私だけを見つめる「北の空の高い位置がおおぐま座。東の空に見えるのが、うしかい座だ」
「………なるほどな?」
夜空を指す村雨の細い指先を追いかけて、星を見つめる。オレの家のルーフバルコニーは、周りに高い建物が無いこともあって、星がよく見える。
けど、な……村雨が言う『おおぐま座』とか『うしかい座』つーのが、どうもピンと来ねー。
「……おおぐま座?」
「ああ。あれだ」
示す方角を変えた指先を、視線で追う。
ついでに、少し膝を折り曲げて身を屈める。頬に頬を近付けて、六cm低い位置にある目線に高さを合わせた。
「……何をしている?」
「ん? この方がオメーと同じものが見えるかと思って」
顔を向けて笑って見せれば、同じ高さにある紅い目が、眼鏡の奥でゆっくりと瞬いた。
コイツ、意外と睫毛長いんだよな……いつもより顔が近いから、陰までよく見える。
「で? どれがおおぐま座だ?」
「あれだ」
空に視線を戻して問い掛ければ、ツツっと指が夜空をなぞる。
本当に指細ぇし色白いな……
「あー……」
せっかくだし、と、真剣に空を睨みつけてみる。けど、なー。いくら見ても……
「全っっ然、くまに見えねぇ」
「私にも見えんが」
は??
「オメーも見えねぇのかよ!」
「星座とは、そういうものだ」
そういうもの……ねぇ?
オレの不満を感じとったのか、村雨は唇に指先を当てて、しばらく何かを考える様子を見せた。
「では……」
すっと。その指先が、またさっきと同じ方向を指す。
「ドゥーペ、メラク、ファクダ、メグルス、アリオト、ミザール、アルカイド」
「??」
呪文か??
「北斗七星だ」
あ。
なるほどな。
「それなら、分かるかもしんねー」
村雨の指が示す方向の空をじっと見る。北斗七星。確か、柄杓の形をしてるんだよな。
「……あ」
声を上げれば、ちら、と、村雨がこちらを見る。確かに、オレにも見えた。七つの星。
「わかったようだな」
「ん。あれが北斗七星か」
「おおぐま座の腰から尻尾に当たる」
「いや、それはよくわかんねー」
クマに見えてねーんだから、尻尾にももちろん見えるワケがねぇ。
「あとは、そうだな……」
つ……と、指先が夜空を疾る。
「北斗七星の端の二つの距離を五倍に伸ばす」
「ん? お、おう」
「そこにあるのが……北極星」
いつも北にある、ていうアレだな。
「こぐま座のアルファ星。二等星だ」
「二等星?」
「目に見える星を明るさ順に一~六に分ける。順に一等星二等星……と呼ぶ」
「……へぇ」
なんか、理科の授業みてぇになってきたな。コイツ、『先生』だしな。教師じゃねーけど。
でも、村雨の声で色々と説明されるの、好きなんだよな。
「つまり、一等星はすっげぇ明るいんだな」
「………その理解で構わない」
まてよ。なんだ、今の間は。
「一等星は二一個ある。例えばおおいぬ座のシリウス、さそり座のアンタレス……」
聞いたことある名前が続く。
ちら、と視線をやれば、夜空と夜景を背負って星を見上げる横顔が、とても綺麗だった。
オレの……オレだけの、恋人の顔。
オレだけの、村雨礼二。
「今見えるのは、そうだな……乙女座の、スピカ」
また違う方向を、村雨の指が指し示す。けれど、オレはその方向を追わなかった。
こちらに顔を向け、不思議そうに首を傾げる顔に、顔を近付ける。
「……獅子神……?」
さっと、眼鏡を奪い取る。もちろん、取り扱いは丁寧に。
反射的に目を閉じるのに……その瞼に、口付けた。
「!?」
至近距離で見つめれば、目が開く。パチパチと何度も瞬きをするのが可愛くて。
すぐ近くにある、暗赤色の目が、とても綺麗だと想う。
オレが知る限り、世界で一番綺麗な、紅い色。
「オレの、一等星」
そう言って、笑ってやれば。しばらくの間の後、ふいっと顔を背けられた。
「……マヌケが」
そう呟く恋人の表情は、見えないけれど……どんな顔をしているのか、オレには分かるような気がしていた。