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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.2.4。お題『ラーメンを食べて☔️さんの眼鏡が曇る話』

    雪の夜は二人だけ「ラーメンが食べたい」
     雪の日。
     獅子神邸を訪れた眼鏡の医者は、玄関を入るなりドアを開けた獅子神に向けてそう言った。
    「は?」
    「ラーメンが食べたい」
     唐突な要求に目を瞬けば、全く同じ調子で繰り返される。
     録音かよ とは、いつかもした覚えのあるやり取り。
    「ラーメン、て、今から出汁とるのは相当かかるぞ?」
     何ラーメンかによるけどな、と続けながら考える。
     鶏ガラなら材料さえあれば或いはなんとかなるが、それでも出汁を取る時間は必要だ。
    「……今日はこれでいい」
     ガサっと、押し付けられたビニール袋。
     中には、よく見かける袋入りのラーメンが見えた。
     サッ○ロ一番味噌ラーメン。
    「あなたの作る出汁も大変魅力的だ。それは、ぜひ次回頂こう」
     今日はこれで構わない、との言葉に、受け取った袋に視線を落とす。
     インスタントだろ、家に帰って自分で作れ、と、そう言うことは容易かった。
     けれど雪の中、仕事帰りに恐らくスーパーに足を運んで、こうやって歩いてきた村雨を追い返す気にもなれなかった。
    「わーったよ」
     村雨を家に上げ、リビングに通す。
    「作ってくるから、そこ座ってろ。あ、手は洗えよ」
     言い置いて、袋を携えてキッチンに移動。
     中身を取り出せば、ラーメンの袋は二つあった。
     村雨と獅子神の分ということなのだろう。
     袋の裏の説明を読み、鍋に水を入れる。
     火にかけながら、ふと思い立ちスマホを取り出して検索をかけた。
    『袋ラーメン アレンジ』
     検索結果を流し見て、内容を把握。
     冷蔵庫を開け、もやし、人参、キャベツを取り出す。
     あと、漬けておいてあるチャーシューもついでに準備する。
     手早く野菜を炒め、摺り下ろした生姜を加える。
     沸いた湯で手順通りにラーメンを作り、丼に移すと、野菜とチャーシューを乗せた。
     トレーに丼を乗せ、リビングへ。
     リビングではコートを脱いだ村雨が、おとなしくソファに腰掛けていた。
     (……相変わらず、姿勢いいな)
     思ったが声には出さず、できたぞーとだけ声を掛けた。
     丼を食卓に置く間に、村雨が近づいて来る。
     椅子に腰掛け丼を覗き込み「……野菜」と呟いた。
    「食えねーわけじゃねーだろ。チャーシューもサービスしてあるから、食えよ」
     村雨の前に置いた丼の方が、チャーシューが二枚多いのだ。
     それ以上は特に反論も無く、「いただきます」と手を合わせる。
     二回ほどフーフーと息を吹きかけた後、静かに食べ始めた。
     すする音はするが、不快になるほどでは全く無く、育ちの良さを感じさせる。
    「どーだ?」
    「美味い」
    「そっか」
     返答に満足し、獅子神も箸を手に取る。
     そのまま啜れば、味噌の味が口に広がった。
     野菜はシャキシャキしており、悪く無い。
    「ん、たまに食べたら美味いな」
    「……そうだな」
     同意する村雨を、チラッと見る。
     すると、見慣れたいつもの眼鏡が曇っていることに気がついた。
     常日頃の鋭い眼差しが、少しばかり隠れている。
    「村雨、眼鏡……」
     無意識に、獅子神は村雨に手を伸ばした。
     レンズを触ろうと思ったわけではない。
     いつもの目が見えなくて落ち着かなくて、たぶん、前髪を上げるか何かしようとして……
    「……て、熱っ」
     弾みで額に手が触れ、思わず声を上げた。
     明らかに、熱い。
     ラーメンを食べているから、というだけでは説明のつかないくらいの温度。
    「おい、村雨」
     焦りながら、椅子から立ち上がって手を伸ばす。
     どこか鬱陶しそうな素振りを見せるのを許さず、額に手を当てた。
     熱い。
     平熱が低く、いつも獅子神の手にひんやりと感じられるそれが、明らかに熱を訴えてきていた。
    「お前、熱あるのか」
    「……」
     村雨は、答えない。
     ただ曇ったレンズの向こうから、ぼんやりとこちらを見返す視線だけを感じる。
