糸師凛生誕祭2024「凛、今年の誕生日どうするの?何が欲しい?してほしいことある?」
その問いに凛は、顔を俯かせしばらく黙り込んでしまった。
「なに?言いづらいこと?なんでも聞くよ」
その時の俺は愚かにも、高価な物品とか、照れ屋な凛が普段言えないようなおねだりがその可愛い口から出てくると思っていたんだ。それなのに。
「なんでもいいんだな?」
体感10分以上経過。顔を上げ真っ直ぐ俺の目を見つめて放った言葉で、俺は地獄の底に突き落とされた。
「別れてほしい」
「というわけでさ、今夜泊めてくれない?」
「絶対に嫌だ」
あれから数日後、都内某所の喫茶店。しばらくホテルで過ごしていたが、もういい加減一人でいるのが辛くなってきた。特に今日は凛の誕生日で、この日を楽しく過ごせると思っていたから。なおさら孤独は身に染みる。そんなわけで千切宅にお世話になれないか聞いてみたわけだ。今断られたけど。
「なんでわざわざ災厄を家に招かなきゃいけないんだよ。何したか知らないけど、さっさと凛に謝れ」
「災厄って。謝ろうにも、理由を教えてくれないんだもん」
「もんじゃない。かわい子ぶるな。でも、そうか、喧嘩してるなら日を改めたほうがいいのか。今日有志で集まってお前たちの家に誕生日プレゼント渡しに行くことになってたんだけど」
「え、そうなの?聞いてない」
「凛に、お前の誕生日みんなでご飯食べに行こうぜって誘ったんだ。そうしたら多分当日は用事があるからダメだって。でも家には居ると思うから、プレゼント寄越す気ならウチに来いって言われたんだよ」
「俺にプレゼント渡したきゃ家に来いって言う凛もアレだけど、素直に、じゃあ遊びに行こうぜ!ってなるお前らもお前らだよな」
「別れたいって言っても、BLラブコメ通過儀礼のそれだろ。潔の幸せのために俺は身を引こう的な。俺とじゃ結婚もできないし、子供も作ってやれない。お前は素敵な女性と結婚して素敵な家庭を作ってくれ。俺は余生をお前の思い出を胸に生きていく、ってな」
「え、俺のため……?」
「『トゥンク』じゃないんだわ。ま、じゃあプレゼントは俺だけで渡しに行くか。潔も一緒に来ていいぞ。週末みんなで凛の誕生日会やるから、他のみんなはその時でいいだろ」
「誕生日会?え、そうなの?聞いてない」
「おめでとう言って仲直りしろよ。どうせ大した理由じゃないだろ」
「なぁ、誕生日会って何?いつ?誰が来るの?」
「行くぞ潔!」
そして俺たちは凛の家(俺の家でもある)にやってきた。千切はでかい段ボールを引きずっている。
「凛?こんばんはーただいまー」
「もうお前の家じゃねぇよ」
「まぁまぁ二人とも落ち着いて。とりあえず上がらせてもらうな」
千切に客様のスリッパを出してやる。俺のスリッパは廊下の隅に放り投げられていた。
「とりあえず、ハッピーバースデー凛!これは俺と國神から。開けて見て。今開けろ」
「箱でけぇ」
「何これ」
「メタモンのヨギボー。去年の夏に注文して、今年の2月からずっとうちに置いてあったんだ。ポケモンスリープやってるって言ってただろ。メタモンがポケモンスリープに出てくるか知らないけど」
「やってねぇ」
「まじで?まぁいいだろ、可愛いし。座ってみろよ」
「お前これ、欲しがったけど商品到着までに時間かかりすぎていらなくなったパターンだろ」
凛は雑に梱包を解くと、出てきたメタモンを部屋の中央に置いた。慎重に腰を下ろす凛。
「悪くない」
「だろ?うちにいっぱいヨギボーあるんだけど、すごい、良いんだよ。凛、独り身になるならさ、これからはメタモンに癒してもらえよ、な!」
と言って後ろにいた俺に向かってサムズアップをしてきた。な!じゃないんだわ。
「なぁ、凛、どうして俺と別れたいの?」
「……」
「凛?」
「……」
やばい、凛寝ちゃいそう。
「凛、俺、悪いところ、言ってくれれば直すよ。それとも」
凛がうっすら目を開ける。
「もしかしてさ、俺のため、とか思ってる?」
