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    さくや

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    さくや

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    🌟×俳優🎈です。死ネタなので注意です
    支部に上げていたのを若干リメイクしました

    ラストインタビューラストインタビュー

     その日はいつもと変わらず平穏な日々が流れていくはずだった。

     長いこと齧り付いていたデスクトップから顔を上げて眼鏡を外し、首を回す。長時間同じ体勢でいたため、体の至る所が軋み、悲鳴をあげる。だいぶぬるくなってしまったコーヒーに口をつけるとやっと体がゆるみ、しばらくすると眠気が襲ってきたのをまだ仕事の途中だと叱責しなんとか意識を保つ。
     某世界的アーティストの長編インタビュー記事をまとめているのだが、これがなかなか大変なのだ。眉間を揉みながら、アイデアを起こそうとしていると廊下から凄まじい足音が聞こえてバンッと乱暴にドアが開いた。
     オフィスにいる人はみな驚いて一斉にその音がした方に目を向ける。そこには、普段物静かな後輩が顔を真っ青にして立っていた。
    「た、大変です!」
     後輩の言葉を聞いたとき、俄かには信じられず何度も聞き返してしまった。周りの同僚や社員も驚き、あたふたしていたのでこれは聞き間違えではないだろう。
     社内全体が響めき、そして騒然とした。なにせ今をときめく実力派俳優の神代類が、誕生日に芸能界を引退するのだというのだから。
     呆然とすると同時にどこか納得するところもあった。
    デビュー時からずっと神代類の取材を担当してきて、10年以上彼を見てきた。
     儚げでどこか危うい雰囲気があるが尚且つ圧倒的存在感のある、不思議な子だった。それも世間を魅了してやまない彼の魅力なのだろう。
     ネットニュースやSNSを見るも、突然の発表に嘆く者や疑問を呈する者、憶測だけで有る事無い事をでっち上げる者などやはり彼の話題で持ちきりだった。特になにか彼が社会的に悪いことをしたのではないかという出所の怪しい説が盛り上がっていたのを見てそっとSNSを閉じる。
     このことは事務所も把握しておらず、メディアも取材を断られているため未だ真相が分からない。
     私もダメ元で取材交渉のメールを彼に送ってみる。彼のことは、息子と言えるほど歳が離れている訳ではないが努力のさまを間近で見てきて、母親的目線でずっと応援してきた。
     世間に根拠のない悪い印象を植え付けられるのはこちらとしては非常に不愉快なので、何ができるか考えた時やはり彼の口から語られたことを記事にし、正しい情報を伝える事でしか私にはできないと思ったので取り敢えずいい返事が来ることを願う。
     中断していた仕事に向き合い、カタカタとキーボードの音を再び響かせていると、軽快な通知音と共にメールがきた。
     差出人名には神代類と書かれていた。その字面を見た途端一気に緊張感が押し寄せてくる。
     ゆっくりとカーソルを合わせて件のメールを開く。そこには了承の旨を伝える文章が書かれていた。
    指定されている日にちを見ると明日だった。
     急いで仕事を切り上げて明日の取材の準備をする。おそらく明日は私の記者人生で一番の緊張する日になるだろう。
     長く息を吐いて気持ちを落ち着かせる。今夜は酒が進みそうだ。


     都内某所のスタジオにて。いよいよこの日がやってきてしまった。
     気合いを入れるように頬を軽く叩き、渦中の彼を待つ。しばらく経つとドアが開いて神代類が現れた。
    「すみません、お待たせしました」
     人好きのする笑顔で彼は取材部屋に入ってきた。取り繕っているつもりなのだろうが私にもわかるほど疲れが滲んでいるように見えた。連日件の対応に追われて忙しいのだろう。
    「全然大丈夫ですよ、どうぞおかけください」
     私がそう促すと、ゆっくりとソファに腰掛けた。
    「お久しぶりですね山本さん、といっても1ヶ月ぶりくらいかな」
    「そうですね、たしか…」
     前回は主演映画の取材をしたのだ。たしかロミオとジュリエットを現代風にアレンジした映画だった。この映画は同性愛をテーマにした映画で、彼はジュリエットをモチーフにした役を演じた。恋人と引き裂かれて悲しい運命を辿る神代の演技は艶やかで美しくて、見る者全てを魅了し世間でも話題の映画となった。
     その号の雑誌はすぐさま重版が決定し本屋で中々買えないほど大人気の映画なのだ。
    とまあ前回の話はこれぐらいにしておいて本題に入る。
    「今回、芸能界引退の件で取材させてもらうことになっていますが、早速質問に移させてもらってもよろしいですか」
    「そうだね……そうしようか」
     一瞬物寂しそうな顔をしたがそれを仮面で隠すようにいつもの人好きのする笑顔に戻った。少し気掛かりだったが聞いても誤魔化されるだけだろうと判断する。軽く息を吐いて震える指でボイスレコーダーのスイッチを入れる。

