初乞 初めてのキスは、ひどく、柔らかなものだった。
ほんの、一瞬。
細やかに唇が触れたと思った次の瞬間には、微かな温度を残し離れていた。
この男らしい、と思う。
想いを伝えられ、それに応えた。
私も貴方が好きだ。
それ以外、言葉は要らない筈だった。
それなのに、である。
この男はまだどこかで気を遣い……全身で怯えている。
今ここにある宝物が、決して壊れたりしないように。
「……ふむ」
考える暇は少しも無かった。
一歩、近付く。
両腕を伸ばし、獅子神のシャツの襟首を掴んだ。
そのまま、引き寄せ……気が付かれないようにほんの少し踵を浮かせる。
至近距離で戸惑いに揺れる、青灰色の瞳。
金の睫毛が瞬くのを見ながら、唇を合わせた。
「!!」
びくん、と、震えが襟首を掴んだ手に伝わる。
舌で唇を叩けば、薄く開く。躊躇なく、その隙間から舌を捩じ込む。
口の奥で臆病に引っ込んでいたソレを探し出し、絡めとる。
獅子神の腕が背に回される。ジャケットの背中をギュッと掴まれる感触。
そう。ずっと、これが欲しかった。
この、誠実で、ひどく臆病で、けれど努力を惜しまない、世話好きな、人当たりよく振る舞うこの男を、ずっと自分のモノにしたかったのだ。
だから。この程度では、全然足りない。
「……マヌケめ♡」
手と唇を離し、笑う。
ああ、きっと。
今の自分は、誰にも見せたことのない顔をしている筈だ。
「その程度で、私が満足できると想うのか」
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触れる程度のキスをした。
自分には、これが精一杯。そんな想いのキスだった。
けれど次の瞬間には、襟首を掴まれ引き寄せられ、熱い唇を押し付けられていた。
「!!」
唇を割られ、隙を突いて侵入した舌に舌を絡め取られた。
そのまま丹念に口の中を愛撫される。
震える手で、村雨のジャケットの背を掻き抱く。
私のものだ、と。言われた気がした。
「……ッ」
唇が離れる。
酸素を求めて喘ぐように息を吸えば、村雨は、今まで見たことのない顔で笑っていた。
そう……そんな風にも笑えるのかと。誰も想像できないような、柔らかな笑い方。
その顔で、マヌケ、と囁かれるのだ。
「その程度で、私が満足できると想うのか」
続けられた言葉に。体温が、一気に上がった気がした。
満足? とんでもない。まだ、させていない。してもいない。
こんな程度で、今までの、ずっと積もり続けていた想いが伝わって堪るものか。
「……村雨」
名前を呼ぶ。
金縁眼鏡の奥の、暗赤色の目をすがるように見つめ返す。
「………オレ…………」
熱い吐息と共に、囁く声で続ける。
「……お前、を…………抱きたいんだ…………」
オレは、お前のものだけど。
本当はオレの方が、お前を欲しくて堪らないのに。
それを、ほんの少しでも想い知ればいい。
叩きつけるように願いながら、もう一度、腕の中の自分に比べて華奢な身体を抱きしめた。