    「絶対熱あるだろ! 風邪か……?」
     眼鏡に手を伸ばし、グラスチェーンごと外した。
     覗いた暗赤色の目は、どことなく潤んでるようにも見える。
    「……私は医者だ」
    「知ってるよ! でも、医者だって体調崩すだろーが」
    「あなたの家まで歩く程度の体力はあると判断した」
    「そーかよ! それでなんでラーメンなんだよ」
     体温計どこだ? と見渡しながら言い返す。
     風邪なら、お粥とかうどんとか、あるだろう、たぶん。
     (オレは作ってもらったことねーけどな)
     胸に浮かんだ想いは口にせず。
     体温計が見つからず、とりあえずコツンと、村雨の額に自分の額を当てた。
     やはり、明らかに熱が高い。
     至近距離で見た紅い目は、どこかいつもの鋭さが欠けてるようで。
    「今日は……寒かった」
    「ああ、そうだな」
    「とても、寒かった」
    「そうだな」
     頷く。
     額を合わせたまま、いつもより幼く見える、白い顔を覗き込む。
    「兄が……寒い日に、これを作ってくれた」
    「これ? 袋麺か?」
    「ああ」
     両親が忙しく帰らない、寒い冬の日。
     兄ちゃんに任せとけ! と出てきた食事が、このラーメンだったと言う。
    「今は、あなたに作ってもらいたかった……」
     囁くように続ける、吐息は熱い。
     額を離し立ち上がると、獅子神は村雨を抱き上げた。
    「……なに」
    「おとなしくしてろ」
     一喝し、抱き上げたまま寝室へ。
     苦労して毛布と布団を捲り、ベットの上にそっと降ろす。
     抗議の目で見てくるのに、布団と毛布をかけながら「寝てろ」と告げた。
    「帰宅する体力くらいある……」
    「だろーな。でも、帰っても一人だろ」
     応え、手を伸ばす。
     額にかかる黒髪を払いながら、続ける。
    「なら、ウチで寝てろ。バケモンみたいなオメーでも、一人よりいいだろ」
     熱い額に触れながら、当たり前のように想う。
     コイツも寒い時には風邪も引くし、怪我をしたら血を流す。
     腹も減るし、怒るし笑う。感情を取り繕わない分、むしろ分かりやすいことだってある。
     そう。賭場では負けるところなど想像できず(真経津には負けたらしいが)、容赦のない、とんでもない洞察力を持っている「バケモン」みたい、と確かに思ったけれど。
     村雨礼二は、人間だ。
     だから決してヒトリで生きてはいけない、と、オレは誰より知ってしまっていた。
    「……」
     村雨は、答えない。
     ただ反論もしてこないので、承知したのだろう。
     ふと、獅子神は思い立ちベットを離れる。
     部屋を出る直前、振り返れば、確かに眼鏡のない紅い眼差しと目が合った。
     行くな、と、言っていたかもしれない。
    「……すぐ戻るよ」
     言い置いて、リビングに移動する。
     外した村雨の眼鏡を回収し、ついでにキッチンに寄り冷蔵庫からスポーツドリンクのボトルを取り出した。
     ストローも手にして、寝室へと戻る。
    「村雨」
     声をかけるが、反応はなかった。
     けれど、まだ起きていると思う。多分。
    「スポーツドリンクと眼鏡、置いとくな。飲めそうなら飲めよ」
    「……」
    「歯磨きとかお風呂とかしたいだろーし、立てるようになったら好きに使ってくれていいぜ。オレが手伝ってもいいし」
    「……ああ」
    「どーしても帰りたいなら、送るよ。でも、今はしばらくここで寝てろ」
    「……」
     返事は無かった。
     獅子神は息を吐き、手近な椅子に座る。
     静かな部屋に、時計の針の音だけが響く。
     雪の夜は、まるで音が吸い込まれたように静かだ。
    「……獅子神」
    「あ?」
    「……助かる」
    「おー」
     笑う。
    「獅子神」
    「どーした?」
    「……そこに居ろ」
     口調こそ命令だったが、ある種それは懇願のように聞こえた。
     いや。
     小さな子どもが「ここにいて」と母親に頼むような声、か。
     昔の自分の頼みは、決して叶うことは無かったけれど。
     村雨の目を見つめ、獅子神は笑った。
    「仰せのままに、先生」


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