    『では質問に移させていただきます。今回、芸能界引退という大きな判断をされたのはどうしてでしょうか。』
    「うん、30という年齢を迎えてそろそろ潮時だと思ったからね」
    『潮時、というのはどういう事でしょうか?神代さんは今をときめく人気俳優、これからの活躍を楽しみにしているファンの方々もたくさんいらっしゃると思いますが』
    「たしかに世間のその評価は否定しないよ。でもこれから僕を超えるような若手俳優も沢山出てくる。その人達に抜かれたら意味がないんだ。花は咲いている時が一番美しくてみんなが見て賞賛してくれる。枯れた花には一切目を向けないだろう」
    私は彼が言いたいことがよく分からなかった。彼自身は人の評価を気にするような人では無かったはずだ。
    『それはつまりどういう事でしょうか』
    「僕の演技はね、ある人の模倣にすぎないんだ。いや、彼のために僕はここまで駆け上がってきた」
    『その"彼"というのはどなたなんですか』
    「学生時代にやっていた劇団の座長だよ」
     神代類が高校時代に、ワンダーランズ×ショウタイムという劇団に所属していたのは知っていた。
     当時はまだ知名度が低く小さな遊園地に主に拠点をおくという小さな劇団だったらしい。今では神代のファンなら知っているという人の方が多いかもしれない。
     かつて現在ではミュージカルを中心に世界で大活躍している草薙寧々と鳳えむも所属していたという、ほぼ伝説として語り継がれている劇団だ。しかし既にその劇団は解散していた。解散の理由はコアなファンも大手週刊誌の記者も知らず、本人たちも口を開こうとしないため永遠の闇の中にある。
     当時の情報はほとんど残ってないため、座長がいたと言う事実は初めて知った。私は何か踏み込んではいけないところに来てしまったのでは無いかと戦慄し冷や汗をかく。辺りの空気は冷たくピリピリとした緊張が私を刺し、エアコンの風の音がやけに大きく聞こえる。
     神代が空気を吸う音が聞こえた。
     私はごくりと生唾を飲むと、紡がれる言葉に注目した。
    「彼はね、明るくて自信過剰でお調子者でね、常にみんなを笑顔にするスターになりたいと言っていたよ。それも口だけではなくてね、人一倍努力をしていたしスターになる素質を持っていた。優しくて頼り甲斐のあるかっこいい人だった。このままいけば間違いなく彼は世界中に愛されるスターになっていたよ」
     恍惚とした表情で彼はそう語る。まるで甘夢に浸る少女のような顔だったが徐々に夢から醒めたように感傷的な表情になっていく。そこから彼の独白が始まった。
    「でもね、僕が殺してしまったんだ」
     衝撃の告白に瞳孔が開き、身体全体が心臓になったかのように鼓動が響く。
    「当時僕たちがショーをしていたステージはお世辞にも綺麗と言えないほどボロボロでね、その日のリハーサルをしていた時突然僕の真上にあった照明が落ちてきたんだ。潤沢な資金なんてないから古いものをそのまま使っていたんだけどひと昔の照明だからかなり重くてね、それが落ちてきた時、あ、僕死ぬんだなと思ったよ。死ぬ前に全てがスローモーションに見えるのって本当だったんだねと呑気に思いながらこれからくる痛みに耐えるために目を閉じたけど、次に来たのは痛みではなくて何かに体を押される感覚だったよ。なにも考えられないまま床に転がると、悲鳴が聞こえた。僕が顔をあげると照明の下敷きになって鮮血を流してる司くんと、泣き叫ぶえむくんと寧々がいたよ。僕は状況が理解できなくてその場にへたり込んだ。二人は動揺し、泣きながら彼の名前を叫んでいた。
    助けを呼ぶのが先なのに体は彼の方に向かっていた。
    火事場の馬鹿力というやつかな、重たい照明を退けて彼の血が服につくのを厭わず彼を抱きしめた。
    体は冷たくなっているのに溢れ出る赤色だけは変に暖かい。僕は彼の名を半ば縋り付くように必死に呼んだ。
    僕の頭の中は、なんで、と、どうしてだけが頭をぐるぐる回っていた。思わず僕が死んだらよかったのにと口走ってしまったよ。すると彼、なんて言ったと思う?」
     彼の端正な顔が自嘲するように歪む。私はそんな彼から目が離せなかった。
    「泣くな、綺麗な顔が台無しになってしまう、お前だけは笑って生きてくれって言ったんだよ。酷いと思わないかい。これは呪いだよ、僕が生きている限りは彼のことを忘れさせてくれない。本当に酷い男だ!それでいて本当に馬鹿だ!」
    目の前の男は本当にあの神代類なのだろうか。
     これほどまで感情的になった彼を見たことがない。いや、これが仮面を取った本当の彼なのかもしれない。弱々しくて、少し衝撃を加えれば崩れてしまいそうなほど脆い。普段の飄々とした彼とは大違いだ。
    私は動揺を隠して彼が紡ぎ出す言葉に再び傾聴する。
    「彼を失ってしばらくは食べ物の味もしない、あんなに好きだったショーを考えるだけでも吐き気がしてずっと泣いてばかりいる痩せ細った廃人のような生活をしていたよ。あの頃の僕は本当に酷かった。
    部屋もゴミだらけでカーテンは閉め切り部屋は暗いまま。たまに昔馴染みや友人が様子を見にきてくれたけどみんな同じように痛ましい顔をして僕を見る。
    それが心苦しくて訪ねてきても居留守をすることもあった。当然そんな生活をしていたから倒れてしまってね、運良く友人が見つけてくれたんだ。
    目が覚めると病院のベッドの上だった。久しぶりに見る太陽が鬱陶しくてカーテンを閉めようとした時、窓に反射した自分の姿を見たんだ。
    髪はボサボサに伸びていて、目の下は真っ黒で顔は痩せ細り青白い。せっかく彼が綺麗といってくれたのにこれは本当に僕なのだろうかと現実から目を逸らすようにカーテンを閉めたよ。
    すると僕が目覚めたことに気づいた医者と友人たちが入ってきたんだ。彼らはしこたま怒ってたけど泣いていたよ。誰もいなくなった後病院のベッドの上であることが浮かんだんだ。
    僕が彼になれば彼は生き続けられるのではないか。もちろん僕は彼になることはできない。彼の演技を模倣して彼の願いであるスターになれれば罪滅ぼしになるんじゃないかとそう思ったよ。それからの僕の行動は速かった。
    病院を退院した後すぐに伸びきった邪魔くさい髪を切り身なりを整えた。
    それから三食きっちり食事をとって、すっかり何事もなかったかのように前の僕に戻った。幸い顔だけはいいからね、あとは彼の力を借りてオーディションに受かりどんどん人気俳優への階段を登っていくだけ。
    まさかここまでうまくいくとは思っていなかったけど僕はとても満足している。そして絶頂の時に引退すればみんなの心の中にはスターである僕、もとい天馬司の姿だけが永遠と心に残り続けるだろう」
     目の前の男の衝撃の告白に眩暈がし、ペンを握る手に力がこもる。
     これはある一人の男に罪滅ぼしという意味で身を捧げた男の悲しい物語だ。いや、悲しいだけだろうか、何かは分からないがどこか足りない気がする。
    「好きだったんですね、その人のこと」
    気がついたらそんな言葉が口を衝いて出てきていた。
     すると彼は大きく目を見開いたあとくしゃっと下手くそな笑顔を浮かべた。
    「好き、好きか。うん、そうだね、そうだったのかもしれない」
    やがてその両目から涙が溢れ出した。
    「泣くつもりなんてなかったのにな、あれからずっと笑顔で生きてきたのに、どうしてだろう」
     ポロポロと涙を流す彼はいつもの何とも言えない違和感が取り除かれ、ずっと人間らしく見えた。なんだか私も泣きそうになってしまうがそこをグッと堪える。
    『本日の質問は以上になります。ありがとうございました。』
    ボイスレコーダーを止めてメモ帳を閉じる。
    「これからどうするつもりなんですか?」
    これは個人的質問だが十年弱彼を取材してきて少しは許して欲しい。
    「うん、静かなところで暮らそうと思っているよ。星空が綺麗に見えるところがいいね」
    あれこれ今後の理想の暮らしを話す彼はまるでさっきのことは無かったかのようないつもの彼だ。
    「最後に、今までありがとうございました。あなたに幸せが訪れますように」
    「こちらこそ、長い間ありがとうございました。さようなら」
     こうして彼はこの言葉を最後に、芸能界という舞台から降りた。

