バックハグ 360度、どこから見ても鬼舞辻議員は美しい。
正面から見ると黄金比の整った顔立ちをしており、側貌もEラインで美しい。全体的に色白で肌理も細かい。艶やかな黒髪を前髪は少し長めのゆるいスパイラルパーマで仕上げ、ツーブロックにすることで全体的なボリュームを抑え、もっさりとした印象を与えない。
179センチの長身に、すらりと長い手足。小さな顔。一見細身に見えるが、日々のトレーニングを欠かさず、徹底的に鍛え上げ、体脂肪10%を維持している。
生まれ持った美貌に甘えることなく、美しくある為に日々の努力と多少の人工的な手入れも欠かさない。その精神も美しい。
誰の目にも明らかな部分以外、そう、脱がなければ手入れされていると気付かない部分もあり、それは自分しか知らないと黒死牟の中で妙な優越感があった。体の部位だけでなく、乱れた息遣い、自分に囁きかける甘い声、人前では見せない男としての表情は自分だけが知るベッドの中での鬼舞辻の姿なのだ。
今も書類に目を通す伏し目がちな表情が美しい。書類棚の前でちらりと横目で見るつもりだったが、ついつい見惚れてしまった。
あの美しい人に今夜もどのように可愛がっていただけるのかと、ひとりでニヤついていたが、書類棚に視線を戻し、去年の会計帳簿を取り出していると、背後からぎゅっと抱き着かれた。
「ど……どうなさいましたか!?」
突然のことで激しく動揺してしまう。腰回りに回された腕、甘い香水の匂い、背中から伝わる体温、心臓が破裂しそうなほど高鳴っている。帳簿を落としそうになるが必死に耐え、大きく深呼吸する。
「先生、ここではいけません」
「何かいやらしいことを考えていただろう」
「そのようなことは!」
声が裏返る。確かに職場でありながら、上司をチラ見して邪なことを考えていたのは事実だが、このように実行に移されては困る。注意しようと振り返るが、じとっとした上目遣いでこちらを睨んでいる表情が可愛くて、今日も先生はお美しい! と心の中の全黒死牟がスタンディングオベーションしている。
「仕事中にニヤニヤと……セクハラで訴えるぞ」
「え!? そんな顔、していましたか!?」
「さぁ?」
からかわれた……と情けなく思っていたが、腰に回された腕の力が緩められ、手がそっと下腹部を撫でる。
「まぁ、お前の期待には応えてやるつもりでいるがな」
ふっと耳に息を吹きかけ、喉の奥でくつくつと笑う。細い指先が服の上を傍若無人に動き回り、その手を止めようとしても体に力が入らない。
膝からがくんと力が抜けそうになると抱きかかえられる。
「随分と情けない姿だな、こんなことで私の秘書が務まるのか?」
狙っていた獲物を捕獲した獣のように舌なめずりをしてニヤリと笑う。その姿も野性的で美しい。多分、どんな姿でも惚れてしまうくらい、自分はこの人が好きなのだと再確認してしまう。
「善処致します」
「そうしてくれ。毎度、こんな反応をされたら、こちらの身も持たぬ」
ぱっと体を解放され、黒死牟は高鳴る心臓を落ち着ける。鬼舞辻は涼しい顔で机に戻るが、黒死牟は先程の台詞を思い出す。
こちらの身が持たぬ。
それではまるで……そう考えると、落ち着ける筈の心臓が更に高鳴ってしまい、持っていた会計帳簿で顔を隠した。
抱き着かれた時に移った、鬼舞辻の甘い香水の匂いが仄かに香る。まるで背後から抱き締められているような気分になり、暫くは頭がまともに働きそうもなかった。