伝えるマスコットの声が聞こえてきた。
    「そろそろ出る時間が近づいてきたから準備をしないといけないね」
    類のその一声でそれぞれの準備に取り掛かった。
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