【薔薇咲展示】Promise You -Prologue-Prologue
この瞳で初めて見た貴女は、柔らかい光の中にあった。年頃の女性の姿でありながら、その顔にはまだ少女の面影が息づいている。癖のないブルネットをうなじの辺りで纏め、黄色いキュロットスカートは風を含んで膨らんでいる。
やがて、軽く閉じた睫毛が僅かに震えて押し上げられる。現れたのは透き通った黄色。うららかな春の陽光を多分に含んで輝くまるい瞳が、見上げてひとつまばたきをする。
「わ、私は、ユウ・ド・ルクレールと言います。……よろしくお願いしますね。」
その声はややぎこちないものだったが、瞳も口許も柔らかく緩められていた。最後まで言うと結んだ口の両端を一層持ち上げた。
「よろしくお願いします。」
私は顎をひいて答える。
ユウと名乗った小柄な女性は、私についても私との関係についても何も言わなかった。ただ、その瞳と見つめ合った時、備わったばかりの私の心の強い動きを感じたのは確かだ。その感情を言葉にするには、忠誠心、郷愁、尊敬、どれもが近いようでいて、その実どれもが不相応であった。説明のつかない、しかし暖かな心地だった。
彼女は一挺のカービンを手にしている。右手で銃身を下から支え、銃床に左手を添えている。決して大振りではないが、重厚なつくりに加え、金銀の装飾が施されている。それは、紛れもなく私の姿だった。フランス皇帝ナポレオン・ボナパルトから副官ジャン・ラップに贈られたその証に、銃床には馬の意匠が刻まれている。
この状況をどう尋ねようかと考えていると、彼女の隣の青年が少し戸惑いながら言葉を差し挟む。
「どこから説明するべきだろうか……。彼女は、古銃に宿った魂を目覚めさせる力を持っているんだ。そして君もその一人、貴銃士ということになる。」
にわかには信じがたいと言った風に、やや言いづらそうに彼は告げた。しかしその短い説明で、私は妙に腑に落ちたように感じた。人間と同じ姿の身体、佇んでいるだけで訴えかけてくる五感、先ほどからぬくもりを感じる心……意識が覚醒してから燻っていたいくつもの違和感に説明がついた心地だった。
「俺は恭遠・グランバード。このレジスタンス支部のリーダーをしている。我々レジスタンスは今、世界で圧政を敷く世界帝政府と戦っている。ユウは君たち貴銃士のマスターとして戦ってくれている訳だが……。」
恭遠がそこまで説明した所で、ユウと名乗った女性が一歩進み出た。瑞々しい果実のような二つの黄色が眩しく光る。小さく息を吸って、言葉を紡ぎ出す。その声は初めの挨拶とは異なり、揺らぐことはなく芯の通ったものだった。
「この銃はあなたの物です。」
そう告げて、彼女はその手の銃を私に差し出した。馬上で扱い易いよう比較的小型かつ軽量に作られたカービンも、華奢な腕の中では強い存在感を示していた。彼女の手にならうように、左手で銃床を覆い、右手で銃身を受け止めるようにそれぞれ添える。確かめるような間がややあってから、彼女の手は離れていった。そして再びその口が開く。
「どうか、私に力をかして欲しいんです。」
問いかける声は静かに語りかけるようでいて、強さを内に秘めた響きがあった。
「私と、戦ってくれませんか?」
奥まで見通すような琥珀色が、私を映してまたたいた気がした。
「マスター、」
初めてそう呼びかけ、ただ一瞬、息を吸った。その刹那だった。
「新しい仲間が加わったというのは本当かね!? どこにいるのだ!?」
扉を挟んでいても明瞭に聞こえる程、快活で高らかな騒音が割り込んだ。
「恭遠、彼は……?」
「貴銃士ナポレオンだな。……しまった。彼のことを先に伝えておきたかったんだが……」
「おおお!」
勢いよく開かれた扉の先に、その男・貴銃士ナポレオンは立っていた。
それからいくつものことが瞬く間に決まっていった。私の選択によって、または私の意思の介在しないところで。
――私と、戦ってくれませんか?――
あの日のマスターからの問いには、結局今も答えられていないままでいる。