特殊部隊在籍中の、冷徹な巌勝と無惨の出会い それは衆議院の安全保障委員会の委員に初めて専任された時だった。
「私が、ですか?」
議員になったばかりだというのに、とある紛争地域への視察を命じられた。
そもそも、安全保障委員会の業務にそんなものはあったか、それも委員長や理事、所属している派閥の長から言われるなら未だしも、専任したとされる議長から直々に言われるとは何事かと不審に思った。
「鬼舞辻君なら語学も堪能だし、武術もなかなかの腕前らしいね」
思い出した。大学時代に友人に頼まれ剣道の試合に出た。先鋒だったのだが、その時、一本勝ちした相手が議長の息子だった。そう言えば父も現役時代、議長と仲が悪かったので、「鬼舞辻の倅を泣かせてこい」とでも言われたのだろう。オリンピック有力候補とも言われていたようで、周囲はかなり微妙な空気に包まれていた。
こんなところで仕返しとは……男の嫉妬ほど醜いものはないな、と無惨は心底呆れるが、これを足掛かりに国会での発言の機会を増やしたい。
テロ対策の法案策定についても防衛省とのパイプは欲しいと思っていたところなので、防衛省と自衛隊からも派遣を要請したいと申し出たら、答えは「ノー」であった。
「自衛隊が戦闘に巻き込まれたら、どうするのだ。このデリケートな時期に、そういう危険な真似はやめてもらえるか?」
おいおい、丸腰で行って、死んで来いということか。
相手が衆議院議長で無ければ、ぶん殴って歯の数本でも折ってやるところだが、無惨は笑顔で返した。
「では、自費で特殊部隊を手配しますね! 個人的に雇ったボディーガードなら、少々手荒な真似をしても大丈夫でしょう?」
「あくまでも、この国は武力を行使しない国だということを努々忘れないようにしてくれよ」
「畏まりました。危険な場面のみ、と致します」
意地でも生きて帰ってくるから、覚えていろよ、と無惨は不敵な笑みを浮かべた。
さて、信用できる私兵をどうやって手配するか。
派遣される地域も考えると、費用もなかなかである。金は実家から引っ張り出すとして、そもそも、ここに来てくれるものなのか。
「帰国したら私兵部隊作ろう……」
大きな溜息と共に、無惨は荷造りをした。
事情を知った外務省で官僚をしている大学の同期が気の毒に思い、現地駐在員が依頼する特殊部隊を紹介してくれた。
どう考えても議長の私怨だが、ここである程度の成果を持ち帰れば一気に知名度が上がり、容姿だけでチヤホヤされるアイドル議員からの方向転換も可能だろう。
これはチャンスだ、そう自分に言い聞かせ、飛行機に乗り込んだ。
直行便がないので、中継地点となる空港でプロペラ機へ乗り換える。
その時に特殊部隊の隊員と合流することになっていた。
ミチカツ・ツギクニ。
日系人だろうか、貰った資料に目を通すが経歴は一切非公開になっていた。
「ツギクニ……」
聞いたことがある名字だなと思いつつ、他にも莫大な資料に目を通さないといけない。非戦闘地域を徹底的に頭に叩き込む。いくら私兵を雇ったとは言えど、自分の身を守れるのは自分しかいない。
護身術程度の心得はあれど、それを実践で使ったことはない。平和ボケした安全な国で生まれ育ったことに改めて感謝した。
空港で指定された待ち合わせ場所に向かう。そこには長い髪をひとつに纏めた長身の男が立っていた。
「Mr.Tsugikuni」
「日本語で大丈夫です」
「そうですか、初めまして。鬼舞辻無惨です」
無惨が右手を差し出すが、彼は軽く礼をするだけだった。
「継国です。鬼舞辻先生、握手で神経剤を使用される可能性は十分にあります。気軽な握手はお勧めできません」
「……そうですね、迂闊でした」
取り付く島もないほど愛想がなく無表情な男なので、無惨はこれから半月、上手くやっていけるものかと不安に思ったが、これだけ冷静に仕事に取り組める男なら信用しても大丈夫だろうと少し安心した。
プロペラ機の機内は特有の騒音と揺れがあったが、無惨は特に気にする様子なく、継国に「君は日系人なのか?」「年齢は?」「どうして、この仕事に就いた?」と着くまでの間、色々話しかけるが、継国は全ての質問に「お答えできません」と、ピシャリとシャットアウトした。
「継国君、私は君に相場よりも高額なギャラを払って、半月間、君の主になったのだ。何が気に入らないのか、それとも日本の政治家だと思って馬鹿にしているのか知らないが、あまり非礼な態度は控えていただきたい」
