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    雨音@ししさめ

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    雨音@ししさめ

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    2023.2.8。ふぉろわー様の小説にインスパイアされました

    この声が届くのなら 泣き声が聞こえた。
     子どもの声だ。
     恐らく、男の子。
     小児科に立ち寄った時に聞こえてくるような、大声を上げて泣く声では無い。
     ひっそりと、周りに聞こえないように小さく。或いは、泣くことそのものを躊躇うような。
     (……夢か)
     村雨は、確信する。明晰夢、というものであろう。
     今日は獅子神の家に泊まった。二人とも疲れていて、同じベッドに横たわるやすぐに眠りに落ちたようた記憶がある。
     その直前「おやすみ先生」と、囁かれた声は覚えていた。
     (……ふむ)
     夢であれば、いずれ目覚めるだろう。
     ただ、今はこの声が気になって仕方がなかった。
     誰かに聴かれることを恐るように、声を殺して泣くこの声が。
     一歩、村雨は踏み出した。
     足元を見れば、そこにあるのは履き慣れたいつもの革靴。恐らく服装も眼鏡も、日常で着用しているそのままだろう。
     そんなことを考えつつ、歩を進めると、やがて薄ぼんやりとした灯りが見えた。
     辿り着いたのは、何処かの小さな部屋。薄汚れ、お世辞にも綺麗とは言えない、夢でなければ恐らく悪臭に苛まれただろうなそんな場所だった。
     そんな部屋の中、視線の先に、膝を抱えた男児が一人。
     薄汚れくすんだ金髪と、碧い瞳。
     小さく小さく啜り泣きながら、膝を抱えている。
    「……」
     無言で、村雨は少年に歩み寄る。
     目の前に立っても、彼は何も反応しなかった。村雨の方には目を向けず、ただその碧い目からポロポロと涙が溢れ落ちている。
    「……見えていないのか」
     これは、夢だ。
     だからそういうこともあるし、これは現実ではないし、手を出せない領域もある。
     けれど、そう。
     この薄汚れているけれど夏の穂のような金髪も、湖面の碧い瞳も、痛いほど見覚えがあった。
    「……」
     ゆっくりと、その場に片膝をつく。
     子どもの世話は慣れていない。
     そもそも、相手は自分を見えてさえいない。
     だからどうすればこの涙を止められるのか、何も見当なんてつかなかった。
     ああ、けれど。
    「……獅子神」
     彼から見えないことは承知の上で、その瞳を覗き込む。
     泣かなくていい……いや。本当は思いっきり泣いていいのだと伝えてやりたかった。
     こんな子供が泣くことさえ許されないのなら、やはり世界は狂っている。
    「獅子神」
     呼びかける。
     腕を伸ばし、小さな金色の頭に触れる。
     そのままそっと、抱き寄せた。
     細い身体を、折れそうにか弱い……自分が知っているのとはあまりに違う体を、抱きしめた。
    「獅子神」
     頬に触れる柔らかな髪を、腕の中の体温を、確かに感じる。
    「獅子神」
     何も、あなたには届かないけれど。
     ただ何度も何度も名前を呼んで。壊れないよう願いを込めて、抱きしめた。


     ****

    「……」
     不意に、村雨は目を覚ました。
     時計は見える範囲にはないが、恐らくまだ朝には遠い時刻。
     目に入るのは、今となっては見慣れた獅子神の寝室の天井。
     すぐ横には、共にベッドに潜り込んだ男の気配。
    「……ん」
     不意に、その気配から漏れた声。
     小さく身じろきし、欠伸をする様子。
    「……獅子神」
     呼びかけ、身体を横向きにする。
     同じようにこちらを向いた男は、トロンとした目を眠そうに何度も瞬いた。
     恐らく、まだ半分夢の中。はっきりと覚醒したわけではないようだ。
    「……むらさめ」
    「ああ」
     呼ばれ、頷く。
     目を擦った後、獅子神は無防備にヘラっと笑った。
    「むらさめだー……」
     どこか心底ホッとしたように呟いた後、獅子神はこちらに手を伸ばしてきた。
     抱き寄せて、肩の辺りに顔を埋めてくる。
    「……どうした」
    「いやな夢を見た……」
    「……そうか」
     敢えて中身はきかなかった。
     今訊いたところで、半分以上寝ぼけたこの状態では、恐らくまともな回答は望めない。
     獅子神は村雨が近くにいることに満足したのか、そのままワシワシと髪をかき回してくる。
    「いやな夢だったんだよ……でも」
    「でも?」
    「むらさめが、来てくれたんだ……だから、良いゆめだったかも、しれねーなー…………」
     夢見るような声が続ける。
    「むらさめ、ヒーローみたい……だった、な…………」
     そのまま眠りに落ちたのか。肩に、スースーと規則的な寝息が触れる。
     苦しげな様子のないことに安堵しなから、村雨は口角を上げた。
     間違っても、自分はヒーローではないし、彼はただ助けを待つような人間でも無い。
     恐らくこのやり取りも、獅子神は朝になれば覚えていない。
     けれど。
     腕を伸ばし、丁寧に手入れされた金髪に触れる。
     しなやかな首筋、健康的な肌、規則的な鼓動、安らかな寝息、心地の良い体温。その全てに触れる。
    「おやすみ……私の」
     途切れた言葉は、夜の静寂へと溶ける。
     今、あなたがここに在る現実に。心からの、感謝と祝福を。
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