けたたましく鳴く目覚まし時計の音に強制的に意識を浮上させられる。音の根源を目を閉じたまま手探りすると何か柔らかいものに当たった。猫のような手触りだが生き物禁止のアパートだから飼えないし、枕ともまた違った感触だ。触り心地がいいので寝ぼけたままわしゃわしゃと撫で回しているとんぅ、という唸り声のようなものが聞こえてきた。不審に思い恐る恐る目を開けると、眼前に見知らぬ男の寝顔が広がった。
「うわぁぁぁぁ」
ベッドから転げ落ち、部屋の隅まで後ずさる。その時に目覚まし時計も一緒に落下し、ガシャンという音と共に鳴り止んだ。
強盗か?殺されるのか?とパニックになって警察を呼ぼうとスマホ片手にあたふたしていると、もぞりと布団の塊が動き男が上体を起こし、此方を見ると立ち上がって近づいてきた。あまりの恐怖でバクバク心臓が鳴り、両手を組んで死を覚悟すると男はにこりと笑って何か話し出した。
「ヌソ^モ#ノキオ&コト'メハワム¿ユトテホノ%イメホホ°ソニオ¡」
「な、なんだ…?」
男から発せられた言葉は今まで耳にしたことのない言語で、得体の知れない恐怖に苛まれていると、男の首もとにあるチョーカーのようなものから無機質な音声が聞こえてきた。
『ムユ#コネ"ヒツケ@ヒ^ネス*ヒテ¿¡オテユ オ/、解析完了:)』
聞き慣れた言語が聞こえたことに少し安心すると、改めて目の前の男が話しかけてきた。
「ア、アー、うん大丈夫そうだ。驚かせちゃってすまないね、僕の名前はえっと、この国の人名体系に則って神代類とでも名乗っておこうか。俗に言う宇宙人ってやつかな。類って呼んでくれたまえ」
よろしく頼むよ、と右手が差し出されてくる。いや、何呑気に自己紹介してるんだとか、何処から来たのかとかその装置はいったい何なのかだとか、色々聞きたいことがあり過ぎて何も言えずにいると心の内を読んだかのように目の前の男は順を追って答え始めた。
「自己紹介はどの星でも基本さ。何処からきたのかという質問の答えについては地球から約2光年離れた所にある小さな惑星だよ。この装置はあらゆる言語の情報が詰め込んであったり、横のネジをいじって座標軸を入力するとその場所にワープが出来たりする優れものさ。ちなみに僕が開発したんだ」
淡々と答えてくるが司の頭には全く頭に入ってこない。
あまりに非現実的な話に頭が痛くなってきた。
事実は小説より奇なり、という言葉がぴったりの状況だ。
「そういえばキミの名前を聞いていなかったね。さっきみたいにテレパシーを使ってもいいけど直接聞きたいな」
「・・・・天馬司だ。」
若干戸惑いながら答えると類は嬉しそうに笑った。
「それで類はなぜオレの部屋にいるんだ?」
「ああ、適当に座標軸を弄ったらここに辿り着いたんだ。この装置、どうやら欠点があったようで一度使うと極度に体力を消耗してしまうみたいでね。運良くベッドの上に着地したみたいだったからそのまま寝てしまったよ。」
「"みたい"ってことは使ったのは初めてだったのか?」
「うーん、実はこの装置はまだ試作品で、検証実験をしていない未完成品なんだ。だから…」
「だから…?」
話がどんどん怪しい方向に向かって行ってるのを感じ取った司はそれが杞憂であってほしいと願い、何故か押し黙ってしまった類の顔を早く話せと促すようにじっと見つめた。
「その、本当にワープする事を想定して無くて元いた惑星の座標軸をメモしてなかったんだ。つまり帰れなくなってしまったってことだね。」
司の願いは無念にも破れ天を仰いだ。類は申し訳なさそうに下を向いている。
「そこでお願いなんだけど、しばらく僕をここに置いてくれないかな」
「ぐぬぬ…」
今にも泣き出しそうな顔で頼んでくるものだから心根優しい司は断りきれずに頷いてしまった。すると類はさっきの顔が嘘のようにありがとう司くん、と晴れやかに笑うもんだから司は嵌められたことを悟った。
取り消そうとすると類はすかさず時計を指差して「遅刻してしまうよ」などとのたまうものだから、手が出そうになるのをぐっと堪えて急いで準備をし、家を飛び出した。
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いつものんびりと歩くはずの道を今日は遅刻と戦うために走って通る。そんなイレギュラーな状況にさらにイレギュラーなものが隣に付随していた。
「何でお前まで学校に向かってるんだ!」
はぁはぁ、と息を切らして走る司の横で全く疲れた様子のない類が笑顔で並走している。
「そりゃあ僕も学校に行かないといけないからね」
平然と言い張る類に司は疑問を抱く。
「どういうことだ?」
「少し力を使って司くんのクラスメイトの一人という設定にしたのさ」
ドヤ顔で学生証を見せつけてくる類にまたもや頭が痛くなる。
「その"力"っていうのが引っかかるんだが」
「ふふ、コスモパワーとでも言っておこうか」
司の疑問は類に上手くはぐらかされてしまったみたいだ。
そうこう話しているうちに校門が見えてきた。門の前に立っているのは遅刻に厳しい生徒指導の教師だ。ぎょっとしてペースを上げラストスパートをかけると、なんとか5分前に門をくぐることが出来た。
階段を駆け上がって教室に向かうとクラスメイトはすでに着席を始めていた。
「おはよう天馬と神代、遅刻ギリギリなのは珍しいな」
「ああおはよう、実は目覚まし時計が壊れてしまっていたんだ。でも間に合ってよかったよ」
息を吸うように嘘を吐く類に司は苦笑いしてチャイムが鳴ったので席につくと、類は司の隣の席に座った。そういえばクラスメイトや担任の先生は類がいることに何の疑問を持っていない。昨日まで居なかったはずの類がまるでずっと昔から居たような感覚が不思議だ。本当に宇宙人なんだなぁと暢気に類を見つめながら考えていると蜂蜜色の瞳とばっちり目が合った。
「どうしたんだい?そんなに見つめられると穴が開いてしまうよ」
「いや、類ってほんとに宇宙人なんだなって思ってな」
「ふふ、なかなか面白いことを言うじゃないか」
類はけらけらと笑うと、司の耳元に顔を近づけ囁いた。
「このことは二人だけの秘密だよ」
「ぁ、ああ。」
嫣然と笑う類に、なんとなく恥ずかしくなって短く返事をすると早まる心臓を無視するため、担任の話を聞くことに神経を集中させる。チャイムがなると朝の会が終わり、また教室が騒がしくなった。
退屈な授業を乗り越え、気を抜ける昼休みがやって来た。
「はぁ〜疲れたな」
「なかなか面白かったよ、特に地学の時間が興味深かったね」
「そうか?オレにはさっぱり分からんかったが」
「この星の視点から観る宇宙ってものを知れてよかったよ。僕達の星とは全く異なる。それに僕が暮らしている惑星は此方ではまだ見つかっていなのも、実に興味深いね。」
類は目をきらきらと輝かせて雄弁と語る。
「まぁお前が楽しいならそれでいいんだが、そろそろ購買に昼ごはんを買いに行かないか?」
「へぇ、地球の食べ物か。興味が湧いてきたよ」
さらに好奇心が強まった様子の類は司とともに購買へ向かった。