早口の英語で捲し立てるように言った。当時は若かったなと思う。元々気が短い上に忍耐力もなく、お坊ちゃま育ちかつ、議員だということで、どこか不遜な部分があったが、それを表に出したことにより、継国も「Yes,sir」と初めて敬意を示した。
意外と素直だなと思い、無惨はにっこり笑った。
「というよりも、単純に君に興味がある。こうやって知り合ったのも何かの縁だから、もう少し良い関係を築かないか?」
そんな無惨の言葉を聞いて、継国は不思議そうな表情をするが、柔和な笑顔を浮かべ、「はい」と小さく返事をした。
笑うと可愛いな、そんなことを思いながら、プロペラ機の中で、彼の個人情報には触れない程度の世間話をした。そして、彼の方から「巌勝と呼んで下さい」と笑顔で申し出て来た。
滞在中、事あるごとに巌勝が有能であるという場面に出くわした。
おかげで危険な目に遭うこともなく、巌勝は渋い顔をしたが現地の住民との交流も図ることが出来た。
現地に赴くにあたり、日常会話程度の言語はマスターしていたので、その辺りも受け入れられた要因なのだろう。
「先生、ここは日本のように治安が良いわけではありません。あまり深入りしない方が……」
「少々危険な目に遭いかけても君が守ってくれるだろう? その安心感があるから、私も動けるのだ」
「ですが……」
無惨も鈍い人間ではないので、本当に危険な真似はしない。
かと言って、子供が子供のままでいられない地域なので、油断して近付くと命を落とすことだってある。
「先生は死ぬことが怖くないのですか?」
「怖いさ、痛い想いもしたくないし、本当は安全なところで静かに色々学びたいと思っていた時期もある。だが、誰かが弱き者の声に耳を傾けてやらなければ、世界は変えられないだろう?」
楽しそうにはしゃぐ子供たちに手を振りながら、無惨は淡々と話す。
「静かに勉強したいと願っても、もし日本がこんな状況になれば、そんなことを言ってはいられない。政治家しかその役目を負えないからな」
親が政治家でなければ大学院に残り、ずっと研究したかったと話す。でも、親が政治家で経済的に何不自由なく育ったからこそ、好きな研究に没頭できたとも話す。
「巌勝君、君は怖くはないのか?」
「解りません」
巌勝は青空を見上げ、太陽を見て目を細める。
「昔からずっと、こうして戦いの場に身を置いていないと落ち着かなかったのです。ですが、私も死ぬことは怖いです。だから勝ち続けないと……自分が勝てば、死ぬことはありませんからね」
「尤もだな」
彼の気持ちが痛いほど解る。
どうして巌勝にこれほど興味を持ったのか、どこかでシンパシーを感じていたのかもしれない。無惨はそう理解した。
ホテルに戻り、無惨は「部屋で一緒に飲まないか?」と巌勝を誘った。
「万が一、夜襲があると困るので飲酒は出来ません」
「そう言わず。一杯だけ付き合ってくれ」
日本から持ち込んだ赤ワインの栓を開け、グラスに一口分だけ注ぐ。
「乾杯」
二人はグラスを掲げた。
ゆっくりと赤ワインを口に含む巌勝を見ながら、無惨はその名を呼んだ。
「君の能力を私の下で使う気はないか?」
突然の申し出に巌勝は目を丸くする。
「政治の世界はある意味命懸けだ。実際、私はこうしてあわよくば死ねと思われて派遣された。そんな世界で、私と共に頂点を目指さないか?」
テーブルにワイングラスを置いて、無惨はじっと巌勝の目を見つめた。僅かに赤みがかった無惨の瞳を見ていると、巌勝は全身の血が燃え滾るような胸騒ぎがした。
「君を私のものにしたい」
そう言うと、巌勝は初めて真っ赤になり口許を押さえた。
「先生、卑怯です……」
まさか……と思い話を聞くと、どうやら巌勝にとって無惨は好みのタイプだったようで、初めて会った時から「仕事!」と気持ちを割り切る為に素っ気無い態度を取ったのだと言う。
「そうだったのか」
「お恥ずかしい話です。ましてや、同性にこんな想いを寄せられ、先生も御迷惑ですよね」
しょぼんと落ち込む巌勝の細い顎を掴む。
「出会えたことを運命だと思わないか? 巌勝」
無惨の整った顔が鼻先まで近付いてきたので、巌勝は茹で上がりそうなほど真っ赤になる。
「私も同じ気持ちだったよ」
そう耳元で囁くと、巌勝は気を失った。
「えぇぇぇー!?」
酒が弱かったのか、こういったことへの耐性がないのか、無惨は巌勝の体を支えて動揺するが、抱き上げてベッドに寝かせた。
「日本に帰ったら続きをしよう」
そっと巌勝の額にキスをして、無惨は巌勝の寝顔を見ながら、赤ワインを飲み干した。