【薔薇咲展示】Promise You -Ⅴ-Ⅴ
「マスター、この辺りで待ち伏せしようよ。」
「その茂みがいいと思う。」
「了解。」
悪戯慣れしたニコラとノエルの助言で、私は食堂脇の茂みに身を潜める。双子は食堂の外壁に体を沿わせて、窓から中の様子を確認してくれている。そんな姿は、度々基地内で見かける。その後には抜群のチームワークから繰り出される悪戯、悪戯、悪戯。
でも、今回私達がせんとしていることは悪戯ではない。ターゲットとの真剣勝負なのだ。この肩に担ぐ黒い筒はネットガン、今日の相棒。引き金を引けばターゲット捕獲用のネットが発射される。裏山に居る手負いの馬を捕まえて育てたいとお願いしたら、修理場の職人さんが作ってくれた。作戦立案はターゲットを熟知しているニコラとノエル。そうだ、私はみんなの力を借りているんだ。負ける訳にはいかない……!
「……っ。」
双子からのハンドサインを受けて、食堂の入り口に向けて銃口を構える。目を閉じて、三回深呼吸。
「……。」
目を開き、銃口の狙うその先を見据える。
「高貴を。」
引き金を……引く!
白いネットが放出され、人影に絡みついた。
「捕らえた……!」
「うおっ!?」
放たれたネットは確かにターゲットを捕らえた……と確信していた。
「なんだこれー!? 動けねー!」
「……え?」
私達三人の声が重なる。だって放たれたネットの中には……。
「ユキムラくん!?」
「なんでお前が居るんだよ!」
「ラップが出てくるの、見たのに……。」
「ごっ、ごめんね! 今解くから!」
ネットからユキムラくんを救いだそうとするけど、焦ってしまってなかなか上手くいかない。そんな私達の上方から冷淡な声が降ってきた。
「そのようなお粗末な方法で、戦闘慣れした軍人を捕まれられるとでもお思いでしたか?」
それは、まぎれもなく今回のターゲット—―ラップさんだった。食堂の戸口から、冷めた瞳でこちらを見ている。
「ニコラ、ノエル、食堂の中に居てもあなた達の存在には気づいていましたよ。息遣いが荒すぎます。」
「「なんかキモい……。」」
「キモくて結構。それから、」
「は、はい。」
双子の罵倒を切り捨て、ラップさんがこちらを向く。相変わらずの無表情で、意図は読み取れない。
「マスターの取り柄は機動力なのですから、武器の軽量化を図るべきでしょうね。」
「はい……。私、今アドバイスされました?」
「感じた気配が貴方だとわかっていて良かった。」
「……え。」
ため息交じりに零れた言葉に首を傾げる。無駄のない動きで右手がお尻のポケットへと伸びる。伸びたと思ったらその手には何かが握られているらしかった。
「得体の知れぬ何者かが武器を構えて待ち構えているのだと認識していたら、」
取り出したなにかは大きな手に隠されたまま、小気味のいい音が私の耳に届いた。”ちゃきん”ってなに?
「況して、ここが戦場だったならば、」
続いて鋭く空を切る音を伴って、ラップさんの手元で銀色の何かが閃く。
そこでようやく、彼の手に握られているのが折りたたみ式のナイフだと分かった。音もなく取り出して刃を出した後、逆手に持ち替えたのだった。無駄のない動きは熟練した軍人のそれだった。
「ひょっとしたら今頃は……」
ナイフを肩のあたりまで振り上げる。強い日差しを背に受けた暗いシルエットの中に一対の赤と鈍色の筋が光っている。
「「「ひっ。」」」
私とニコラとノエルは、肩を寄せ合って息を呑んだ。
風を切る音、切っ先が振り下ろされる。
ザクッ。
「ひいっ……」
「おー! ありがとう、やっと出られるぜ!」
ユキムラ君の明るい声が耳に届いて、逸らしていた視線を戻す。
「怪我をするといけないので動かないでください。まだ解いている途中です。」
「おう! 放置されたまま話が進んでいくから焦ったぜ。」
ぽかぽかの日差しの中、ラップさんがネットを断ち切って仲間を救い出している。平和な光景だ。
「わ、私も手伝います。」
「いえ、結構。危ないのでそこでお待ちください。」
「は、はい……。」
私がすげなく協力を拒まれている間にも、手際よくユキムラ君が救出されていく。5分も待たず、彼はまとわりつくネットから解放された。
「ありがとうなラップ! 助かったぜ。」
「いえ。」
からっと笑って立ち去ろうとするユキムラ君を、慌てて追いかける。
「ユキムラ君、ごめんなさい。巻き込んじゃって……。怪我はない?」
「おう、なんかの間違いだったんだろ? 気にすんなって。この程度では傷一つないから大丈夫。おっと、この後作戦会議があるんだった。行ってくるな!」
「行ってらっしゃい……元気だなぁ。」
「マスター。」
抑揚のない声で背後から呼び止められる。
「はっはい!」
振り向いたそこには、ニコラを右腕、ノエルを左腕に抱えたラップさんが立っていた。
「ラップのばーか!」
「ばかのラーップ!」
「馬鹿で結構。」
暴れても罵っても焼け石に水、暖簾に腕押し。副官は強し。
「「マスター!」」
「ニコラ、ノエル……。」
「マスター。」
「はい。」
視線が痛い。
「この件についてはいずれまた。」
「……はい。」
……視線が痛い。