     
     時は流れ、今日も残業を終えて夜ご飯を買いにコンビニへ入る。ほぼ酒のつまみである夜ご飯を吟味しカゴに入れ、あとはお酒を買うだけだ。どのお酒を飲もうかとあれこれ考えていると視界の端に雑誌コーナーが映った
    カラフルでごちゃごちゃした中で、一際目を引いたのは藤色の髪をした青年が表紙の雑誌だ。ひと月前の記憶がまるで昨日のように蘇ってきてひとり苦笑いをする。
    出来上がった本を渡されたが私は受け取らなかった。いや、受け取れなかったと云うのが正しいだろうか。少しの恐怖があったからだ。当然世間は大騒ぎで連日ワイドショーに取り上げられ、情報が解禁されると発売前から重版がかかったわけだが、独白する彼の表情が脳裏に焼き付いて読むことが出来なかった。
     オレンジ色の花束を大切そうに抱きしめ、目を伏せて、寂しそうにも嬉しそうにも見える笑みを浮かべる彼見ると、自然と足が雑誌コーナーへ向いていた。
     足音を殺して静かに雑誌コーナーに歩み寄り、恐る恐る雑誌を手に取るとそっと買い物カゴに入れてレジに持って行く。
     会計を終え店の外に出て、何となく空を見上げると幾つもの星が空で輝いていた。短く息を吐いて、軽い足どりで自宅への道を歩く。
     今日は星を見ながら、彼を取材してきた10年間と少しを振り返っていこう、そうしよう。吹っ切れてどこか    清々しい気持ちでレジ袋を大きく振りかぶると、かちゃんと缶同士がぶつかる音が夜に響いた。









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