「……は?」
「男同士で付き合っても結婚できないし?子供も作れない、し?」
凛はカッ!と目を見開くと突然立ち上がり、メタモンをこちらに向かって投げつけてきやがった。
「痛ぇ!!危ねえな!!家具に当たったらどうする、あ!壁紙剥がれてる!敷金が!!!」
壁をさする俺のことなんて気にせず、凛は冷たい目で俺を見下ろしている。怖い。
「お前のためなわけねぇだろ。どうしたらそんな風に考えられるんだ」
「で、でも千切が」
千切はメタモンヨギボーを部屋の端に寄せくつろいでいる。あの野郎。
「じゃあ理由を教えてよ。大人しく、はいそうですか、じゃあ別れましょうって、言えるわけないだろ」
凛は千切に視線をよこした。千切はウィンクした後、ポケットからイヤホンを取り出し耳に入れた。
「俺は、潔、お前にいい様にされているってことに気づいたんだ」
ギクリ。心あたりがありすぎて鏡を見なくたって自分が青ざめていることがわかる。血が体の下の方に落ちていく感覚。
「た、たとえば?」
「たとえば?この部屋だ。俺は一人で生活するのが気に入っていたのに、なんだかんだ理由をつけて俺の家具を勝手にこの部屋に運びやがった。元々住んでた部屋解約するし」
「それは」
「寝る時だってそうだ。いつの間にかお前が突っ込む役で定着してる。俺相手にお前はたたないだろって言ってきたり、俺が抵抗する前になんか、メチャクチャにして、何もわかんなくして、上に乗るだろ」
「でも、それは!えっと、適性とか、えーっと、適正が」
「そもそも付き合うことになったのだって、俺と付き合えば幸せにしてやるって。そう言っただろお前。なのに、辛いことばっかりだ」
凛が俯く。恐る恐る凛に近づいて頭を撫でる。抵抗はされない。
「何が、辛い?」
「俺は、お前に出会わなければ、きっと普通の幸せを手に入れられたはずなんだ」
「だから、別れたいんだ?」
「つらい。お前と一緒にいなければ他の道があるはずなのに。楽になるはずなのに。お前が一緒に、近くに居ないとつまらないって思うことが、つらい」
「お前、俺のこと」
好きなんだな、という言葉を飲み込む。
「結局、潔のこと好きってことだろ?潔も凛のこと大好きじゃん?見てて可哀想になるほど必死に凛のこと囲ってるし」
「可哀想言うな」
いつの間にかイヤホンを外していた千切が口を挟んできた。
「いいじゃん、もうちょっと一緒にいてみろよ。まだ若いんだし。多分、そのまま一生一緒にいるんじゃないか?知らないけど」
「いねぇ。別れる」
「はいはい、じゃあ俺はお暇するわ。メタモン大事にしてな。凛は週末、忘れるなよ」
「俺も行くからな!あと、ありがとう!」
千切は振り返ることなく手を振って去っていった。かっこいい。残された俺たちの間に、沈黙が落ちる。
「俺は、凛のことが好きだよ。できれば来年もその先も、もちろん今日もお前の誕生日を祝いたいんだけど」
どうかな?と俯く凛の顔を覗き込む。目が合うと、凛はうっすらと微笑んだ。
「わかった。あともう少し、一緒に居てやる。お前のこと、不幸にしてやる」
「ありがとう。お前が、俺と一緒になってよかったって思ってもらえるように、今後とも頑張るよ」
お前も座っていいぞ、と言って凛はメタモンヨギボーをこちらに寄越してきた。
俺にとってお前と一緒になる以外、幸せになる道はないんだ。お前にとってもそうであれと、毎晩願っている。俺と一緒にいることが幸せなんだと、思ってほしい。結局のところ俺はエゴイストだから。お前にとっての「幸せ」を握りつぶしてでも、俺はお前を手の内に入れていたいんだ。
「ごめんな」
本心からの言葉が口から漏れる。申し訳ないとは思う。凛は不思議そうな顔をしている。俺は一生、お前を手放すつもりはない。もちろん、上を譲る予定もない。
次の日からまた、何もなかったかの様に俺たちの日常は続いた。誕生日は改めて祝おうと思う。ちなみに、週末のお誕生日会には、本当に呼ばれなかった。